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茶人大名、小田原でさらに脱皮する — 山田芳裕「へうげもの 五服」(講談社文庫)

さて、本日は続いて「へうげもの 文庫版」の第五巻をレビュー。

年代は1588年1月~1590年5月

歴史的なエポックは、小田原の北条攻め。

先立って、あの山上宗二が北条氏に厄介になり彼の居場所を発見するのだが、これが彼の悲劇的な死の発端になるのだから、人生というものはわからない。辛口の評論家として比叡山にいたり、諸国を放浪して悪態をついていたほうが、ひょっとすると命は伸びたのであろう。

そして、このあたりから石田三成がいろんな案件の、プランナー、仕掛け人としてやたらあちこちに登場してくる。例えば、千利休の茶頭筆頭からの追い落としであるとか、山上宗二殺しなどなどで、のぺっとした顔立ちに、能吏ばりばりのいけ好かなさで、「やな野郎」感がよくでてますな。

また、「のぼうの城」で有名な、忍城攻めの三成の失敗の場面も描かれているのだが、彼の「企画好き」の「現場嫌い」の様子が少し悪意を込めて描かれていると思うのは、当方の勘違いないしは錯覚であろうか。

さらに、これはご当地の読者には顰蹙買うかもしれないが、伊達政宗の天下統一を夢見る、「夜郎自大」さが強調されていて、筆者は政宗ちゃかしも極まれり、である。

まあ、歴史事実のほどは別として、一風変わった戦国ものコモックとして、脂がのってきておりますな。

禁令の出た時の立ち居振る舞いに、人の本質は顕になるものであるな — 山田芳裕「へうげもの 第四服」(講談社文庫)

さて、引き続き、古田織部のコミックもの「へうげもの」に文庫版第4巻をレビューしよう。

年代は1586年~1587年。歴史的な出来事としては、家康の上洛、秀吉の九州攻め、禁教令の発布、聚楽第の完成と大茶会といったところで、秀吉の天下がこれから爛熟に向うところである。

ただ時代が熟していくことと比例して、今まで培われてきた人間関係が壊れていったり、不和の種が芽吹いたり、といったことはいつの世も変わらぬもので、大茶会の開催は、実は千利休を筆頭茶頭から罷免しようという秀吉の企みが隠れていたり、とかなんとも生臭い。

ただ「爛熟の時代」は人の姿もまた熟れさせ、その人となりも拡大して見せてくれるようで、キリスト教の禁教の際に、高山右近が「幾年月も培ってきた南蛮趣味を鶴の一声で変えさせられてはたまりません。」とキリスト教者と南蛮趣味の茶人の意気地を見せる一方で、織田長益(後の有楽斎)は、「南蛮趣味を控えねばならなくなった今・・・世の流れはこちらに軍配が上がるかも。」と南蛮趣味を早々に見限りながら、利休の「わびさび」の将来性を感じ取る目先のきくところを見せたりと、人様々であるな、と自分の身近な実際の人々を思い浮かべ、改めて実感する。

さて、この巻では、南蛮趣味から「わびさび」といった茶の湯で代表される日本的な価値観があちこちとでてきて、風流を解さぬ当方は、ぼーっとコミックを読む以外はないのだが、そうした価値観、流行を追うことに血道をあげている権力者が、

「詰まるところ、茶の湯には台子も何も無いのです。

全て各人それぞれの作法、趣向でもてなせば良いのです。

決まりごとなど無いというのが極意にございます」

「関白様は、その本質がわからぬゆえ、台子手前を許可制になさり、茶の湯に格をつけておられる。」

なんて様子で冷水を浴びせられたら、そりゃ打ち首にもしたくなったんだろうな、と思いつつ、権力者の好みに合わせていくのも、そりゃ草臥れるよなと、同情もしてみるのである。

さて、こういった権力者と芸術家の争いに、皆様は何を感じ取りますかね~。

太平になりそうになると、なにやら蠢くのが世の常か — 山田芳裕「へうげもの 三服」(講談社文庫)

このところ、続けてエントリーしている、古田織部シリーズの文庫版第三巻。

時代的には1582年6月〜1586年6月。本能寺の変の後、秀吉の中国大返し、そして光秀が破れて秀吉の天下となるところ。市井の説による、明智光秀が天海僧正となる話は、どうやらこの「へうげもの」ではとらぬらしい。

