月別アーカイブ: 2017年9月

ポスト・イットを使った仕事の作法。適材適所でね。 — 嶋ひろゆき「仕事はすべて「ポスト・イット」で片づく」(かんき出版)

仕事の効率化のアナログ・ツールは、綴じられているものとそうでないものとに分けられるのだが、そのうち「綴じられていないもの」の主流は、十数年前は情報カードであったようだが、今はポスト・イットがその地位を継承している。しかも。ポスト・イットはサイズから色、フォーマットまで多種多様なものが販売されるようになっているせいか、「綴じられているもの」の主要勢力であるメモ帳の地位も脅かしそうな勢いであるような気がしている。
 
構成は
 
プロローグ ポスト・イット仕事術の仕組み
PART1 グチャグチャの頭を整理する「1分ポスト・イット 思考術」
PART2 どんどん時間と結果を生み出す「ポスト・イット 時間術」
PART3 コンサル思考が身につく「ポスト・イット 問題解決術」
PART4 高い目標も難なくクリア「ポスト・イット 目標達成術」
PART5 利益を生み出す黄金の「ポスト・イット アイデア術」
PART6 仕事が10倍速になる「ポスト・イット デジタル活用術」
エピローグ 読書、会議、資料作成にも使える「ポスト・イット応用術」
 
となっていて、メインは、アイデア出し、時間管理、タスク管理、資料作成といったビジネスの「肝」のところをポスト・イットで片付けていこうというもので、分類的的には「テンミニッツ」をはじめとする「フセン仕事術」の一族といっていい。
 
いくつか「ふむふむ」と思ったものを簡単にレビューすると
 
まずは「長期のプロジェクトの管理・スケジュール立て」
①まず、日付の一番下にプロジェクトのゴールを設定
②次にゴールを達成するのに必要な作業をさかのぼってポスト・イットに書き出す。それとは別のその作業の締切の日時をポストイットに書き出す
③それをA3ないしA4用紙に、貼り付ける。
Post it 01
④次に自分だけでなく、プロジェクトに関係する他者、他部門の作業もポストイットに書き出し、貼り付ける。
⑤ポスト・イットでつくったスケジュール表をコピーして情報共有
 Post it 02
⑥コピーが終わったポストイットははがして、手帳の該当する日付のところにToDoとして貼る
 
といったものや
 
①気がついたこと、役に立つと思ったことを、ポストイット1枚に1項目づつ書き出す
②読み終わったら、全体を眺めて、ダブっていたり意味が同じものは1枚にまとめる
③ポストイットを手帳やノートに貼る
④これを写真にとるか、コピーして読書録にする
⑤このリーディングメモのうち最も大切だと思うものを手帳に貼っておく
 
という「ポスト・イット読書術」や
 
エピローグのところの
 
①ポストイットに目次(資料の骨組み)を書き出す
②見出しや図表の位置をポスト・イットで決める
③PCで資料を作成
 
といった「ポストイット資料作成術」のあたり。
 
いずれも、ポストイットの利点である「張り替え自由」「追加・廃棄自由」といったメリットを活かした仕事術であるといえる。
ポスト・イットを使っての仕事術やメモ術は、散らかって散逸することがある、とか、保存をどうするか、といった課題があって、ノートにかわる汎用性が獲得できているとは言えない状況のように思う。ある程度、利用シーンを考えながら、PCやノートと併用するのが一番良いと思えていて、例えば「頭の中の散らかったアイデアなどを整理する」といったバラバラなものの重複をなくしてまとめあげていく、といった作業、仕事に向いているように思う。
 
ともあれ、こうした仕事のTipsは一つの方法で絞りこむというよりは、様々な利用シーンに応じて、一番適したTipsを使えば良いと思っているので、ポスト・イットだけにツールを限定して、ノートやメモはゴミ箱へ、といった急進に走らず、適材適所で楽しみながらツールを使い分けるのがよろしい気がいたしますな。その意味で「すべて」ポスト・イットで対応できるかもしれないが、「全て」やる必要もないような気がいたしますな。

トヨタ流の仕事術である”紙一枚”の「思想」のところが学べるビジネス本 — 浅田すぐる「トヨタで学んだ「紙1枚」にまとめる技術」(サンマーク出版)

ひと頃、仕事術は「猫も杓子もトヨタ、トヨタ」の時があって、それは、「猫も杓子もアップル、アップル」「猫も杓子もGoogle、Google」「猫も杓子もサムスン、サムスン」と同じ「流行り廃りもの」であるのだが、少なくとも、このA3ないしはA41枚で仕事の書類をまとめるという手法は、なかなか真似出来ない「カイゼン」に比べ、個人レベルでも導入できる、仕事術のスキルとして評価してよい。

 

