物語は進行する。けれど謎は深まる — 坂井希久子「居酒屋ぜんや ころころ手鞠ずし」(時代小説文庫)

「ほかほか蕗ご飯」「ふんわり穴子天」に続いての「居酒屋 ぜんや」シリーズの三作目。
収録は
「大嵐」
「賽の目」
「紅葉の手」
「蒸し蕎麦」
「煤払い」
 の五話。
林只次郎も「ぜんや」の馴染となってきて、そろそろ女将の「お妙」との仲が心配になるあたりなのだが、男女の仲はそう簡単にはいかないのが、今のご時勢と違う所。
ざっくりとレビューすると
最初の「大嵐」で只次郎と鶯仲間であった「又三」が殺されるのだが、その犯人探しは、また後で。ということで、貸本屋もやっている大家の失せ物探し。雨を避けるため、あちこちに避難させた草双紙の一冊がない、とぜんやが疑いをかけられる。そんなに貴重なものか、と皆が色めきたつのだが・・・、というのが主筋。
「賽の目」はお妙を襲った駄染め屋の行方を捜すため、只次郎が、旗本屋敷で開帳される賭場に潜入する話。
その賭場で食う「具は烏賊だ。衣は分厚く目いっぱい油を吸い、身は恐ろしく硬い」という屋台の天麩羅と、ぜんやで供される「細めのサクに衣をつけて揚げたものを三切れ皿の載せてある。衣と身の間には、くるりと海苔が巻かれていた。・・・断面の繊維に沿って、地艶やかな脂が滲み出ている。さくりと歯を立てるとたちまち、それが、口の中に広がった」という戻り鰹の天麩羅の対比が絶妙ではある。
三話目の「紅葉の手」は、ひさびさに升川屋のご新造・お志乃の妊娠にまつわる騒動。姑と旦那が冷たいと、奥座敷に篭ってしまったお志乃と姑の和解をとりもつ話。双方に悪意がなくても、行き違うと人間関係拗れるよね、というもの。今回の表題の「手鞠ずし」は、この三話目出て来るのだが、押し寿司が主流であったこの頃に、寿司が食べたいというお志乃の希望をかなえ
お志乃のおちょぼ口にあの大きな寿司は不粋ではないかと思われた。ゆえに茶巾絞りの要領で、たねと飯をひつつずつ。キュキュッと小さくまとめたみた。
たねは小鰭、海老、烏賊、鯖、甘鯛、平目、鮪。薄焼き卵で包んだものは、多産を祈って酢蓮根の薄切りを乗せてある。
甘いものが好きなお志乃のために、蒸した南京を潰し、茶巾絞りにしたのも用意した
という、お妙が用意した手の込んだもの。現代でもこういうのが出す料理屋があると通いづめになるよね。
4話目の「蒸し蕎麦」では、あれほど探しての見つからなかった駄染め屋がお縄になる。さらには、林家の上役である「佐々木」が絡んでいる模様。彼がどういう自白をするか、が気になりつつも、今回の料理は茹でるものと決まっている切り蕎麦を昔は蒸したということだ、という話からそれを復元しようという話。で、又三を殺したのも駄染め屋であることが判明する所で次の話に続く。
最後の「煤払い」は、駄染め屋が捕まり、又三殺しとか諸々を白状したのだが、真実のところを誤魔化して「お妙」に伝えていた只次郎が窮地に陥る話。惚れた女が傷つかないように、と慮ったのが裏目に出たんですな。
さて、物語は進展していくのだが、お妙が佐々木によって監視されていた理由とか、お妙の亭主が本当に事故死したのか、といった諸々の謎はまだ解けてこないので、消化不良の感がありますな。次の4巻目ですっきりとするのでありましょうか。

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「奢侈禁止」でも美味いものは食いたいのが人情というもの — 坂井希久子「居酒屋ぜんや ほかほか蕗ご飯」(時代小説文庫)

「ぜんや」は今日も大賑わい — 坂井希久子「居酒屋ぜんや ふんわり穴子天」(時代小説文庫)

「ぜんや」に落ち着きが戻り、美味い料理も健在 ー 坂井希久子「居酒屋ぜんや さくさくかるめいら」

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