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    <title>辺境駐在員のブックレビュー</title>
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    <updated>2010-01-17T03:53:42Z</updated>
    <subtitle>辺境の地から贈る、出たとこ勝負、ジャンル無用、手当たり次第のブックレビュー。不穏当な表現は平にご容赦をお願い奉ります・・・。</subtitle>
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    <title>iPhone情報整理術</title>
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    <published>2010-01-17T01:03:20Z</published>
    <updated>2010-01-17T03:53:42Z</updated>

    <summary> iPhone,iPod touchをとことん使ってやろうという人には必携の一冊...</summary>
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    <category term="ipodtouch" label="iPod touch" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
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        <![CDATA[<div style="float:left">
<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&amp;bc1=FFFFFF&amp;IS2=1&amp;bg1=FFFFFF&amp;fc1=000000&amp;lc1=0000FF&amp;t=takafamcom-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as1&amp;m=amazon&amp;f=ifr&amp;md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&amp;asins=4774140279" style="width: 120px; height: 240px;" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0" scrolling="no"></iframe>
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iPhone,iPod touchをとことん使ってやろうという人には必携の一冊。<br /><br />ネットをあちこち精力と時間を使ってさまよえば、類似の情報は見つかるかもしれないが、必要な情報を的確に、まとまった形で、提示してくれるのが、こうした本の良さ。<br /><br />その上に、iPhone/いPod touchによる新しい仕事や生活のあり方を提案してくれるのが、本書のそのほかの入門本と違うところ。<br /><br />構成は、<br />０１　iPhoneでつくるクラウド・オフィス<br />０２　iPhoneゼロストレス仕事術<br />０３　iPhoneユビキタス手帳術<br />０４　iPhoneでウェブを持ち歩く<br />０５　出先でのiPhone活用術<br />０６　人生に近道をつくるiPhoneライフハック術<br /><br />]]>
        <![CDATA[<br />という形になっていて、もちろんiPhoneのアプリの紹介もあるのだが、本書の主眼とするところはiPhoneというクラウド。コンピューティングを基礎としたガジェットを使って、いかにして自分の生活をデジタルに変えていくか、といったところだろう。それは、「はじめに」に書かれた<br /><br />「すべてがiPhoneの中に入っている」という自信が生まれると、これまで想像もできなかったような利用方法が次々と生まれます。<br /><br />という言葉に象徴されるように、iPhoneというガジェットを使った、私たちの生活や思考のクラウド化の提案でもある。<br />たしかに中には「全ての書類、本をデジタル化してiPhoneで持ちあるく」といった、ちょっとやってみようかと思うには敷居の高いものもあるにはあるのだが、それらにしても全く通常人ができそうもないアイデアではない。（最近はScanSnapといったスキャナや大容量のNASのお値段も非常に値ごろになってきているし、ホームサーバーも身近になってきているしね。）<br /><br />個人的な事情をいえば、アドエスの縛り中なので、iPod touchで我慢しておくしかない現状なのだが（音声端末にしているDocomoをMNPしてやろうか、と思わないでもないのだが・・・）、まあ、VisorやSONY　CLIEといったPDAを長らく使ってきた管理人としては、現在の突然のスマートフォンブームでこうしたハウツー本やクラウドのアプリがどんどんでてくることは、非常に喜ばしい限りである。<br /><br />iPhone所有者だけでなく、iPod touch所有者にもお奨めの一冊である]]>
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    <title>浜　なつ子　「死んでもいい　マニラ行きの男たち」（講談社文庫）</title>
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    <published>2010-01-03T07:32:31Z</published>
    <updated>2010-01-03T07:37:21Z</updated>

    <summary>   タイや中国あるいは韓国といったアジアの国の旅行記やらそれに類したルポは数々...</summary>
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        <category term="旅エッセイ・旅本" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="フィリピン" label="フィリピン" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
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        <![CDATA[<div style="float: left;">
 <iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&amp;bc1=FFFFFF&amp;IS2=1&amp;bg1=FFFFFF&amp;fc1=000000&amp;lc1=0000FF&amp;t=takafamcom-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as1&amp;m=amazon&amp;f=ifr&amp;md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&amp;asins=4062747847" style="width: 120px; height: 240px;" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0" scrolling="no"></iframe>
</div>
タイや中国あるいは韓国といったアジアの国の旅行記やらそれに類したルポは数々あるのだが、どういうわけか、フィリピンに関する旅行記やルポはあまり見かけないように思う。<br /><br />それは、やはり、高度成長期の、「買春ツアー」やジャパユキさんに代表される一種のいかがわしさがつきまとうせいかもしれない。<br /><br /><br />&nbsp;本書も、東京で売れっ子のホストをしていた人物が、フィリピーナに惚れ、どっぷりとフィリピンにはまり込んでいる様子を、彼へのインタビューをさしはさみながら進行する点で、そうしたあやうさを感じさせるのだが、読み進むうちに、熱帯特有のねっとりとした暑さと、想像上のものに過ぎないのだが、フィリピーナたちがもつ熱っぽさと優しさを感じ取ったようになってくるから不思議だ。<br /><br /><br />&nbsp;<br />構成は<br /><br />&nbsp;第1章　恐るべしフィリピーナ<br />&nbsp;第2章　吉原とエルミタ<br />&nbsp;第3章　女がいっぱい<br />&nbsp;第4章　はまる人々<br />&nbsp;第5章　アヤラ・アラバンの女<br />&nbsp;第6章　たまごっち山崎君<br />&nbsp;最終章　永遠なり！フィリピン人のホスピタリティ<br /><br />&nbsp;となっていて、最初の方は、前述のホスト上がりの男性のインタビュー、後半の方は、それ以外のフィリピンにはまる、ないしは暮らしている日本人のさまざまに抱え込んでいるものを含んだインタビューとルポになっている。

