アガサ・クリスティ 「杉の柩」(ハヤカワ文庫)
この本の主人公のエリノアが、メアリイ・ゲラード殺人の疑いで裁判にかけられているところからこのミステリーは始まる。
この本の主人公のエリノアが、メアリイ・ゲラード殺人の疑いで裁判にかけられているところからこのミステリーは始まる。
殺人事件もふたつ起きるのに、素人みたいな青年が、村の中をうろうろして、殺人事件が起きた家の娘にちょっかいだしたり、美人の家庭教師にぽーっとしたり、生意気そうな妹とおしゃべりしたり、なんか犯人捜しとは、あんまり関係なさそうな話が結構続く。
ま、それはさておき、舞台は、「リムストック」という田舎町。主人公というか、この話の語り手のジェリーは飛行機事故で足を怪我していて、静養も兼ねて、この町に妹とともにやってきた。という設定。
なーんにも事件の起きそうにない田舎町の風情なのだが、どうしてどうして、なんか陰湿な「匿名の手紙」が横行している。それも、秘密を暴き立てるというより、根も葉もない中傷の手紙のようなもの。ジェリー青年も、リムストックで一緒に暮らしているのは、妻でも妹でもない、といった手紙を受け取ることになるが、この内容が、ふーんといって受け流せないほど「嫌らしい手紙」という扱いをされるのは時代のゆえか。
しかし、この「匿名の手紙」が事件の引き金というか、原因になってしまうのだから、たかが手紙といってもあなどれない。
弁護士のシミントン氏の夫人が、この手紙を受け取って内容を見たが、それを苦にして、青酸カリで自殺してしまうのだ。
このシミントンの家っていうのが、夫人の連れ子で美人そうなのだが、蓮っ葉そうな娘(ミーガン、という名前だ)がいたり、自殺した夫人も結構キツそうな女性だ。
創元推理文庫版の表題どおり、13の短篇が収録されている。
設定は、マープル伯母さんの甥のレイモンド(小説家をやっているらしい)を筆頭に、元警視総監、女流画家、女優などが、自分が出会ったり、見聞した昔の難事件(真相は、話をする当人は知っているのだが)を語り、その真相をあてるという趣向の「火曜クラブ」で、編みものをしながら傍らで聞いている「マープル伯母さん」が次々と犯人をあてたり、謎を解明していくという安楽椅子探偵物。
収録されているのは
「火曜クラブ」「アシタルテの祠」「金塊事件」「舗道の血痕」「動機対機会」「聖ぺテロの指のあと」「青いゼラニウム」「二人の老嬢」「四人の容疑者」「クリスマスの悲劇」「毒草」「バンガロー事件」「溺死」
謎解きすべき事件や犯人は多種多様。
エビの食中毒にみせかけた毒殺事件(「火曜クラブ」)や、沈没した船に積まれていた金塊がごっそりなくなっていた「金塊事件」、壁紙の花のプリントが青く変色するとき、その家の女主人が殺される「青いゼラニウム」や、雇主の女性が普段は仲の良かったコンパニオンを殺すという「二人の老嬢」(この話の途中に「他人から見たら、老嬢は誰も同じに見える」といった今なら女性蔑視でとっちめられそうなくだりもあり、思わず頷いてしまいそうになる)などなど、13の話がそれなりに趣向が凝らされ、奇妙な事件に仕立てあがっている。
ナイロン靴下のことをネットで調べると
Nylon Stockings(ナイロン・ストッキング)1939年から 40 年にかけてニューヨークとサンフランシスコで万国博覧会が開かれた。会場に押し寄せた観客の注目を集めたのは、デユポン社が出品したナイロン・ストッキングであった。1930 年代の後半までアメリカは絹靴下の世界最大の生産国であった
