宮嶋茂樹・勝谷誠彦 「不肖・宮島 南極観測隊ニ同行ス」(新潮文庫)

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世界のありとあらゆるホットスポット取材敢行する体当たりカメラマン 宮島茂樹さんの南極ルポ。

行程は、観測船しらせに乗り込んで、昭和基地を経て、南極大陸内部のドーム基地に2ヶ月滞在して帰ってくるというもの。
1年4ヶ月滞在する本式の南極越冬隊に比べたら楽なもの、といった感じで始まるが、どうしてどうして、現地に行けば、隊員並みに物資の運搬(食料から燃料まで持ち込まないと近くには物資はない(当たり前か)、おまけに近くまでは車やヘリで運んでも、基地内部へは人力運搬なのだ)をやらされたり、観測とか決まった仕事もないのだからと隊員のお手伝い(といえば聞こえはよいが、実質は下働き)に過酷に借り出されたり。カメラマンも楽ではなさそう。

とはいっても、そこはアフガンからイラクまでありとあらゆる悪地を転戦した「不肖・宮島」カメラマンと文春スタッフ。「しらせ」や「昭和基地」に設置されている郵便局のプレミア消印の大量取得を狙ったり、ドーム基地にダッチワイフを持ち込んで海上保安庁旗の横で写真を撮ったり、とか結構な仕掛けをやってくれている。

あれやこれやの大騒ぎをやり、罵詈雑言を浴びせながら、観測隊との別れの場面(通常の観測隊は1年4ヶ月間滞在するのだが、宮島カメラマンは、2ヶ月だけ滞在して前年派遣の観測隊とともに帰国する行程)では、思わず涙ぐんでしまったり・・・。

同行中の写真も多く、「南極観測隊異聞」といった感じで楽しんでほしい本。

文中には

南極観測の隊員のほとんどはそれぞれ国に待つ人を持つ身だが、帰国後に泣くか笑うかは、「その女と籍をいれているかどうかだ」なぜなら1年4ヶ月の間給料を使わない亭主をもつかもたないかの違いだ

とか

南極には人工的なものは何一つ残してはいけない。このため、日本政府はかって持っていた「みずほ」「あすか」といった内陸基地の正式閉鎖を宣言していない。なぜなら宣言すると基地全部をきれいさっぱり持って帰らないといけないからだ

とか

ドーム基地はポル・ポト時代にカンボジアよろしく原始共産社会である。インテリ、学者、医者などが非人道的な労働を強制されるし、水制限、風呂制限など、規則に縛られた生活。そして個人所有が一切ない。

とか

腹をかかえそうな分析や宮嶋カメラマンお得意の罵詈雑言、悪口の嵐も健在である。

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このページは、が2005年12月11日 17:16に書いたブログ記事です。

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