<br /><br /><br />]]>
        <![CDATA[しかし、読了して、いまいち共感できなかったのが、フィリピンにはまり込んでいく、ということ。下川裕治さんのエッセイなぞで「タイ」に沈没していく感覚には、なんとなくすいっと入っていけるのだが、どうも、そうした感覚が持てなかった。
それは、フィリピンという国情がもつ厳しさや各種の報道で繰り返されてきた一種の「恐さ」が影響しているのかもしれないし、あるいは、同じアジアの国でも、タイやカンボジアのようなインドシナ半島の国と違った、フィリピンの持つ「ケバさ」の違いなのかもしれない。

<br /><br />ただ、そうした点を割り引いても、フィリピンの持つ、一種の魅力は伝わってくるのは間違いない。<br />それは、フィリピンという熱帯のもつ、あっけらかんとした楽天的な明るさでもあり、<br /><br />文中の一節を引用すると<br /><br />&nbsp;<font color="Blue">フィ
リピン人の本当のよさというものは、何でも分かち合う精神だと俺は思う。例えばここにすごくおいしいチョコレート・ケーキが一個あったとする。日本人だっ
たら、ひとりで一個を食べるだろうが、フィリピン人の場合、これをひとりで食べてしまうことは考えられない。まず一緒に食べてくれる人を探す。家族や友人
でなくてもいい。まったく知らない通行人でもいい。誰かと一緒に「それ」をシェアするのがフィリピン人のもって生まれた精神である。<br /><br /></font>といったフィリピンの人々の明るさでもある。<br /><br /><br />先行き見えなくて、なんとなく冷え冷えとしている、昨今の日本の御時世。<br />&nbsp;こうしたルポを読んで、熱帯の暑さを想起するのもいいかもしれない。
]]>
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    <title>下川裕治　「格安エアラインで世界一周」（新潮文庫）</title>
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    <published>2009-12-21T03:05:07Z</published>
    <updated>2010-01-01T08:55:39Z</updated>

    <summary> 　仕事が煮え詰まってきた時の「旅本」逃避という癖が、私にはあって、日常の退屈さ...</summary>
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        <category term="下川裕治" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="世界一周" label="世界一周" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="格安航空路線" label="格安航空路線" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
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        <![CDATA[<div style = "float:left">
<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&bc1=FFFFFF&IS2=1&bg1=FFFFFF&fc1=000000&lc1=0000FF&t=takafamcom-22&o=9&p=8&l=as1&m=amazon&f=ifr&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&asins=4101315523" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>
</div>
　仕事が煮え詰まってきた時の「旅本」逃避という癖が、私にはあって、日常の退屈さと閉塞感を、つかの間紛らわすために、つい手にとって、忙しいのに読みふけってしまい、おまけに旅することを妄想して、精神の平衡を保っているところがある（いざ旅をするとなると、準備やら、チケットやホテルの手配やらで、途中で面倒くさくなってしまうんだけどね）<br /><br />　そんなときに、よくお世話になっていたのが、下川祐治さんの貧乏旅行記で、タイには行ったことがないのだが、妙な親近感を、この国に覚えるのはそのせいもあるのだが、今回は、世界を股にかけたLCC（ローコストキャリア）の旅である。<br /><br />構成は<br /><br />第1章　関空・マニラ<br />第2章　クラーク空港・クアラルンプール<br />第3章　シンガポール・バンガロール<br />第4章　シャルジャ・アレキサンドリア<br />第5章　アテネ・ロンドン<br />第6章　ダブリン・ニューヨーク・ロングビーチ<br /><br />となっている。<br /><br /> ]]>
        <![CDATA[関西空港からアジア、アラビア、ヨーロッパまわりで格安航空路線で世界一周をしてしまおうという旅である。（旅の終わりは「ロングビーチ」、つまりアメリカ西海岸になっているが、これはアメリカから日本までの太平洋航路で、LCCが就航していないという理由に過ぎない。）<br />で、旅の様子は、というと、やはり安旅である。飛行機を使うといっても、そこはLCC、関空ーマニラ間が18,000円、機内食は有料で、カップヌードル100フィリピンペソ（200円ぐらい）がメニューに麗々しく載っているという具合だから、そこは以前の貧乏旅行の延長ではあるのだな、と安心していい。<br /><br />ただ、まったく今までの貧乏旅行と同じかというと、そうではない。<br />LCCの空港が、その国のメインの国際空港とは違ったところに就航していて乗り換えにやたら苦労したり、メインの空港ではあっても搭乗口はやけに遠かったりとか、、手間がかかる点はあったり、格安の航空路線で、ドバイなどの産油国への国際的な出稼ぎ労働者が使う路線であたりといった、貧乏旅行らしい風情は漂うのだが、今までのバスや鉄道を使った貧乏旅行とは違う雰囲気が漂っているのは間違いない。<br /><br />それは、なんといっても現地の人や現地の風景・風土との関わり合いの薄さということなのだろう。当然、現地に宿泊はそ、食事もしているのだが、異国での濃密な滞在感覚というものは、なぜか伝わってこない。世界一周のたびという性格から短期間で世界を回るという制約があり、現地への滞在時間は少なくならざるをえないのは間違いないのだが、旅の移動の手段として「空港」というある意味、「よそゆき」の場所を使わざるをえない。おまけに、移動中の特別なエピソードは、およそ発生しない、という航空機の旅のもつ性格ゆえのものもあるのだろう。どことなしか、点と点を移動しているという印象が強い「旅行記」で、やれ、現地でボラれただの、地理不案内のため、妙なところに彷徨いこんでしまったといったエピソードは期待しないほうがいい。<br /><br />ただ、まあLCCによる貧乏旅行というのも、これからの「旅」の一つであるのは間違いなくて、これからは「移動」そのものの旅行記ではなく、「滞在」あるいは「沈没」ということが旅行記が主流になるのかな、と思わせた一冊である。]]>
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    <title>北沢　秋　「哄う合戦屋」（双葉社）</title>
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    <published>2009-11-28T02:06:57Z</published>
    <updated>2009-11-28T02:18:31Z</updated>

