花師にして、絵画修復師でもある佐月恭壱の活躍する美術ミステリーの第1作。

私は、最初に2作目である「虚栄の肖像」を読んでしまったので、そちらの設定を確認をしながら読み進める。

収録は

「深淵のガランス」
「血色夢」
「凍月」

の三作


修復の対象となるのは
「深淵のガランス」は大正末期に活躍した画家で、今は孫が保管する数点の絵画
「血色夢」は絵画ならぬ、古代人の描いた洞窟壁画の修復
「凍月」は、地方の喫茶店に飾られている、その絵を描いた画家の娘(彼女はその喫茶店の経営者でもあるのだが)の保有する「バークロード・冬」という絵画


となっているのだが、話の中で絡んでくるのはその美術作品だけではない。「深淵のガランス」ではその修復される絵画に封印された下絵であり、「血色夢」では洞窟壁画とか全く関係のないところで展開する、分割された名画であり、「凍月」は、「バークロード・冬」と対になっているといわれる幻の「バークロード・夏」、といった具合で、主線である絵画修復に、複線の絵画探しや、別の絵画修復が絡んできて複雑な展開を見せる。

そして、絵画修復の過程で、絵画のワニスを「剥がし」たりするのだが、実は剥がしているのはワニスだけでなく、その絵と画家が隠していた秘密であるし、「修復」されるのは長い年月の間に埃が付着し、誤解にまみれてしまった、依頼人の思い出であり隠された優しさでもある。

ダイヤモンドオンラインの消費者インサイドの記事によると

  BCNランキングでは携帯電話販売台数に占めるスマホの割合も発表しているが、2月は44.3%であり、これまで5割を超えた月はない。つまり、まだ5割以上は日本独自の従来型携帯電話、いわゆるガラパゴスケータイ(ガラケー)が占めている。 

マスコミやPC関連の雑誌などでは、主流はスマホのような感じをうけるのだが、やはり、ガラケー強し、ということか。

たしかに、私の周りを見ても、たいがいの人は、未だガラケーというか、フィーチャーフォンがほとんど。

おまけに、最近の日本のAndroidスマホは、携帯メールがそのまま移行できたり、おサイフ機能がついたり、いままでSynbianが主流だった携帯のOSがAndroidにかわっただけじゃね、なんて思ってしまうのである
花師と絵画修復師の二つの職業を持つ佐月恭壱の美術ミステリー。

このシリーズの第1作目は「深淵のガランス」なので、両方とも未読の人は、そちらの方から読んだ方が、主人公と仲のよい酒場の女性経営者だとか、彼女の父親、あるいは主人公がなぜ大けがをしたのか、といったことに悩まなくてすむかもしれない。

収録は
「虚栄の肖像」
「葡萄と乳房」
「秘画師遺聞」
の三作で、それぞれ絡んでくる美術品は、古備前の甕と素人の描いた肖像画、藤田嗣治の絵、浮世絵っぽい緊縛画。

そして、それぞれの修復をめぐって、虚実ないまぜ、どんでん返しの連続ってなことになるのは、いつもの北森ミステリーで、最後の頁にたどり着くまで、読者を安心させないのは、さすがといわざるをえない。
おまけに、普通の人には、全くといってなじみのない「絵画修復」という世界の、あれこれのエピソードは異世界につれていかれるようで、わくわくする、という他言いようがない。


明治元年生まれの葛城冬馬が、東京大学医学部のベルツ教授の給仕となるところから始まるミステリー。
彼が選ばれたのは、明治13年になっても、髷を残していたから。というのも、彼の雇い主であるベルツがとんでもない日本贔屓で、おまけにベルツの宿舎はお抱え外国人のサロン状態で、明治の御代の、数々の不思議な事件の謎解きに巻き込まれていく冬馬少年。さて、彼の運命や如何に、といった感じで、楽しく読めるミステリーだ。

