北森 鴻の最近のブログ記事

どんな鍵でも開けてしまい、以前は怪盗と呼ばれた「僕」こと有馬次郎は、ひょんなドジから嵐山の奥に位置する大非閣千光寺の寺男になって、堅気の生活を始めている。ところが、どうも事件に好かれているのか、知り合いが悪いのか、京都新聞の文化部の記者で、トラブルメーカーの気のある折原けいが持ち込んでくる事件に巻き込まれて・・・、といった感じの、オーソドックスな設定ともいえる御当地ミステリー。

収録は、
「不動明王の憂鬱」
「異教徒の晩餐」
「鮎躍る夜に」
「不如意の人」
「支那そば館の謎」
「居酒屋 十兵衛」
の6篇

ところが、北森 鴻氏の手にかかると、御当地ミステリーも、普通の御当地ミステリーとはちょっと違った風味が漂ってくるのが不思議。

北森 鴻のミステリーの魅力は、謎解きのほかに、登場人物のユニークさと料理といえるのではなかろうか。

この「メイン・ディッシュ」はそのどちらも、というか、登場人物は、劇団・紅神楽の看板女優の紅林ユリエこと「ねこ」と彼女の家に転がり込んできた居候の三津池修こと「ミケ」、劇団の代表の一人で座付役者の小杉隆一(彼は途中で、推理作家に転業する。まるで、作者の分身のような存在だ)といった面々はもちろんユニークなのは間違いないのだが、随所随所にでてくる、ミケさんのつくる料理が、また旨そうでたまらないという、表題そのものを体現したミステリーである。

とはいっても、ありきたりのグルメ・ミステリーではない。大きな筋立ては、「ねこ」さんの劇団周辺の様々な事件と、「ミケ」さんがなぜ風来坊のような暮らしをしているかの謎が、絡まりあって進展する凝ったつくりのミステリーで、構成は

異端の民族学者 蓮丈那智シリーズの3作目。

収録は

「憑代忌(よりしろき)」
「湖底祀(みなそこのまつり)」
「棄神祭(きじんさい)」
「写楽・考(しゃらく・こう)」

の4作。

ネタバレすれすれで、ちょっと紹介すると

「憑代忌」は蓮丈先生の不肖の愛弟子 内藤くんの写真がお守りというか、贄がわりに使われているところから始まる話。
本当の事件は、南アルプスの近くの火村家でおこる「御守り様」と呼ばれる人形を巡っての殺人なのだが、ここでは、「憑代」っていうことが推理を狂わせるお話。ちなみに憑代っていうのは、憑代、ひとかた、人形に代理の罰を与えることで、現実の人物に呪いをかける方法なのだそうだ。

「湖底祀」は湖底で発見された江戸時代の神社跡、実は、鳥居の起源を解き明かす重大なヒントが、民俗学的な謎解きに、生臭い、いわゆる地域起こし、ムラ起こしといったやつが絡んできて・・・といった、ちょっと少しばかり曰く因縁があれば、なんでも地域振興にこじつける在り様がチクッと胸に刺さる一編。もっとも、本当の謎は別のところにありますよ、念のため。

美貌の古美術商 宇佐美陶子の旗師・冬狐堂シリーズ。 旗師とは店を持たない云々っていうのは、このシリーズを一度でも読んだことのある方なら、頭のどこかに記憶させられてしまうだろうから省略して、今回のシリーズでは、そうした厳しい商売をしている彼女に、飛蚊症という眼の障害が出る。 古美術商にとって眼は命。この病気を抱えた彼女の苦境につけこむかのように、様々なトリックやフェイクが仕掛けられる、ってな感じなのが、この一冊。

収録は

「倣雛心中」
「苦い狐」
「瑠璃の契り」
「黒髪のクピド」

の四篇。

登場する美術品は、木造の人形(倣雛心中)、若くして死んだ女性画家の抽象画(苦い狐)、色ガラスの切子椀(瑠璃の契り)、生き人形(黒髪のクピド)で、今までの陶器やら磁器、あるいは出土品といった、「古美術」という言葉から印象されるものとは、ちょっと違う品々が現れる。

それは、陶子や友人の硝子の過去の一面が少し明らかになるのとは無縁ではない。

三軒茶屋にあるビアバー「香菜里屋」のシリーズの第3作である。

収録は

「蛍坂」、「猫に恩返し」、「雪待人」、「双貌」、「狐拳」

の5作品。

今回の収録作品は、この作品の主人公でホームズ役である、ビアバーのマスター 工藤も、前の2シリーズでは、ワトソン役を果たしていた飯島七緒も、どことなく控えめで、随所、随所できちんと役回りを果たすのだが、なんとなく脇役っぽい印象を受けてしまう。