本書の構成は
 
 
Chapter1 なぜ、トヨタはナンバーワンなのか
 
Chapter2 トヨタで学んだ「紙一枚」にまとめる技術〜基本編〜
 
Chapter3 トヨタで学んだ「紙一枚」にまとめる技術〜応用編〜
 
 
となっていて、Chapter1は、仕事のもろもろを「1枚の紙」にまとめるメリットが説明され、Chapter2では「エクセル1」というフォーマット、Chapter3では、エキセル1の応用形でもある「ロジック3」のフォーマットと実際の活用方法が解説されるという構成。
 

 

先だってレビューした「高橋政史「すべての仕事を紙1枚にまとめてしまう整理術」」と少々被るところもあるのだが、そこは同じ「紙一枚にまとめる」というコンセプトを扱ったビジネス書ゆえ致し方ないところか。
 

 

ちょっと意外だったのは
 
トヨタでは通常、A3用紙を横にシて使います。ふだんお業務ではA4サイズの用紙を使うことが大半でしたが、企画症やスケジュール管理等の複雑な案件に関しては、より一覧性に優れたA3サイズを用いました
 

 

というところで、トヨタ式の書類作成というと必ず「A3」ということが喧伝されているのだが、そこはやはり柔軟に場合・状況に応じてだよな、と安心してみる。
 

 

で、ちょっと注意を要するのは、「まとめる技術」とあるように、本書は、トヨタのプレゼン資料のまとめ方とか、ビジュアルな構成の仕方をレクチャーするものではなく、あくまでも発想を「トヨタの紙一枚にまとめる方式」の理念にそってまとめる方法のレクチャーである。

 

「エクセル1」にしろ、「ロジック」3」にしろ、フォーマットそのものは複雑なものではなく、その使い方が「ほぉ」とうならせるもので、しかもいくつかのビジネスシーンでの実際の使い方が紹介されているところが肝である。

 

その意味で、本書を読んだだけでは、あくまで手法の知識を得たというレベルに留まるので、実戦で磨きをかけないと本物にはならんわな、と「畳の上の水練」にならないよう気をつけねばなるまい。
 

 

ま、「エクセル1」や「ロジック3」のフォーマットを細かくレビューするのは、営業妨害になろうから、詳しくは原書で確認願いたいのだが、特に「エクセル1」はちょっと試してみようかなと思わせる、手軽でありながら実効のありそうな仕事術である。お試しあれ。

吉原と芝居小屋は「謎」の宝庫 — 近藤史恵「にわか大根」(光文社文庫)

堅物同心+(女形の人気役者+人気花魁)のトリオの捕物帳の第3弾。

今回は、短編集なのであるが、それぞれの短編をつなぐ筋が流れているので、それなりの統一感があるという凝ったつくりの短編集である。

収録は

吉原雀

にわか大根

片陰

の三編。

ざっくりとレビューすると

「吉原雀」は、第2作で千蔭をさんざん引き回した挙句、千蔭の父親と祝言をあげたお駒と父親の千次郎が旅行に出かけるところから始まる。旅行に出ていて、お駒が家にいないという設定が、三作目を通じて展開される「平野屋のおふく」をめぐる騒動の発端となる。

本筋は、吉原で三人も遊女が立て続けに変死する。流行病が吉原に流行っているということないのだが、共通するのは、かかった医者が「小川幻角」という町医者にかかっていたことと「雀」。三人の遊女は皆死因が異なっているようなのだが・・・、といったところ。

「にわか大根」は役者話。先回に登場した「おふく」(お駒の稚馴染み)が継母に邪険にされて塞いでいるのをなぐさめるために、市村座の芝居を見に行くことにうる。ここは、この物語のもうひとりの主人公である水木巴之丞の、向こうを張る「村山達之助」という役者がいるのだが、どうも上方から帰ってから、芝居がやけに下手になっている。その理由は、とさぐっているうちに彼の一人息子が芝居小屋から転落死する、という事件

「片蔭」はスリの茂吉が擦りとった財布を投げ込んだ天水桶から水死体が発見される。水死体は、船芝居の役者・片岡円蔵。彼の芝居は、船芝居ではありながら出来の良いものであるし、円蔵はまじめで人当たりもよく、人に恨まれることもおよそない。おまけに円蔵の相手方の谷与四郎は、巴之丞の上方時代の知り合いでもある。さて、円蔵はどういう理由で殺されたのか、という筋。

三作ともそれぞれの関連はないのだが、三作を通じて、お駒の幼馴染「平野屋のおふく」が、タイミングよく玉島家に逃げ込んでみたり、駆け落ち騒動を起こしたり、と、堅物同心の玉島千蔭も、そろそろ年貢の収め時か、と思うのだが、作者のデウス・エクス・マキナは、そう簡単には許さないらしい。