1940 年5 月、この商品はアメリカの主要都市で発売された。発売日には、大勢の人が早朝からロープで仕切った店の前につめかけた。ニューヨークでは初日だけで72,000 足売れた。絹ストッキングが1 足75 セントだったのに対し、ナイロン・ストッキングは1ドル 15 セントだったが、誰もがナイロン製を買った。日本の絹市場は完全に暴落したのだ。
真珠湾攻撃の直後 、第32 代大統領F.D.Roosevelt がアメリカが民主主義のための兵器製造所になることを求めると、民間産業はこの要請に応えた。デユポン社も政府の統制を受け、利用できる全てのナイロンを使ってパラシュート、テント等の軍事品を生産した。女性たちも古いナイロン・ストッキングを飛行機のタイヤに再利用する廃品運動に協力した。彼等はしぶしぶ以前のたるみのでる絹靴下をはいたのだが、なかにはナイロン・ストッキングをはいているように見せるため、まゆ墨用の鉛筆でふくらはぎに縫い目をかくといった足化粧をした女性もいた。戦時中、オクラホマ州の60 人の若い女性に「この戦争でなくしてしまったため最も悲しく思うものは何か」と尋ねたところ、20 名が男性、40 名がナイロン・ストッキングと答えたという。当時の女性にはナイロン製はそれほど貴重品であった。
という記述がある。絹なんて目じゃないほどの貴重品だったわけだ。
さて最初の殺人は、投資信託会社の社長(レックス・フォテスキュー)が、毒殺されるもの。イギリスならではの(今もこうした風習がビジネスシーンで残っているかどうかは寡聞にして知らないのだが)ティータイム。タイプ室で、お湯が温いだの、クッキーがしけってるだのといっているうちに、秘書の入れた紅茶を飲んだ社長が、苦しみ出して、死んでしまう。おまけに、その時の社長のポケットに中にはライ麦が入っていた、というのが最初の殺人。このときに使われた毒が「タキシン」というもので、イチイという木の実や葉に大量に含まれているらしい。(イチイってのはなんだ?、という人は、この記事の最後をどうぞ。いちおう調べました。官位もちだったんですねー。偉い木だったんだ。)このイチイが大量に植えられているのが、その社長の邸宅ということや、タキシンという毒が遅効性であることで、その秘書の疑いは晴れるのだが、いつもどおり、金髪美人へのクリスティの風当たりは厳しい。
さて金髪美人いじめはさておいて、この社長の家族というのが、いずれも疑われてもよさそうな人間ばかり。殺された社長にしてからが、若い頃から結構阿漕に儲けてきた設定になっているので無理もないのだが、数年前に結婚した財産目当てが見え見えの若い後妻、最近投資方法がめちゃくちゃになってきた父親(そのせいで会社も傾きかけているらしい)に一向に会社を任せてもらえない長男夫婦、そして若い頃の放蕩のせいで勘当まがいになっていたが、最近許されて帰国しようとしている次男(ちなみに次男は、落ちぶれ貴族の娘さんと最近結婚したらしい)。屋敷の使用人は、やたら行儀に厳しそうな家政婦と飲んだくれの執事、ちょっと抜けたメイドといった面々。
事件の舞台は、ミス・マープルの住むセント・メアリ・ミード村。しかもマープルの友人のパントリー夫人の夫パントリー大佐の書斎に若い女性の死体が転がっていたというもの。
ミード村の習慣、朝9時から9時半までに村の近所の人達へ電話で朝の挨拶をかける時間になっていて、その日の計画や招待とかの時間も連絡することになっているとか、夜の9時半以降に電話をかけることは、失礼にあたると考えられている、とかいった田舎らしいエピソードも語られる。
この死んでいた女性は、厚化粧で、安っぽい背の開いたイヴニングドレスを着ているといった、ちょっとスキャンダラスな死体。近くのホテルのダンサーをしているという設定だから無理もないのだが、こうした女性に対しては、クリスティはかなり厳しいのが常だから、かなり辛辣である。まあ、このあたりの死体の確認とか、この女の様子とかが、最後の謎解きに向けて、いろんな仕掛けが施されているのだが、ちょっと気がつかなかった。
