月別アーカイブ: 2016年1月

”What Is life?”(人生とは何か?) — 小野美由紀「人生に疲れたらスペイン巡礼ー飲み、食べ、歩く800キロの旅」(光文社新書)

アジアやフランス・ドイツといったところを歩く若い女性の旅行記は珍しくないのだが、スペインのしかも「巡礼の旅」という題材は珍しい。
構成は
第1章 スペイン巡礼とは何か
 カミーノ・デ・サンティアゴ7つの魅力
 スペイン巡礼基礎知識
 巡礼の費用と持ち物
第2章 わたしの巡礼
 緑の山脈を越える、肉体の道
 草原をひたすら歩く、頭の道
 ゴールに向かう、魂の道
第3章 自分らしい巡礼路を楽しむために
 巡礼路は一つではない
 美食のスペインを味わい尽くす
となっていて、目次を見た段階では、ありきたりの旅に飽きてしまった女性ライターが、巡礼の旅に挑戦。巡礼の旅の途中で出会う美食とハプニング、そして旅の案内といったところか、と思っていたらそうではなかった。
仕事に疲れてパニック障害になり、仕事を辞めた筆者が、韓国人の宗教学者で、世界各地の聖地を巡っている金教授に言葉を思い出し、再出発をするためにスペインのカミーノ・デ・サンティアゴの巡礼に赴くといった内容が第2章。
なので、第1章、第3章の巡礼の旅のガイド的なところと第2章の巡礼のルポのあたりは風合いがかなり異なると思っておいたほうがいい。
で、巡礼の旅と言うと、近くは四国の札所巡りがあるのだが、筆者が触発された金教授の言葉とは
人生と旅の荷造りは同じ。いらない荷物をどんどん捨てて、最後の最後に残ったものだけが、その人自身なんですね。歩くこと、旅することは、その「いらないもの」と「どうしても捨てられないもの」を識別するための作業なんですよ、聖地というのは、すべて、そのための装置なんです。私の人生は残り長くて20年ぐらいだけど、その間にどれぐらい、いらないものを捨てられるかが、「自分が何者だったか」を決めるんです
という。およそ「旅のススメ」とは異なったもので、巡礼の旅とはそうした言葉にsんボライズされるようなものであるらしい。
で、旅の行動的には、「35日をかけてフランス南部 サン・ジャン・ピエド・ポー から聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラを目指して歩く(時折、タクシー、バスを利用する人はあるらしいのだが)旅」なのだが、「巡礼旅」らしく、アウトドアやウォーキングの旅とは違い、出会う人も、旅好きだった夫と3年前に死別し、その気持ちを整理するために巡礼旅をするアメリカの女性であったり、知的障害のある兄と会社経営をしている父親と同行している、実は親と仲の悪い弟であったり、就職難で喘ぐ韓国から父親と喧嘩の末一時逃げ出して巡礼旅をする韓国の女子大学生であったり、それぞれの事情が重たいのである。
筆者はこの34キロを歩く旅の中で、出会った人から
あなたはまだ、他人の時間に引きずられているのよ。都会の慌ただしくて、人に左右される時間のまんま。でも、それじゃ体を壊しちゃうわ
とか
毎日、月曜日だ、火曜日だと思ってする仕事はいけないよ。毎日が土曜、日曜、祝日と思えるような仕事に就きなさい。私は働いていた41年間、1日も”仕事をした”と思ったことはないよ
とか
人が人に何かを与える方法ってたくさんあるわ。でもそれは人それぞれ違う形なの。・・一つだけそれを見つけるために必要な言葉を教えてあげる。”Do what you want to do”(あなたがやりたいことをしなさい)よ
といった言葉をかけられながら、病み疲れた心を癒し、解放し、新たなステージに移って(あえて登っていく、という表現はやめておく)いくのだが、そのアドバイスも、筆者のそれぞれの心のステージごとの色合いに沿ってなされていくっていうのが、やはり「巡礼旅」というものであろうか。
旅の途中、ブラジルから来たマルコスから発せられた”What Is life?”(人生とは何か?)という問いに筆者が旅のゴールでどういう結論を出したか、は本書を読んでもらうとして、久々に「硬派」な旅行記でありました。

空き家を取り巻くお寒い現状 — 長嶋 修「「空き家」が蝕む日本(ポプラ新書)

日本全体の人口減少の話や地方創生・地方の活性化の話が喧しくなり始めるのと並行して、「空き家」の問題が様々な形でクローズアップされてきている。それは、空き家による都市の空洞化の問題であったり、空き家を活用したリノベーションの話であったり様々であるのだ、皆一様に膨大な空き家の数に圧倒されて立ちすくんでいるように思えてならない。

本書は不動産会社での勤務を経て、不動産のコンサルタントしている筆者による。「空き家問題」についての考察本。「考察本」と書いたのは、他書と同じように「空き家」の解決策を提示しようと試みるも、途中で立ち止まっている感があるため、

構成は

第1章 日本の不動産、現場からの疑問

第2章 「空き家」が増え続けるのはなぜか?