となると、千蔭と梅が枝の行く末は・・・、といった予測も出るのだが、され、次作以降、この二人の関係をどうするか気になるところではありますな。

 

「努力」はアメリカ・日本共通の処世訓 — アンジェラ・ダックワース「GRIT やり抜く力ー人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける」(ダイヤモンド社)

きらびやかな才能の磨き方や、パンチのあるプレゼンの力の伸ばし方など、キラキラ光るビジネスの能力の鍛え方をコーチするビジネス本は多いのだが、今回、本書で注目し推奨するのjは「古くて良き」能力である。

構成は

PART1 「やり抜く力」とは何か?なぜそれが重要なのか
 第1章 「やり抜く力」の秘密ーなぜ彼らはそこまでがんばれるのか
 第2章 「才能」では成功できないー「成功する者」と「失敗する者」を分けるもの
 第3章 努力と才能の「達成の方程式」ー 一流の人がしている当たり前のこと
 第4章 あなたには「やり抜く力」がどれだけあるか?―「情熱」と「粘り強さ」がわかるテスト
 第5章 「やり抜く力」は伸ばせる―自分をつくる「遺伝子と経験のミックス」
 
PART2 「やり抜く力」を内側から伸ばす
 第6章 「興味」を結びつける―情熱を抱き、没頭する技術
 第7章 成功する「練習」の法則―やってもムダな方法、やっただけ成果の出る方法
 第8章 「目的」を見出すー鉄人は必ず「他者」を目的にする
 第9章 この「希望」が背中を押す―「もう一度立ち上がれる」考え方をつくる
 
PART3 「やり抜く力」を外側から伸ばす
 第10章 「やり抜く力」を伸ばす効果的な方法―科学では「賢明な子育て」の答えは出ている
 第11章 「課外活動」を絶対にすべしー「1年以上継続」と「進歩経験」の衝撃的な効果
 第12章 まわりに「やり抜く力」を伸ばしてもらうー人が大きく変わる「もっとも確実な条件」
 第13章 最後にー人生のマラソンで真に成功する
 
となっていて、後段のPART3でわかるように、自分で自分の能力を伸ばすビジネスノウハウ本ではなく、もともと教育書として書かれたもの。
 
本書で説かれる一番大事なものとは、表題のとおり「GRTIT やり抜く力」であるのだが、それがなぜかというあたりは
 
ウェストポイントの入学審査では、志願者総合評価スコアがもっとも重要な決め手となっていたが、「ビースト」の厳しい訓練に耐え抜けるかどうかを予想するには、残念ながらあまり役に立たなかった。
それどころか、志願者総合評価スコアで最高評価を獲得した士官候補生たちは、なぜか最低スコアの候補生たちと同じくらい、中退する確率が高かった。
 
といったように、アメリカの名だたる陸軍士官学校の実例などの実例やインタビューで実証していくのが、アメリカの論文らしいところ。
 
アメリカのビジネス書といえば、GoogleやFacebookなどなど若くて才能あるアントレプレナーをとりあげた「天才」「タレント」のビジネス手法を紹介して、そのうち少しばかりでも真似出来ないか、といったものが目立つのだが、こうした「努力」「積み重ね」「たゆまない力」といったところを強調するものが評価される場面もあるのだな、とアメリカの多様な評価を見直してみる。

 
そういえば、ハリウッドのヒット映画のパターンの一つは「外敵に対し、才能のない(若い)人が、努力・修行の末、敵を倒す」ってのがあることを思えば不思議でもないのかもしれない。
 
一方で、
 
偉業を成し遂げた人たちに、「成功するために必要なものは何ですか?」とたずねると、「夢中でやること」や「熱中すること」と答える人はほとんどいない。
多くの人が口にするのは「熱心さ」ではなく、「ひとつのことにじっくりと長いあいだ取り組む姿勢」なのだ。
とか
時間の長さよりも「どんな練習をしているか」が決め手になることだった。
ほかのどんな練習よりも「意図的な練習」が、大会を勝ち進むための要因になっていることがわかったのだ。
と「努力の大事さ」と「特別な練習」を強調するとともに
自分の興味があることを掘り下げるにしても、練習に励み、研究を怠らず、つねに学ぶなど、やるべきことは山ほどある。
だからこそ言っておきたいのは、好きでもないことは、なおさらうまくなれるはずがないということだ。
保護者や、これから親になる人や、年齢を問わず親以外の人たちにも、伝えたいことがある。
それは、「必死に努力する以前に、まずは楽しむことが大事」ということだ
と「刻苦勉励」ばかりを主張しないところが現代的であるところかな。
 