マープルものが
「グリーンショウ氏の阿房宮」
の1篇である。
「クリスマス・プディングの冒険」は、東洋の国の王子のもとから持ち逃げされたルビーのあとをおって、ポアロがイギリスの田舎のレイシイ一家のもとでクリスマスを過ごしながら、ルビー泥棒からルビーを取り戻す話。
レイシイ一家には、レイシイ夫妻のほか、セアラという一人娘。セアラの恋人になっているリーウォートリィという男と彼の妹という女性(この女性は、手術後の具合が悪いということでポアロの前に最後にならないと現れない)
ダイアナ・ミドルトンというキツそうな女性、そして孫息子のコリンとその友人のマイケル。いとこのブリジッド(この娘は黒髪だ。金髪でないということは、クリスティが好意をもっている証拠だネ)が泊まっていて、この三人の子供たちが、ポアロを一杯ひっかけようとして殺人事件をでっちあげるといったハプニングをうまく利用して、ルビー泥棒を追っ払うストーリーである。
話は、クリスティらしく手馴れているが、この話の見せ所というか読ませ所の一つは、「イギリスの昔ながらのクリスマス」だろう。
カキのスープ、詰め物をした七面鳥料理、それから指輪だとか独身者用のボタン(これは何だかよくわからないが)をいれたプラム・プディングを皆で食べるシーン とか ヤドリギの下に立っている女性にはキスしていいという風習だとか、イギリスのクリスマス(それも昔風の)の情景は楽しい。
話は、看護婦である エイミー・レザラン が遺跡調査をしている考古学者 エリック・レイドナー から妻の ルイズ の付き添いをしてもらいたいと申し出られるところからはじまる。
このルイズという女性、何かの「恐怖症」にかかっていて、神経衰弱になっているというのだ。
遺跡発掘を行っている町に着き、ルイズが恐れている原因を聞くと、彼女は既に(第1次世界大戦中に)死んだはずの前夫からの脅迫状に怯えている。(この前夫っていうのをドイツのスパイだとルイズが告発したのが死んだ一因のよう)この脅迫状は、彼女が誰か別の男性と結婚しようとすると、きまって舞い込んでくる。レイドナー博士と結婚するときは、こなかったので安心していたら、結婚して数月したらやってきた。
この発掘現場にも脅迫状が届くようになり、おまけに時折、仮面のような顔が窓から覗く時がある。
この脅迫状が段々エスカレートしてきて、ついには「殺す」といった文面になった、とのことである。
この脅迫者は、、本当に前夫なのか、彼は生きているのか、あるいは他の者が、ルイズに恨みを抱いているのか・・・と、脅迫状の犯人探しをしているうちに殺人事件がおこる。
殺されるのは
ルイズ
である。
発端は、ポアロの古くからの友人で、ホームズものでいうワトソン役をつとめるヘイスティングスが、南米から帰ってくるところから始まる。
彼がポアロのもとを訪ねた時に、泥まみれで憔悴しきった男が訪ねてくる。男は不意に「ビッグ4」のことを喋り始め、そのまま昏倒する。その男が、ポアロの留守中に、何ものかに毒殺される。しかもさるぐつわをはめられたままで・・
といったところから物語は始まる。
”ビッグ4”というのは、
ナンバー・ワンはリー・チャン・チェンという名の中国人で、中国の実質の支配者
ナンバー・ツーはアメリカ人で、金力の象徴
ナンバー・スリーは、女性でフランス人。花柳界の妖婦という評判。
ナンバー・フォーは、実態がわからない。ただ「破壊者」と呼ばれている。
といった設定で、どうも、この”ビッグ4”が世界の支配を企んでおり、ポアロのところを訪ねた男は、その魔の手から逃れてきた男らしい。