    <summary> 哄う合戦屋北沢　秋/イラスト:志村貴子双葉社1470円Amazonで購入書評/...</summary>
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        <category term="歴史・時代もの" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="戦国" label="戦国" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
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        <![CDATA[<div style = "float:left">
<a href="http://books-review.buzz-pr.com/archives/51399854.html" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51-wRFJDDcL._SL160_.jpg" width="109" height="160" border="0" /><br />哄う合戦屋<br /></a><ul style="list-style:none;margin:0;padding:0;"><li style="list-style-type: disc;list-style-position:inside;">北沢　秋/イラスト:志村貴子</li><li style="list-style-type: disc;list-style-position:inside;"><a href="http://www.buzz-pr.com/book/book/18/any/any/any/any/list.html">双葉社</a></li><li style="list-style-type: disc;list-style-position:inside;">1470円</li></ul><a href="http://www.amazon.co.jp/%E5%93%84%E3%81%86%E5%90%88%E6%88%A6%E5%B1%8B-%E5%8C%97%E6%B2%A2-%E7%A7%8B/dp/4575236640%3FSubscriptionId%3D090596K8VFHWK71V2782%26tag%3Dtakafamcom-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4575236640">Amazonで購入</a><br /><a href="http://www.buzz-pr.com/book/book/info816.html">書評</a>/<a href="http://www.buzz-pr.com/book/book/any/any/105/any/any/list.html">歴史・時代(F)</a><br /><img src="http://www.buzz-pr.com/img/isbn9784575236644.gif" /><script src="http://www.google-analytics.com/urchin.js" type="text/javascript"></script><script type="text/javascript">_uacct = "UA-918914-3";urchinTracker();</script>
</div>
「本が好き！」から献本いただきました。多謝。<br /><br /><br />時代設定は戦国時代、天文１８年春から天文１９年夏にかけての２年間の物語である。そして、舞台は信濃。<br /><br />ということなら、武田信玄（晴信）が信濃制圧に向けて着々と動き始めていた頃、さては、そのあたりの信濃の国を統一する話か、と思ったのだが、かなりの見当違い。「勝者」の物語ではなく「敗れていった者」の物語であった。<br /><br />だが、この「敗者」の姿が尋常ではない。いったいに「敗者」というものは美しく見えてくるのは、日本人の性なのだが、この物語の主人公、諸国を渡り歩く合戦屋　石堂一徹　の姿は、「颯々」として、なにかすっきりとした爽快感を覚えるたたずまいで、これぞ「武者」であるな、と喝采をおくりたくなる。<br /><br /><br />さて物語りは、中信濃の深志と北信濃の塩田平の間の横山郷、遠藤吉弘の居館のあたりで、吉弘の娘　若菜と、一徹が出会うところから始まる。（もっとも、一徹と若菜の恋物語が云々、という展開ではない）。<br />この遠藤家、三千八百石程度の身上で、近隣の土豪との争いにあけくれていた家で、さほど有力な家であったわけではない。それが、石堂一徹が、軍師として食客になってから、以前から仇敵であった隣の高橋家を滅ぼし、ついで不破、といった風に、領地を拡大していく。このまま進めば、中信濃一の豪族、小笠原長時との対決は必至では・・・といった形で展開し、「天下」を狙う、石堂一徹の野望の片鱗も明らかになる。<br /><br /> ]]>
        <![CDATA[ところが、この時、武田晴信（信玄）が、中信濃制圧に向け、兵を送ってくることが明らかになり、遠藤家にも小笠原、武田双方から、味方につくようにという誘いの使者がくる。双方に全幅の信頼をよせることのできない一徹は、遠藤家独立の策を献ずるが入れられず、小笠原に加勢することなり、さて、中信濃の行方を決する一大決戦へ、と最終章へ<br /><br />といったのが主な展開。<br /><br /><br />一徹の策略で遠藤家が領地を拡大していくあたりの爽快感もよいのだが、やはりなんとも暖かくて、よいなー、と思うのは、遠藤家の姫、若菜であろう。<br />容姿は<br />この娘の目鼻立ちは、必ずしもこの時代の美人の典型に合致しているわけではない。<br />たとえば、若菜の眩しいまでにはっきりした瞳は、かすみが掛かったような細い目をよしとする都風の好みからすれば、明らかに欠点といえるであろう<br />といった感じなのだが、そこかしこにでてくる彼女ののびやかさ。ころっころっとした明るさが、物語に華やかさを添えている。<br />物語に途中の新美山の紅葉狩りのあたりを読むと、領民ならずとも、この姫ならば、とも思ってしまうのである。<br /><br />で、もう一つの読みどころは一徹をめぐる人々の嫉妬、妬ましさに起因する不信がいかに生まれ、いかに拡大し、人の行動を蝕んでいくか、というところ。この一徹という男に象徴されるような、才気煥発ではあるが、その野望が巨大すぎるがゆえの一途さと倣岸さは、一種の爽快感を与えつつも、危うさを覚えるものだが、やはり、というか案の定というか、遠藤吉弘の不安と不信を生み、それが結局は遠藤家と一徹の行く末に大きな影響を与えるのだが、これ以上は営業妨害になってもいけないので、ネタばれはここまで。<br /><br /><br />さて、最後。石堂一徹は彼の野望と引き換えに何を守ろうとしたか、これもまた、本書をお読みあれ。おぅ、そうなのか、と思うこと間違いない。<br /><br />ひさびさに一気に読めた時代小説、戦国小説でありました。]]>
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    <title>佐々木　俊尚　「仕事するのにオフィスはいらない　ーノマドワーキングのすすめー」（光文社新書）</title>
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    <published>2009-10-27T08:26:48Z</published>
    <updated>2009-11-23T08:00:19Z</updated>