第3章 日本の住宅はなぜ寿命が短いのか?

第4章 賃貸住宅が貧弱なのはなぜか?

第5章 物件情報はこうして囲い込まれる

第6章 エネルギー問題と住宅政策

第7章 海外シフトする不動産投資

となっているのだが、「空き家」問題について読もうというなら、第1章から第5章までがメインで、当方の感じでは、不動産業界に身を置いている人による業界の裏ネタも含めた「空き家」問題の分析という感じで読むのが良い気がする。

例えばそれは、

不動産の価格は、客観的で論理的な裏付けを持って厳密に査定されるものだとばかり思ってました。ところが、価格査定の場面では、査定の妥当性を担保するような根拠や概念が全くありません

とか

(物件情報を)登録してもすぐ削除してしまう。データベースに登録しない、などの行為がまかり通ってます。あるいは情報は登録するものの、他社に客付けさせないのです。物件情報の確認で他社が電話をすると、「話が入ってますので」などと曖昧な回答をし、情報を公開しないのです。

といったところで、これが真実であれば、「空き家」問題の解決に必須である「中古住宅」の流通という要のところ自体が機能していないこととなる。

筆者としては、リフォームた修繕を評価に入れた、中古住宅を再評価する仕組みや借地借家法の見直し(当方が学生の頃は日本の借地借家法は弱者に配慮した良法だと記憶しているのだが、時代の変遷にどうやら乗り遅れているらしい)、不動産の媒介契約を「オープン型」「クローズ型(囲い込み型)」に分ける運用など、各種の提案がされているのだが、実現には結構ハードルがありそうな気が素人ながらしてくる。

「空き家問題」は結構歯ごたえのある代物のようですな。

若き女性の鉄道”旅”ミステリー — 柴田よしき「夢より短い旅の果て」(角川文庫)

鉄道ミステリーといえば、時刻表片手にあれこれ乗り換えの可能性であるとか、列車のすれ違いの時間差であるとか、やけに細かなアリバイとそれを崩す刑事たちの捜査が中心となって、残念ながら時刻表のような細かな字にはできるだけ接したくない当方のような類いにとって妙に苦手な分野である。

その点、この「鉄道ミステリー」は、謎解き役が、むさ苦しい中年刑事でなく、うら若い女子大生で、どちらかといえば「鉄道旅」ミステリーであるのが好印象。

とは言っても、構成は

夢より短い旅に出る【横浜高速鉄道こどもの国線】

夜を走る【急行能登】

非行少女の時をゆく【北陸鉄道浅野川線】

絶景へと走りこむ【氷見線】

いつか終わる旅【JR日光線】

長い、長い、長い想い【飯田線】

新しい路【沖縄都市モノレールゆいレール】

旅の果て、空のかなた【JR常磐線】

となっていて、時刻表の隙間をついた殺人事件こそないものの、それぞれの鉄道の魅力もしっかり書いてあって、そこは女性にはまだまだ珍しい「鉄道オタク」である筆者面目躍如というところ。鉄道ファンにも十分楽しめるのでは、と鉄道にはほとんど興味のない当方が勝手に憶測してみる。

筋立ては(少しのネタバレをご容赦いただいて)東京聖華女子大旅行同好会会員で、西神奈川大学鉄道旅同好会の正式会員になりたがっている主人 四十九院香澄(「つるしいんかすみ」と読むらしいが、結局最後まで当方は覚えきらんかった)が、叔父の失踪の原因を探っていくという全話を通じた太い謎に、それぞれの小話の、「夢より短い旅に出る」の三駅しかない鉄道から改札を出ようとしない男の謎であるとか、「いつか終わる旅」の電車内で偶然同行することになった、どこか世間ずれしているワンピースにウエスタンブーツ、山姥メイクの少女が一人で日光まで旅している謎とかが絡まっていくという形式。

総じて「鉄道ミステリー」とりわけ「鉄道旅」のミステリーは、「旅」という非日常なものが入り込んでくるせいか、現実のドロドロしたものからちょっと離れたふわっとした風情があるもので、がっつりとした社会派が好きな人はどうか知らないが、万人向けに、後味軽く読めるものが多くて、「無聊をうっちゃる」というミステリーの目的に非常に適った存在で、本書もまさにそのもの。

