下川裕治の最近のブログ記事

 仕事が煮え詰まってきた時の「旅本」逃避という癖が、私にはあって、日常の退屈さと閉塞感を、つかの間紛らわすために、つい手にとって、忙しいのに読みふけってしまい、おまけに旅することを妄想して、精神の平衡を保っているところがある(いざ旅をするとなると、準備やら、チケットやホテルの手配やらで、途中で面倒くさくなってしまうんだけどね)

 そんなときに、よくお世話になっていたのが、下川祐治さんの貧乏旅行記で、タイには行ったことがないのだが、妙な親近感を、この国に覚えるのはそのせいもあるのだが、今回は、世界を股にかけたLCC(ローコストキャリア)の旅である。

構成は

第1章 関空・マニラ
第2章 クラーク空港・クアラルンプール
第3章 シンガポール・バンガロール
第4章 シャルジャ・アレキサンドリア
第5章 アテネ・ロンドン
第6章 ダブリン・ニューヨーク・ロングビーチ

となっている。

若者の貧乏旅といえば、汚いジーパンに、使い古したナップザックを背負い、安宿に泊まり、地元の人と同じ貧相な(失礼!)食事をし、国から国へと渡っていく、というイメージであったし、旅本を読む楽しみも、家庭と暮らしと仕事に雁字搦めになっている我が身を一時、解放するというものであったのだが、本書によると、どうも「若者の旅」が変質しているらしい。

なにもせず、どこへも行かない旅行者たち

外こもり。日本で引きこもるのではなく、海外の街引きこもる若者たち

が出現しているらしい。

章立ては
「旅から外こもりへ」
「東京は二度と行きたくない」
「人と出会える街」
「ワーキングホリデーの果てに」
「留学リベンジ組」
「なんとかなるさ」
「これでいいんだと思える場所」
「死ぬつもりでやってきた」
「こもるのに最適な場所」
「帰るのが怖い」
「ここだったら老後を生きていける」
「沖縄にて」
「ラングナム通りの日本人たち」
で序章から付章までの13章立て。

で、この章の題名でもわかるように、この本に出てくる日本人は、優しく、そしてナイーブで、傷つきやすく、元気がない。

旅本というのは、一種の歴史書といえなくはなくて、ちょっと前の旅本は、旅のガイドブックやルポルタージュとしては使えなくなるのだが、歴史的なドキュメントとしては、直に経験した人が書き記しているものだけに、妙な迫真性と懐かしさをもたらしてくれる。

この「12万円で世界を歩く」も、そんな位置関係になってしまった本で、実際の旅は1988年から1989年にかけてなので、昔の旅本でお馴染みの中国の「服務員」さんも健在だし、香港は返還されていないし、インドはIT大国とはほど遠いし、社会主義国も元気だ。

収録は

「バンコクから尻にアセモの二千キロ。赤道には白線が引いてあった」

「高度四千メートルめざすヒマラヤ・トレッキング。ヒルの森にヒルむ」

「韓国をぐるーっと一周バスの旅。かかった費用は五万七千二百一円」

「神戸から船に乗り続けて十三日。長江(揚子江)の終点にたどり着く」

「ついにニューヨーク到着。アメリカ大陸、一万二千二百キロ」

「北京発ベルリン行き列車、二十八日間世界一周」

「インド大陸を列車とバスで横断。ラダックに青空を見に行く」

「念願のカリブ海リゾート。キューバのドル払いアリ地獄に泣く」

「東シナ海、南シナ海、四つの中国めぐり。超たいくつクルージング」

「ロサンゼルスからひたすら北上。カナダ最北端、北極圏突入」

「タイ国境線をなぞる戸惑いの旅。気がついたら”密入国”」

「神戸からアテネ、一万五千四百七十二キロ。シルクロードを揺られぬく」

で、アジア、北アメリカ、ヨーロッパと幅広い。

趣向は、十二万円でどこまで行って帰ってこれるか(当然、交通費と滞在費と合わせて)というもので、それぞれの旅の最後に使ったお金の明細表がついているのも興味深いし、また1997年ぐらいに書かれたらしい、補筆がついているのだが、それすらもすでに歴史になっているところが二重に面白い。

旅行記や滞在記というのは、ちょっと旅行のガイド本とは違う、少し昔を書いた歴史書といった愉しみかたをすべきものではないかと思っている。というのも、旅行ガイド誌などに掲載されてから時間を経過してから、単行本や文庫本にまとめられた形になったとき、その国ではすでに昔のできごとになってしまっているし、こちら側としても日本の状況も変わってしまっているからだ。