もっとも、
おそらくパットナムには想像に難くないはずだが、家庭所得とグリット・グリッドのスコアには、懸念すべき相関関係が見られる。
私の研究に参加した高校3年生のうち、国から給食費の援助を受けている生徒たちは、恵まれた家庭の生徒たちにくらべて、平均でグリット・グリッドのスコアが1ポイント低いことがわかった
といったように、「才能」が成功の秘訣ではないにせよ、「やり抜く力」をつくるには「環境」が影響するところも大きいといったところも指摘されているので、あらゆる環境に人に平等の理論ではない(所得の低い環境の人たちは、そうでない人よりGRITを身につけるに一層のちからが必要になるということだな)のは注意が要る所。
 
なんにせよ。成功の決め手は「才能」だけではない、という提案は、キラキラした輝きを見せる同僚の横で、力を落としているフツーの人達への一つの光明ではある。さらには失敗して落ち込んでいるフツーの子どもたちにどうアドバイスしていくかの道標にもなるだろう。
 
「努力」というのは日本もアメリカも共通の処世訓であるのですね。

「最速」「Google」という言葉に弱いビジネスマンに捧げるビジネス書 — ジェイク・ナップ「SPRINTー最速仕事術 あらゆる仕事がうまくいく最も合理的な方法」(ダイヤモンド社)

「最速」という言葉は、常日頃、タスクに追われているビジネスマンには、一種の「キラー・フレーズ」で、この言葉がチラとでも見えると、思わず手に取ってしまうのは、一人二人ではあるまい。
本書はGoogleのデザインパートナーをしていた人たちによるもので、「スプリント」とは「個別の作業、プロトタイプ作成の時間、逃れられない締切をワークショップに加えて、開発したプロセス」「アイデアをプロトタイプのかたちにすばやく落とし込み、それを顧客としてテストすることによって、たった5日間で重要な問題に答えを出す手法」で「デザインの短距離走(スプリント)」として名付けられたもの。
 
本書の構成は
 
INTRODUCTION スプリントとは何か?
SET THE STAGE 準備をする
 第1章 「課題を見抜く」
 第2章 「オーシャンズ7」を決める
 第3章 「時間」と「場所」を確保する
MONDAY 目標を固める
 第4章 「終わり」から始める
 第5章 「マップ」をつくる
 第6章 「専門家」に聞こう
 第7章 「ターゲット」を決める
TUESDAY 思考を発散させる
 第8章 「組み替え」と「改良」に徹する
 第9章 「スケッチ」する
WEDNESDAY ベストを決める
 第10章 「決定」する
 第12章 「ガチンコ対決」をする
 第13章 「ストーリー」を固める
THURSDAY 幻想をつくる
 第13章 「フェイク」する
 第14章 「プロトタイプ」をつくる
FRIDAY テストをする
 第15章 「現実」を知る
 第16章 「インタビュー」をする
 第17章 「学習」する
おわりにー「仕事のやり方」が根本的に変わる
 
となっていて、1週間で製品開発ないしは既存の製品・サービスの改善を仕上げるといった内容。
 
ただ、
 
過去のワークショップの結果を見直してみると、ある問題に気づいた。ワークショップのあとで実行に移され、成功したアイデアは、喧々囂々のブレーンストーミングで生み出されやものではなかったのだ。最良のアイデアはちがう場所で生まれていた。
 
といった刺激的な言葉で始まるように、ここで提案される手法も結構刺激的である。
 
それは
 
普通に考えれば、自分のソリューションを紹介し、そのねらいを説明する機会を、誰もが公平に与えられるべきだ。
たしかにその通りだが、スプリントではそうしない。
アイデアを説明することには、いろんな弊害がある。
感動的な主張をした人や、カリスマ性のある人の意見に流されがちだ
 
とか
 
民主主義は国をまとめるにはいいが、スプリントには向かない
 
とか
 
優れているが相容れない2つのアイデアがあるとき、どちらか一方を選ぶ必要はまったくない。
両方のプロトタイプをつくって、金曜日のテストで顧客の反応を見ればいい
 
などといったフレーズでも明らかで、結構小気味いいのは確か。
 
もっとも、本書で取り上げられている例は、ブルーボトルコーヒーの販売成績UP、「スラック」というグループウェアの販促といったものであるし、短期間に、ひとつのプロジェクトを発端からある程度の仕上げ(顧客テストまで)をするまでの仕事の手法として応用範囲は広いことは間違いない。
 
ただ、この「スプリント」という手法、筆者群はGoogleベンチャーの出身ということもあって、IT企業色が強いし、「ドット投票」など、当方の属するような古いタイプの企業組織では、導入にはかなり説得作業が要るよなと思わせるものもある。さらには1週間の間、プロジェクトメンバーの拘束を職場風土が許容してくれるかな、といった懸念がでるのも事実。全ての企業に、本書の全ての提案が適用可能ではないだろうなということを考慮すると、まあ、翻案しながらやってみたら面白そう、といった感じでまずは進めるのがよいかもしれない。
 