それぞれのお話をかいつまんで記すと

「蛍坂」は、10数年前に恋人を振り切って中近東に渡ったものの、戦場に気追わされ、才能の限界を感じ、今は故郷の家業を継いでいる元カメラマンが、恋人とわかれた三軒茶屋の坂道で発見する、恋人の当時の真意

であり、

「猫に恩返し」は、アメリカの昔のTVドラマっぽいフェイクの裏に隠された、場末のモツ焼き屋の主人と常連たちの心温まる企み


「雪待人」はバブル時に三軒茶屋で計画され、老舗の反対で潰された再開発計画の秘められた、老舗の娘の悲恋話。

ビアバー香菜里屋シリーズの第2弾。

収録は

「十五周年」
「桜宵」
「犬のお告げ」
「旅人の真実」
「約束」

の5つ。


で、その中身はというと

「十五周年」は店の常連が、縁の薄い結婚式に招かれたことを端緒に始まる、すでに15年前に潰れた居酒屋にまつわる犯罪、と見せかけて・・・

そして表題作「桜宵」は、「香菜里屋へ行ってくれ」という亡き妻からのメッセージを受け取った託した夫が店に訪ねてくるが、そのメッセージに隠された妻の思いは・・・


といった感じで、あまり書くとネタばれが過ぎて洒落にならなくなるから、途中でやめておくが。どんでん返しの先に、さらにどんでん返しがあって、いやー、上手く騙されました、参りましたと、手練れの手品師の技に見惚れているような感覚で、うまうまと最後まで一気に読んでしまう。

そして、この短編に共通の「気になる料理」ってのが随所に出てきて、こいつもまた密かな楽しみではある。

例えば

「桜宵」は薄緑色(御衣黄)の桜飯

「犬のお告げ」の岩牡蠣(夏牡蠣)のガーリックバターかけ

と、思わず生唾を飲み込んで、どうかすると奥さんに作ってくれないか、などと無謀な頼みをしかねなくなってしまう。


なにはともあれ、香菜里屋のドアを開いて、ストールに腰掛けてみようではありませんか、ねえ。

店をもたない骨董商 旗師・冬狐堂 宇佐見陶子シリーズの掌篇。

収録は

 陶鬼
 「永久笑み」の少女
 緋友禅
 奇縁円空

の4篇。

主人公の陶子に感情移入しながら、それぞれ萩焼き、埴輪、友禅染、円空仏といった骨董、古物を中心にする贋作あるいは殺人事件の絡まりあった糸を解きほぐしていくのが、
このシリーズの醍醐味なのだが、今回の掌篇たちは、「狐罠」「狐闇」で重要な脇役としてでてきた人物や、陶子の骨董商修行時代に出会った人物に関わる話が多く、「狐」シリーズの外伝のような扱いで読めばよいだろう。
「陶鬼」は、陶子が旗師を始めたころ商売敵であり師匠的な存在でもあった元陶工の死にまつわる話であるし、「奇縁円空」は、古材を扱う大槻の過去に起因する贋作・殺人事件である。
そして、なにより、楽しめるのは、骨董、民芸、古物の周辺で蠕く贋作師の姿や、「緋友禅」ででてくる「楊枝糸目」に代表される失われた古来の技術と格闘する工匠たちの姿だろう。

できれば、「狐罠」「狐闇」の後に読んでほしい一冊。

お薦め度 ★★★★

北森 鴻のミステリで、さすが巧いな!と思うのが探偵役の造型で、この「花の下にて春死なむ」のビアバー香菜里屋の工藤マスターも期待を裏切らない出来の探偵役である。 タイプとしては、北森氏お得意のアームチェアディクティティブなのだが、訳知りで世間知に溢れたバーのマスターといった役柄が、作品の静謐な感じをましている。

収録は
「花の下にて春死なむ」
「家族写真」
「終の棲み家」
「殺人者の赤い手」
「七皿は多すぎる」
「魚の交わり」
の6篇。

構成としては、不遇の俳人の隠された過去、故郷を捨てざるを得なかった彼の紐津をフリーライターの飯嶋七緒が探っていくシリーズ第1作であろう「花の下にて春死なむ」から始まり、香菜里屋を訪れるさまざまな客たちが関わる事件を経て、第1話の俳人が鎌倉で遭遇したらしい殺人事件の謎を解き明かす「魚の交わり」で終わるのだが、いずれも香菜里屋の店内での謎解きで締めくくられるのが、全篇を通じて静謐な印象を与えている。

