月別アーカイブ: 2016年11月

中村好明「インバウンド戦略」「観光立国革命」

最近、デビッド・アトキンソンものであるとか観光のビジネス書を仕事の関係もあって読んでいて、この二書もその一環で読んだもの。

 

筆者はドン・キホーテのいわばインバウンド担当みたいな人であるのだが、関係者に聞くとドンキの社業とは離れて自由に「インバウンド」の普及のしごとができるということであるらしい。

 

内容的には、インバウンドの取組の創世記の頃の話であるとか、インバウンドが日本経済が高成長になる上で必須であることといったことで、多くは今となってはよく聞く話であるのだが、そこは実際に現場でタッチしていた人間の言葉であるので、そちこちに重みのあるのは事実である。インバウンドや観光の手引書あるいはノウハウ本ではなく、インバウンドについての啓発書として読むべきであるか

デービッド・アトキンソン「イギリス人アナリストだからわかった日本の「強み」「弱み」」

おなじみ、日本の文化財を活用した観光論の辛口評論のデービッド・アトキンソンの日本文化論。

構成は

第1章 確かに優秀な「日本人労働者」という強み

第2章 「長い会議が象徴する効率の悪さ」という「伸びしろ」

第3章 「数字を重視しない刑死者」という「弱み」

第4章 「面倒くさい文化」は「強み」か「弱み」か

第5章 インテレ層のち的レベry、woolly thinkingの問題

第6章 古いものと新しいものが「共存」しているという「強み」

第7章「解決能力」と「強すぎる個人主義」

となっていて、表題見る限り、我々の常識の裏筋をもってきてあるのは確かである。ただ、よくある日本と外国の比較論とは違って、「強み、弱みは経済の周期によって、時代によって強みが弱みになる」と相対論のもとで語られるところはさすが慧眼。

 

(日本の観光は)日本人の考える「おもてなし」を気に入ってくれた外国人だけを歓迎しますよ、というような姿勢になっている(P57)

とか

「終身雇用」というのが日本人の勤勉さと礎なんだというのはすべて後付け。その根底にあるのは「面倒くさい」を避ける気質なのではないか(P105)

異国の文化を取り入れて、自国の文化にマッチするようにアレンジするのは、どこの国でも当たり前のようにやっていること(P123)

といったあたりは、よくある日本文化いちばんの酒に酔ったような議論にお冷をみってくるようで小気味よいのであるが、日本人としてはむむっとくるのも確かではある。

まあ、最後のほうはさすが日本に長く住んでいる外国人だけあって、日本人をくすぐって締めては会って、日本の文化財を活用した観光の可能性とか

日本が得意なのは「新しいものを取り入れて自分たちのものにする」という世界で一般的に行われていることではなく、「新しいものを取り入れつつも古いものを残していく」ということ

といった日本人の独自性に及んでくるのは嬉しいところ。辛口なところもあるが読ませる「日本文化論」でありますな

太陽軒米子角盤店で「極うま味玉肉ラーメン」を食す

用務の都合で本日も出勤。仕事が長引いて昼飯は少し遅めになった。

メシ系でもいいのだが、昨日の昼間から「麺」づいているので、本日はラーメンということで、全国系ではなく、地元資本系の店「太陽軒」に。ここは隣が「海王」というレストラン系の店で、海鮮系はそちらで食すことが出来る。

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チョイスしたのは、新しょうゆラーメンと銘打たれている、極うま味玉肉ラーメンと半チャーハン。

新しょうゆラーメンとはこんなことらしい。

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松江・一色庵で「小判割子そば」を食す

本日は松江で会議ということで、早めに松江市内で昼食。松江といえば「蕎麦」、ということで、一色庵へ。昼休み前についたので、どうにか待たずに着席。

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出雲そばといえば「割子」となるのが通例ではあるのだが、本日はちょっと豪勢に「小判割子そば」をチョイス。まずはそば湯がくるので飲みながらまつことしばし。するとこういうのが到着

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薬味は3皿に分けて使うのだが、卵は左の二皿にとき卵にして投入。するとこんな仕上がりに

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卵は実は黄身だけで白身の方は同時にやってくる蕎麦湯の方に入っている

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それぞれの皿にそばつゆを直接投入して食すのが、割子そば。つゆはかなり濃いめなので、少しづつ入れて味を調整したほうがよろしい。昔、お武家さんが姿勢を正して食したので、割子がテーブルの上において食するのではなく手で持ち上げて食すのが正統、とは店の親父さんの言。

蕎麦は正統の出雲そばなので「もくもく系」ではあるのだが、更科系に比べて「食べた〜」というか感じが強い。

店は観光客、修学旅行の学生さんといったところでかなり混雑しているので、少し時間を外すのがオススメではありますな。

工藤かずや・池上遼一「信長」1〜8 (グループ・ゼロ)