収録は
「なぜ絵版師に頼まなかったのか」
「九枚目は多すぎる」
「人形はなぜか生かされる」
「紅葉夢」
「執事たちの沈黙」

で、最初の「なぜ・・・」で冬馬がベルツのところに雇われるところから始まり、「執事たちの沈黙」では、冬馬が東京大学の医学部の主任になっていて、9年の歳月が経過している。謎解きのほかに、主人公の成長の様と、名脇役の市川歌之丞(あ、この人は、物語によって名前と職業を次々と変えていくから注意してね)の掛け合いもまた楽しいのだが、激動の時代であった「明治」の時代の匂いを味わうのも、「北森ミステリー」の楽しみである。

明治元年生まれの葛城冬馬が、東京大学医学部のベルツ教授の給仕となるところから始まるミステリー。
彼が選ばれたのは、明治13年になっても、髷を残していたから。というのも、彼の雇い主であるベルツがとんでもない日本贔屓で、おまけにベルツの宿舎はお抱え外国人のサロン状態で、明治の御代の、数々の不思議な事件の謎解きに巻き込まれていく冬馬少年。さて、彼の運命や如何に、といった感じで、楽しく読めるミステリーだ。

収録は
「なぜ絵版師に頼まなかったのか」
「九枚目は多すぎる」
「人形はなぜか生かされる」
「紅葉夢」
「執事たちの沈黙」

で、最初の「なぜ・・・」で冬馬がベルツのところに雇われるところから始まり、「執事たちの沈黙」では、冬馬が東京大学の医学部の主任になっていて、9年の歳月が経過している。謎解きのほかに、主人公の成長の様と、名脇役の市川歌之丞(あ、この人は、物語によって名前と職業を次々と変えていくから注意してね)の掛け合いもまた楽しいのだが、激動の時代であった「明治」の時代の匂いを味わうのも、「北森ミステリー」の楽しみである。

アメリカのお話ではあるのだが、Tech Crunch Japanの"amazonがAppleやGoogleより先に音楽保存/ストリーミングサービスを開始"によると

Amazonは"音楽ロッカー"分野に進出するだけでなく、それをGoogleやAppleよりも先にやってしまった。今夜(米国時間3/28)立ち上げた"Cloud Drive"と"Cloud Player"がそれだ。

(中略)

以下に、詳細を少し:

Amazon MP3で購入したアルバムは無料でCloud Driveに置ける?なかなか良いサービスだ。
Amazon MP3でアルバムを買ったら、無料容量が1年間20GBになる?これもいかしてる。
通常料金では、20GBが1年で20ドル、50GBは50ドル、100GBは100ドル、等々だ。最大の1TBは、1000ドル。
音楽以外のものも置ける。Amazonは、1TBなら70時間ぶんのHDビデオを置ける、と言っている。
写真や文書をアップロードしてもよい。
(以下、略)

ということで、案の定、音楽レーベルやらが著作権なりの関係でちょっとした騒ぎになりそうなのだが、またまたamazonが仕掛けてきましたか、ってな感じ。

残念ながらKindleによる電子書籍は、日本語と日本の著作権の関係でまったくといっていいほど不発の状態になっているのだが、音楽、特に洋物については言語の問題はクリアできるだろうから、アメリカでなんとか軌道にのれば、日本でもなし崩し的に広まっちゃうのではなかろうか。
Kindleにしても、アメリカのamazonのアカウントを取って買ってる人もいるぐらいだから、音楽についてもアメリカのamazonnアカウントでどーたらこーたら、ってな感じで、建前はどうあれ実質として普及していくような気がしてならない。

で、さて、日本のレーベルはどう対応していくんでしょうかねー。

LifeHacking.jpの大幅に高速化して新機能満載の Evernote 新ウェブ版を試してみようを見て、早速、EvernoteのWeb版にアクセスしてみた。

自宅のメインPCではデスクトップ版のEvernoteを使っているのだが、職場やモバイル(ネットブックだ。初期型なので、当然スペックは低い)は、セキュリティの関係やPCの容量の関係でWeb版を使っている。さらに寝室のPCは古いノートブックでおまけにUbuntuという環境なので、Web版にならざるをえないのだ。

で、使った感想は、というと

まず、デザインがクールになったのが良。これがMac用のデザインなのかなー、とWindows使いの私としては想像するしかないのだが、非常にノートがないようも含め一覧しやすくなった。
さらに、理速度も上がっているような気がする。