    <summary> ちょっと乱暴な総括だが、ネットワークサービスをフルに利用して、多数の人が集合し...</summary>
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        <![CDATA[<div style = "float:left">
<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&bc1=FFFFFF&IS2=1&bg1=FFFFFF&fc1=000000&lc1=0000FF&t=takafamcom-22&o=9&p=8&l=as1&m=amazon&f=ifr&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&asins=4334035159" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>
</div>
ちょっと乱暴な総括だが、ネットワークサービスをフルに利用して、多数の人が集合して、同時期に仕事をする「オフィス」という形から脱却して、雇用関係も、場所も自由な仕事のスタイルをつくろうよ、といったことかしら。<br /><br />構成は<br /><br />第1章　ノマドワーキングのすすめ<br /><br />第2章　アテンションコントロール<br /><br />第3章　情報コントロール<br /><br />第4章　コラボレーション<br /><br />第5章　クラウドを使いこなす<br /><br />第6章　ノマドライフスタイルの時代へ<br /><br />と言う構成で、筆者のいう「ノマド」というのは「テクノロジーで武装したフリーランサーたち」のこと。<br /><br />こうした会社に依存しない、あるいは会社との契約で仕事をし、生計を立てるという働き方が、「派遣」という今では手垢のついた言葉ではなく、「ノマド」という新しい言葉で語られるのは、昨今の「派遣切り」から始まって「正社員切り」にまで進みうる不況の長期化と無縁ではないだろう。従来型の不況が、いわゆる「正規化」への要望を増していったのに対し、昨年から始まる不況が「正規社員」すら聖域ではない、安全ではないレベルに達してきたことの裏返しなのかもしれないね、といった、ちょっと斜め目線から読み始めたのだが、どうして、どうして、この「ノマド」という仕事のスタイルは、何かしら魅力と誘惑をもっていることは間違いない。<br /><br /> ]]>
        <![CDATA[<br />それは、会社に入社して、いわゆる「勤め人」「サラリーマン」という形で仕事をし、生計をたてている者が常に抱いている「組織」というものと一定の距離をおきながら、自らの才覚で仕事をするという「見果てぬ夢」なのかもしれないなー、と本書を読みながら、ぼんやりと思うのである。<br /><br /><br />とまあ、とりとめもない感想は、これぐらいにしておいて、普通の会社勤めのサラリーマンにとっても、こういった仕事のスタイルというのは参考になるところは多い。<br />とりわけ、多くのホワイトカラーが、ＰＣを使ったデスクワークからは逃れられないわけで、そうしたデスクワークをこなしていく上での「クラウド」サービスの活用の仕方やら、「ノマド」型のフリーランサーがネットカフェや、街中の無線ＬＡＮサービスを使いながら仕事をこなしていく手段といったものは、日々の営業の中でも応用できるものが多くあるのは間違いない。<br /><br />例えば、彼らがオフィスの代用として使う「サードプレイス」としては昔ながらの「ルノアール」が意外と便利だ、といった情報とか、iPhoneをはじめとしたスマートフォンとデスクトップ、モバイルＰＣとのコラボの仕方とか、各種のネットサービスなどなど、私も既に便利に使わせてもらっているものもあるし、本書を読んで、新たに加入したサービスもある。<br /><br />ざっくり読んで、自分の仕事に使えそうなところをチョイスして、取り入れていくと、結構仕事のやり方をかえてくれそうなビジネス本である。「ノマド」にはそうそうなれないけれど、仕事のやり方を変えると、ひょっとするとライフスタイルを変えていけるかもしれないですね。<br /><br />]]>
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    <title>北森　鴻　「支那そば館の謎」（光文社文庫）</title>
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    <published>2009-09-13T04:42:04Z</published>
    <updated>2009-10-10T12:07:10Z</updated>