そういった意味で、1998年頃に初出された本書は、20世紀の最後のタイ、バンコクの一シーンを切り取ったものとして楽しむべきだろう。
この1998年当時、タイは通貨危機の最中にあったから、書中にもでてくるバイクタクシーの衰亡の話や、バンコクから渋滞が消えた話、そしてバンコクっ子がワインをありがたがるのをやめて、再びタイ・ウィスキーに回帰しはじめた話などは、再度、経済成長を開始し、アジアの工業国としての立場を確立している現代のタイでは、すでに過去の話となっているかもしれない。ただ、その「当時」をタイではなく日本ではあるが、共有していた人間として、その時代を再度ふりかえって妙になつかしくなるのは間違いない。

ひさびさの骨太バックパッカー旅行記というべきだろう。 以前は「タイ」、最近は「沖縄」と、放浪系というよりは定着系の旅行記が多かった下川裕治氏が、東京からトルコまでの27日間の、なんと15車中泊のバス旅行である。

この旅行をしたとき、筆者は51歳らしいのだが、そこは長年の旅で鍛えられているだけあって”元気”である。アームチェア・トラベラーの私など、爪の垢を煎じて飲まないといけない。

しかし、まあ、この観光もない、食事といったら、およそ風情といったものの感じられないバスターミナルの冷えたコロッケ、サモサとかうどんといった、ただ、ひたすら、憑かれたようにバスを乗り継いでいく旅に爽快感を感じてしまうのはなぜだろう。
そこは、旅が豪華で贅沢であればあるほど、しっくりこなくなる貧乏性もあるのかもしれないが、やはり、「旅行記」というものの根幹が、各地の観光スポットのレポートや、名物料理のレシピではなくて、「移動する」ということ、あるいは距離的、時間的な移動の周囲に発生するさまざまなログないしはノイズであるということなのであろう。
あるいは、そこで指向されているのが、一定の方向を目指す目的性というものでなく、日々、移動し、存在することによって生ずるさまざまなものを、「記録」していく、ということであるからかもしれない。

ま、こんな小理屈は置いといて、”バスタブの湯の色が、中国では1週間で真っ黒になるが、インドではわずか1日の旅で真っ黒になる”とか”18年前は地獄の振動バスであったイランのバスが今では、非常に快適なバスの生まれ変わっている”とか、”インドには豪華長距離バスというものが存在しない、長距離の路線バスがあるだけだ”とか、この種の旅行記には必須である旅の一つ話の類もきっちりと載せられている。

ひさびさに貧乏旅行記が読みたいなー、というときにお薦め。
以前、読んだ貧乏旅行記のはしばしを思い出させてもくれる旅行記である。

本ブログ再開が、「食べ物本」で「沖縄本」だったので、今回も下川さんの沖縄本をとりあげよう。下川さんといえば、東南アジア、とりわけタイやミャンマー、ラオスあたりの旅本が多いのだが、最近は「オキナワ」ものも増えてきた。

この本を読んだらわかるのだが、タイ入りするときも最近は那覇経由で行くぐらいの「沖縄フリーク」になっているらしい。

もっとも、「沖縄フリーク」といってもスキューバをやったり、釣りをしたりといった類ではなく市場や夜の街をうろついたり、ぼんやりと短いながらも島暮らしをしたりといった、ダラダラ系である。

本書の収録は

「沖縄カツ丼はチャンポンだったか」
「インスタントラーメンを食べにいく」
「沖縄式自動販売機、裏街道をゆく」


「南の島のサービス論」
「ルートビアお替わり自由という愛の踏み絵」
「歩かないウチナーンチュとの虚しい戦い」
「非合法島豆腐、沖縄の島々に君臨す」
「放っておいてくれない居酒屋物語」
「沖縄式ビーチパーティーの顛末」
「頼りない男たちのいるビーチ」
「宮古島に敷かれる泡盛本位制」
「カビの匂いを求めて那覇ホテル放浪記」
「風の島・沖縄の石敢當」
「沖縄そばを食べてアジアに向かう」

の14編

いずれも、ダラダラ、フワフワ、ノンビリといった形容詞が読むと頭に浮かんでくるエッセーである。

沖縄病患者による、軽症から重症までの沖縄病患者のための、沖縄の本、といっていいのかな。 下川裕治さんは、「タイ病」か「カンボジア病」かと思っていたが、どうも「南国病」らしい。 下川裕治さんや篠原 章さんなどの沖縄もこよなく愛する人たちによるアンソロジーである。

構成は

第1章 沖縄ミステリーワールド
第2章 沖縄暮らし
第3章 オバァという宇宙
第4章 那覇・コザ二都物語
第5章 島酒に酔いしれる
第6章 沖縄B級料理指南&大衆食堂の考察
第7章 音の島、歌の島
第8章 私的ウチナーグチ辞典
第9章 沖縄~昨日・今日・明日