なんにせよ、本書によれば
 
スプリントは当たれば大きい、リスクの多いソリューションをテストするのに一番向いている。
だから普段とは優先順位を逆にして考えよう。
成功まちがいなしの小さなチャレンジなら、わざわざプロトタイプをつくる必要もない。
そういう楽勝案はパスして、大きく大胆な賭けを選ぽう。
とのこと。
 
食わず嫌いせずに、どんな課題解決でもいいので、あれこれ試してみるのが一番本書の目的に沿うのかもしれませんね。
 
 
ー追記ー
 
大きなプロジェクトだけでなく、巻末のQ&Aによれば、会議での小さな決定や問題が行き詰った時でも「どうすればメモ」(P111)、「4段階スケッチ」(P159)、「メモって投票」(P207)、「顧客インタビュー」(P273〜)が有効であるそうなので、詳しくは原書で確認の上、試してみてくださいな。

「知的作業」の要点は「紙一枚」にあり — 高橋政史「すべての仕事を紙1枚にまとめてしまう整理術」(クロスメディア・パブリッシング)

「仕事、勉強、プライベートの趣味や日常生活、整理をしないといけない場面はどこにでも存在しています。
本書では、そうしたいろいろな意味での整理を、すべて紙1枚でできるようになる。その方法を紹介しています」
という、結構タカピーな宣言で始まっているのが本書。
 
ただ、頭の中を整理する、仕事で提案することを整理する、会議の内容を整理するといった「仕事上の整理案件」はビジネスの要であるともに、永遠の「課題」でもあるので、書き出しのキャッチ力は非常に高いのは間違いない。
 
構成は
第0章 紙1枚で整理するとはどういうことなのか
第1章 思考力・仮設力を磨き上げるSの付箋
第2章 インプット・アウトプットの効率を劇的に高める16分割メモ
第3章 本を一冊15分で読むキラー・リーディング
第4章 いらないものをシンプルに捨てる1枚引き継ぎマップ
第5章 会議時間を半分にするマッピング・コミュニケーション
第6章 言いたいことが誰にでも伝わる3つの型と1・2・3マップ
第7章 どんな相手も納得させる物語プレゼンテーション

 

となっていて、1章ごとにメソッドが提案されるので、1〜7章で、7つの手法が示されるとともに、それに使用する紙1枚の「フォーマット」(「図」化されてます。)が提案されるので、1冊で一提案みたいなビジネス・ハウツー本が結構ある中で、おトクといえばおトク。

 
いちいち紹介していると完全に営業妨害になるので、当方が本書を購入する際に一番に気になって購入を決めた「キラー・リーディング」の手法を少し紹介すると(「フォーマット」は原書で確認してくださいね)
ステップ1>著者に何を聞きたいか、その本で何を得たいか、という「問い」を決める
 
ステップ2>目次や本文をザーッとめくりながらきーわーどとなる言葉を探す。キーワードは1つあたり20秒ぐらいのペースで抽出するが、数は16個まで。
 
 
ステップ3>本文を、設定した問いとキーワードに引っかかる箇所を探すように読む。読む時間はおおよそ10分間ぐらい。引っかかった箇所を例えば、付箋を貼るとか、アンダーラインを引くとかのアドバイスはないので、ここは応用範囲なのであろうが、10分間という時間を考えると手間のかかることはムリであろう。せいぜいページ数をメモするか、印をつけておくぐらいであろうか。
このステップの仕上げとして、16のキーワードの中から特に重要と思われるキーワードを選ぶ。
 
ステップ4>問いへの答えを1つのメッセージにまとめる。本書によれば
 
「こんな「問い」の切り口でこの本からそのエッセンスを結晶化すると、要はこのひと言」という具合です。
 
とのこと。
この方式であると、当然「問い」によって切り口が異なってくるから、その人のその時なりの読み方になってはしまうが、もともとビジネス書のどこが参考になると思うかはごく個人的な事柄なので致し方ないところであろう。
 
残りの6つの手法は、原書でぜひ確認をしてほしいのだが、いずれもかなり具体的な処方箋が示されているのは間違いない。どう使うかは「読み手」次第、というところでありましょうかね。

「堅物同心」+瓜二つの「女形役者と花魁」、幽霊に出会う — 近藤史恵「猿若町捕物帳ーほおずき地獄」(光文社時代小説文庫)

