月別アーカイブ: 2018年1月

Kindle 無料本のオススメ三種 「いぶり暮らし」「GIANT KILLING」「ちるらん」

今回のKindle無料本のオススメは、まず、「いぶり暮らし」。同棲生活をしているカップルが、日常のふわりとした不安のある暮らしを続けながら、「燻製」のある生活を楽しんでいく生活。燻製作成のちょっとしたコツみたいなものも作品の中にはでてくるのだが、普通の料理コミックにありがちな、「料理の腕自慢」「素材自慢」みたいなものはないのでクセなく読める。
 
次の「GIANT KILLING」は、サッカーの弱小チームが生まれ変わって、強大チームを打ち倒していくという、チーム版の成り上がり物語。監督に就任する「タツミ」のボケているようでありながら、天性の心理分析からもたらされるチーム改変のアイデアはとても面白い。実戦のビジネスで活用できるかどうかは一工夫いるだろうが、それぞれの組織に応じて考えてみてもよいよね。ちなみに、すでにコミックにちなんだビジネスホンは刊行されているので、興味のある人は、こちらもどうぞ(GIANT KILLING チームを変えるリーダーの掟
 
「ちるらん」は新撰組の「土方歳三」の物語。最初は、明治まで生きた新撰組の生き残り・永倉新八のところへ、土方のことを知りたいと、「記者」(?)らしい娘が訪ねて来、彼がその娘に語り、といった設定で始まる。No.2特有の性質なのか、沖田総司や近藤勇と違って、土方歳三はなんとなく「暗さ」が漂うのだが、これは、西郷隆盛に対して、大久保利通が持つ「暗さ」に共通するのかも。マンガは、土方が試衛館に入門するあたりから始まっていて、土方らしからぬ「若気の至り」的な筋立てが続くので、旧来のイメージと異なる「土方歳三」像が楽しめる。
 
その他「ちはやふる」「神の雫」あたりも無料リリースされていますね。

とうとうやってきた「Pebble」の終わり

GIZMODEによると、FitbitがPebbleのサポートを2018年6月をもって終了することを発表したそう。

まあ、「Fitbit Iconic」がリリースされたあたりから、近い将来に「終わり」のアナウンスが・・とは思っていたものの、いざその場面になると、一抹の寂しさを感じる。

個人的には、Fitbitによる買収後は、スマートブレスレットを買ったこともあって、LINE、メールや電話の着信のお知らせはそちらに任せて、アナログの時計に回帰していたので、Pebbleは休日に装着するぐらいの状況で、実害はないといえばないのだが、なんといっても一世を風靡した、しかもKickStaterのデジタルものが、息を引き取るのは寂しい限りである。

特にPebbleはe-ink利用ということもあって、Apple Watchなどの他のスマートウォッチとは一線を画した「尖った」ところが気に入っていただけになんとも残念で、すでにかなりの「死に体」にはなっていたのだが、完全にアウトとなると、なんともいえないですな。

このあたりは、例えば、SONYのClieシリーズと同じような感じがあって、尖った才能を売り物にして人気を博していたものが、後発から蚕食されて退場していくという、「滅びの哀しさ」を如実に表わしているよな、と大げさに感じてしまうのである。

また一つ、引き出しの奥にしまい込まれるガジェットが増えてしまったのですね〜

”Amazon Go”によってキュレーション能力のない社員は淘汰される?

もう少し”Amazon Go”で世の中がどう変わるかを妄想してみよう。

”Amazon Go”では、いわゆるレジ機能はほぼ人間を互換することになるので、単純に考えれば、「店員さん」 の職場はかなり影響を受けることになり、場合によっては、この職業が無くなるんでは、といった話が早晩出てくるんであろうが、当方としては、AI+Amazon Goが「店員」の職を駆逐するということでなく、「店員さん」の二極分化を招く、というところであろう。

で、「二極」とは、扱っている商品についての「キュレーション」ができる人とできない人である。そして、残念ながら、「キュレーション」のできない、いわゆるレジ打ちだけの人の職場は徐々に無くなっていく。

