月別アーカイブ: 2017年8月

ビジネスの基本の「聞く」ということの真髄は? — 阿川佐和子「聞く力ー心を開く35のヒント」(文春文庫)

「今更」というおしかりの言葉を承知の上で、阿川佐和子さんの「聞く力」である。
すでに定評のある新書なので、あえて当方がレビューを、と思わないでもないのだが、新書というものは中には旬の時期が短いものがあって、当世の流行を解説したものはえてして賞味期間が短いもの。
その点、こうした「人間の力」「処世の術」といったことをテーマにしたものは愛じわ得る機関が長いもので、本書もそうした「息の長い」部類に属しているものと推察するところ。

構成は
1 聞き上手とは
2 聞く醍醐味
3 話しやすい聞き方
に章立てされていて、当然、表題の35の小目次があるんだが、例えば「面白そうに聞く」「相手の気持ちを推し量る」とか「相槌の極意」「相手の目を見る」などなど、そこまでレビューすると、ネタバレも甚だしいので、ここは大目次で止めておく。

この本が大ヒットした感想については、次作「叱られる力」で著者自体が分析はしてあるのだが、当方的に思うのは、「聞く」ということの難しさ、なぜ人に「聞いてもらえない」のか、といった「今を生きる人」の悩みにピタッとはまったということなのかな。

で、インタビュアーとして定評のある著者であるので、「聞く」上でのアドバイスは、とても深くて

聞き上手というのは、必ずしもデーブ・スペクターさんのようにビシバシ切り込んでいくことだけではないのではないのかもしれない。相手が、「この人に語りたい」と思うような聞き手になれなよいのではないか(P31)

とか

自分で「あれ?」と思ったことを率直に相手にぶつけると、それだけ相手の仕事に注視していることが伝わって、本当は他の資料が読み切れていないにもかかわらず、思わぬ話の広がりにつながることはままあります(P59)

などといった言葉には思わず「ほう」と唸らせられる。

で、なんといっても「聞く」極意は

私はそのとき、肝に命じました。
自分で決めつけてはいけない。こっちの話が面白いに違いない。・・・聞き手は勝手に決めつけることが、どんなに危険であるかを、その日、つくづく思い知りました。(P72)

「ただ聞くこと」それが相手の心を開く鍵なのです。・・・特に日本人にとって「相づち」は欠かせないもののように思われます。(P149)

といったように、日本人らしい「相手に沿う」といったtころであるのもしれない。

皆がインタビュアーとなるわけではないので、著者ほど「聞く技術」を磨く必要は薄いかもしれないが、ビジネスの場面で基本となるのは、やはり相手方の意向を「きちんと聞き」「正確に把握する」といったことが基本中の基本であろう。
ビジネスの作法の基本の書として、いつも側において、時折見返すべき貴重な本であるような気がしますな。

「食費バカ高世帯」への処方箋を仕事のオーバーフローに応用できる?

President Onlineで「「贅沢してない」食費バカ高世帯の常套句」という記事が掲載されている。

そこそこの収入がありながら赤字家計の世帯にアドバイスをするもので、食費がやけに高い家庭へのアドバイスがされているのだが、食費の高い家庭の特徴は「みんなが食べたいメニューを食べる」「食べたいと思ったものはその日のうちに食べないと気がすまない」「食べることに対して全く無計画」といった特徴があるようだ。

これって、仕事がオーバーフローを起こしている時によく似ていて、組織の受け入れ体制を感上げずに仕事をうけてアップアップしたり、メンバーがぞれぞれの思いで仕事を勧めまとまりがつかなくなっている状態と同じ。

この記事の処方箋は「現金主義」「1週間単位で支出を管理する」というアドバイスがされているのだが、これは仕事のオーバーフローに対処する時にも共通で

今の受け入れ体制に応じて、仕事を分割する、あるいは小分けにして片付けていく

ということが有効で、なによりの基本は、自らの組織のリソースをしっかり把握しておく、ということが基本でありますね。

Seriaのタッチペン 2種を比較する

以前はタッチペンも値がはったものだが、最近は百均で数種類店頭に並ぶ、という豪勢な時代になってきた。

今回は、Seriaで販売されている二種を比較してみた。Seriaで販売されているのは、ボールペンと併用しているの少なくて、タッチペン専用が多い。今回購入したのは、導電性繊維仕様と、ゴム先の仕様のもの二種。