    <summary> どんな鍵でも開けてしまい、以前は怪盗と呼ばれた「僕」こと有馬次郎は、ひょんなド...</summary>
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どんな鍵でも開けてしまい、以前は怪盗と呼ばれた「僕」こと有馬次郎は、ひょんなドジから嵐山の奥に位置する大非閣千光寺の寺男になって、堅気の生活を始めている。ところが、どうも事件に好かれているのか、知り合いが悪いのか、京都新聞の文化部の記者で、トラブルメーカーの気のある折原けいが持ち込んでくる事件に巻き込まれて・・・、といった感じの、オーソドックスな設定ともいえる御当地ミステリー。

<p>収録は、<br />
「不動明王の憂鬱」<br />
「異教徒の晩餐」<br />
「鮎躍る夜に」<br />
「不如意の人」<br />
「支那そば館の謎」<br />
「居酒屋　十兵衛」<br />
の６篇</p>

<p>ところが、北森　鴻氏の手にかかると、御当地ミステリーも、普通の御当地ミステリーとはちょっと違った風味が漂ってくるのが不思議。</p>]]>
        <![CDATA[<p>御当地ミステリーだから、その地の観光地とか名物料理といったネタが、物語の謎を解くキーになるのは、御当地ミステリーの決めごとといってもいいのだが、そのネタが、京都の銭湯の湯船の位置構造とか、鯖棒という寿司、あるいは当日は、一般人が立入禁止になっている大文字焼きの現場の山とか、太秦の撮影場、京都の町屋といった一風変わったものがキーになっていて、ありきたりの観光地やらをとりあげられるより、「京都」の風を感じさせるのが、流石の腕前である。</p>

<p>おまけに、この筆者のミステリーの楽しみといえるのが、作中に登場してくる料理の数々で、例えば<br />
「異教徒の晩餐」の</p>

<p>・・・少年時代を坂東の水に慣れ親しんだ僕としては、やはり蕎麦は関東風に限る。それも脂の乗り切った鴨の胸肉と京葱をごま油で照りつけ、濃い目の出し汁を注いだ《鴨なんば》こそは</p>

<p>といったところとか</p>

<p>「支那そば館の謎」の</p>

<p>まもなく仕上がったのはライスペーパーを揚げて皿に仕立て、海老、セロリ、明石蛸、イエローピーマンを賽の目に切って、和がらしとゴマのドレッシングで仕上げた一品。・・・</p>

<p>といったあたりが、さらに物語の味を引き立てる。</p>

<p>全体にコミカルなタッチの出来なので、3作目から出てくる作者のカリカチュアともいえる水森堅という売れない推理作家もでてくるところも御愛嬌と考えて、お気軽に読みたい一冊である。</p>]]>
    </content>
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    <title>泉　麻人　「なぞ食探偵」（中公文庫）</title>
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    <published>2009-09-12T11:16:31Z</published>
    <updated>2009-10-10T12:07:10Z</updated>

    <summary> 町角でふと目にとまった、ちょっと不思議な料理を紹介していきたい。 といったとこ...</summary>
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        <![CDATA[<div style = "float:left">
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</div>
<font color = "Blue">
町角でふと目にとまった、ちょっと不思議な料理を紹介していきたい。
</font>

<p>といったところから始まる、ちょっと変わった食物記である。<br />
とりあげられる食べ物屋が、やはり東京が中心になるのは、筆者の住居と活動の中心がそうであるせいもあるのだろうが、やはりそこは「首都」の威力というもので、人やモノが集まれば集まるほど、妙な食べ物も集積してくるのは人の世の常なんだろうが、本書のエライところは、「不思議な料理」の食物記であって、ゲテモノの食物記になっていないところだろう。</p>

<p>料理は、東京・日本橋の「ドイツ風ライス」からはじまるのだが、「ハムカツ」（東京・上野）や「マカロニグラタン」（東京・浅草）、「カニヤキメシ（東京・人形町）など、名前をみればおおよそ察しがつくのも多いのだが、「ず丼」（東京・新大久保）や「イタリアン」（新潟）、「すじ玉丼」（神戸・三宮）、さらには「セイロンライス」（大阪・西心斎橋）、ナポリライス（東京・銀座）などなど、何を食わされるのかちょっと心配になってくる料理も数々あって、一種怖いものみたさの欲求も満たされる食物記である。</p>

<p>筆者手書きのイラストも味があって、少しばかり暇な時、暇にあかせて、ぱらぱらと読んでいくにお薦め。</p>

<p>（最近、御当地グルメで定番の「佐世保バーガー」などを含んだ「九州篇」も入ってます。）</p>]]>
        
    </content>
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    <title>北森　鴻　「メイン・ディッシュ」（集英社文庫）</title>
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    <published>2009-09-10T13:12:36Z</published>
    <updated>2009-10-10T12:07:10Z</updated>