そして、この範囲は、今は「コンビニ」という限られた場面なのだが、徐々にほとんどの「物を売る」現場に及んでいく。将来的には、そこで扱っている商品のキュレーションをAIを駆使しながら客に対して行う、ごく少数の「スーパー店員」と、自動運転の配送車やドローンで配達される商品を陳列したりするごく単純な役割しかない人々といった「二極化」が、当方の予測する、販売現場の「将来図」である。

ただ、商品の供給や陳列といったところは、これまたロボットに置き換えられていって・・・、といった感じでなんとも寒々とした風景が浮かんでくる。

 

こういうAiの導入による職場変化は、おそらく急激に進んでくるであろう。政府や自治体が声高に言う「働き方改革」は生産性の向上や時間外勤務の縮減といった旧来の価値観の延長線上ではなくて、こうした「環境」の大変化の前に、働く人の能力を転換するトレーニングとして何を提供し、「職業が消失する」環境をどうコーディネートするか、といったことにあるような気がするのだが、どうであろうか

”Amazon Go”の持つ「買い物難民救済」の可能性

日経新聞の「100人並んでも待ち10分、AmazonのAIコンビニ開業」によれば

【シアトル=佐藤浩実】米アマゾン・ドット・コムは22日、米シアトルでレジのないコンビニエンスストア「アマゾン・ゴー」を一般向けに開業した。画像認識技術などを駆使した最先端のコンビニをいち早く体験しようと、昼どきには周辺のオフィスで働く人らでにぎわった。ただレジで滞らないため、100人並んでも待ち時間は10~15分ほど。訪れた人たちからは「忙しい人に最適」「クールだ」といった声が上がった。

 アマゾン・ゴーはスマートフォン(スマホ)の専用アプリに表示されるQRコードをゲートにかざして入場すれば、ほしい物を棚から取って店の外に持ち出すだけで自動的に会計が済む仕組み。店の天井にはカメラが確認できただけで130台以上は設置されており、誰が何を取ったかを追跡し続けることで実現した。 

ということで、Amazonの実験的店舗が始まった。

完全に無人かと思っていたら、商品供給のスタッフはいるようだから、どちらかというとセルフのガソリンスタンド式っぽい感じである。

ただ、AIで時間と人手のかかるレジ決済を簡略化したというのは画期的なのだが、こうした取組が出る時につきものの「採算性」や「犯罪危険性」とかの懸念が案の定出ているのだが、当方として、中山間地とか高齢化した団地などの買い物難民への救済策として使えないかと思った次第。

 

というのも、そうした地域での、食料品や日用品の移動販売車や地域住民の運営店は人件費というか、人手の問題が一番のネックであることが多い様子。というのも、移動販売では、現地までの移動距離と滞在時間に必ず人がつかないといけないし、地域住民の店は仕入れのための人手が運転手の確保難(高齢者が多いので事故が若い人より心配なのだ)ということがある。

 

そこで、こうした無人レジサービスがあちこちで可能となれば、そこへの商品供給を担当する人間と、店内での商品供給をする人手を完全に分離することができる。つまりは、店への商品供給さえすれば、店内運営は地域住民(概ね高齢者だ)のボランティアでも可能であろう。商品供給はAIによる決済システムがあれば、欠品になりそうなものの情報共有や、あるいは予測まで可能になるのでは、と思う次第であるのだが、事業化はならんものでありましょうか。

 

 

 

大正期のささやかな「幸福感」を味わおう — 長田佳奈「こうふく画報」(ぶんか社)

なんとも不思議な味わいである。時代は大正時代。おそらくは東京の下町あたりを舞台にした短編マンガ集である。
 
収録は
 
第1話 おかしなふたり
第2話 悩みの箱
第3話 お赤飯の日
第4話 戀の予感
第5話 小さな訪問者
第6話 思えば思わるる
第7話 良藥口に旨し
第8話 勿怪の幸い
第9話 魔法の手
第10話 餅は餡でかたくなる
第11話 最上のもの
番外編 或る日
番外編 大團圓
 