香澄の叔父の失踪の謎は何なのか、は本書に直にあたってもらうとして、そうした謎解きを楽しむとともに、「鉄道旅」のワクワク感を味わせてくれる一冊であります。

タイムトラベラーネタを使った時代ミステリー — 柴田よしき「小袖日記」(文春文庫)

以前のエントリーで森谷明子さんの「源氏物語」のシリーズを取り上げたのだが、それとはまた違った風味の「源氏もの」のミステリーがこの「小袖日記」。
設定は、というと、森谷さんの「白の祝宴」「望月の後」といった作品が、紫式部ないしは、その侍女の阿手木が主人公であるのだが、この「小袖日記」は、雷によって、紫式部の侍女「小袖」と意識が入れ替わった、現代の不倫相手に捨てられたOLというSF仕立ての設定である。
で、そういう仕立てであるから、源氏物語のSF的解釈かというとそうではなく、源氏物語の各帖の裏にある隠された事件の解決ないしは、各帖の基となった事件を解決する、という形。
収録は
第一章 夕顔
第二章 末摘花
第三章 葵
第四章 明石
第五章 若紫
となっていて、源氏物語のメジャーな帖ばかりである。
で幾つか、さわりなりをレビューすると、
第一章の「夕顔」は、原作では、六条の御息所の生霊にとり殺される夕顔なのだが、「小袖日記」では、彼女はいつも袖の中に菓子を忍ばせていて、ある時、それを口にすると血を吐いて死ぬのだが、彼女がいつも菓子を持っていた理由と彼女を殺害したのは誰か、
といった謎解きであるし、
第四章の「明石」は、舞台を明石で、原作では源氏の流罪中に寵愛を受け、源氏が都に帰った後、都へ呼ばれる「明石の君」の真相で、紫式部と小袖が明石で出会った「明石の君」と、都で再会するあ「明石の君」が別人なのだが、そのわけは
といった感じである。
まあ、森谷明子の「源氏シリーズ」とは違い、「源氏物語」を本歌どりした「異譚」といて読むのがよろしいのではないかな。

明治の幻想譚、各種 ー 三木笙子「世界記憶コンクール」(東京創元社)

「人魚は空に還える」で登場した日露戦争当時の名探偵、雑誌社勤めの里見高広と天才挿絵画家 有村 礼シリーズの第二弾である。

収録は

第一話 世界記憶コンクール

第二話 氷のような女

第三話 黄金の日々

第四話 生人形の涙

となっていて、第一話、第三話、第四話は高広が主人公、第二話は高広の父親の、今は司法大臣になった里見基博、第三話は、第一作でも登場した若手の天才彫刻家の森恵である。

ざっくりとシチュエーションをレビューすると、第一話は、質屋の息子が、アメリカから将来売られるであろう「記憶力」の戦争に勝つための選考会で選ばれトレーニングを積増されるのだがその真相は、というもの

第二話は、父親 里見基博が司法省に出仕し始めたわけとが明らかになる話。時期はフランス留学後の話で、氷の検査と、廃棄されるしかない不衛生な氷の大量の使い道のわけ。最後の方で基博の細君との出会いも明らかになる。

第三話は、恵が通い始めた東京美術学校の混血の同級生 唐澤幸生の話。彼が所持しているらしい多治見の陶磁器の製法の争奪騒ぎで、彼を小さな頃に捨てたイギリス人の父親の秘書が登場するのだが、彼女の本当の狙いは、といったお話。

第四話は、高広が主人公であるのは間違いないのだが、彼が直に経験する事件だけではなくて、幕末当時に日本に駐在し、再び日本を訪れた英国のアーリントン卿が幕末当時に出会った生き人形が動く、声を出したという謎と、今回、日本の皇族に授与するために持参した勲章の紛失の謎の両方を解決する話。

話の詳細は原書を読んで欲しいのだが、こういう時代ミステリーの意外な引き立て役は、その時代の影を映すようなものが出てくるかどうかということもあって、そこは第二話の「悪水氷」とか、第三話の陶磁器など、日露戦争当時の明治の日本のことはよく知らないが、さもありなんといったものをきちんと抑えてある。

明治後期というのは、どちらかというと馴染みの薄い時代であると思うのだが、そこがかえってミステリーを忍びこませやすいのかもしれないですね。

女性二人の企業再生ストーリー ー 碧野 圭「書店ガール」(PHP文芸文庫)

