向笠千恵子「すきやき通」(平凡社新書)

料理の栄華盛衰というのはあるようで、その中でもアップダウンの厳しいのは、肉料理であるのかもしれない。
例えば、牛肉のスステーキなんていうのは、当方が子供の頃は、どうかするとアメリカ映画の中の出来事であったものが、いつのまにか日常のものになり、ひいては「◯◯肉」っていう銘柄がつかないと高級感がでなくなってしまっている。
そうしたものの一種に「すき焼き」もあろうようで、以前は「御馳走」の際たるもので、昭和30年代から40年代なぞは、「豚肉」のすき焼きっていうのが通例であったような気がする。
ともかく、本書の構成は
まえがきーすき焼き好き
第1章 すき焼きは、ねぎを味わうごちそう


第2章 鍋から考えるすき焼きのごちそう度


第3章 浅草の牛鍋は、文明開化の味がする


第4章 元祖「牛肉食い」福沢諭吉と元祖牛鍋屋


第5章 日本三大ブランド牛ー近江牛、神戸牛(但馬牛)、松阪牛


第6章 松阪牛の奈を広めた天下の名店


第7章 知られざる名牛ー米沢牛、前沢粋、仙台牛、隠岐牛、壱岐牛、見島牛


第8章 彦根から近江牛すき焼きを取り寄せる


第9章 常識をくつがえす個性派すき焼き


第10章 京都と東京ーすき焼き名店食べ歩き


第11章 浅草「ちんや」が語るすき焼きないしょ話
あとがき
となっていて、すでに成り上がった「すき焼き」の名店や名高い肉を食べるところは、こうした「食べもの本」の通例であって、松坂「和田金」で

砂糖は箸でつまんで少しづつふりかけていく。何度もはらはらと落とすうちに、肉の表面がまんべんなく小雪が降りかかったような表情になる。
(中略)
次は、広げた肉の要所要所に醤油をちょんちょんと落としていく。諸うつはたまりしょうゆで、見るからに濃い色で、味もたしかに濃いけれど、ごく甘口である。
(中略)
恥ずかしながら、先ほどからよだれがこむあげている。
大きな肉をそのまま溶き卵にちょんとつけて、はふっ。
肉は熱いが、卵は冷たい。熱いと冷たいが口の中でうまく合わさって、ちょうどいい温度。霜降りの脂部分がすうっと溶けていく。歯をあてると赤身がとろけはじめる。噛むというほどの実感ではない、それだけに、一口ずつ噛み切るという感覚もなく、ごく自然に口の中でほぐれ、のどに通ってしまう。(P106)
といったすき焼きを堪能したり、仙台「かとう」で
リブロースは、赤身の色はあくまで濃く、脂は全体にきめが詰んで象牙色を帯びている。みごとに細かく散った霜降りだ。また大きく薄めに切ってあるから、ゆったりとした印象。先ほど肉を折ったまま焼いたのも、厚みを計算してのことだろう。
その証拠に、大きいまま口に押し込んだ肉が、すすっととろけていく。肉の味はしっかり重厚なのに、脂はさらりと口のとこかに流れ去っていく感じ(P136)
を味わったりというのが、成り上がった料理を味わう定番なのかもしれない。
ただ、すき焼きというもの、その出立ち、成り立ちから、やはり、高級になっただけではもったいない。
もともとが、
牛鍋の味が濃いのは、江戸庶民に田舎者が多かったからである。江戸は常に男性人口が過剰だったし、明治になってからはさらに人が流れ込んだから、濃い味のおかずでご飯をたくさん食べる習慣が蔓延したと思われる。(P54)
というもの、
隣の部屋も佳境に入ったようで、大きな笑い声があがっている。おおいに笑い、おおいに食うーこれぞ、すき焼き宴会の醍醐味であろうし、明治時代の「江知勝」も今日とまったく同じ雰囲気だったと思う。(P209)
とか
帰りがけ、無理をいって大広間をのぞかせてもらった。超満員だ。熱気もうもうで、赤ら顔や満腹顔の人たちばかり。楽しそうに声高にしゃっべっている。実は江戸時代まで食事は箱膳でひとりづつ食べるのが普通だったから、食卓を囲み、鍋を囲む風景は近代以降の文化なのである。
これこそが、明治文化の最先端文学にしてグルメ文学「安愚楽鍋」に描かれた世界だ。(P235)
といった猥雑さをなくしてしまうと、すき焼きが、すき焼きでなくなってしまうというものであろう。「すき焼き」の猥雑と庶民性がこれからも失われないことを願って、この稿は了とする。

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