となってはいるのだが、第1話から第11話まで、同じ街に住む人達の物語であるので、相互に関連はしてはいるのだが、一つの筋立てで語られているものではなく、いわば「小咄」の集合みたいな感じである。
 
そして、語られる話も大きな事件が起きるものではなく、例えば、第1話の「おかしなふたり」は和菓子屋の若主人と従業員がお菓子をつくって売る生活を描いているのだが、この若主人が几帳面なために変わった行動をとり以外は目立っておおきな事件もない、といった具合であるし、第6話の「思えば思わるる」はお見合いで結婚したばかりの夫婦のまだぎこちないが、それおれが愛情を育てていくふんわりとお話である。
 
絵のタッチは、どことなく「高橋葉介」を思わせるので、先入観から、途中で不思議な出来事が・・・、と思ってしまうのだが、その期待はしっかり裏切られる。
しかし、読むうちに、大正時代の庶民の暮らしの、なんともいえない伸びやかさ、戦乱の合間の明るさと幸福感といったものが伝わってきて、しっくりと読めるマンガに仕上がっているのは間違いない。
 
少々ささくれた気持ちになっているときには、心の沈静化に、よく効く「お薬」になりますね。

自動運転は、地域と地域の境界をなくしてしまうのかもしれない。

Twitteで、箕面2.0氏の「自動運転になって異動という概念すらなくなり人は都市から都市へと頻繁に行き来するようになる」という落合陽一氏の本の引用をみつけ、「うむ」とうならされた。

今、地域と地域の間を隔てているのは、「距離」であることは間違いない。しかも、それは空間的な距離というよりも、移動して他の地域に行くには、自分で運転するか、交通機関で行くという、「手間」の要る移動手段しかないせいでもある。

これが「自動運転」によって自分が甄嬛を使わずに自分の家の環境に半ば囲まれたままで移動できるとなると、地域間の移動には、例えば自分の部屋と化すであろう「クルマ」の中で過ごす時間が増えるという現象が起こるだけである。どうかすると、今のワンボックスカーぐらいの大きさであれば、自室とほぼ変わらない生活空空間を構築することも可能だから、気分的には「自室にいたまま」で移動する、といった感覚に近くなるんではなかろうか。

 

そうした時、今は移動の困難さゆえに、どこかに定住するという形をとらざるを得ない我々の居住生活が、半ば、遊牧民化していくであろうし、テレワークのような働き方がもっと進めば、どこかに定着する必要すらなくなるし、仮にどこかに定着するにしても、それは「長い仮住まい」のような意識となっていくのではないだろうか。

そうした時に、「地域」の在り方、あるいは公的サービスの在り方というのはどうなるか、まだうまく想像できていないのだが、通過すること、あるいは仮住まいを対象とした税体制のもとに、水道・下水といったサービスは、使うたびごとの料金制のようになってしまうのかもしれない。

 

いずれにせよ、自動運転は移動手段の変更にとまらず、体制そのものを変化させるきっかけになるような気がしますね。

 

季蔵が旅をすると目先が変わって新鮮ですな — 和田はつ子「料理人季蔵捕物控 春恋魚」(時代小説文庫)