    <summary> 北森　鴻のミステリーの魅力は、謎解きのほかに、登場人物のユニークさと料理といえ...</summary>
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</div>
北森　鴻のミステリーの魅力は、謎解きのほかに、登場人物のユニークさと料理といえるのではなかろうか。

<p>この「メイン・ディッシュ」はそのどちらも、というか、登場人物は、劇団・紅神楽の看板女優の紅林ユリエこと「ねこ」と彼女の家に転がり込んできた居候の三津池修こと「ミケ」、劇団の代表の一人で座付役者の小杉隆一（彼は途中で、推理作家に転業する。まるで、作者の分身のような存在だ）といった面々はもちろんユニークなのは間違いないのだが、随所随所にでてくる、ミケさんのつくる料理が、また旨そうでたまらないという、表題そのものを体現したミステリーである。</p>

<p>とはいっても、ありきたりのグルメ・ミステリーではない。大きな筋立ては、「ねこ」さんの劇団周辺の様々な事件と、「ミケ」さんがなぜ風来坊のような暮らしをしているかの謎が、絡まりあって進展する凝ったつくりのミステリーで、構成は</p>]]>
        <![CDATA[<p><br />
アペリティフ（プロローグ）<br />
ストレンジ　テイスト<br />
アリバイ　レシピ<br />
キッチン　マジック<br />
バッド　テイスト　トレイン<br />
マイ　オールド　ビターズ<br />
バレンタイン　チャーハン<br />
ボトル　”ダミー”<br />
サピライジング　エッグ<br />
メイン・ディッシュ（エピローグ）<br />
特別料理</p>

<p>となっている。<br />
ところが「アリバイ　レシピ」や「バッド　テイスト　トレイン」は、一見、その主筋とは全く関係のない掌編。<br />
で、「これはいったい何の意味があって、はさみこんであるんだ」といった違和感を持たせながら、主筋である「ねこ」さんの劇団まわりの事件が展開し、その中で「ああ、話の中の話なのかな」と一旦安心させながら、最後で、二つの話が、ぴしゃりっと組み合わさる、という展開で、この手練の技には、「うーむ」と唸らざるをえない。</p>

<p>靴の上から痒いところを書くようなレビューになってしまったが、これ以上は、ネタバレがすぎるような気がするので、ここらで今回は止め。</p>

<p>それと、話中の料理の数々の紹介も、今回は封印。</p>

<p>なにせ、この料理のところだけでも絶妙の仕上がりであります。良い仕上がりのコース料理に似た、ミステリーを読ませていただきました。</p>]]>
    </content>
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    <title>塩野七生　「ローマ人の物語ⅩⅤ　　ローマ世界の終焉」（新潮社）</title>
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    <published>2009-09-08T13:23:05Z</published>
    <updated>2009-11-28T03:10:10Z</updated>

    <summary> 長く、長く続いてきた「ローマ人の物語」もこれが最終巻である。そして、千年以上続...</summary>
    <author>
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        <![CDATA[<div style = "float:left">
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</div>
長く、長く続いてきた「ローマ人の物語」もこれが最終巻である。そして、千年以上続いてきた、ローマ帝国も、この巻で終焉を迎える。もっとも、東ローマ帝国（ビザンティン帝国）はこの後も存続するのだが、これはもう、いわゆる「ローマ帝国」とは異なるという説に私も賛成したい。

<p>この巻では<br />
・紀元３９５年～４１０年までが「第一部　最後のローマ人」<br />
・紀元４１０年～４７６年までが「第二部　ローマ帝国の滅亡」<br />
・紀元４７６年～が「第三部　帝国以後」<br />
という構成で、西ローマ帝国が瓦解するまでが語られる</p>

<p>しかし、この時代のローマ帝国をめぐる人々の名前が、なんと蛮族的なことか・・・。敵である人は当たり前だが、帝国を支えた人の名前すら蛮族的なのだ。<br />
典型的なのは、皇帝テオドシウスから、死後の息子を託された将軍スティリコであろう。<br />
彼は、ヴァンダル族出身なのだがテオドシウス帝に抜擢され、彼から、若年の皇帝の後見を頼まれるのだが、その彼が、ローマ人よりもローマ人らしく、ローマ帝国の存続に力を尽くし、非業の最期を遂げるたあたりは、衰えた国家を象徴するものなのだろう。</p>]]>
        <![CDATA[<p>さて、この書では、ローマ帝国の「滅亡」が語られるのだが、不思議なほど、その「滅亡」が静かなのである。というのも、ローマ帝国の滅亡は、大きな戦いによる大破壊とそれに伴う異民族支配、あるいは大災厄に伴う荒廃といった、イベント的な終末を示すのではなく、帝国がいくつかに分裂し、尾民族の侵入が続き、自由な交通が途絶え、ブリタニア、ガリア、北アフリカ、イスパニア、と属州がローマ帝国の支配から離れ、といった具合に、砂の山が、さわさわと崩れていくよう「滅びて」いっているからである。<br />
そして、それは人類史上初めて誕生した「大帝国」、大文明ともいえる「大帝国」であったローマ帝国らしい終わりかたといえばいえなくもない。ちょっと関係ないかもしれないが、「盛者、必衰の理あり」といったところか。</p>

