「横丁」は都会の魔力の表れか ー 矢吹申彦「東京の100横丁」

「横丁」の定義っていうのはよくわからないところで、本書には
地産地消と相俟って、地域の活性化のための屋台村が元気だと聞く。屋台村と云っても屋台型に限るわけではなく、幾つかの店が入る固定型施設、いわば横丁。
(中略)
確かに酒場と旨いものが並ぶと、昔から必ず横丁の名が付いた。
とある。ただ、なんとなく「横丁」と「ガード下」は都会、しかも東京の専権事項のような気が、個人的にはしていて、そんな「東京の横丁」を集めたエッセイが本書。
とりあげられる横丁は、下北沢駅前食品市場に始まり、人形街、東向島、新橋、元麻布、両国、日本橋といった「旧・東京」あるいは「江戸」からの由緒正しいものから、銀座・みゆき通り、新宿・中央通り、西荻窪、吉祥寺といったところまで多士済々であるのだが、やはり「都会地」の独壇場である。
といっても、都会地で人出が多ければ「横丁」ではないらしく、「築地・魚がし横丁」の章では
東洋一、いや世界一とも云われるこの市場を、たとえ場内の迷路のような路地を刺したとしても、とても横丁とは呼べない。ならば場外市場の方かと云えば、こちらも三百軒以上の店がひしめいていて、横丁の規模を超えている。そんな中に、本物の横丁を見つけた、場内の一角にある食事処の並ぶ”魚がし横丁”である。
であったり、「旧東海道・品川宿」の章では
目黒川を渡った南品川は提灯もなく、祭りではないらしい。商店街は続くが、横丁と呼ぶには長すぎる。それでもおちこちの角を曲がれば、船宿兼天ぷら屋のある横丁、ギャラリーのある横丁と、横丁覗きには事欠かない
などと「横丁」も結構難しいようで、少し歩くと通りぬけられる、ほどほどの長さで、飲食店、雑貨屋などが渾然とあるのが横丁といえるようなのだが、その「横丁歩き」の楽しみは「恋文横丁」で子どもの頃、ネギ味噌を好んだ記憶を語りながら、
記憶を頼りに何度か試みたねぎ味噌は確かに旨い。酒のアテには上等だ。そう横丁の記憶は美味しさの記憶でもあったのだ。
であったり、「青山通りの孫横丁」で
入って直ぐ左の焼肉屋、サボテン屋と続き、曲がればうなぎ屋、天ぷら屋が並ぶ、人通りの少ない通りの横丁の割にはなかなか充実していると思っていたら、その横丁に思いがけず知人が店を開いた。
(中略)
そんな横丁なら、青山通りは幾らもかかえていると云われるだろうが、その横丁横丁を自分のものにするからこそ面白い。他所の人が素通りしていくのを笑いながらやり過ごし、横丁に吹く東風でも秋風でも風をひとり肌で感じる。
であったり、昔の記憶で色付けされた、なつかしみと新しい出会いを楽しむものであるらしい。
このあたり、東京に子供の頃から住まう筆者の専売特許的なところもあるのだが、時折、東京に出向く「辺境の民」である当方にも、本書片手に彷徨ってみても面白いかも、と思わせるのが「横丁」の魔力というものか。
 「横丁」侮りがたし、なのである。

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