2008年07月31日

塩野七生 「ローマ人の物語 29」(新潮文庫)

古代ローマの賢帝の中でも、極めつけの賢帝と評価のある哲人皇帝 マルクス・アウレリウスの登場である。

といっても、この巻の最初は、誕生から前の皇帝であるアントニヌス・ピウスの「長い」次期皇帝(皇太子)時代が続く。
この「次期皇帝」時代の印象は、激情家ではなく非常に穏やかで、騒がしいことの嫌いな、前皇帝のもとで、すくすくと(表現としては適当でないかもしれないが、子供の成長の一つの姿を現す、この言葉がぴったりくるんですよね)皇帝修行をしている、「恵まれた若旦那さん」的な暮らしである。

マルクス・アウレリウスといえば、「自省録」など、哲学者の面も有名なのだが、かなりの独裁者で帝国内を飛び歩いているハドリアヌスにかわって統治の責任者を務めているといってもいいヴェルスの孫として、若い頃からかなりの優遇を受け(本書の途中にトラヤヌスからマルクス・アウレリウスまでの執政官などへの就任年齢を比較した表があるのだが、マルクスはやけに若くして就任しているものばかりなのだ)、また、財産もある。そうした若旦那的な生活スタイルが、哲学におぼれさせる一因でもあったのではないか、とも思う次第である。
しかも、ピウスの方針だったのかもしれないが、次期皇帝に指名される前も後も、辺境の地で軍務に就くという経歴もなく、さしずめ、お金持ちで名門のシティボーイといった暮らしを、皇帝就任まで続けることができたということは、それはそれで幸運なことではある。

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2007年03月26日

塩野七生 「ローマ人の物語 26 賢帝の世紀 下」(新潮文庫)

芸術にも造詣が深くて、やる気もまんまんのハドリアヌス帝の後半生が書かれる。 この皇帝、首都ローマにいたよりも、外地で統治していた期間のほうが長かった皇帝らしいのだが、そういった形の統治自体が成立したこと自体が、ローマ帝国がすでにかなり成熟した国家であったことの証でもあるのだろう。

おまけに、「一貫していないことでは一貫していた」のではなく、自らに忠実に振舞うことでは「一貫していた」といった人物だったらしいから、さぞや周辺の家臣たちは振り回されただろうなー、と古の人ながら同情をしてしまう。

この皇帝のときに、離散(ディアスボラ)の始まりとなる、ユダヤ反乱が起きるのだが、どうもこれが、単純な民族反乱や、どこかの王が反旗を翻したっていうのとは違うらしく、そうしたあたりは、本書の


ギリシアやローマの人々とユダヤ人では、自由の概念でもちがっていた。
もしもあなたが、自由の中には選択の自由もあると考えるとしたら、それはあなたがギリシア・ローマ的な自由の概念をもっているということである。ユダヤ教徒の、そして近代までのキリスト教徒にとっての自由には、選択の自由は入っていない。まず何よりも、神の教えに沿った国家を建設することが、この人々にとっての自由なのである。この自由が認められない状態で、公職や兵役の免除を認められ、土曜や日曜の急速日もOK、だから自由は認めているのではないかと言われても、この人々の側に立てば、自由はない、となるのが当然なのだ。

というところにも象徴されていて、おまけに、自分に素直な「デキル」皇帝の時に起きたのだから、これは結構、大事(おおごと)になるよなー、と思ってしまう。

何はともあれ、このハドリアヌスも年を取って、本国ローマで病床についてしまうのだが、病になってから我が家に帰ってくるあたり、ひところのモーレツ企業戦士さながらである。

このハドリアヌスの没後、次の皇帝になるのが、アントニヌス・ピアス。この人の治世を本書によれば「秩序の支配する平穏」というらしく、先帝の強引さとは対照的に、穏やかではあるが、一本筋の通っている「旦那さん」の皇帝といったあたりか。
その辺は、本書で哲人皇帝マルクス・アウレリウスが、アントニヌス・ピウスを「わたしは彼を、太陽を愛するように、月を愛するように、いや人生を、愛しき人の息吹きを愛するように愛していたのだ。そして、わたしが彼に親愛の情を抱いていたように、彼もまたわたしに親愛の情を感じてくれていたと、常に確信していられたのであった」にも象徴されていて、たぶん、能力的にも優れていたのだろうし、統治者としての目配りも優れていたのだろうが、こんな感じで誉められる人は、少々のことがあっても、きっと見逃してもらえるよね、と羨ましく思ってしまう。