「春恋魚」とは「はるこいうお」と読ませて秋刀魚の糠漬けのことらしく、本書で季蔵が旅する磐城平で、飢饉に備えるために、秋口に大量となる秋刀魚を長く食すための工夫の料理であるらしい。今回は「武家もの」の色合いが強く、捕物帳らしいのは良いのだが、読み下すには、武張った、固めの筋が多い。
収録は
第一話 煮豆売り吉次
第二話 鮟鱇武士
第三話 春恋魚
第四話 美し餅
となっていて、前半の二作が、「お助け小僧」という義賊にまつわる話で、「煮豆売り吉次」は、杉野屋という旅籠の道楽者の主夫妻を諌める話なのだが、これがきっかけで「お助け小僧」の正体がばれそうになる話。でてくる料理は「花まんじゅう」という雛節句の菓子は出てくるがどうもぱっとしない。第二話の「鮟鱇武士」は、人は殺さないはずの「お助け小僧」が磐城平藩の江戸屋敷の土蔵を破って、ついでに勘定方の中川という侍を殺害したという嫌疑がかかるもの。そしてここの江戸家老がまた食い意地の張った上に意地の悪い男なのだが、果たして土蔵破りと中川殺しの犯人は本書でお確かめあれ。微に入った料理は少ないのだが
鍋で乾煎りした肝に味噌を加え、火が通ったところで、付け根の食感が独特のヒレやアラ、身を加える、大根は細切りにして加え、煮込む。あんこうから汁が出るので瑞は必要ない
という「鮟鱇のどぶ汁」はちょっとそそられるね。
第三話と第四話は、磐城平藩の事件を解決した後、そこの若殿様に頼み事をされて、磐城平に出向く捕物話。頼まれたのは、城下一の海産物問屋いわき屋の若主人殺しの謎解き。謎の陰には、先代の殿様の女道楽があって、女にだらしない殿様はとかくお家騒動の元をつくるのは定番であろうか。
惹かれる料理は、途中の水戸の「白子屋」というしみったれた小店で食す、「ぶつ切りにした骨付きのあんこうの身と葱しか入っておらず、澄んだ汁の味付けは市をだけであった」という白子のはいらない「あんこうの白子汁」と「骨付きの白身のぶつ切りを唐揚げ」にした「白子揚げ」というもの。
こうした気取らない、ざっかけなものに惹かれるというのは、年齢をとって、油についていけなくなったせいか、と思い、少々寂しくなるのではあるのだが。
さて、このシリーズ、江戸市中での事件が主で、品川、新宿とかの近くの宿場にも行かないのが通例なのだが、今回は、出不精の季蔵も、お奉行と大名に頼まれるとそうもいかないのか、北関東へはるばる旅をする。ちょっとした変わり種として楽しめますよ。

今日のKindleの期間限定無料コミックのおすすめ 3つ

本日、Kindle無料コミックでオススメしたいのは、まずは

「薬師寺涼子の事件簿 1」

第一巻の「摩天楼」が提供されているのだが、第一巻の出だしは、パリのインターポールから”ドラよけのお涼」こと「薬師寺涼子」が参事官として警視庁に帰還するところから。”ドラよけ”とはドラキュラもよけて通るからついたものなのだが、避けて通る理由は、飛び抜けた知性と、大会社の社長令嬢に跡取り娘という財力と、とびっきりの美貌の持ち主だけ許される、とんでもない・・・な性格と行動ゆえ、という設定。

で、今回の事件は、ベイエリアに建築されたホテル、デパートなどなどの複合施設「ベイシティプラザ」を舞台にした、「街」の封鎖と大量殺人。まあ、ここに涼子のライバルである「室町由紀子」という名門の超エリート女性が絡んだり、東京都の元副知事でなにやら胡散臭い噂のあるベイシティプラザの理事長が出てきたり、と人物的にも多士済済なのだが、筋立ては、ハチャハチャのアクションもの。

そして、やはり、ノベライズものの醍醐味は、登場人物の造形なのだが、薬師寺涼子が、とても色っぽいオネーサンになっているので、とても「好!!」でありますよ。

 

次は

「喰う寝るふたり 住むふたり」

これは、「世界一受けたい授業」でも紹介されていたのだが、ある出来事を、男女それぞれの立場からかき分けているもの。登場人物は。高校生時代から10年間つきあっていて、今は8年目の同棲生活に突入している「リツコ」と「のんちゃん」の二人。

 

で、二人を「プロポーズがスルーされた話」「リツコが合コンへ行く話」「親元にそれぞれが里帰りする話」とか、まあ、シチュエーション自体はしょうもないものであるんだが、相思相愛の仲ではあるが、こうも男女の思いがすれ違うのか・・・と、そのすれ違いの面白さを楽しんでしまうのは、当方の人の悪さゆえか。