三巻目の読みどころは

・光秀の実直さと民を思うが裏切られる切なさ

・徳川家康の田舎くさいほどの真面目さ

・石田三成の「いかにも」というあざとさと裏なり瓢箪さ

というところか。

さらに織部本人が、本能寺の変の真相を知って、秀吉の業の深さに恐れつつも、自らの武人としての限界を悟るあたりもポイントではありますな。

さらには、本能寺の変自体が、千宗易(利休)のト書きのもとに、秀吉が黒子を勤め、明智光秀が演じる、ということなのであるが、座付作者と興行主との確執が生まれつつあるのだが、それは次の巻以降の展開であろうか。

おまけとして、お茶々が秀吉の側室となる時も、この巻にはあるんだが、秀吉の乱破らしい出自を垣間見せる「茶々の緊縛」があるので、お好きな方は本書で鑑賞あれ。

茶人大名の「本能寺」 — 山田裕裕「へうげもの 第二服」(講談社文庫)

茶人大名 古田織部を主人公にした歴史コミックの文庫版第二巻。

構成は

第十四席 mt.富士レストラン

第十五席 レイン フォール ダウン!?

第十六席 今宵はイートイット

第十七席 幻惑されて

第十八席 天下を憐れむ歌

第十九席 未来への讃歌

第二十席 非情のライセンス

第二十一席 哀しみの天主

第二十二席 無法の都

第二十三席 焼け跡の余韻

第二十四席 孤立のメッセージ

第二十五席 信長 ON MY MIND

第二十六席 ホワイト キャッスル ブルース

第二十七席 転がる糞のように

第二十八席 SUKIYAKI

となっているのだが、これを読んでも何のことやらわからない。

収録作の年代的には1582年。武田攻めから本能寺の変、光秀と秀吉の戦まで。

この巻の中心はお見込みのとおり「本能寺の変」で、信長を攻め殺したのは明智光秀であるところは、きちんとおさえながら、さて、その黒幕は、そして信長を殺したのは誰ってところに作者の独自の工夫があるところが光っている。

で、その原因が、信長の家族偏重。股肱の臣たちが広げた領土が、信長の一族に分け与えられることが明確になってきて、今まで粉骨砕身してきた努力が報いられない恐れがでてきたと解釈しているところは、信長の一族というか信長の息子偏重という会社とともに斬新であるように思う。

そして、本能寺の変の黒幕は、明智をそそのかした、後の関白であったといったところも、「こう、もってきたか」と感服。もっとも、信長を倒した人物の設定は、たしかにもともとの素性が忍者・乱破あがりという説はあるものの、乱暴が過ぎませんか、と思ったところではある。

さらに、この「へうげもの」シリーズの楽しみの一つは、例えば高山右近や中川清秀であるとか、信長の外国人小姓であった「弥助」といった、歴史の英雄の側で、実は当時は様々な光を発していたであろう人物が細かに描かれている、小技の冴えを読むことでもある。

そして、この巻の登場人物で玩味したいのは、まずは、千利休で、「黒」にこだわる業に深さにちょっと引いてしまいながら、明智光秀、徳川家康の他の歴史ものではでてこない「実直もの」という評価であるかな。

人間というのは、光の当て方で、千変万化の色合いがあるものでありますな。

茶人大名という異色の人物を主人公にした戦国歴史もの — 山田芳裕「へいげもの 第一服」(講談社文庫)

歴史コミックの構成は、もちろん、歴世の英雄をもろにとりあげる「良い子の伝記」モノのようなものもあるのだが、コミックとしてきちんと読めるものは、英雄の側に異物(例えば、未来からタイムスリップした高校生なんてのだよね)をすべりこませるか、歴史上の人物ではあるが一般人はあまりなじみのない人間の姿を借りて物語を紡ぐか、といった二つに絞られる。「へいげもの」は後者に属していて、茶道を嗜む人や骨董に造詣が深い人なら知っているのだが、普通の人なら名前を聞いたことがあるのがせいぜい、という茶人大名の「古田織部」が主人公。

で、こうした忘れられた英雄を取り上げるときに、注意すべきは、フィクションの部分がどんどん大きくなって、本当の歴史とはかなり乖離してしまい嘘くささがでてくることであるのだが、「へいげもの」は少なくとも文庫版第1巻を読む限り、そんなところはないのでご安心あれ。

構成は

第一席 君は”物”のために死ねるか!?

第二席 黒く塗れ!?