とはいっても、読み口は静かでも、出てくる事件や謎はさまざまでいろんな味が楽しめるのはまちがいない短編集である。

作品中に出てくるマスターの涎のでそうな料理の数々といっしょにどうぞ。

お薦め度 ★★★

「冬狐堂」こと宇佐見陶子シリーズのミステリー。 今回は、陶子が贋作をつかまされてしまうことから始まる贋作(フェイク)ミステリーである。

発端は、宇佐見陶子がヤリテ(いろんな意味で)の古物商 橘薫堂から発掘モノ(古墳などから出土した遺物。ほとんど盗掘などの非合法的手段によるものが多いらしい)と称する「唐様切子紺碧椀}(有り体にいうと青色のガラスの椀ってことか?)を手に入れるのだが、それが偽物。おまけに、それを買った時の道具立てが、贋作のフッ化水素の臭いに気付かないようにするために茶室で、茶を焙じて鼻を効かなくするという「目利き殺し」(品物の欠損を、あの手この手でごまかす技術)を仕掛けられてのこと。
プライドをいたく傷つけられた陶子は、橘薫堂に、目利き殺しの仕返しを謀むが、そのうち、橘薫堂の右腕とも称される女性従業員が殺されて・・・。
といったところからスタートする。

この「狐罠」で、陶子の別れた旦那さんが登場したり、殺人事件を調べる警察官が、かなり癖のある刑事二人だったり、キャストは豊富なのだが、なんといっても読んでいてワクワクするのは、贋作師の塩見老人と出会い、彼と共同で橘薫堂を仕掛けるための贋作を作っていく過程の様々な贋作の蘊蓄と、この世界に蠕いていた世界各地の贋作師のエピソードだろう。

例えば、室町前期の漆器の贋作の材料に、法隆寺の昭和の大改修の時に闇で手に入れた古材をつかうくだりや、漆のひび割れた古色を出すために人の脂肪を漆器も表面に塗り込んだり、といった小技やメーヘレンという贋作師がフェルメールの多くの作品の贋作を暴露したのだが、美術評論家や美術館は自らの鑑定の不確かさを認めたくないため、贋作師が贋作を白状しているのに専門家は認めないという事態が起きてしまったといった話が散りばめられていて、何時の間にか、なんでも鑑定団的世界と、ギャラリーフェイクの「贋作」的世界に引き込まれていってしまうこと間違いない。

展開は、この陶子の目利き殺しの意趣返しと殺人事件の犯人捜しが、陶子のまわりを交錯しながら進んでいき、橘薫堂が、戦後まもない頃のフェルナン・ルグロの贋作騒動に絡んだ、叩けばホコリがもうもうと立ちそうな話や、大英博物館ケミカルラボ出身の凄腕の元キュレーター(美術館や博物館の資料収集や研究の運営にも携わる上級学芸員みたいなものらしい)が橘薫堂側の贋作鑑定や偽造に関わってきたり、といったかなり盛りだくさんなものを絡みながら進んでいくのだが、結末は、「えっ、あんた味方と思っていたのになー」といった感じ。

文庫本の解説では本当の古物商の世界や贋作づくりの世界とは、ちょっと違うみたいなことが書いてあったが、野暮なことは言っこなし。所詮、つくりごとのミステリーなのだから、作者がつくり出す虚構の世界に、どっぷりと浸ろうではありませんか。

腕利きの古物商 冬狐堂こと宇佐見陶子が、銅鏡の取引をめぐって罠にはめられ、骨董業者の鑑札も剥奪され、あわや古物業界から葬り去られようとする・・・

ってな感じで展開する骨董業界ミステリー、とはいっても謎は、贋作とかいったことではなくて、明治期の国家的な陰謀事件(いやー、ひさびさに聞く由緒正しい表現だな)にまで結びついていく、大がかりな謎である。

もっとも、発端は、競り市で、陶子が、青銅鏡(光に透かすとなにやら影がうつる”魔鏡”という、それなりに怪しげなものなのだが)を手に入れたあたりから始まるので、そうした競り市の様子やら、陶子がはめられる素となる絵画の鑑定や贋作の作り方など、骨董業界、美術業界の”裏”的知識も豊富に用意されていて、本筋とは別のそうしたTipsもまた楽しいのが、北森 鴻のミステリーの良いところだ。


本筋は、蓮丈那智シリーズの「凶笑面」に収録されている短編「双死神」と連動していて日本古代の鉄器にまつわる蘇我と物部の対立に隠されている謎とか、明治初期、堺県知事 税所篤の古墳盗掘の真相まで及んでいく。

最後の方の古墳のトリックは、最初に「双死神」を読んでしまった方はネタバレでちょっと残念だろうが、それを上回る、国家的なミステリーが展開されていくので、良いとしてほしい。
しかし、こうした国家的な陰謀というか企みの話を聞くと、明治期の日本というものの脆弱性というか、列強の中にはさまれた心許なさといったものが、なんとなく現代の私にも伝わってくるのだが、一個の銅鏡から、国家的な陰謀までもっていってしまう、北森 鴻の力量はさすがである。


骨董というか古代の文物の蘊蓄を楽しみながら、宇佐見陶子が冤罪を晴らすための獅子奮迅の奮戦にワクワクするミステリーである。

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