ミステリーの最近のブログ記事

銀座NO.1のクラブのホステスと車で事故死した夫の跡を継いで私立探偵になった笹野里子がでくわす事件の数々。

ハードに、タフに事件を解決していく里子が最後にたどり着いた夫の事故死の真相は・・・・

といったのが、おおよその本書の構成。


収録は

「雪のマズルカ」
「氷の炎」
「アウト・オブ・ノーウェア」
「ショウダウン」

の4編。


では、ネタばれすれすれでレビューをするとしよう。

まず。表題作「雪のマズルカ」は不良の金持ち娘を家に連れ戻すようその娘の祖父に依頼されるところから始まる。まあ、当然、この娘の付き合っている男や組織はロクでもないが、依頼者自身もロクでもなくて、その二つをどうにかしようと思うと、まあ、ゴルディアスの結び目をアレキサンダー大王が解決した手法よろしく少々乱暴なやり方もやむを得ないかもね、といったところ。イヤなやつが、イヤな奴なりに描かれているのが新鮮といえば新鮮。

「氷の炎」は里子がずっと昔に助けたことのある、今は女優となったいる娘の素行調べから始まる、奇妙な結末を迎える事件。因果応報といった言葉が、なんとなく思いおこされる物語。あるいは、形を変えたエディプス・コンプレックスの解消といったところか、はたまた親の敵討ちととらえるべきか?

八王子に住んでいる小説家の「ぼく」と「妻」のところへ、警視庁の敏腕(?)で、奇妙な事件が起こる署をたらいまわしにされている河田警部がやって来て、というシチュエーションで始まるおなじみのシリーズ。

「ミミズクとオリーブ」「嫁洗い池」に続く第3弾である。

前作でニューヨークに研修派遣されていた河田警部だが、今作では日本に帰ってきていて、ニューヨーク時代の事件についての話もある(もちろん、ぼくの「妻」の推理あっての解決なのだが)。


収録は

「ト・アペイロン」
「NY・アップル」
「わが身よにふる、じじわかし」
「いないいないばあ」
「薄明の王子」
「さみだれ」

の6篇。

こんな手練れがいたとはしりませんでした、と言うのが第一印象である。
物語の舞台は、大正9年、第一次大戦後のシンガポール。華僑の有力一族の呂家の娘、白蘭が殺害されている現場に主人公 林田がでくわすところから始まるのだが、のっけからぐんぐん読まされて、最後まで引きずられていくこと間違いなしである。


展開としては、犯人に間違われた主人公の逃亡行とそれと並行して、彼がシンガポールに来て、日本人の顔役になっていくいきさつや廃娼(売春宿の廃止と娼婦のシンガポールからの追放運動)、呂一族の若き統率者である呂鳳生との再会と、弟の虎生とのトラブル、そして現地のイギリス人社会の人間模様、華人社会の勢力争いなどがオムニパス的に語られて、主人公がシンガポールから逃亡する最終章へと流れていくのが大きな流れ。


最後のほうで、白蘭の本当の父親や、華人社会の秩序を維持するための、なんとも冷静(冷酷というべきか)な決断が明らかにされて、それがまあ、白蘭殺しの真相なのだが、こうした個人的な怨嗟に基づかない組織的な理由(きわめて民族的でもあるし、太平洋戦争の隠された遠因という意味で、きわめて政治的でもある)に基づく殺人っていうのも、時代的にはありえたのだろうな、国家の利益を巡ったやりとりというものに慣れていない戦後生まれの私としては、無理矢理納得せざるをえないところはあるのだが、読み物としては、良くできているのは間違いない。

こうした犯人捜しとは別にこの本で楽しめるのは、既に日本では失われてしまった「植民地」というものがもつなんとはない倦怠感と、南アジアという立地のもつねっとりとした暑さだろう。とりわけ、一環して流れる植民地のもつ出口のなさそうな閉塞感と疲れのようなものは、もはやリアルの世界ではなかなか経験できないものだ。

この作品が、江戸川乱歩賞を受賞したときに、全共闘色が強いとか、学生運動の名残とかいろんな批評がされたらしい。

すでに全共闘、全学連も遠くなり、オウム真理教すらもかなり時間を経た今となっては、ちょっと古びたテロ犯罪のミステリとなっているようだが、どことなくノスタルジックに読めるのは、青春時代を引きずっているような主人公のアル中の中年バーテンダーと事件の謎も、これまた青春時代の復活みたいなところがあるからだろうか。