第三席 椀LOVE

第四席 茶室のファンタジー

第五席 天界への階段

第六席 強き二人の情事

第七席 京のナイトフィーバー

第八席 カインド・オブ・ブラック

第九席 天下よりの使者

第十席 決意のかけひき

第十一席 運命’82

第十二席 武田をぶっとばせ

第十三席 愛して欲しい

となっているのだが、まあ、これを見ても時代設定はわからないので、あえて記すと、1577年の松永弾正の謀反のところから武田攻めの1582年まで。

たった5年ではあるのだが、戦乱の世の目まぐるしさもあるのだろうが、松永弾正が平蜘蛛という茶釜をふっとばすところから、鉄張りの大安宅船の親水、荒木村重の謀反と中川清秀の織田方への寝返り、武田攻めで仁科盛信に城外へ蹴落とされるところ、と歴史上の事件も多い上に、エピソードも多い。

さらに、戦国ものの特徴であろうか、謀反をそそのかす茶人や、落城の瀬戸際で今生の名残に敵の使者とセックスしようとする側室とか、まあ様々な人物が登場するし、本書の信長は、唐天竺の征服を夢想する野心家でありながら、一族、特に息子に全てを残そうとする家族主義者であったり、と一風変わった人物の登場がまた良い。

そして、ひとまずは異色の歴史ものとして読むのもいいし、数寄をとるか武功をとるか、すなわち、自分のやりたいこと(趣味でもよし、独立起業でもよし)をとるか、組織内の出世をとるか、といったビジネスものとして読むのもよかろう。ひさびさに様々な読み方のできる歴史コミックである。

で、本巻の名言は、自らの牙城を織田方に包囲された荒木村重が落ち延びる時(この本ではなんと茶道具の名物を抱え込んで逐電なんだよね。これは歴史事実かは、当方は浅学にてわからない。)に言う

「松永弾正は武人としては立派やった。だが、あいにく・・・わしのほうが業は上や」

といったあたり。生死にかかわる場面でありながら、名品に執着する「人の業」といったものがでていて、なんとも「人臭い」ですな。

「働き方改革」の行方を暗示する、日本人の”勤勉性” — 礫川全次「日本人はいつから働きすぎになったのかー<勤勉>の誕生」(平凡社)

どうやら、「働き方改革」の目指す方向は、”生産性の向上”という極めて日本的な方向を目指し始めたようで、その意味で、多くの経営者・労働者や、コンサルタントの方々には扱いやすい話になりはじめているようだ。

本書はそんな情勢に棹さすという意図はないのであろうが、結果的に、日本人の「働く」ということの根底をぐらりと揺らしているのが面白い。

構成は

序章 日本人と「自発的隷従」

第1章 日本人はいつから勤勉になったのか

第2章 二宮尊徳「神話」の虚実

第3章 二宮尊徳は人を勤勉にさせられたか

第4章 浄土真宗と「勤勉のエートス」

第5章 吉田松陰と福沢諭吉

第6章 明治時代に日本人は変貌した

第7章 なぜ日本人は働きすぎるのか

第8章 産業戦士と「最高度の自発性」

第9章 戦後復興から過労死・過労自殺まで

終章 いかにして「勤勉」を超えるか

となっていて、日本人が「勤勉」になった歴史的な時期の解明に始まって、日本人の「勤勉性」に及んでいくといったところ。

本書によれば、日本人の勤勉性は

日本では江戸時代の中頃に、農民の一部が勤勉化するという傾向が生じた(P27)

能登国鹿島郡の農民たちは、江戸中期以降、長時間労働を苦にしなくなり、むしろ「労役に耐ゆる」のを誇りとするようになったらしい。経緯は不明だが、江戸中期のある時点において、彼ら農民の間に、勤労を誇りとするような「倫理的雰囲気」(勤労のエートス)が形成され、彼らを内側から、勤労へ勤労へと突き動かしていったのであろう(P30)

と言った風で、その象徴として「二宮尊徳」があげられるのだが、そうでありながら、下野国桜町領のように

江戸後期の日本には、断固として「勤勉」になることを拒む農民たちが存在していた、という厳然たる事実である(P71)

といったことは、「日本人は勤勉」という固定観念をぐらつかせていて小気味いい。

とはいうものの、この勤勉性が

「日本的経営」の本質は。従業員の「参加意識」の形成にあった

(中略)

企業への「参加意識」を高めた労働者は、自ら進んで労働し、会社のために働くことを「生きがい」と感ずるようになってくる。「我が家は楽し」ならぬ「わが社は楽し」の世界である。日本の高度成長を支えたのは、このように、働くことを「生きがい」と感ずる労働者の存在であったと言ってよいだろう。(P216)