人格者に、ならんといかんですねー。私も見習おうということで、この巻を読了したのであった。

2007年01月13日

塩野七生 「ローマ人の物語25 賢帝の世紀 中」(新潮文庫)

派手見せはしないが、世間通で、そのくせ働き者のトライアヌス帝の跡継ぎのハドリアヌスの元気盛んな頃が、この25巻。

もともとは、昔は有名だったが羽振りが効かなくなった名家で、父の早死のせいで、トライアヌスが代父となったのが、皇帝へ道が開けるもととなっているのだが、そこは働き者のトライアヌス、ハドリアヌスが青年になってからは、行政官やら兵役やら、あれこれ忙しい目をさせているから、あながち幸運ばかりではなくて、やはりハドリアヌスの才も秀でたものがあったのだろう。

おまけにトライアヌスの皇后にも気に入られていて、若々しくて(単に若いといったことではなくてエネルギッシュということだろうね)、頭脳明晰で野心家といった人だったらしいから、近くにいると、凡人なら熱気で煽られるか、洗脳されてしまうか、どっちかになってしまうタイプだろう。
途中、皇后サビーナの肖像がでてくるが、どちらかというと控えめそうで、こいつはハドリアヌスと合わないだろうねと、途中読み進めながら思った次第で、やはり夫婦仲はよそよそしかったらしい。

で、こういうちょっと派手派手しいのが、トライアヌスがパルティアの反乱平定中に病死するときに、次期皇帝に指名されたってのだから、これは本当にそんな経緯があったのか当時から胡散臭く思われていたらしい。でも、まあ、なんとなく後継者として認められてしまうあたりが、このハドリアヌスって男の才覚というか才能のなせる業なんだろうね。

とはいっても、皇帝になった直後やらないといけなかったのがパルティア戦役の収束であったし、それにくっつくかのようにやってしまったのが、先帝に仕えていた忠実な4人の将軍の暗殺といったことだったので、最初はあまり人気はなかったらしい。こうした時に、派手好みの人が何をやるかといったら、やはり盛大な贈り物とか減税とかで、案の定、ハドリアヌスも皇帝になったときの一時下賜金の大盤振る舞いやら税の滞納分の帳消や経済的な困窮者への貸付金の創設など、矢継ぎ早に繰り出している。その結果、人気が出るのは、昔も今も変わらなくて、この人気回復が、ハドリアヌスの長い治世の基礎になったのは間違いないだろう。

こうした人気のもと、じゃあ、ハドリアヌスが大人しく帝国を治めたかというと、こうした派手好みの人がそんなことになるわけもなく、治世21年のうち、本国ローマにいたのは3回、合計で7年間しかなかった、といった具合である。最初は、ライン地域のゲルマンの反乱あたりで皇帝自らが乗り出したといったのが発端のようだが、次はブリタニア、その後は北アフリカと、まあ腰が座らないというか、出歩き好きというか、活動的で、勢精力的で、やる気にあふれた政治家や実業家によく見るタイプだったんだろうね、と思う。ついでにギリシア文化にとことん惚れ込んでいたらしいから、文化好きの大企業経営者とか知事に、いるような感じがしますねー。

でもまあ、21年間にわたって、出ずっぱりながら本国からも目立った不満もでず、帝国も繁栄していたってのは、やはり只者ではない証拠ではあろう。

地味めのトライアヌスの後の、派手目のハドリアヌスというのは、さながら、田舎からでてきて苦労して店を大店にした初代の後を、元気の良い二代目がさらに店をでかくしたってな感じで、老舗大企業のサクセスストーリーそのままといった感じなのでありました。

2007年01月09日

塩野七生 「ローマ人の物語24 賢帝の世紀 上」(新潮文庫)

さてさて、神格化どころではなく、暗殺されて記録抹殺刑になったドミティアヌスの後を受けたネルヴァ帝から帝位を受け継いで、「賢帝」の代表格でもあるトライアヌス帝を取り上げた一巻である。