<p><br />
最後に、本書の途中で出会った、一節を紹介して、この稿を終わろう。</p>

<p>帝国は、傘下に置いた諸民族を支配するだけの軍事力を持つから帝国になるのではない。傘下にある人々を防衛する責務を果たすからこそ、人々は帝国の支配を受け入れるのである。</p>

<p>国というだけでなく、人々の理としても、ウムと頷かせる言葉ではないですかねー。</p>]]>
    </content>
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    <title>塩野七生　「ローマ人の物語ⅩⅣ　キリストの勝利」（新潮社）</title>
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    <published>2009-08-15T12:58:18Z</published>
    <updated>2009-10-10T12:07:09Z</updated>

    <summary> ローマ帝国を根本から変えたといっていい、コンスタンティヌス大帝の死後、跡をつい...</summary>
    <author>
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        <![CDATA[<div style = "float:left">
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</div>
ローマ帝国を根本から変えたといっていい、コンスタンティヌス大帝の死後、跡をついだ息子のコンスタンティウス、そして背教者といわれたユリアヌスと続くのが、この巻である。そして非常に象徴的なことに、この巻の最後の第三部は「司教　アンブロシウス」とされていて、皇帝ではなく、キリスト教会の司教の名前が表題である。

<p>まず最初は、コンスタンティヌス大帝の次男であるコンスタンティウスである。とはいっても、最初から、コンスタンティウスが帝国全土を継ぐという形になっていたわけではない。<br />
最初は、コンスタンティヌスの息子三人、甥二人で帝国を5分して統治することとなっていたらしい。<br />
それが、大帝の葬儀の際に、甥二人が暗殺され、その後帝国を三分して統治していた兄弟が、最初は、長兄のコンスタンティヌス二世が、末弟のコンスタンスと北アフリカをめぐって対立して敗死し、コンスタンスは、圧政による民衆の不満を背景にした配下の将軍の謀反により自滅する・・といった経緯をたどって帝国を一人で支配することになったもので、この流れをみて想像出来るように、なんとも疑り深い皇帝であったようだ。そうした皇帝が副帝を任命するというのも不思議なのだが、もう、この時代のローマ帝国は、一人で全土を治めるには、皇帝によほどの能力と体力を必要とするほど、国家の体力が弱っていたということかもしれない。</p>]]>
        <![CDATA[<p><br />
　そのコンスタンティウスから副帝に任命されたのがユリアヌスで、彼は兄のガルスが謀反の疑いで処刑された後の任命になる。こうしたプレッシャーのかかるシチュエーションであったにもかかわらず、とんでもない力量を発揮している。けして万全の体制と軍備で送り出されたとはいえない、任命後のガリアで、ゲルマン民族を打ち破り、内政を整え、ガリア再興を果たすなど、とても20歳過ぎまで幽閉状態で統治の経験や戦闘歴などなかった若者とは思えない活躍ぶりなのである。さしずめ、哲学者風の織田信長といったところか。<br />
　信長風なのは、そのガリアでの見事な戦ぶりだけでなく、その最期もまた似ている。古のペルシャ帝国の復活を目指して、ローマ帝国東方の攻め入ってきたペルシャ王シャブールとの戦闘で、（おそらくは、ユリアヌスのキリスト教の弱体化に不満をもった）味方のサボタージュにあって、戦闘の最中に、ひょっとすると味方からの槍傷で命を落とすことになるあたり、光秀の謀反にあって、味方と思っていた部下から攻められ最期を迎えるあたりと似ていなくもない。<br />
　そして、もうひとつ共通するのが、宗教への対応ではないだろうか。ユリアヌスがキリスト教の特権を排除しようとした動きは、比叡山焼き討ちや、一向宗との戦に全力をあげた信長の姿がダブって見えてくるのである。</p>

<p>　で、最後の章。こいつが曲者なんだよなー、という思いにかられずにはいられない。時代背景的には、ユリアヌス亡き後のヴァレンティニアヌス、その副帝のヴァレンス、ヴァレンティニアヌス死亡後、ヴァレンスによって帝国の西半分を任されたテオドシウス、そしてヴァレンスがゴート族との戦いで命を落とした後、テオドシウスが帝国全体を治め、といった、まあ、内乱とその後の帝国統一といったお決まりの構図といえなくもないのだが、その陰に見え隠れして、そこかしこでキリスト教の国教化を進め、教会の力を強めているのが、この章の表題でもある「司教　アンブロシウス」で、こいつが時代の黒幕でっせ、と筆者が耳打ちしてくれているように思えてならない。<br />
　こうした宗教者でありながら時代の黒幕的な人物がでてくるってのは、専制君主の体制によく見られるように思えて、共和制や元首制の時のローマが、なんとなく夏の青空を連想させるに対し、この時代のローマは、どんよりとした梅雨空を連想させるのは、おそらくは、こうした、なんとなく胡散臭いというかくぐもったような支配体制の持つ暗さによるのだろう。そして、ヨーロッパ中世を宗教はリアルを支配した時代と考えれば、中世の始まりというのは、西ローマ帝国滅亡で突然始まったわけではなく、こんな頃から、じわじわと墨が布に染みていくように始まっていたのだなと思い、時代の変化というのは、いつもこうした感じですすむのかな、とも思ってしまうのである。</p>