「巴之丞鹿の子」で歴史ミステリー・デビューした近藤史恵さんの、堅物同心・玉島千蔭+女形の人気役者・水木巴之丞+花魁・梅が枝のトリオ・シリーズの第2弾。
今回は、お茶屋に出る「幽霊騒動」事件がメインなのであるが、千蔭の上役の与力の孫娘「お駒」との縁談話が並行話として進行する。
メインの幽霊騒動は、侍客がお茶屋・叶屋で洗い髪の女の幽霊を見た、という騒ぎが起き、幽霊が消えた後には、古い縮緬細工の「ほおずき」が落ちていた、というのが発端。
千蔭の縁談とは別に、事件の伏線のような女郎屋の2階に監禁されている「お玉」という娘の話も途中から並行し始めるので、筋立て的には、3つの話がそれぞれ別個に流れていく、といった構成。
「お玉」の話というのは、どうも昔の話のようで、女郎屋に監禁されている美人らしい「お玉」という娘と「徳さん」という男との出会いが語られ、果ては、徳さんと駆け落ちするが捕まえられ、手足を縛られて監禁を続けられる、といったもの。今回の幽霊話となにかしら因縁がありそうな風情で進行する。これは、筆者の術中に誘いこんで、人を混乱させたり、惑わせようとするのだな、と思いつつ、術中にはまってしまう自分が情けない。
もう一人、キーとなる人物は「花子」という白髪の夜鷹。白髪ではあるが、本当の老婆というわけではなく40過ぎぐらいの年齢であるようで、幽霊の出現に呼応するかのように出没する。これも当方の拙い推理を混乱させたのであるが、その正体と白髪になった理由は原本で。
千蔭の縁談は、というと、案の定まとまらず「梅が枝」との仲は次巻以降に期待というところだが、「お駒」の嫁入り先は、ちょっとやりすぎじゃないの、と思うのだが、これもまた原本で確認いただきたい。
込み入ったトリックとかはなく、語り口で読ませるタイプの時代ミステリーであるので、あれこれと詮索せず、うかうかと作者の手の内で転がされるように読んでいくのが一番でありますな。

「堅物同心」+瓜二つの「女形役者と花魁」の異色トリオの捕物帳 — 近藤史恵「猿若町捕物帳ー巴之丞鹿の子」(光文社文庫)

時代小説、特に捕物帳の書き手には、ミステリーの出身者と大衆小説・純文学の出身者の二通りの流れがあるような気がしていて、ミステリー出身者の捕物帳の特徴は、人を驚かす仕掛けを放り込んでくるところと事件のディテールとか細部にこだわるところであろう。
「サクリファイス」などの自転車小説とあわせて「タルト・タタン」シリーズや「モップの魔女」シリーズなどのミステリーの著者、近藤史恵氏による本作も、その特徴を見せていて
「女が犬の子を孕んだそうだよ」
(中略)
くすくすと笑いながら、二人は夜具の上に倒れ込んだ。障子に映った影が重なる。
もし、この閨の出来事を影から覗くものがいたならば、驚いただろう。
女と男は、同じ姿形をしていた
といった書き出しや、
 
さらには、作中で起こる殺人の被害者の娘達がいずれも「巴之丞鹿の子」の帯揚げで絞殺されるという事件の凶器は、人気役者にちなんだ巴之丞鹿の子の偽物という設定や、矢場で働いているお袖とおそらくは貧乏旗本の四男坊・藤枝小吉が雨宿りのお寺の軒下で知り合い、やがて良い仲になっていくといった話が、主人公の同心・玉島千蔭を中心に、どことなく胡散臭い、女形役者の水木巴之丞と座付作者(見習い)の桜田利吉、巴之丞と幼馴染らしい、花魁の梅が枝、とクセのある登場人物を配しながら、二重三重に筋を走らせていくという手法はミステリーそのもので、捕物帳でも人情噺を中心に語られていくものとはちょっと毛色が異なっている。
事件そのものは、巴之丞にちなんだ「巴之丞鹿の子」の帯揚げで絞殺されると連続殺人の謎を解いていく設定で、謎解きの中心は、棒手振りの娘・お弓の殺人の謎解きを中心に進むのだが、あちこちに筋が散らばるところもなく、しつらえたような密室も登場しない、ごくまっとうな「捕物帳」といっていい。  
ネタバレすれすれでいうと、冒頭にでてくるお袖という娘が、事件のキーといて使われていたとは思わなかったのは、当方の不明の限り。事件の解決の糸口となる人物を詳細に描写しておくことは、ミステリーでよくあるのだが、それが犯人というのがよくあるので、彼女ないしは彼女の恋人が怪しいよね、とまんまと作者の罠にはまっていたのであった。
 
最後に、このシリーズの重要な副主人公である女形役者・水木巴之丞と彼の幼馴染の花魁・梅が枝は、主人公の同心・玉島千蔭の協力者になったようであるが、なんとなく次作以降で大ドンデンがありそうな気がするのは、当方だけであろうか。