ドミティアヌス帝ってのがどんなことをしたかってのは、記録抹殺刑に処せられたおかげで、はっきりと記されたものは残っていないようなのだが、どうも、この皇帝、馬鹿でも暴君でもなくって、それなりの切れ者だったらしいし、軍隊にも人気があったらしい。(元老院にはとんでもなく不人気で、それが暗殺の一因ともいわれているようだけど)

(しかし、この「記録抹殺刑」っていうのはすごいよね。その皇帝の記録や業績、肖像を全部なくしてしまうものらしい。歴史的にいなかったことにするからね・・・てなもので、国家的に「シカト」行為をするんだからなー。)


で、その後をついだ。年齢のいった人柄だけが取り柄みたいなネルヴァ帝に、ローマ本国ではなく属州生まれで軍隊経験も長く、下積みの苦労もよく知っている、ってなあたりで、トライアヌスは後継指名されたのかなってな感じである。ドミティアヌスが、育ちも才能もあって、おまけに自身満々の若僧ってな雰囲気をプンプンさせていたあたりが元老院が嫌った主因だろうから、その逆をいくだけで、少なくとも嫌われはしないよね、といった人選である。

トライアヌス自身も、皇帝になって初めてローマ入りを騎馬でなく徒歩でやるような地味目でもあるし、皇后も地味めだったらしいから、無理をしたってなわけでもなさそうなあたりが幸いしたっていうところか。


ところが、こうした下積み経験が長くて、見ため地味な人が、やることも地味かというと、そんなことはないっていうのは、よくある話で、派手見せを気にしない分、実質的にやることはデカイってのが、どうもトライアヌス帝の場合もあてはまるようだ。

ダキア(今のルーマニアあたりらしい)を完全に平定して属州化して東方の愁いをなくしたり、財政の立て直しをしたり、トライアヌスのフォールムといわれる大回廊やトライアヌス橋の建設や、ローマ本国の幹線道路であったアッピア街道の複線化と、なんか働き者の農家親父さんが、黙って朝も夜もたゆまず働くように、「着々」といった感じで事を仕上げていくのである。そして、死を迎えるのも、反乱を起こした「パルティア」の平定のための遠征中だったというのも、何かしらこの人を象徴しているようだ。

こうしたあたりは作者も非常に気にかかっているようで、この皇帝の章の最後に「あなたはなぜ、ああもがんばったのですか」とトライアヌスの肖像に語りかけ、「属州出身者としてはじめてのローマ皇帝だからと思って、人並以上にがんばったのですね」といった言で結んでいる。

このトライアヌス帝の時代を表すと「頑張りやさん」が「頑張りやさん」として成果を出せた時代だったということだろう。そしてそれは、非常に健全な時代でもあったということのように思えるのである。

2005年11月13日

塩野七生 「ローマ人の物語 23 危機と克服〔下〕」 (新潮文庫)その2

この本で、印象に残った言葉たち

ローマがあれほど長命だったのは、ローマ人が他民族を支配したのではなく、他民族までローマ人にしたからだ。

ローマ史とはリレー競争に似ている。既成の指導者階級の機能が衰えてくると、必ず新しい人材が、ライン上でバトンタッチを待っているという感じだ。
権力者が権力を保持し続ける要因には、その人に代わりうる人物がいないからやむをえず続投してもらう、である場合が少なくない。言い換えれば、後継者難のおかげで、機能不全に陥った既成の支配階級でもあいかわらず権力を保持し続ける、という状態である。そしてこの結果は、衰退を止められなくなったあげくにやってくる、共同体そのものの崩壊だ。つまり、バトンタッチする者がいないために走り続け、ついにはトラック上で倒れて死ぬ、という図式である。

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塩野七生 「ローマ人の物語 23 危機と克服〔下〕」(新潮文庫)

ヴェスパシアヌス死後、二人の息子が順番に即位。しかし、それぞれ病死、暗殺といった不幸な形で政権を譲っている。この二人が若くして死んでしまうので、フラビウス朝は、ここで断絶。その後、ネルヴァ、トラヤヌスと続く、いわゆる5賢帝の時代へ続いていく。
この本では、トラヤヌスが即位するところまで。