導電性繊維を利用したタッチペンは、以前、Su-Penというのがあって、iOSがバージョンアップしたところで使い勝手が悪くなり、当方のiPad Pro、iOS10という環境下では反応しなくなっている。
使用できた当時はかなり使い勝手がよかったのだが、このペンは、そのSu-Penの書き味を再現しているような気がする。

双方のペン先を比較するとこんな感じだ。色の違いはあれども形状は変わらない。当時の値段を思うとこれが108円で購入できるとは驚きではある。

iOSのメモ帳にメモしたのがこんな感じ

ペン先がゴムのものの外観はこれ。

書き味は悪くないし認識性もよい。ただ。ゴムのふにゃふにゃ感は否定できないので頼りなく感じるのと、細かな描写はちょっとやりにくい感じ

どちらも実用性はあるが、書き味は、伝導性繊維を使用したもののほうが好み。
なんにせよ、108円は安価い。

Canonドキュメントスキャナ DR-150のOCR機能が結構素晴らしい

当方は紙の書籍も大概は裁断して自炊してタブレットで読むという所業に及んでいるのだが、読んだ本の抜き書きをつくるのが、結構面倒なのだが、 Canonドキュメントスキャナ DR-150は、MacのDR-150用のソフトで読み込むと自動で読み取り可能なPDFにしてくれるようだ。
 
 
ところがDR-150でスキャンしたものをiOSの「i文庫」の「しおり」機能で書中の文章をマーキングすると、かなりの精度でOCRがされている。i文庫の「しおり」機能は、しおりで取り込んだり、書き込んだものを、まとめてEvernoteに送信できるので、読書メモが簡単に出来上がるという次第。
 
 
マニュアルを調べると、どうやらデフォルトでOCR機能が働くようになっているらしく、Scansnapのように設定をあらためてする必要がないようだ。しかもWindows、Macとも対応している。
 
 
 
DR-150はすでに旧版となっているので、中古機であればかなり安価に手に入る。本格的な”自炊”には力不足だが、ちょっとした自炊作業には十分な機能を持っているし、たとえば職場のサブ機でおいておくとかにはこれで十分な気がする。
 
 
入門期としてマークしておいてはいかがか。

茶人大名の戦国絵巻〜北条氏滅亡から利休が捕らわれるまで — 山田芳裕「へうげもの 六服」(講談社文庫)

武人にして茶人である数寄大名・古田織部を描いたコミックの文庫版の第6巻。

時代は1590年6月下旬から1591年2月まで。

事件的にいうと戦国関東の雄・北条氏の滅亡から始まる。

その後、織田長益が出家して織田有楽斎となったり、利休の娘・お吟が関白秀吉の側室となる。お吟は松永久秀の娘であるらしく、秀吉の暗殺の気持ちも秘めていた、なんとも業の深い親娘ではある。

さらには、利休が秀吉暗殺の陰謀を企み、家康を引き込もうとするが失敗。利休の叛意を察知した、石田三成が、大徳寺山門の上に安置された利休の木像の県などで、利休の誅殺を画策し、利休が捕らわれ屋敷に蟄居させられ、処刑の日を待つ、といったところまで。利休が蟄居先に護送される途中で、その後に利休介錯の原因となる、細川・古田両名が利休を遠目に見送るといったエピソードの挿入もある。

年数的には9ヶ月ほどなのだが、時代が動くときにはさまざまな物事が連続して起こるのだな、あらためて感じさせる。

利休にせよ、石田三成にせよ、さらには豊臣秀長死去の際の黒田如水など、なにかと陰謀を企むのは、時代のもつ特徴なのか、両人の性格ゆえなのかはわからないが、こうした陰謀好きは、自らの陰謀に溺れてしまうというのが通例のよう。世の中や為政者を自らの思うがままに動かしたいという念が強すぎると、関白が山上宗二を誅殺したり、利休が明智光秀を謀反に追い込んで滅亡させたり、といった、自らが求める(数寄・風流)の道を担う後継者を潰してしまうという愚を犯すものであるらしい。

そういう陰謀者の愚を脇に置きながら、我らが主人公・古田織部は、伊達政宗と蒲生氏郷との喧嘩の仲裁をしたり、京都に瀬戸屋を使って自作の染め付け茶碗の商売をしたりとか、ちょっと小物感が拭えない。「利休」という大きな壁がそびえていると、思う存分好き勝手ができないようで、突き抜ける気持ちが必要であるな。

