江戸に惚れ込んでいた、杉浦日向子さんの「江戸」についてのエッセイ集である。この人の江戸ものはコミックでも葛飾北斎を描いた「えひもせず」や怪談集の体裁をとった「百物語」などなど、数々あるのだが、いずれも「江戸」が好きで好きで堪らない雰囲気が伝わってきて、筋立てのほかに「江戸」が楽しめて、なんとも風情のあるものだった。
そういう人の江戸エッセイであるから、そこかしこに作者が惚れ込んだ「江戸情緒」がこぼれだしてきて、江戸流にいえば、「なんとも粋」な出来である。
構成は
江戸の粋と遊び
江戸のくらし
江戸の食事情
の三部構成で、それぞれ江戸の暮らしを描いてある。
全体に、該博な江戸時代の知識をそこかしこに散らしながら、けして嫌みになっていないのが、この人の人柄なのだろう。
例えば、「無能の人々」のくだりでは
無能の人は太泰平の逸民です。上下がひっくり返る、大掃除の動乱の世には、どこかに取り紛れて見失っているものの、世の中が静まり落ち着いて来ると、いつの間にか、隅っこの方に溜まっている、泰平のほこりともいえます。・・・江戸時代の泰平は、その六倍を超える、二六〇年ですから、当然その分、カスの出た量も多かったようです。
といったあたりや
実用外の贅沢、すなわち、「無用の贅」こそが粋の本質です。
無用の贅。日常生活に少しも必要でない暇潰しと、何の役にも立たない座興におぼれてひたすら消費する、これが粋な人の生き方です
といったへんは、「江戸」というものを読み解くキーワードである「粋」を見事に教えてくれるし、
大都市である江戸が二百五十年間の泰平を保つことができた価値観を示すキーワードは「持たず」、「急がず」、この二つの言葉だけです。
「持たず」には二つの意味があります。一つは物を持たない。・・・もう一つの持たないはコンプレックスです。
・・・自分は自分という自信を持って日々を暮らせば、せちがらくない。・・・次の「急がず」、これも二つあります。一つの急がずは、仕事を急がない。・・・急げば三日早く仕上がる仕事は、逆に三日延ばして丁寧にやる、こういう気持ちが職人のプライドであり、誇りなんですね。もうひとつは人づきあいです。諸国の吹きだまりである寄り合い所帯の江戸では、人とのつきあいを、細やかに手を抜かず、急がずやっていかないと、支え合ってこそ成り立つ共同体の中でつまはじみになってしまう(江戸のくらしとみち)
といったところでは、江戸時代の寄り添いながら、平和に生きる術を垣間見せてくれるし、
「お江戸の妖怪めぐり」の
江戸は、妖怪と人間が常に渾然一体になっていた
橋の上っていうのは、本来無いところに道を通した、非現実の空間なんです。また、彼岸と此岸を結ぶっていうのは、あの世とこの世を結ぶっていう意識ともつながりますから、生死の境界線をつなぐっていう、日常とかけ離れた空間になる。特に水面から高い高橋が出やすいんです。
といったあたりは、筆者のコミックの一場面を思いださせる。(どんな作品の、どんなところかは、各人で探してみてね)
なによりも、私の好きなのは、やはり食べ物やその周辺の暮らしに関わるエッセイで
「江戸のかおり」の
江戸は単身者の都だった。自宅では、せいぜい良くて、おまんまを炊くばかり。おかずは、買い置きの、煮豆、佃煮、たくあんなど。長屋には、正規の台所がなく、ちょっとした土間の隅に、水瓶をおき、自費にてかまどを設置するのが、なによりのぜいたく。だから、たいていのところは、まないたも包丁もない。なっぱなら手でちぎるし、豆腐は豆腐売りに、サイの目とか短冊とかに、あんばいよく切ってもらう。おかずに魚が欲しければ、振り売りの魚屋さんに、三枚なりサクなり、好きなようにさばいてもらう。