科学進化の「倍々ゲーム」の行き先は? — 稲見昌彦「スーパーヒューマン誕生 人間はSFを超える」(NHK出版新書)

AI、IOT、ロボットといった最近流行のテクノロジーは、いずれも人間のアナログな感覚との間に膜で遮られているような気がしていて、こうしたテクノロジーの進化は必ずしも人間・人類と並走してくれるかどうか不安なところがあるのだが、本書でとりあげる「人間拡張」はそれに比べると、アナログな感覚と親和性が高い気がする。
構成は
序章 SFから人間拡張工学を考える
第1章 人間の身体は拡張する
 1 拡張身体とは何かー「補綴」から「拡張」へ
 2 どこまでが拡張身体なのかー脳と道具の間にあるもの
 3 どこまでが身体なのか?ー曖昧な身体の境界線を探る
第2章 インターフェイスとしての身体
 1 現実世界はひとつなのか?ー五感がつくる現実感
 2 新たな現実はつくれるのか?ー感覚と情報がつくるバー
 3 人間は離れた場所に実在できるのかー脱身体として
第3章 ポスト身体を考える
 1 ロボットはなぜヒト型なのか?ー分身ロボットとヒューマノイド
 2 他人の身体を生きられるのか?ー分身から変身へ
 3 身体は融け合うことができるのか?ー融身体・合体からポスト身体社会へ
あとがき
となっていて、南アフリカの義足の陸上選手の話からスタートし、パワードスーツなどへと続いていく。
このあたりは、人間の「身体」のフツーの拡張話であるんだが、
人間は「道具を使っている」こと自体を、自らの身体を使っているときのように無意識化できる
 
であったり、
近年になり、もしかしたらラバー・ハンドという物理的な存在がなくても、人間は信じるだけで自分の身体がそこにあると感じるかもしれないという応用の実験がでてきた。
 
といった話が出てくると、人間が自分の身体として意識しているのは、肉体としての身体だけでなく、空間軸的にも時間軸的にも拡大し、境界の意識を失っていき、「身体」そのものが変質していく
 
そして、さらに「バーチャル・リアリティ」という技術によって、「人間の心」「人間の意識」が、肉体という身体から、空間的にも時間敵にも「離れていく」「解放される」というSF的な幻想にかられてしまうのである。
個人は一つでなく「分人」として「複数の顔」を持ちうる、さらには
 
もしかしたら、人間は複数の分身体をスケジューリングしながら操るようになるのかもしれない。現地に行く必要が生じた場合は、そこに焦点を合わせて自分を光の速さで飛ばして実在させる。未来の人間は、複数の世界を時間によって漂う存在になっている可能性すらあるのだ。
 
といった話になると、「おい、おい、本当かよ」と当方のようなおっさんは、途方にくれてしまうのであるが、Skypeを使ってのインターネット会議などが常態であるむきには、そうした身体感覚と意識との分離は、容易に想像できる範囲なのか?とも思い直してみるのである。
 
まあ、当方が若かりし頃、PCはNECのPC-8800といったのが個人利用では最先端でありましたが、この30年間、とんでもない進化を遂げているのは事実。しかも、こうした技術的進化は倍々のペースで進むという話もある。これから数年間、Ai、ビッグデータ、ロボット、生化学と様々な分野が倍々で進化し、それらが融合すれば、当方が思ってもみない世界が現出するのかもしれませんね。

「叱る」「叱られる」どちらも難しくなった時代の対処法 — 阿川佐和子 「叱られる力」(文春新書)

「聞く力」で大ヒットを飛ばした、エッセイスト阿川佐和子さんの「力」シリーズ第2弾が「叱られる力」である。当方が育った世代は、親や教師のみならず、近くのおじさんおばさんまでもが何か悪さをすると「叱る」世代である。なので、「叱られる」ことに何の力が入り用なのか、と思ってしまうのだが、どうも世間全体が、「叱り」「叱られる」こと双方に不慣れな状態に突入して、上手に「叱り」「叱られる」ことに特別な力、メソッドが必要な時代環境になったようだ。
構成は
1 叱る覚悟と聞く力
 「ステキ」を褒め言葉に変換する/「私、人見知りなんです」は甘えじゃないの?/最初に本性をさらけだす/「下心」で人見知りを克服/「失礼ですが・・・」は失礼です/後輩を叱る覚悟/怖い顔の利点/スマートな叱り方とは/叱るルール/部下の叱り方①ー借りてきた猫の法則/部下の叱り方②ーセクハラと飲み会/「酒場の本音」を肝に銘じる/正解を求めない/叱られる覚悟/親は嫌われる動物と思うべし
2 叱られ続けのアガワ60年史
 その1 「家なき子」事件/その2 涙の誕生日事件/その3「お父さんにそっくり」事件/その4 「一人暮らし」奇襲作戦に成功せり/その5 「子供に人権はない」宣言/その6「志賀先生がお読みになると思え」の訓示/その7 「対処法」を会得?
 