と、今の日本の経済的な地位を築き上げたことは間違いないのだが、

今日においては、日本人の美徳であるはずの勤勉性が、深刻な社会問題を引き起こすという事態に立ちいたっている(P10)

といったことも事実であろう。

さりとて「働き方改革」が「生産性の向上」改革に変わったという日本のメンタリティを考えると、筆者が最終章でいう

本書が、この終章で主張しようとしているのは、なぜ人間は「勤勉」でなくてはならないのか。なぜ「怠惰」ではいけないのか、「怠惰」でもいいではないか、いや「怠惰」であるべきではないか、といったことである。(P228)

も、なかなか難しいのでは、と思わないでもないのだが、さて、どうなりますか。

「1992年以降の小学校入学+バブル崩壊後+スマホほぼ全員普及+SNS隆盛」という世代の特徴は? — 藤本耕平「つくし世代」(光文社新書)

「世代論」というのはいつの時代でも根強い人気があるもので、たいがいは年齢の上の世代から、下の世代に向かってなされるもので、たいていは「今時の・・・」とかで始まり、「時代も変わった・・・」「あの頃の世代は・・」てな繰り言で終わるのが常であまり生産性がないことが多い。

本書の分析の対象と対象としているのは、1992年に小学校に入学した世代より若い世代で、筆者は1980年生まれと、分析対象に近い世代であるせいか、「今時の・・・」臭から逃れているのが本書の特徴でもある。

構成は

序章 さとっているだけじゃない今時の若者は何を考えている?
第1章 チョイスする価値観ー世間の常識より「自分ものさし」
第2章 つながり願望ー支え合いが当たり前じゃないからつながりたい
第3章 ケチ美学ー「消費しない」ことで高まる満足感
第4章 ノット・ハングリーー失われた三つの飢餓感
第5章 せつな主義ー不確かな将来より今の充実
第6章 新世代の「友達」感覚ーリムる、ファボる、クラスター分けする
第7章 なぜシェアするのかー「はずさないコーデ」と「サプライズ」
第8章 誰もが「ぬるヲタ」ー妄想するリア充たち
第9章 コスパ至上主義ー若者たちを動かす「誰トク」精神
第10章 つくし世代ー自分一人ではなく「誰かのために」
終章 若者たちはなぜ松岡修造が好きなのか

となっているのだが、なぜ、この時代区分なのかというと
・教育環境の変化ー小学校の学習指導要領が大きく改定されたのが1992年
・統計上、共働き世帯数が初めて専業主婦世帯数を上回ったのが1992年
・一家に一台パソコンを持つことが当たり前になり、インターネットも急速に普及し
た時代が中学校に入学する前に始まった世代
・バブルが崩壊したのが1992年
ということであるらしい。

で、この世代の特徴は

かつての若者には、世間で流行っているものや高級とされるものをいち早く入手することが自慢になる、ステイタスになる、という感覚があったと思います。
(中略)
今の若者には、そういう感覚がほとんどありません。「世間の評価が高いもの」よりも、彼らが大事にしているのは「自分っぽさ」「自分のフィーリング」といったものです(P49)

地域に住んで生活しているだけで、自然と人とのつながりを得られる時代ではなくなった一方で、ラインやSNSといったコミュニケーションツールの発達により、つながりを広げようと思えば、いくらでも広げられる時代になった、というのも、今時の若者たちが育ってきた環境だと思います。
その結果として起こっているのが、コミュニケーション能力が極端に高い若者と極端に低い若者の二極化という現象です。
(中略)
この傾向はまた「リア充」と「ぼっち」の二極化と言い換えてもいいかもしれません(P75)

とか

所有欲の少なさ、というのも今時の若者たちの特徴です。(P86)

といったことがあり、ざっくりというと

仲間たちの喜びのために奉仕し、尽くそうとすることが、より日常的な行動原理、消費の原理にもなっている若者たち。それが、私が考える「つくし世代」です(P34)

であるとのこと。
で、こうした世代の特徴が形成されたのは、当方が思うに、やはり経済情勢と、技術環境が大きく影響しているような気がしていて

昔、日本が右肩上がりの経済成長を続けていた時代に人格形成期をづ後した世代には、「努力すれば報われる」という価値観があると思います。
今時の若者たちには、そういう価値観があまりありません。努力が自分のためになるとは限らないし、真面目に頑張れば頑張るほど馬鹿を見ることもある。それよりも「ほどほどに頑張って、ほどほどの生活ができればいい」というマインドを持つようになっています。
それが「物」に対する飢餓感を失わせている面もあるでしょう(P102)