このブログでもレビューしている「信長のシェフ」とか、TVドラマで話題になった「信長協奏曲」とか、変わり種の「信長モノ」が最近流行りではあるのだが、そこはオーソドックスな「信長」を押さえておいてでないと楽しみは薄いと思う次第。

そんな場合にうってつけであるのが、この工藤かずや・池上遼一の「信長」全8巻。

今のところ、Kindle Unlimitedの対象でもあるので、まとめ読みするにはもってこいでもある。

筋立ては、というと、信長の桶狭間の前夜辺りから始まって、本能寺で集結という、正統「信長」にふさわしいつくりで、妙な登場人物の登場もなく、まあ世間一般の信長像を学ぶという意味でもよい仕上がり。

かといって、まったく新味がないかというとそういうわけでもなくて、秀吉が実は素破・忍者あがりであった、とか、信長が天下を託せると思っていたのは光秀であったとか、それなりの独自解釈も織り交ぜてあって、独自性のきちんと確保されている。

変わり種信長とともに読んでおいてはいかがであろうか

羽田空港の空弁「穴吹おこわいなり」を食した

昨日から東京出張であったのだが、午前中の用務も終わり、夕方の用務が鳥取であるので羽田空港へ。

飛行機の出発までさほど時間もないので、ここは「空弁」であるかな、といろいろ物色。サンドイッチ類は種々あるのだが、ここは東京らしいものをと思い、「穴吹おこわいなり」をチョイス。

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これは羽田空港近くの穴吹稲荷に因んだものかと思うのだが、昔からあるものかどうかは不明。

種は栗、梅ちり、鶏五目、赤飯、山菜。おこわはもちもちとしていて、一口より少し大きい感じ。中年男の私の口では十分はいるのだが、女性がぱっくりいくには少々抵抗があるかもしれない。

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お揚げは汁気たっぷり。関東のお稲荷さんらしく、甘辛目が強いのも、関西風に慣れた当方としては新鮮味があってよろしい。

5個入りと10個入りがあって、当方は10個入りを今回は食したのだが、少々量が多かった気配であった。

東京・麹町「俺の創作らあめん 極や」で特製醤油ラーメンを食す

本日は久々の東京出張で、麹町のホテルに宿泊。ホテル到着が9時となってしまったが、遅めの夕食をとることにしたのだが、一人きりとあって居酒屋も面倒くさくて、ラーメン屋を物色。

最初、チェーン店の「日高屋」を目印にやってきたのだが、その隣にこの結構挑戦的な名前の店を発見

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中はカウンター席が5つぐらいと椅子席が3席の小ぶりな店。注文は店の外の券売機で買うシステム。本日は「特製醤油ラーメン」と「ネギたっぷり丼」をチョイス。これ1000円でお釣りがくる。

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野菜は白ネギと香菜っぽもの。麺は細麺ストレートで、スープは魚介系でかつコッテリ系。

スープを最後に啜ったところで、柑橘系の感じが残ったのだが、柚香かレモングラスかなにやら不明。

ネギたっぷり丼は文字通り、白飯に白ネギがタップリ載っていてタレがほんのり沁みていてよろしいお味。

双方とも少々小ぶりかなとおもったのだが、どうしてどうしてタップリ感が残りました。

デビット・アトキンソン「イギリス人アナリスト 日本の国宝を守る」(講談社+α新書)

「新・観光立国論」で大ヒットし、日本遺産や国立公園関係の政府のプロジェクトでも枢要な立場となっている、アナスリスト出身の文化財保護会社の社長でもあるアトキンソン氏の2014年の著作。

「新・観光立国論」ではほんのりと出ていたとは思うのだが、けして根っからの日本フリークではなかったイギリス人による日本分析と日本応援ということを念頭に読んでいったほうが、原も立てずの最後まできちんと読めると思う。

構成は

第一章 外国人が理解できない「ミステリス・ジャパニーズ現象」
第二章 日本の「効率の悪さ」を改善する方法
第三章 日本の経営者には「サイエンス」が足りない
第四章 日本は本当に「おもてなし」が得意なのか
第五章 「文化財保護」で日本はまだまだ成長できる
第六章 「観光立国」日本が真の経済復活を果たす

となっていて、日本文化の賛美といったことはあまり期待しないほうがよい。

論調が小気味よいのは確かで、日本の経済成長が日本人の勤勉さや日本人の特性といったことではなくて、人口ボーナスによるところをきちんと踏まえないといけないところとか、近頃よく言われる「シンガポールに倣え」は人口スケールの面でちょっと的外れなこと、日本人が誇る「おもてなし」は実は生産者優位の延長にあるとこと、といった風に、最近の主流の論調に冷水をかける態であって、そこは結構妙な爽快感がある。

