古風なグルメ本も良いものだ — 丸谷才一「食通知ったかぶり」(文春文庫)

少し前に、Kindle日替わりセールにエントリーされていて、かなり前の出版なのだがなー、思ったのが再読のきっかけ。初出掲載誌をみると、昭和48年(1973年)から昭和50年(1975年)にかけてなので、ほぼ40年まえのグルメ本ではある。
構成は
神戸の街で和漢洋食
長崎になほ存す幕末の味
信濃にはソバとサクラと
ヨコハマ 朝がゆ ホテルの洋食
岡山に西国一の鮨やあり
岐阜では鮎はオカズである
八十翁の京料理
伊賀と伊勢とは牛肉の国
利根の川風 ウナギの匂ひ
九谷づくしで加賀料理
由緒正しい食ひ倒れ
神君以来の天ぷらの味
四国遍路はウドンで終わる
裏日本随一のフランス料理
雪見としやれて長浜の鴨
春の築地の焼き鳥丼
となっていて、今時のグルメ本と比較すると、場所も料理もオーソドックスな”美食”であるのだが、オーソドックスにはオーソソックスなりに”定番”的な良さはあるもので
それは本書中の、例えば「信濃にはソバとサクラと」では信州の越後屋本店で馬肉を食して
この何やら艶な趣のある赤黒い肉片を生姜醤油にちよいとひたしてから口にすると、まづひいやりとした感触が快いし、柔らかくておだやかでほのかに甘い味はひが舌を包み、二三度、口を動かすともうそれだけで、sながら川の流れに舞ひ落ちた牡丹雪のように溶けていく。
とか「八十翁の京料理」では”鳥弥三”という店、鳥料理を食して
次は鳥のおつくり。ワサビで食べる。小さな雪洞状の電気スタンドがそばにあるのだが、薄くらがりの中で見る桃いろの五きれほどがまことに可憐で、そのくせ口に入れると一種淫猥な感じに変わる。ねっとりした、淡白な、それでゐて甘い味が舌に触れるとき、粘膜と粘膜の摂食といふ具合になるのである。
といった感じで表現される”古風”な描写と相俟って、なにやら典雅な味わいすらするのである。
まあ、最近のグルメ本の”旨い店発見”や”皆の知らない穴場発見”とは違って、今はもうないかもしれない”古の美味の記録も読む”といった楽しみが味わえる”逸品のグルメ本”でありますな

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