事件らしい事件は、冒頭の公園での爆弾テロ事件のみ。のみ、といっても昼下がりの日曜日でにぎわう都心の公園での爆弾テロだから、犠牲者は多いし、おまけに警察のエリートが娘と一緒に事件にまきこまれていたり、主人公が若いころ別れた恋人と、別れた原因となった主人公の闘争仲間も犠牲となってしまうという、なにやら過去の因縁が一挙にでてきそうな設定である。

で、期待に違わず、昔の恋人の娘が主人公に絡んできたり、広域暴力団が主人公の口を封じようと(事件の時に黒服の男を目撃した程度のことなのだが)執拗に襲ってきたりとか、主人公が学生時代に爆弾テロ事件を起こしている(1971年に事件を起こして22年間経って時候が完成している状況)ことから、今回のテロ事件の犯人として手配されたり、あれよあれよと展開していくのだが、それなりにテンポよく読ませるところが、流石、乱歩賞受賞と直木賞のダブル受賞作といったところか。

聖徳太子の腹心 秦 河勝の部下 子麻呂が斑鳩の里の事件を解決していく古代を舞台にした時代ミステリー。

収録は「子麻呂と雪女」「二つの遺恨」「獣婚」「新妻は風のごとく」「毒茸の謎」「牧場の影と春」の6編。

時代ミステリーといえば、せいぜい江戸時代の捕物帖が普通だろう。それを古代、とりわけ正史の事実の真偽すら定かではないところもある飛鳥時代に材をを求めながら、古代の時代風情をたっぷりと味あわせながら、きちんとしたミステリーに仕上げているのは、文壇(ちょっと古い表現だね)の重鎮 黒岩重吾氏の手練の技だと思う。


さて、それぞれにレビューすると、一話目の「子麻呂と雪女」は、子麻呂が冬の里で、雪女に見紛うような美しい女(キヌイ)を助ける話。この娘と子麻呂はなにやら怪しげなというか、恋愛沙汰のような関係になってしまうように思っていると、なんと、子麻呂が娘の国家的な大仕事の練習台に使われていることが明らかになるあたり、中年男のワビシサは、ちょっと我が身に凍みる。


二話目の「二つの遺恨」は、真面目に学問をしていると思った息子が、実は最近学校をサボっている。何故か、という理由探しと、斑鳩の里でおきた村の古くからの無冠ではあるが豪族(平群氏の郡司)の一族の一人と農民とのイザコザの理由さがしが並行して展開する。まあ、息子の方はm親の因果が子に報いといった感じの、息子の学校の教師の逆恨みなのだが、村の方は、この時代の古くからの氏族が衰え、新しい位階制度のもとで新興勢力が台頭していく様子が反映されていて、なにやら現在の様々な姿を彷彿とさせる。

仔猫のようなまん丸い目をした小男で、定職にはついてはいない。どうやって生計をたてているかは全く不明だが、時推理をさせたら抜群の才能を示す、「猫丸先輩」が登場する倉知 淳さんのデビュー作である。

収録は「空中散歩者の最期」「約束」「海に棲む河童」「一六三人の目撃者」「寄生虫舘の殺人」「生首幽霊」「日曜の夜はでたくない」の7作。
デビュー作ではあるが、それぞれに風味のかわった作品ばかりが用意されている。


最初の「空中散歩者の最期」は、男が墜落死している。ところがあたりの高いビルなどの建造物からは離れたところに落ちており、まるで空中を散歩している途中に、不意のアクシデントで落下して死んだような感じの事件の死因を推理するものであるし、「約束」は、公園でお話をするのを常としていた少女と中年の「おじさん」。その「おじさん」が公園で睡眠役自殺を遂げる。少女に自分の汚職を告白し、警察に自首することにするが、その前にもう一度少女に会って手品を見せる約束を果たさずに死んでしまった中年男の死の謎を解き明かすもの。
ちょっと間を飛ばして「日曜の夜は出たくない」は、恋する相手の男と別れた日曜の夜は近くで通り魔事件が頻発する。もしや、その男性の仕業では、と気をもむ女性の心配を晴らすといった風である。