さて、今巻は、個人的に豊臣家がずでんどうと転んでしまう原因となった、「利休の処刑」の前夜の風景といったところ。信長が鎮めた「時代」が騒ぎ始めるのはこれからであるな。

EnacFire Bluetoothイアホン 片耳ミニを買った。小さくて「良し」

両耳対応のBkuetoothイアホンを持ってはいるのだが、あごのあたりにコードがプラプラするのがするのが煩くなったのと結構古びてきた。さらには、若い別嬪さんが片耳イアホンで通話しているのを目撃して、ちょっと物欲が刺激されしまった次第。

購入したのはEmacfireのBluetoothイアホン、2500円足らずのもの。

大きさは2.6cmで、Amazonのサイトによると連続通話時間は6−8時間、待機時間150時間とある。

パッケージはこんな風で、結構御大層なものである。中国製なのだが、最近は中国製のほうがこういう豪華なパッケージなのかもしれない。製品のスペックといい、製品配送といい、日本メーカーはもう大幅に遅れをとっているのかもしれない。きっと、中国の消費者を含め多くの消費者がこういうパッケージを求めるからであろう。きっと簡素パッケージを求める時代になれば、一挙に簡易パッケージに変わるのであろうな動きの速さに敬服はしたい。

箱の中身はこんな風で、USBに充電アダプタは2個、イヤーピースの換えも2個同梱されている。日本語マニュアルも嬉しいところ。

続きを読む

東京駅の駅弁二種「牛たん弁当」と「深川めし」を食した

出張や旅行というと、辺境の地に住む身ゆえ、飛行機での移動が主となってしまうのだが、最近、北関東の栃木県という空港のない県への出張があり、ひさびさに新幹線利用で、東京駅で昼時を迎えた。

お盆ということもあって、かなりの混雑であったのだが、二日間の出張旅行で、昼飯に確保したのが、1日目が”伊達の牛たん”の「牛タン弁当」で、2日目が「深川めし」。

いずれも東京駅の中で売っていて、いつも大混雑で有名な「駅弁屋 祭」「駅弁屋 踊」以外で購入。

「牛たん弁当」はこんなので、1380円のものをチョイス。2000円のものとの違いは明確ではないが、車内のお昼ごはんとしては、値頃で、ボリュームも十分。

内容は、白ご飯に、牛たん、辛味噌の漬物、ミソの大葉巻、牛肉の佃煮と、牛たんをしっかり味わえる。

「深川めし」はパッケージも江戸前風。

内容は、炊き込み御飯、穴子の蒲焼き、小ハゼの佃煮、アサリの煮付けに漬物各種

炊き込みごはんはしっかり味が沁みているし、穴子蒲焼きも豪華感あり。これで800円はお値打ちであろう。

先だってブックレビューした鴻上尚史氏の「クール・ジャパン」でも

日本人が知っているタイプの「駅弁」は、世界で日本だけです。主要駅で売られておる、主要駅に関係するデザインで、主要駅や地域にちなんだ食材で知られた食材で作られた駅弁、という意味です

といった記述があるのだが、深川めしはご当地としても、宮城の牛たんをはじめ各地の「特産」が一同に集まってしまうというのは東京ならではの現象で、こうした中央へ集まる性向がある限り、地方回帰、地方創生っていうのは、限られた展開にならざるをえないよね、と思わないでもない。なんといっても、日本各地、世界各地のうまいものが一つところで食えるってのは、とんでもないアドバンテージであるな。

ならば、ムリに地方への移住定住に躍起になって、地方同士が争って疲弊するよりも、税金をどいうとるかといった問題はあれども、地方滞在あるいはノマドワークやテレワーク拠点といった、時限的な来訪対策をとったほうが全体調和するのでは、などと思うがいかがか。

まあ、安価で旨いものはすべて良し。ひとまずは、各地の駅弁各種をたくさん楽しめることを喜びましょうかね。

「クール・ジャパン」は「夜郎自大」にならずクールな道を行くべき — 鴻上尚史「クール・ジャパン!?ー外国人が見たニッポン」(講談社現代新書)

最近、日本古来の伝統とか「職人の技」であるとかを手放しで礼賛するTV番組が増えてきていて、NHKのクールジャパンのMCでもある鴻上尚史氏の本なので、そういったノリであるのかな、と避けて通っていたのだが、実際は、そんな薄っぺらい「クールジャパン本」ではありませんでした。鴻上先生すいませんでした。

構成は

プロローグー「クール・ジャパン」とはなにか?