3 叱られる力とは?
 「別れ話」の乗り越え方/「最悪経験」を尺度にする/ゴルフに学ぶ人づきあいのマナー/下心のススメ/嫌な言い回し/上手な叱り方/ユーモアと落語の効用/叱られたとき、悲しいとき/言い訳は進歩の敵
 
ちょっと真面目な、あとがき
となっていて、「1」と「3」は「叱られる」技術、それを敷衍した「叱る」技術についてのあれこれが綴ってあるのだが、本書の特徴は、稀代の怒りん坊である阿川弘之氏から娘・阿川佐和子氏の「叱られ続けた」エピソードの数々が「2」の章に満載となっていて、これがまた、理不尽でありながら、親近感のエピソードばかり。
それは例えば、「涙の誕生日事件」のように、
 
お誕生日会で来てくれた友人が少なくて寂しい思いをしていると、それを見た父の阿川氏から「誕生日会禁止」を申し渡される。その理由は、寂しがっている娘を見ていられなくて、ではなくて・・・
 
とか「お父さんにそっくり事件」のように
 
父に不条理に叱られる身の上を友人に愚痴を言っている筆者が「私、本当はあの家の子供じゃないんじゃないか」とこぼしたところ、近くを通りかかった教師から「そんなことはないわよ」、「だってあなた、お父さんに◯◯(◯◯は原書で確認してくださいね)」と言われて逆にショックを受けたり・・
 
といった、著者本人は当時真面目に悩んだこともあったのだろうが、結構抱腹絶倒な
エピソードが満載なのである。
もちろん、それだけでなく、叱る技術として有効らしい「借りてきた猫の法則」
かー感情的にならない
りー理由を話す
てー手短に
きーキャラクター(性格・人格)に触れない
たー他人と比較しない
ねー根にもたない
こー個別に叱る
(P88)
といった法則が紹介されたり、
 
日本語の成り立ちから言って、日本人は意思を伝えるとき、欧米人のように確固たる自分の主張を持って喋るのではなく、目の前の空いての顔色を伺いながら言葉を選ぶ傾向があります。
 
日本語の文法は、文章の最後尾で肯定か否定かを決定するように作られています。いっぽう、たとえば英語の場合は、主語の直後に肯定否定を決めなければいけません。自分の意思は先に決定しておいて、それから目的語を示す順番です。でも、日本語の場合は、話の流れや空気を見ながら、最後に意思を固めればいい(P186)
 
といった、日本語の文法が、日本人の意思決定の所作に影響しているのでは、といた話がでてきたり、妻との関係を円滑にする秘訣の一つは、妻の話を聞くことだが
「妻の話にとりあえずオウム返ししなさい」(P230)
 
男という動物は、相手の相談事に対して「解決策を示す」ことこそ最大に親切だと思っているきらいがあります。が、女という動物は、必ずしもそれを望んでおりません。
女は話を親身になって聞いてもらいさえすれば、それで気持ちがスッキリするのです。
 
(上級編は)ただのオウム返しではありません、英語に直して繰り返すのです(P234)
 
という、男性である当方としては、「あ、そうだったのか」と実体験に照らして膝を叩いて納得するようなアドバイスもあり、阿川家の話だけでなく有益有効な話も含まれているので、お買い得であることは間違いない。
さらには、あとがきのところで「聞く」「叱られる」という。ついこの間までは「フツー」のことのように扱われていたものが特別扱いされたり、感情や行動の起伏の激しい人の増えている背景には
誰もが喜怒哀楽の感情を抑えすぎているせいではないかと思いたくなるのです。普段、抑えているぶん、何か特別な状況に陥ると、その反動かと思われるほどの感情の爆発が起こるのではないか(P242)
 
と類推し、
 
喜怒哀楽。その四つの感情の「喜」と「楽」という、いいとこ取りをすることが、「中庸」への道ではないのではないか。人間には「喜」「楽」だけでなく、「怒」と「哀」も同様に思う存分、発散することが必要なのではないか(P242)
 
という処方箋が提示されているあたり、只者ではない風情を漂わせるエッセイでもある。
 
そういえば、本書の中で
 
一般社会で叱るといえば、それはもっぱらオトコの役割だった時代がありました(P77)
 
とあるように、「三丁目の夕日」に代表される時代はそうでありましたが、すでに、はるか遠い昔となりました。「叱ること」「叱られること」どちらも難しくなった今、皆が「喜怒哀楽」の感情をうまく出しあって暮らしていく、そんなことが大事になっているんですかね〜。