ただまあ、その主張を、欧米のエライ方がといった感じで丸のまま受け入れてしまうのは、よくある外国通のなせる技である。そこらをほうほうと受け止めながら、でもな、と違う側面を見出してくるのが正当な反応と考える訳で、sこらは各自がそれぞれの分野で実践いただきたいところではある。

とはいうものの「良薬は口に苦し」という言葉もある。25年にわたって日本に住んで、直截な批評をしてくれるイギリス人の話に耳を傾け、あちこち反省して対応案を考えてみるべきでありましょうな。

西村ミツル・梶川卓郎「信長のシェフ 15」(芳文社コミックス)

12~14巻と、結構、溜めの期間が長かったように思う、信長のシェフであるが、戦国期の大きな転換点、設楽原の戦が今回の見せ場。

しかも「信長のシェフ」では信長も冷酷で癇癖の強い”魔王”として描かれていないように、武田勝頼も、よくある二代目の典型ではなく、信玄を凌ぐほどの武勇と知略をもとながら信玄の急死に足場固めができなかった武将として描かれているので、信長の三重柵、鉄砲の勝利、と単純に説かれる、この戦も、その内実の解明は一筋縄ではいかなくて、異設楽原の地形を利用した”一夜城”のからくりと、鉄砲の射撃技術を織田勢勝利の要因のするあたり、なかなかの筋立て。

とはいうものの、設楽原の織田の勝因が、畿内の度重なる戦の経験と海外と交易による物量の輸入の容易さという「地域格差」と論破されると、居ながらにして経験値が貯まる”都会地”ならぬ辺境に住まう身としては、なんとも切なくなるのは確かではある。

また、武田勢敗北の中、落ち延びるかどうか迷っている気配の武田勝頼の姿を察して、織田信長の

「総大将は逃げねばならぬ。

ただの一武将のように武勇を誇り、華々しく散ることは許されぬ。

死ぬよりも過酷な敗戦の恥辱を一身に受け、自らの命により死した者達の骸踏みつけて、なお、逃げねばならぬ。

行きねばならぬ。それが総大将じゃ。それが出来るか・・?武田勝頼」

という言葉は、けして勝ち戦一色ではなく、数々の敗戦を乗り越えて最後に京をとった信長が、同じ才ある武将として武田勝頼を評価した言葉とも感じられて面白い。

さて、物語は武田勝頼の大敗北を受け、信長の天下布武のレベルが一段階上がる時期に至った。本能寺まで、もうちょっとではあるのだが、織田家、本能寺、松永久秀のもとにいる現代からのタイムスリップ者がどう動いていくか、佳境に至り始めたという感がいたしますな。

西村ミツル・梶川卓郎「信長のシェフ 14」(芳文社コミックス)

さて、「静」の印象が強かった、12巻、13巻を経て、動着始めるのが14巻。

信玄の喪の明けた武田勝頼が、都を目指して動き始める。

当然最初に襲いかかられるのは徳川家康ではあるのだが、軍勢も多数で戦上手の武田勝頼の手にかかれば、高天神城は落城の目にあう。

ところが、家康は信長を信頼しており、信長の援軍が遅れたことも・・ていうのが表の歴史であるのだが、タイムスリップものの常道として、その陰には、この物語の主人公のケンがいて、ということで詳細は本書で確認を願いたい。

 

物語の後半は、武田領の百姓に捕獲されたケンが、武田と織田の設楽原の戦の前に、さてどうするか、といったところで、今回の巻ではまだ設楽原の戦前夜で終わる。なので、大活劇は次巻にご期待というところであるのだが、事件の真相は、事件の起きる前にあるというおが鉄則で、武田が敗れるべきして敗れた、という伏線はあちこちに張られているので、読み解いてみるのも一興である。

ということで、いくつか印象に残ったフレーズは

「勝頼様に長く仕える長坂殿も申しておった。

あの方の戦いぶりは信玄公より軍神と呼ばれる上杉謙信公に似ておられるーと。

あのお方は勇猛果敢して強すぎるのだ。なればこそ、勝頼公は信玄公に及ばぬのだ」

「後の関が原の戦いは天下分け目の戦いと言われているが、識者によってはそれは違うという。

本当の天下分け目となったのは、武田の長篠城包囲を発端とする、長篠・設楽原の戦いであるーと」

といったところ。

織田信長は、ある書によれば戦下手であったという話もあるのだが、戦上手は天下はとれぬというのも真実かもしれぬ。