第1章 外国人が見つけた日本のクール・ベスト20

第2章 日本人とは?

第3章 日本は世間でできている

第4章 日本の「おもてなし」はやはりクール!

第5章 日本食はすごい

第6章 世界に誇れるメイド・イン・ジャパン

第7章 ポップカルチャーはクールか?

第8章 男と女、そして親と子

第9章 東洋と西洋

エピローグーこれからの「クール・ジャパン」

となっていて、「日本のクール・ベスト20」である、洗浄器付き便座、お花見、100円ショップ、花火、食品サンプル、おにぎり、カプセルホテル、盆踊り、紅葉狩り、新幹線、居酒屋、富士登山、大阪人の気質、スーパー銭湯、自動販売機、立体駐車場、ICカード乗車券、ニッカボッカ、神前挙式、マンガ喫茶が、その他の日本製品とともに外国人の印象とともに語られたり、

「宅配便」にすべての外国人は驚きました。配達員が終始、走っていること。時間を指定して遅れること。誰もいなくて受け取れなかったら、すぐに配達員の携帯に連絡して、その日のうちに再配達が可能なこと 。(P124)

といった、我々の日本人をくすぐるような話とか、定年後、日本人男性が公園の銅像の清掃に精を出す姿を見て

外国人たちは口々に、「自分や家族のために、定年後は時間を使うべきだ」と強くいいました。・・・「なぜ家族に求められる人間じゃなくて、他人に求められる人間になろうとするの?」とスペイン人もまったく理解できない顔でいいました(P89)

といったように日本と外国の違いといった、「クール・ジャパン」本の定番のところももちろんあるのだが、しっかりと読むべきは、「エピローグ」を中心するところで、例えば「Tokyo Otaku Mode」のフィギュア販売について野党議員の質問に端を発した商品と写真の削除に際して

政府ができることはなにか?それは「場」を提供することです。

(中略)

感心のない大衆に「日本のアニメは面白い」と思わせるためには、一般大衆が無視できない質と量がいるのです。

しかし、政府は「場」を提供しないで、「判断」しました。

(中略)

こんなことをしていては、クールジャパン機構に出資を頼もうと思う文化的企業はなくなっていくでしょう(P222)

と政府や官僚の「肚」のなさを批判したり、

クール・ジャパンを海外で展開する時に、一番大切なことがあります。

それは「早急に成果を求めない」ということです「(P229)

と予算年度ごと、あるいは選挙などの政治イベントの度にコスパの判定を迫ったりする世間と、猫の目のように、キャッチフレーズ的な政策を変更していく政府を牽制したり、

(クールジャパンの番組で)「日本人として誇りを持てた」という感覚は、この無気力肯定ビジネス(「今のままでいい」「がんばらなくていい」「ありのままの自分を愛する」というようなタイトルの本と周辺の展開のこと)に近いと僕は見ています。日本人であることだけで、無条件に素晴らしいのなら、自分はなにもしなくてもよくなります(P233)

と安易な「日本礼賛」を諌めるといったところであろう。

G8に参加している先進国中、パスポート取得率が最低の国は・・じつは日本(P214)

という状況で、井の中の蛙、夜郎自大とならずに、日本の良いものをしっかりと見据えていく、そんな冷静な対応と戦略が必要なのかもしれないですね。

「学校と世間の常識」の呪縛から逃れる方法はいかに? — 堀江貴文「すべての教育は「洗脳」である」(光文社新書)

数回続けて、堀江貴文氏の著作をレビューするのだが、いくつかの共通点、ダブっている所はあるのだが、「本音で生きる」から「多動力」へつながっていく著作の間をつなぐと思われるのがこの「すべての教育は「洗脳」である」であろうか。

構成は

第1章 学校は国策「洗脳機関」である

第2章 G人材とL人材

第3章 学びとは「没頭」である

第4章 三つの「タグ」で自分の価値を上げよ

第5章 会社はいますぐ辞められる

となっていて、論述の多くは、「学校」という装置の洗脳機能というか、学校が個人を、国家あるいは集団向きに「仕立て上げてしまうか、ということと、いかにそれから逃れるかといったところ。