・・・
昼。外食。といっても、気のきいた定食屋があるじゃなし、屋台の立ち食いである。三食屋台ですますのもめずらしくない。屋台はそれぞれ一品しか商わないが、たくさんの屋台があるから、移動しつつ食べ歩けば、バイキング状態である。
・・・
夜。夜は朝の残り飯を、茶づけかぞうすいにしてサラサラとかっこむ。ものたりなければ、これまた、屋台の、風鈴そば(夜なきそば)やおいなりさんを呼びとめて、いっとき腹ふさぎをし、茶碗酒でもちびちびなめて、床につく。屋台は、二十四時間入れ代わりたち替わりだから、いつなんどきでも、なにがしかの食べ物にはありつけた。
すなわち、およそ生活臭というものに縁遠かったのが江戸の長屋のくらしであった。
くらしやら派生するにおいは江戸の場合、都市の活気が発散するに賑わいのにおいそのものであり、個々の家庭から流れ出るものではなかった。
のへんでは、さながら自分も江戸の長屋ぐらしをしているようであり、
屋台で食べる形式が江戸の特徴でした。
屋台ですから立ち食いです。つまり丼物がどんどん生まれてくるわけなんです。丼を手でもって、片方はお箸を持ち。一つの丼の中に完結した料理が出来上がっているというのが江戸の特徴で、京の定食、江戸の丼といいます。
・・・
江戸前のお店で出す天丼は、ふたをしないのが原則なんです。なぜかといいますと、もとは立ち食いですからふたをとるとお箸が持てないんです(江戸ぐるめ事情)
では、なにか江戸通になった気すらするし、
江戸の町には「胡椒飯」というぶっっかけ飯がありました。・・・胡椒飯はご飯の上にヅケの薄切りや、ちりめんじゃこなどをのせて粒胡椒をまぶし、だし汁をかけるものです。これはどちらかというとオツな食べ物でした。
そこへいくと「奈良茶飯」というぶっかけ飯はポピュラーで、よく食べられていました。これは現在でも奈良にある緑茶で炊いた茶がゆとほぼ同じもの
・・・
それから、江戸中期に開発が始まって漁師が住み着き始めた深川にもぶっかけ飯が登場します。今でも残る「深川飯」です。現在の深川飯は浅蜊をご飯にまぜて炊く炊き込みご飯ですが、江戸時代の深川飯は根深ねぎをざくざく入れた浅蜊の味噌汁を、ご飯にぶっかけてじゃぶじゃぶ食べるものでした。
・・・
江戸時代、ぶっかけ飯は男のものでした。
それも職人衆や商家の小僧などの独身男だけではなく、貧乏長屋の所帯持ちは家庭でも食べました。
・・・
一方の娘衆は「ぶっかけ飯を食べると嫁入りの日に雨が降る」といわれたものです。はしたないから女の食事ではないというのです。けれども、止められればなおさら食べたくなるのが人情。そんなときは味噌汁椀の方へご飯をいれてしまえばいいのです。そうすれば、ぶっかけ飯ではなくて飯入り汁になるからです。
(カレーライス隆盛の秘密)
のくだりを読むと、行儀が悪いが、なんとかならないかな、と飯と味噌汁の残りがあったかどうか確かめたくなる、といった具合である。
さながら、いながらにして、江戸がまるごと、ガイド付きで楽しめる一冊、といってよい。
いったいに、「江戸」の語り手といったら、杉浦日向子さんをおいてほかにはない、と昔、NHKの「お江戸でござる」なぞを見て思っていたし、さらには「百物語」をはじめとしていくつかの江戸物のコミックを読むきっかけにもなっていたのだが、残念ながら、若くして亡くなってしまった。
その後、この人のような「江戸」の語り部はでてきていないのが残念でしかたがない。誰か衣鉢を継いでくれないかしら。

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