ジェンダー城の虜

「バルーン・タウンの殺人」でデビューを飾った松尾由実さんの第2作。
今度は長編推理である。

今度の舞台は、団地なのだが、この団地、「夫は家事、妻は仕事」といった風に夫婦が役割を逆転させて生活しているか、あるいは同性愛の夫婦といった、ジェンダーを逆転させるか、ジェンダーを無視した人達しか住むことが許可されない(この団地、ある金持(水野真琴、というどうやら双子の片割れの女性)が自治体に寄付してつくった団地で、そこの入居もその金持が権限を持っているという設定だ)団地での事件である。


発端は、ここの団地に住むぼく(谷野友明)のクラスにアメリカ帰りの美少女(小田島美宇)が転校してくるところから始まる。
この小田島家。ジェンダーを逆転させているわけではなくて、小田島美宇の父親の小田島修は、料理とかもほとんどできない、どちらかというと亭主関白な方なのだが、そんじょそこらの家庭では真似のできないところを、この団地の寄付者にして町内会長の水野真琴に見込まれて、入居を許可されたらしい。なんと、この父親の職業、「マッド・サイエンティスト」なのだ。「マッド・サイエンティスト」っていうのが職業になるのかよくわからないのだが、乱暴に意訳すると、いろんなジャンルに顔を突っ込んで、学際的なパテントや特許をもっている人ってな具合かな。このキワモノぶりを買われて、水野町内会長の依頼で重要な機械をつくるよう頼まれたという次第である。

織田信長が探偵役を務めるミステリーである。織田信長といえば、癇癪持ちだが、頭もすごくキレそうなイメージがあるので、探偵役としては、結構うってつけかもしれない。


この「五つの首」は、まだ都へ上洛する前、美濃の斎藤龍興を、堺に追い払ったあたりで、織田家がまだまだ登り調子で、信長の癇癖が原因の暗雲はまだかけらもないような時期の設定である。


この時期、上洛の足掛かりを何も持たない信長としては、錦の御旗というか、上洛する何かのシンボルが必要だったのだろう。この話は、そのシンボルとなる「足利義昭」を越前朝倉家から、岐阜へ迎えようとする際におきる信長暗殺の謀略にまつわるミステリーである。

昨日の夕方から雨模様で、本当に梅雨になったのかな、と実感。

やっと「ダヴィンチ・コード」文庫本 全3巻を読み終えた。かなり時間がかかってしまったなー、というのが実感。
仕事の方も、ちょっと忙しくなっていたのも読み進めなかったのも一因ではあるのだが、やはり「キリスト教」というあたりが、読み飛ばしていけなかった大きな原因なのだろう。

筋書き的には、イエス・キリストとマグダラのマリアとの関係について、ある秘密結社(「シオン修道会」というらしい)が、カトリック教会(というより、教会をはじめとするキリスト教全般)の目から秘密を守り通してきた。その過去の総長の一人がレオナルド・ダ・ヴィンチで、彼は秘密に関する様々な示唆を絵画をはじめとする作品の中に残している、というのが底流にある流れ。

発端は、この秘密結社の現代の関係者と(と後でわかる)思われるルーブル美術館の館長が殺される場面から。
死体には自らが細工したと思われる「ダビデの星」やらブラックインクのダイイング・メッセージやらなにやら奇妙な仕掛けがあって、この館長の孫娘と犯人に間違えられたアメリカの学者が、その謎から導き出されるキリストの謎を解き明かしていくという展開である。

翻訳家兼妊婦探偵 暮林美央シリーズの3冊目である。

二人目の子供、砂央を出産した後の美央のもとに、「バルーンタウンの手品師」から登場した東都新聞の家庭欄の記者 友永さよりが訪れて、今まで公になっていない事件の話を聞いていくという設定になっている。

暖炉前の引退した名探偵から、若い人(小説家や新聞記者)が昔話を聞くという、ミステリーの一つの定番をしっかりなぞってある。たしか、岡本綺堂の「半七捕物帳」も同じような設定だったよね。


収録は「バルーンタウンの手毬唄」「幻の妊婦」「読書するコップの謎」「九カ月では遅すぎる」の4編。

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