稲盛いずみ、渡辺麻友の出演で最初評判をとったものの、失墜してしまったTVドラマのせいか、再度のドラマ化や映画化の話が見えてこないのは、このお話にとっては不幸な事かどうかはわからないのだが、ドラマ化の話を抜いても、かなり面白く読める小説であるのは確か。

主要キャストは

西岡理子、40歳独身、父親と二人暮らし。ペガサス書店の古手店員

北村(小幡)亜紀、27歳の西岡の部下。配偶者は小幡伸光という出版社の副編集長。新婚

という二人で、彼女たちのそれぞれの取り巻きやら、反対派やらといった人たちが周りを取り囲む。

というのも、西岡理子はペガサス書店初の女性店長に抜擢されるが、その吉祥寺店は数月後に閉店されることが決まっており、体の良い後始末役として本店幹部たちに利用されていうということ。

理子は閉店を阻止すべく立ち上がり、その過程で、仇敵関係にあった亜紀と共同戦線を張るのだが、その成否やいかに、といったところがあらすじ。

閉店阻止の方策として、彼女たちが仕掛ける漫画家のサイン会とか、クリスマスフェアとか、営業成績向上のために取る手も様々なトラブルがあって面白いのであるが、平行して読み応えのあるのが、書店内の女同士の争いや、理子が抜擢されて明らかにある男の嫉妬、そして閉店決定をした意外な本ボシの正体とは、といったところも、怖いもの見たさでワクワクするのである。

TVドラマの大コケで敬遠していたのであるが、どうやら食わず嫌いであったようであります。

まあ、最後は次作を読め、とばかりの結末となるのだが、成り上りものストーリの好きな方はおススメであります。

コンビニで好まれる客に見る「職場の雰囲気を良くする」方法

少し古い記事ではあるのだが、梶原しげる氏のBiaCollegeでの連載「プロのしゃべりのテクニック」の2016.12.05付けの記事『すぐキレる客、コンビニでの支払いで透けて見える「人としての器量」』で、コンビニで好かれる客は

いい人の代表は、いわゆる<ガテン系>の皆さんです。強面な感じがするかもしれませんが、作業着で来店した方で、嫌な思いをしたことは一度もない。うちのバイトの子たちもほぼ例外なくうなずきます」

店の近所で作業する人たちは、お昼に、そして仕事終わりにと、工事期間中、何度かやって来る。そのこと自体もありがたいはずだが、何よりうれしいのが彼らの「フレンドリーさ」なのだそうだ。

「声を出してくれるっていうのがうれしいですね。<店のなかはポカポカしてていいねえ><このジュースうまい?><へえ、よかった><細かいお金で払っちゃっていい?><ありがとね~>。レジでのわずか数十秒間のやりとりで、こちらの緊張がすっかりほぐれる。新人なんかは特にそうですよ」

という記事を拝見。かたや嫌われる客は、ダークスーツの中堅サラリーマンで、声を出さない、舌打ちをするといったことが原因だそう。

これをみると、雰囲気を良くするということに必要なのは、キチンとしているとか行儀良いとかいうことではなくて、いかに打ち解けて話す、ということであるようで、これは多くの職場、特にデスクワークが中心の「冷たい」職場にも有効なような気がする。大抵の場合、こうした「冷たい」職場でも、声掛けとか挨拶とかが奨励されて、どうかすると上司が朝から玄関で声掛けなぞをすることが見受けられるのだが、どうも職場の雰囲気を良くしたり、お客さんに入りやすくしたりするのに効果があるとは・・といったことが多いように思う。

肝心なのは声掛けをすればよいというかではなく、いかにフレンドリーな雰囲気をつくることで、それはホワイトカラー的な雰囲気ではなく、ガテン系の現場事務所的な雰囲気であるような気がいたしますですね。

 

Skypeのグループビデオ機能の無料拡大は何をもたらすか?

SkypeがMicrosoftに買収された当時は、あの社特有の囲い込み路線に走ってしまうのではないか、と懸念していたのだが、Googleが先鞭をつけたフリーミアムの世界はMicrosoftといえども抗いようがないらしく、Skypeの無料提供の範囲が広がってきている。

C-netの『「Skype」、モバイル受けにグループビデオを無料提供へ』によれば

Microsoftは「Android」「iPhone」「iPad」「Windows 10 Mobile」へのグループビデオ通話機能の無料提供に向けて取り組みを進めている。

Microsoft関係者は米国時間1月12日、これらプラットフォームを対象に「数週間以内」にグループビデオ通話機能を公開することを明かした(この日は、「Skype」ビデオ通話機能の提供開始の10周年記念日に当たる)。

Skypeのコーポレートバイスプレジデントを務めるGurdeep Pall氏は新しいブログ投稿で、「われわれは数週間以内にこの新機能を膨大な数のモバイルユーザーにロールアウトする予定だ