といったところには、戦後や高度成長期のように、まだ「飢え」とかが現実のものであったり、その記憶が生々しく残り、物資がまだ豊かではなかった経済情勢と、物資がそこそこに豊かであるが上昇期のような活気が失われている経済情勢との違いが如実にでていると思うし、

若者たちの通信する手段がパソコンであり、SNSの中心がミクシィであった時代には、ログインしている間だけつながっていればいい、という気楽さがありました。
しかし、スマホを持つのが当たり前になり、連絡手段の中心がメールからラインに、SNSの主流がミクシィからツィッターに移っている現在では、「ログイン/ログオフ」という感覚は消滅しています。スマホの電源を入れている間は、四六時中つながり続けていなければいけない(P138)

状態で「複数の自分のチャンネルを持っている」ことが要求される背景には、インターネットの普及というよりもスマホの急速普及で、個人の領域が融合し始めているという「技術革新+社会環境変化」が色濃く反映している気がする。

さてさて世代論というのは、あまり詳細に分析し、論じてみてもあまり益がないところがあって、しばらくすると「脱・ゆとり世代」「後・つくし世代」といった論もでてくるであろう。ポイントは、こうした世代の違いを理解しつつ、全体最適を導き出すことができるのか、世代対立が高じて全体の破壊をもたらしてしまうのか、といったところでありましょうか。

古代中国の、歴史上埋もれてしまった「中原と草原」のもう一つの大戦争 — 臏(ビン)〜孫子異伝(ジャンプコミックスデラックス)

岩波文庫版の史記列伝をみると、龐涓によって、膝から下を切断する刑を受けたということや、田忌将軍に雇用され、将軍が王子・貴族達との馬車レース、さらには魏の趙への侵攻を退けたり、龐涓との因縁の戦闘のあたりは記述があるのだが、残念ながら、匈奴の侵攻といった話はない。ましてや孤  といった話もなく、このあたりは作者の挟み込んだフィクションであるのだろうが、史実と史実の間に壮大なフィクションを混ぜ込むことができるか、というのが歴史小説や歴史コミックの肝であるので、このへんは作者の力量を誉めたい。

さて、筋立ては、斉国へ、匈奴連合軍が押し寄せるというところから始まる。田忌将軍と孫臏が宮中の権臣に疎まれて、連合軍を迎え撃つために、斉の首都、臨淄の城外に住む住民からなる兵を率いて向かうあたりから始まる。

当然のように自らの権力の拡大しか考えていない権臣や貴族あがりの驕り高ぶった将軍などなど、「この野郎」と思う人物は随所に配置してある。極めつけは、全巻を通じての悪役を割り振られている匈奴の単于で、超人的な知力と体力と武の技をもちながら、冷酷無比という、とんでもない存在なのだが、思うに、こういう倒すべきライバルを創り上げてしまったために、22巻までの全巻が匈奴との闘いに費やされ、魏都の戦争までは書ききれなかったというのが正直なところであろうか。

そして戦闘の舞台は、天然の橋である   という要害。ここの攻防戦で、なんと全巻が費やされてしまうわけで、圧倒的な兵力差を、孫臏の智謀で跳ね返し、最後は匈奴勢を退却させてしまうというわけなんであるが、あちこちに、孫子の兵法っぽいものがでてきて、それがどれもちょっと嘘くさいというのも妙な魅力ではある。

さらには、若者向けのコミックらしく、オネーチャンが、巨乳で、妙に色っぽいのが、そんな彼女たちが匈奴戦士の首を切り飛ばしたりする場面もあったりするので、そこは要注意ではある。

さてさて、キングダムや達人伝などなど、現在、中国の戦国モノは結構人気を誇っているのであるが、以前から、横山光輝の三国志をはじめ、漫画の定番モノであったのは間違いなく、最近、その勢いが復活したというべきであろう。このシリーズは完結しているので、全巻大人買いで、一気読みがオススメですな。

司馬史観にちょっとブレーキをかけてみる — 一坂太郎「司馬遼太郎が描かなかった幕末 松蔭・龍馬・晋作の実像」(集英社新書)