の9章立て。

このほかにも、あれこれとPhotoやTipsのようなものは、散りばめられているので、沖縄好きにはたまらないんだろうなーと思う。


残念ながら、私の場合、沖縄は十数年前に一回行ったことがあるだけで、沖縄病患者とは言い難い。
しかも、その時も雨男の才能を十分に発揮して、沖縄民族村の見物をしていた最中に大雨。
それでも構わずにハブとマングースの闘いを見ている最中に後ろの土が崩れ落ちてきて、連れが階段席を転げ落ちてハブにぶつかりそうになる。


どうにか、出口に着いたら、外はごうごうと水が流れていて、レンタカーが冠水の危機・・・といった具合であった。

でもまあ、ソーキそばとかラフテーとか泡盛とか、しっかり食していたのだから、「沖縄嫌い」というわけではない。むしろ、ほのかに「沖縄」の恋心を寄せるってな風情かな。

でも、周りを見ても「沖縄嫌い」っていうのは、あんまり見かけないような気がして、ここらが「沖縄」の徳のなせる業なのだろう。。

毎度おなじみの下川裕治さんの旅本だが、今回は珍しくアジアやタイといった地域をネタにしたものではなく、「交通機関」しかも「バス」をネタにした旅本を見つけた。
(ちょっと刊行は古いのでリサイクル・ショップあたりでないと見つからないかもしれないが・・・)

なぜ、「バス」なのかということはそんなにはっきり書かれているわけではないが、

アジアやアフリカのバスについての


僕が訪ねた国は圧倒的に貧しいアジアやアフリカが多かった。こういった国の移動の足はもう気が滅入るぐらいバスである。線路を敷く資本力がない国々の輸送手段は、バスへバスへと流れるのである。道さえあればバスは走れる。いや道がなくても日本製の中古バスは走ってしまうのだ。

というあたりや、先進国を旅する場合の


僕は新聞社や出版社の編集部に右往左往を強いられるフリーランスのライターだから、金にはとんと縁がないのである。そういう人間が、困ったことに旅の中毒患者なわけで、年に二回、三回も旅に出ようと思えば、経費をこれでもかと削るしかない。そこでたどり着くのは、やはりバスなのである。豊かな国にも、もちろん貧しい人々は掃いて捨てるほどいるのである。そんな人にまざってバスターミナルの列に並び、十時間、二十時間と狭いシートに座り続けたのである。

というあたりに象徴されているようだ。
あえて表現すると「バスは、その国を象徴している」といったところだろうか。

この本の最初、「はじめに」の項で、筆者の下川裕治は、こんな風な呟きを記している。


五年ほど前からだろうか。僕は仕事で出向くたびの日々のなかに、ぽっかりと空いた一日をつくることを試みることにした。

僕の仕事はカメラマンと同行することが多い。彼らには悪いが、旅の最後の一日は自分の旅にあてようとした。・・・ようやく手に入れた秘密の一日ー。そんなときはまず、バス停か市内電車の駅に向かう。いままで乗ったことのない路線を選び、知らない町まで行ってみる。あてもなくひとつの角を曲がり、あの先にはなにがあるだろう・・・と進んでいく。僕は旅先ではよく歩くほうだが、二、三時間もするとさすがに疲れる。休みがてらにそば屋に入り、隣でおじさんが食べている麺を指さしてみる。夕暮れ時なら一杯のビールだろうか。


もう少し時間がとれれば、一泊二日の旅に出ることにしている。先日もバンコクの仕事が終わり、翌日の飛行機でラオスのビエンチャンに出かけた。


明日はバンコクに戻り、その翌日には東京に戻っているのだが、それまでの時間、アジアに身を任せることができれば、僕は少しだけアジアの空気を体に吹き込ませることができた。

そんな旅を何回か続けているうちに、僕自身への旅は、日本で働く人々にとっては、「アジアの週末旅」になることに気がついた。

筆者がバンコクに語学留学した時の暮らしのあれこれ。
とはいっても、今回の留学は一人きりでのバンコク滞在ではなく、奥さんと二人の娘さんを同行した家族連れの留学だから、暮らしぶりも、今までの貧乏旅行とは違ってくる。

生活するところも、バックッパッカー愛用の安宿というわけにはいかないし、一日中、家の中に閉じ込めておくわけにはいかないし、子供のことだから病気もする。暮らしも多面的に、その地と濃く関わったものにならざるをえない。

この娘さんたちが通うことになる幼稚園のエピソードの数々が、この本を読んでの収穫の一つ。

例えば、2歳以上しか預からないとなっているのに、一人で通園してくるのは可愛そうだからと1歳の妹も入園できたり、

通園してくる時間は7時半から9時半まで、園児によってさまざまだったり、

パジャマのままでも通園できたり

結構、自由というかいい加減なのだ。


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