ヴェスパシアヌスの没した後、まず長子のティトゥスが即位。やる気があって、経験も豊富、暖かくて素直な人柄の人だったらしいが、いろんな事件が多すぎた。ポンペイを生き埋めにしたベスビオス火山の噴火、その後に、首都ローマの大火事。その次の年にはイタリア中に疫病が蔓延。即位していた期間は2年間らしいが、立て続けに災厄が訪れたらしい。ティトゥスは、不眠不休で陣頭指揮。ついでに自分も疫病にかかりあえなく死去。

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2005年10月29日

塩野七生 「ローマ人の物語 22 危機と克服〔中〕」(新潮文庫)

文庫は平成17年10月1日初版。定価438円+税で購入。

ネロの死後の3人の頼りにならない皇帝が即位している間、といっても、皇帝ガルバの即位が紀元68年6月で、三人目の皇帝ヴィテリウスの死が紀元69年12月だから、ほんの1年半ぐらいの間、ローマ人の同士討ちに触発されて、ゲルマン、ガリア、ユダヤで氾濫がおきる。この巻の前半は、この反乱と鎮圧の話。

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2005年10月24日

塩野七生 「ローマ人の物語 21 危機と克服〔上〕」(新潮文庫)

ネロが自殺した後のローマ帝国。
死後、ガルバ、オトー、ヴィテリウスと3人の公定が順番に即位するが、ガルバが6ヶ月、オトーが3ヶ月、ヴィテリウスが8ヶ月という短期間で入れ替わる。しかも、3人とも殺されるか、自殺。それでも、ローマ帝国は続いたのだから、屋台骨がしっかりしていて、民族が力を失っていない間は、少々、上がぼんくらでも大丈夫という実証。
ローマ人の物語(21)

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2005年10月09日

塩野七生 「ローマ人の物語 20 悪名高き皇帝たち[四]」(新潮文庫)

今に至るまで、暴君、暗君として評価されるネロの登場である。
しかし、この本を読む限り、馬鹿でどうしようもない皇帝ではない。
特に統治の最初の頃は、セネカなどの補佐が良かったせいかもしれないが、ローマ市民や元老院の評判は悪くなかった。むしろ熱狂をもって迎えられていたとは意外。
もっとも、見栄えのしないクラウディウスの後なので、若くて見栄えがよければ、誰でもよかったのかもしれないが・・・・。

ローマ人の物語(20)

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2005年09月25日

塩野七生「ローマ人の物語」 19 悪名高き皇帝たち[三](新潮文庫)

カリグラが暗殺されて、歴史家皇帝クラウディウスが即位。「歴史家皇帝」といえば聞こえはよいが、スポーツもできず、格好も悪い男が、勉強に逃げ込んだという構図かな。本人も皇帝になるなんて露ほども思っていなかった様子。
派手な出演者の後は、地味な芸達者が締めるのは通例で、このクラウディウスも、そんなタイプ。いい味だしていたらしい。しかし、風采があがらないと、ファンはつかない・カリグラの財政や外交の失敗を帳消しにして帝国を再び安定させたのに、ほとんど尊敬されなかったらしい。

ローマ人の物語(19)

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塩野七生「ローマ人の物語 18 悪名高き皇帝たち[二](新潮文庫)

ティベリウスがカプリ島へ隠遁(というか、遠隔政治)を始めるころから。手堅くてみんなが本当は平和でハッピーなはずなのだが、まったく人気が出ないまま死没。その跡は、やたらノー天気のカリグラが即位して、派手なことばかりやってるうちに、腹心の部下によって暗殺されるまで。

ローマ人の物語(18)

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塩野七生「ローマ人の物語 17 悪名高き皇帝たち[一](新潮文庫)

初代皇帝 アウグスティヌス没後のローマ皇帝(5代皇帝 ネロまで)のシリーズの文庫本第17巻。
あちら(ヨーロッパ、アメリカ)では評判悪い皇帝達らしいが、先入観ないこちら(私みたいな輩)は構わず読み進めよう。
この巻は、陰気な2代皇帝 ティべリウスのお話。
無用な戦争は避ける勇気もあり、食糧政策や国家運営も十分にこなし、私生活では浮気もせず、派手なギャンブルもしない品行方正な親父の不人気物語。
(あちらでは隠居後の島で、美少年達と酒池肉林なんて話があるらしいですが・・・どうもガセ)

ローマ人の物語(17)

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