巨星が堕ちるときには大振動があちこちでおきるもの — 山田芳裕「へうげもの 九服」(講談社文庫)

第9巻で、とりあげられる時代は、慶長の役が始まる1956年から石田三成を除こうとする加藤・福島の反乱(?)が起きた1599年3月2日まで
冒頭、禁教令が発布され、高山右近を見せしめとして処刑しようとする石田三成に対し古田織部は九州であった三成の兄の話を持ち出し
冷徹に務めを果たすのみでなく、今後は人情というものを解しなされ。
恨みを持つ者を増やせば、ついには豊臣が世を危のうしますぞ
と諭し、右近の命を助ける。これが織部にとって吉なのか凶なのかはこの時点では不明だが、後に大谷刑部との仲立ちをさせられ、これが石田三成の力を強めることになるのだから、徳川政権下での家の存続にはあまりプラスにはならなかっただろうな、と推測。
この巻では、豊臣秀吉が没する。没する時に、織部正の仕立ての余興があって、筆者のフィクションではあるのだろうが、絢爛好きの秀吉が逝く時はこのぐらいのことがあってもよいな、と思わせるエピソードがつくってある。秀吉の死はしばらく秘匿されていたので、暗殺説やらひっそりと誰にも看取られず死んだなど様々あるのだが、土民から成り上がって豪華絢爛な世を創り上げた人物の死であるし、これぐらいは手向けとしてもよかろう。
さて、秀吉の死後、朝鮮の役は中止されるのだが、朝鮮の役の収束にあたって石田三成が威張って諸将の不興と怒りをかったのも、秀吉没後に豊臣家に抗いそうな武将のあぶり出しであったとの解釈。本書の三成はのぺっとした顔の、能吏ではあるが人情を解さない人物として描かれていて、こういう奴ならこれぐらい謀らむよなと思わせる書きぶりは見事。
巻の最後は、加藤清正、福島正則らが石田三成を除こうと反乱(?)を起こすところで次巻へ。反乱というのは異論あろうが、この時期、政権の中枢は石田三成が握っていたのだから、やはり反乱、クーデター騒ぎというのが正しいだろう。ただクーデターを起こしたにもかかわらず首謀者の加藤、福島、細川といった面々が無傷なのも、この時代の勢力構図の複雑さのなせる技ではあるな。
本巻の名シーンと思えるのは、石田三成が大谷刑部懐柔のため茶を被ったシーンではなく、石田三成が朝鮮の役終了の申し渡しを諸将にした同じ頃、織部・中川・小堀の数寄大名たちが茶室で語り合っているところで
何故、戦が起きるか考えてみよ
皆、領地が欲しいからぞ・・・
領地とは武人としての評価・・面子・・
それを阻む者を是が非でも排したいのだ。・・・
されど私を含め貴殿らにそこまで領地を欲する気はあるか?
我らは戦を斜めに見ておればよいのだ。
今より勝ち馬に乗らんと焦ることもない
その場その場で己が都合の良い方につき、領地ならぬ欲しいものを頂くのだ。
これが新しき乙将の生き方ぞ
と織部がこれからの数寄大名の方向をしゃべるあたり。うむ、と感心しつつも、これでは謹厳実直がメインで、忠義を重んじる「徳川の世」では生きづらいよな、と嘆息してみるのであった。

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