このほかに新機能としては

ノートブック・スタックへの対応
編集中のオートセーブ機能
共有機能のノート単位、Facebookを通した共有の機能の追加

といったことが追加になっているらしい。

まだまだ使い込んでいないなー、というのが自分のEvernoteの利用レベルなのだが、仕事や生活の必須アイテムになりつつあるのは間違いない。


NIKKEY Trendy のアンドロイド普及ツールになりかけている「iPod touch」によると

  スティーブ・ジョブズが「補助輪」と呼んだのは、iPod touchが、「次のiPhoneユーザーとなる顧客層を生み出してくれる」という意味だった。スマートフォンの購入を検討している携帯ユーザーや、まだ金銭的にスマートフォンを所有する余裕がないティーンエイジャーが最初にiPod touchを購入することで、スマートフォンを疑似体験できるというわけだ。

  (略)

 つまり、これまでは、iPod touchを購入した5000万人の人々が、のちにスマートフォンを購入するという美しい仕組みが成立していたのだ。 しかしこの仕組みは皮肉な形へと変容しようとしている。iPod touchでスマートフォンの楽しさを啓蒙された人々の前に、「アンドロイド携帯」というもう1つの選択肢が登場した。その結果、補助輪を外したユーザーが向かう先が、当初の思惑とは異なってしまった。 

 ということらしいのだが、「iPod touch から iPhoneに切り替えた人」ってのに、見事に当てはまる私としては少々複雑な話.。


 切り替えた当時は、Androidといった選択肢はほぼなくて(willcomのWindows-mobile(Windows Phoneじゃないよ)という選択肢はあったが・・・)、まともに使えて、しかも維持費も手頃というスマートフォンはiPhoneしかなかった。
その意味で、評判はいろいろあるがSoftBankの功績は大きいと思う。 

ただ、iPod touchでスマートフォンの楽しさを云々というのは、少々疑問のような気がする。

 今のAndroid人気は、Docomoやauでスマートフォンに乗り換えたくても、今のキャリアを変えるきっかけや、いつも使い慣れている携帯メールの環境を変えたくないという消極的スマートフォン派が増えているからで、iPod touchユーザーが流れ込んでいるってのはかなー、という気がする。

 Pod touchを使っていた経験からいうと、iOSの敷居の低さ洗練度やApp storeの便利さに到達するまでには、まだまだAndroidは努力しないといけないような気がする。とりわけ、度重なるバージョンアップと互換性の問題は、長期間の利用者を考えるとなんとかしなければいけない課題だろう。


 フィーチャーフォンからの乗り換えが一巡したあたりが、本当のiPhone(iOS)とAndoridのシェアの戦いのような気がしているのだが・・・
「自分としては、若い世代に対し、昭和的価値感に従わず生きる人たちの仕事や人生観を紹介することで、若者が平成的価値観をはぐくむ手助けとしたい。 

といった、「はじめに」の言葉で始まる本書。

 本書の言う「昭和的価値感に従わず生きる人たち」とは

 ・大手流通企業から外資系生保に転職、年収が2倍になった彼
 ・大手新聞社の文化部記者という生き方
 ・企業でなく、IT企業に就職したという意識を持つ男 
といった形で競争社会につきあっている若者や

 ・赤門から仏門へ、東大卒業後、出家した彼の人生
 ・フリーター雑誌が模索する、新しい生き方

 といった、競争社会に背を向ける生き方であり、ざらっとみると、いわゆる古い働き方から平成的な働き方やライフスタイルを提案する書のように見える。
出張と飲み会が続いていて更新が滞っていたが、出張中に読んだ本がこれ。

アスター工業という架空の会社を舞台にした会社再建ドラマ。ただ、作者の実際のコンサルタント経験の中の実話をもとにしているらしいので、結構、迫力のある話に仕上がっている。

こうした話は、なんとなく感情移入してしまって、経営改革を自分がやっているようにように思えて、気分が高揚してくるから不思議。
本当は、こうした話の随所にでてくる様々なエピソードを自分の中に取り込んで、咀嚼していかないといけないのだが、なかなかできないのが世の常、というか私の常ではある。