寄席は「落語」ばかりではないよ — 愛川 晶「高座の上の密室」(文春文庫)

東京の神楽坂の老舗寄席「神楽坂倶楽部」シリーズの第2弾。

寄席といえば、落語、噺家が中心となるのだが、寄席の演目はそればかりではない。手妻、大神楽と呼ばれる撥・傘の曲芸、漫談など「色物」と呼ばれる他の芸も豊富なのだが、タイたいていのところ、ここに注目した小説はあまりお目にかからない。

今回は、そんな色物を題材にしたミステリー。

収録は

高座の上の密室

鈴虫と朝顔

の二編で、最初の「高座の上の密室」が手妻。二番目の「鈴虫と朝顔」が大神楽という芸が主題。

最初の「高座の上の密室」は手妻師母娘の「葛籠(つづら)」を使った「葛籠抜け」という手妻がメインテーマ。ちなみに、本書によると「手妻」の「ツマ」はもともと刺身のつまとと同じで「てづま」つまりは手慰みという意味で、仕掛けらしい仕掛けを使わず、指先の技術を見せる芸を「手妻」、からくりのある道具や大道具を使う芸を「手品」というらしい。

この話では、手妻師とその元夫で元噺家の師匠との確執がからんでくるので少々込み入ってくるが、篭抜けのトリックの謎解きと、母娘がテレビの録画の前で篭抜けの実演をやった時に、娘が舞台の上から忽然と消えてしまうという児童誘拐もどきの事件の謎解きもセットの二重の謎解き。

二番目の「鈴虫と朝顔」は太神楽という曲芸の父から息子への芸の伝承がテーマ。太神楽とは、「ルーツは室町時代までさかの」ぼり「もともとは「代神楽」、つまり神社に参詣できない人たちのため、出張サービスとして獅子舞などを行っていたのに、やがて曲芸や茶番が加わって現在の形になった」ものであるらしい。

謎の大筋は、神楽坂倶楽部で太神楽を演じている「鏡太夫一座」が父親の鏡太夫から息子の鏡之進の代を譲るに当たり、席亭代理の希美子に芸の検分をしてほしい、というところから。で、その検分の当日、鏡之進は高座の前列に座った高校生カップルを前に、どういう訳か、課題である五本の綾撥を披露しない。披露したのは傘芸でしかも季節外れの「鈴虫の鳴き分け」。なぜ鏡之進は、襲名がかかった大事な時にそういうことをしたのか・・・、という理由を希美子が解き明かすのが一番目の謎解き。これをもとにして、鏡太夫の離婚の理由と天才と評された鏡之進の姉の突然の芸の衰えと引退、そして鏡太夫の引退の理由あたりもはっきりとしていくのが第二・第三の謎解きである。

一作目と同じく、小粒感は否めないが、なに、大掛かりな長編モノばかりがミステリーの醍醐味ではない。最近は、400g超えのステーキや、フランス料理フルコースのようなものが評価される傾向が強いように思うのだが、蕎麦屋で台抜きか小さな小鉢に入った酒盗を肴に、日本酒をキュッと呑って、スイッと店をでていくようなミステリーの醍醐味もあるというところであろうか。

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