そして、それは近代の象徴でもある「工場」からの脱却である。それは氏が「G人材とL人材」の章で述べてもいるのだが、「G人材}=グローバル人材と「L人材」=ローカル人材を対比しながら、よくあるグローバル主義の論述のように「ヤンキー」で象徴される「L人材」を排除しないところにもある。

こので排除されるべきものとして標的にされるのは「N人材」=ネーション人材というものであるのだが、この「N人材」、今まで我々の社会の中心的な存在であったエリート層、指導者層と重なり合っているとこrが、この書の危険性でもあり、また毒性でもある。

それは

大切なのは、GとLの二つから、うまみのありそうな方を選ぶことではない。自分のやりたいこと、大切にしたいものを理解することなのである。その結果どちらを選ぶことになろうと、あなたの”本音”と合致している限り、幸せな生き方は追求できるはずだ。

といったところで明確なように「個人主義」的生き方の宣言でもある。

ただ。この生き方、学校で教わるものではないだけに

「みんながやっている努力」をやってもいきなり突き抜けることは難しいが、「誰もやっていなかった」領域なら、一足飛びで大きなリターンが生まれる確率は高い

とか

自分のやってきたことや、すでに持ってくるものから「やること」を決めてはいけないのだ。

と言った風に、とにかく独創性に基づいた

「老後の楽しみのために苦しい会社勤めに耐える」という考え方を捨て、「楽しく続けられる好きな仕事を、やる気が尽きない限り続ける」

という、結構、ワガママな生き方でもある。

さて、本書は、何かのカタルシスを感じたい時、結構オススメでありますよ。

日野町”そば道場たたらや”で「たたらんち たたら鉄板焼き蕎麦御前」を食して、「食」による地域おこしを考えた

先だって、鳥取県日野町に仕事で出向いた際に、訪問先の人から珍しいものがあるから、といって予約してもらったのが、”そば道場たたらや”の「たたら鉄板焼き蕎麦御前」

ここ日野郡はたたら製鉄が盛んだったということで、それにちなんだ「食」による地域興しに取り組んでいるとのことで、この店も、本来は蕎麦屋であるのだが、一肌脱いで独自メニューを提供している。メニューは、夏、冬とあるのだが、本日は夏メニューの「鉄冷やし水そば」、「せいろ蒸し大山おこわ」、「そば刺し」、「じゃぶ汁」、「カシスソルベ&ケラチョコ」を食すことに。

大山おこわ、じゃぶ汁も郷土色豊かな料理なのだが、本日、「ほう」と思ったのは「鉄冷やし水そば」と「そば刺し」。

「鉄冷やし水そば」はこんな風で、冷たいそばなんであるが、出し汁にオクラが入っている。オクラのネバネバ感とそばのつるつる感のマッチングが良。さらに、「たたら」といえば製鉄なので”熱する”イメージが強いのだが、今回は”鉄で冷やす”というのはこの店のオリジナル発想らしい。

秀逸は「そば刺し」。広めにカットしてある蕎麦に、薬味としてわさびと粗塩、蕎麦だしをつけて食す。特に粗塩は人工塩ではないらしく、味に深みがある。これを少し蕎麦にまぶして食すと蕎麦の香りが感じられて風情がありますな。季節の野菜で日南町のトマトが添えてあって、蕎麦に巻いて食べても、ということであったが、当方的にはこれ単独で食した方が美味であった。

で、これを食しながら、最近、地元の食材や料理をテーマにした地域興しが数々あるが、さてどれだけ残っていくのかな、と思った次第。このたたらんちもお値段は1200円で、この店の他のメニューに比べて、馬鹿高価い、というわけではない(ちなみに、ざるそばは820円らしい)のだが、手間が尋常ではないようだ。

食により地域興しで、ネックになっていくと思われるのが、地元の「食習慣に根ざしているか」ということと、並んで「将来にわたって恒常的に提供できるか」ということがあるように思う。旨いものをつくるのは、そこはプロの料理人がかかれば何とかなるものなのだが、それを「常態」として提供していけるか、となると、食材の値段や仕入れのしやすさ、普段食として提供できる手間の少なさがキーになるような気がするんである。

さて、日野のたたらんち、このハードルを超えて、繁盛してほしいものですね。