ということで、無料化の範囲がさらに拡大するらしい。

グループビデオ通話自体は新技術というわけではないのだが、それがモバイル向けに、しかもWindows 10 Mobileだけでなく、ほぼ全てのモバイルOS向けに、Skypeという品質保証付きで提供されるということで、よりビジネスの分散化を進める方向にすすめば嬉しい限り。

いまさらながら、地方創生とか一極集中の是正とか掛け声はいつも大きくて、ほとんど進展せず、少々厳しいことをいえば、昨年来から喧しい「地方創成」すら言葉が古びつつある。

そうなっていく原因は、とかく「地方を活性化する」ということが、東京の機能を特定の地方に引っぺがす、東京から取り上げるという文脈で議論されることが多く、都会在住者と地方在住者との対立を招き、しかも地方在住者も「特定の場所」への移転であるのでそれそれが競い合って結束できない、といったことに陥るからではないか、と思う次第なのである。

Skypeのビデオ通話機能の拡大がこの問題の鍵をにぎるわけではないが、様々なビジネスワークや意思決定行動を行う「場所」の拡大につながることは間違いないと思う。

制度として進まないのであれば、ガジェット環境、Web環境から変えていく、というのも一手ではあるような気がするんである。

ヒューマノイドの可能性を期待する「Pepper+Watson」

Wiredの「ロボット「Pepper」は更なる「知性」を手に入れる」によると

Pepperが、これまでにも増して賢くなりそうだ。IBM社の人工知能システム「Watson(ワトソン)」の支援を受けることが決まったからだ。

(中略)

2社がどのように提携して、作業を進めていくかについての正確な詳細情報はまだ明らかにされていないが、「教室内のティーチングアシスタントから看護補助」に至るまで、Pepperの「幅広い使用事例を検討」していきたいと話している

ということで、PepperにかぎらずAIとリンクすることによって飛躍的に、ヒューマノイドの「知能」がアップすることになるのだろう。そうなると、単純な話し相手から暮らしのパートナーとしての進化が期待できる。個人的にPepperのような人型ロボット、ヒューマノイドに期待しているのは、「個」としてバラバラになりがちで、おそらくその傾向が加速してくであろう「孤立化」「個衆化」の中で、仕事や暮らしのパートナー、アシスタントになるばかりでなく、それぞれの個をつなぐ役割も期待できないか、ということ。

特に引き籠りがちな人と世間をつなぐ約ァ利が期待でないだろうか。対面では恐怖感を抱いて外に出られない人も、画面とか、こうしたヒューマノイドを介して世間とつながる、あるいは仕事をする、といったことが可能になれば、無理に外に出そうとしてもかなわない人に職場を与えることにもならないか、と思う次第である。

そういえば、星新一のショートショートに、職場にひどく人間的な対応をしてくれるワークステーションが導入されて、そのマシンとともに過ごすのが快適で延々と仕事をするといったものがあった記憶があるんだが、そういった個人事のワークステーションが繋がり合うようなイメージ。

なんにせよ、これからの進化が楽しみでありますね。

泉にまつわるストレンジ・ストーリー ー 森谷明子「七姫幻想」(双葉文庫)

「七姫」の謂れは、織女の7つの異称、秋去姫、朝顔姫、薫姫、糸織姫、蜘蛛姫、梶葉姫、百子姫であるらしい。

そのあたりを受けて、収録は

ささがにの泉

秋去衣

薫物合

朝顔斎宮

梶葉襲

百子淵

糸織草子

となっていて、それぞれが独立の物語。話は「七姫」となっているとおり、なにかしら男女の色恋沙汰にまつわる話で、その主人公は、「ささがにの泉」は衣通姫、「秋去衣」は軽大郎女、「薫物合」は軽女、「朝顔斎宮」は藤原娟子、「梶葉襲」は藤原生子こと梅壺女御、「百子淵」は不二原の里の水都刃、「糸織草子」は京都西町奉行所同心の奥方の志乃、といったように素性も、知名度もバラバラで、時代も古代から江戸時代までと、かなり幅広い。

ただ、根っこのところは、先日の「葛野盛衰記」のように、「土地」が主人公の物語といってもいいのかもしれなくて、どれも「藤原の泉」あるいは、そこの出身者ということが共通していて、連続で読むと、独特の共通した風合いが感じられてくる。

ミステリーという分類になるかどうかはちょっと「?」がつくのだが、ストレンジ・ストーリー、異色短編といったところであろう。変わった風味の話が好きな人はぜひどうぞ。