 

 

 

3つ目は「へうげもの」

今回無料リリースされているのは3巻まで。Kindle版でもすでに24巻まで出されているので、全巻読むには先が長いが、導入としては十分であろう。筋立ては、すでにこのブログでもレビューしているので、詳しくはそちらを参照してほしいのだが、「茶の湯」「数寄」という業の深いものに魅せられてしまった「織部」が。「数寄」を武器に立身していくのは、少々癖のある古田織部という武将の「戦国出世モノ」として雰囲気でも味わっておいて損はない。

 

さて、週も明けてしまいますが、今回紹介したのは、いずれもサクサクと読めるコミックばかりなので、元気づけの意味でもいかがでありましょうか。

 

Kindle無料本ー石ノ森章太郎の「仮面ライダー」「人造人間キカイダー」「サイボーグ009」の1巻が提供ー機械が自分の外部にあった時代の物語

Kindleの無料本で石ノ森章太郎の「仮面ライダー」「人造人間キカイダー」「サイボーグ009」の1巻が提供されている。

いすれも、当方のような唱和30年代世代には、懐かしいものばかりなのだが、その後のエヴァンゲリオンなどより、ずっと以前に、機械(マシン)との融合について描いたものとして、シンボル的な価値があると思っている。

そして、共通しているのが、けして本人が志願してではなく、強制されて、あるいは意識を失った状態で、機械化されているところで、このあたり、当時は機械が自分の身近にあるものではなく、他者として自分の外部にあるという認識が時代的通念であったといっていい。そして、主人公は、そうした機械との混合体となってしまったことに悩み、公開しているといったシチュエーションがそこここに見られる。

そして、このあたりの感覚は、脳の古い皮質に刻まれた「種」の基本的な認識であるかもしれず、現在スマホやPCが身近にあって自分の器官のように使っているように見えて、これからAIとかロボットとかが我々のごく近いところにきた途端、拒否反応を示す原因となるのかもしれない。

まあ、なにはともあれ、古き良きサイボーグものも風情があるもの。お試しあれ。

移住定住には「雇用」と「愛郷心」あるいは「地域の魅力」のどれが有効か

今日は、仕事の関係で、地方公共団体の首長さんたちの移住定住についての取組について話を聞く機会を得た。
 
オーソドクスなところでは「働き場所、企業の紹介と言う昔ながらの話」もあり、「出ていく者、若い人の都会志向は止められない。むしろ、都会に出ても、仕事とか都会が自分に合わないと思っている人をどうサポートして。故郷の良さを伝えて、帰住につなげるかだ。」といった話など、多種多様。
 
先日レポートした「地域再生の失敗学」あたりからは、だから田舎の公共団体は、とお叱りがきそうなのだが、「地域の魅力」を増すことが基本であることは分かりつつも、「均質化」が多くの自治体で進んでしまっているのは事実で、「雇用の確保は意味がない」とまで言い切るのは、正直切ない。
 
さらに、「均質化」の先に、それぞれの生まれ故郷なりの馴染みというか、心地よさが田舎の場合存在しているのは間違いなくて、そこが「愛郷心」というか生まれ育ったところへの愛着を産んでいるのは間違いないと思う。ただ、その「愛着」というものが、残念ながら微かなものになってしまっていることも事実で、それ所以に若者が帰ってこない理由に「雇用」を上げてしまう気持ちもわかるのである。
 
ただ、人が来る所、人が来たがる所に「雇用」が生まれていく事も事実。地域の魅力が薄れて帰りたい故郷でなくなったことを、「雇用がない」という言葉で誤魔化しているというのも事実であろう。
つまるところ、腰を据えて、「濃い」地域の魅力を創り上げ、それを「薄い関係」の慣れている若者向けにいかに薄味にアレンジできるか、ってなことが大事かもしれんですね。