司馬遼太郎氏の著作は、大物経済人や政治家などなど多くの大物の方々が、座右の書としているどころか、坂本龍馬や高杉晋作に関する著作、例えば「龍馬がゆく」とか「世に棲む日々」とかは、多くの若者が熱狂するものでもあるのだが、そういったことに、横からざぶんと冷水を浴びせるのが本書。

構成は

第1章 吉田松蔭と開国

第2章 晋作と龍馬の出会い

第3章 高杉晋作と奇兵隊

第4章 坂本龍馬と亀山社中

第5章 描かれなかった終末

となっていて、時代的には、吉田松陰から始まって、長州征伐、薩長同盟、亀山社中の設立といったあたりの、司馬作品と史実との不具合のあちこちがぼろりぼろりとでてくる。

例えば奇兵隊については

司馬太郎ははっきり書いていないが、庶民が奇兵隊に入っても武士になれるわけではない。兵士になっても身分はもとのままである。戦争が目的だから当然庶民も刀や銃は持たせてもらえるが、姓(苗字)は公認されない。

であったり、高杉晋作が「俗論派」を倒すために功山寺で兵をあげたとされるのも

晋作は、長府や功山寺で「挙兵」したつもりなどないだろう。曹洞宗の功山寺は、支藩である長府藩主毛利家の菩提寺だ。支藩で「挙兵」したなら、おのずと事件の意味は変わってくる。宗藩にケンカを売るなら、やはり宗藩領で決起、挙兵しなければならない。

とかである。さらには新政府が出来上がる時、龍馬が新政府の官職に就かず、世界の海援隊をやるといったあたりでも

司馬太郎は触れなかったが、龍馬と共に新政権の人事案を練った戸田雅楽(尾崎三良)の回顧談(『尾崎三良自叙略伝・上』昭和五十一年)があり、その「職制案」には「参議」として「坂本(龍馬)」の名が出ている。これは三条実美に仕える戸田が草し、龍馬に示した案だという。「坂本之を見て手を拍つて大いに喜んで曰く、是れ今日行ふべし」とある。  これによれば、龍馬はしっかり新政権の、しかも「参議」という権力の中枢に、西郷や大久保と並んで座るつもりでいたようだ。

と手厳しい史料があるようで、なんとも、司馬ファンには心穏やかではない。

ただ、司馬作品を歴史書と読むか、歴史上の人物に託した司馬遼太郎氏の思想書であるかは、読者の手に委ねられているし、例えば歴史書である、「史記」も司馬遷その人の思想を仮託した”歴史書”といっていい。

であるなら、史実に基づくかどうかは別に、司馬史観が日本人の歴史観として根っこをはっているのは間違いなく、そのあたりは司馬ファンも安堵しよかろう。

押さえておかないといけないのは、司馬遼太郎氏の著作は、あくまでも司馬史観の書であって、歴史事実と異なる場面があるということであろう。その意味で司馬史観も、戦前の国史観と共通の危うさをもっているちうこと認識しながら、それに従うということが司馬ファンにも求められるということであろう。事実は苦くもあるが、そこから目を逸してはいけない、ということでもあるのでしょうな。

エウメネスの大出世が始まりそうな予感がする — 岩明均「ヒストリエ 10」

買うには買ったが、積ん読状態が続いていた「ヒストリエ」の10巻。リアル本であれば、ふと手にとって読み始めるということがあるのだが、Kindle本は、そのあたりが、こちら側のアクションにかかっているあたりが、積ん読が増える所以でもあろうか。

さて、10巻は9巻のカイロネイアの戦闘の決着と、戦闘終了後、マケドニア本国での、エウメネスの良家のお嬢さんとの恋愛の行方とエウメネスがマケドニア王国の重鎮としてのし上がる「王の左腕」になるのでは、といた状況でのあれこれ、というところ。

まあ、筋立てのほどは現物で楽しんでほしいのだが、読みどころは、アレクサンドロス王子(後のアレクサンダー大王だね)の武勇と奇矯さと、普通なら「◯◯の右腕となるところが、なぜにマケドニア(ひょっとすると古代ギリシア共通の話なのか?)では「左腕」なのか、といったところか。

最近、除目からはずれたせいで、沈みがちになってしまうのであるが、こうした、今の日本とはほとんど関係ない、古代ギリシアの物語を読むというのも、そうした気分からいっとき逃してくれる効果がある。難しいことはいわず、うかうかと古代マケドニアの雰囲気に浸ってみるのもよいものであるな。