<p>なにはともあれ、ローマ帝国に限らず、すべての体制における「ぐずぐずとした崩壊」に、思いを馳せてしまう一巻でありました。</p>]]>
    </content>
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    <title>塩野七生　「ローマ人の物語　ⅩⅢ　最後の努力」（新潮社）</title>
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    <published>2009-08-14T12:49:37Z</published>
    <updated>2009-10-10T12:07:09Z</updated>

    <summary> 塩野七生氏の代表作といっていい、「ローマ人の物語」もこの巻あたりになると終幕に...</summary>
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        <![CDATA[<div style = "float:left">
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</div>
塩野七生氏の代表作といっていい、「ローマ人の物語」もこの巻あたりになると終幕に近づいてくる。

<p>この巻で語られるのは、三世紀終わりから４世紀はじめの、ディオクレティアヌス帝から、コンスタンティヌス帝の時代である。歴史家によれば、ディオクレティアヌス帝から、ローマ帝国は、元首制から独裁君主制に移行したといわれていて、5世紀には、ローマ帝国も迎えるのだから、このデイオクレティアヌス帝、コンスタンティヌス帝の治世というのは、蝋燭が燃え尽きる前に炎が大きくなる現象に似ていなくもない。</p>

<p>ディオクレティアヌスは、帝国を２人で治める「二頭制」や４人で治める「四頭制」といった、国力の落ちてきているローマ帝国がペルシアや蛮族の侵攻をくいとめる苦肉の策ともいえる統治策を打ち出す。この統治方式はローマ帝国を蛮族から守るシステムとして有効に作用するのだが、このシステムの本質は、長年、苦楽を共にし、心の通じ合った友人や部下と、帝国の統治を分担しあうという美しい側面ではなく、<br />
<font color = "Blue"><br />
分担とは、現にあるものを分割したのでは済まないという問題を内包している。分担とは各自の責任を明らかにすることでもあるから、その人々の間に競争状態が生まれるのは、人間の本性からもごく自然な方向とするしかない。四人はいずれも、自分が責任を負うと決まった地域の成績をあげようとする。<br />
</font><br />
システムであるらしい。<br />
しかし、この制度も、彼の引退後の、正帝、副帝の食い合いともいえる内乱が頻発する。やはり、国力の衰えというものは、統治制度だけでは補いきれないものなのだろうと、嘆息せざるをえない。</p>]]>
        <![CDATA[<p>しかも、このシステム、どうやら、行政改革なんぞとは縁遠く、軍隊と官僚をかなりの規模で増加させ、増税も必要になったらしい。まあ、正帝、副帝とはいっても皇帝は皇帝である。そうであるならば、それぞれの宮殿や国を維持するシステムがそれぞれに作られるようになったであろうし、軍隊もそれぞれで独立してつくり運営されるということになったであろうから、当然の帰結というべきか。</p>

<p><br />
ディオクレティアヌスで、ちょっと悲劇的なのは、まだ体力も知力もあるうちに引退し、後進に道を譲るのだが、影響力の衰えは如何ともしがたく、妻や娘の幽囚を、隠居先で黙って見ていなければならなかったあたり。本人にしてみれば、キングメーカーよろしく、「天下のご意見番」あるいはローマ版「水戸黄門」をきめこみたかったのかもしれないが、現実は甘くなかったらしい。</p>

<p></p>

<p>このディオクレティアヌスの引退後、六帝が並び立つなか、天下を征したのがコンスタンティヌスである。この人、西方の正帝でブリタニア・ガリア・ヒスパニアを統治していたコンスタンティウス・クロヌスの息子なのだが、生みの母親は、父の政略結婚で離婚されていて、ディオクレティアヌスのもとで成長している苦労人であったようで、統治の術も巧みであったようで、ローマ帝国を再び一人で治める体制を作り上げたのは「大帝」という名にふさわしいといえる。（もっとも「大帝」と賞賛されたのは、キリスト教の国教化によるらしく、領土的な拡張によるものではないらしいけどね）</p>

<p>ただ、私には、なんとも「暗いな」と思わせるのである。<br />
それは、元老院の弱体化をはじめローマ帝国を完全な独裁君主国家に仕上げたあたりと、六帝の乱立から、帝国全体を手中に収め、さらには支配体制を確立した程の中で、妻の実兄のマクセンティウス、異母妹が嫁いでいるリキニウス、そして実の息子のクリスプスと、自分のライヴァルあるいは、自分の支配を揺るがす種子になりそうなものを、着実に、じわじわと片付けていく風情にあるのかもしれない。</p>

<p>まあ、なんにせよ、彼の下でキリスト教も国教のみちを歩み始めることになる。彼のキリスト教政策がなければ、ヨーロッパ社会はおろか、世界の姿も変わっていただろうから、平和を享受している今の日本の住まう私としては、ひとまず彼に感謝すべきなのだろうな。</p>]]>
    </content>
</entry>

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    <title>宮部みゆき　「日暮らし」（講談社文庫）</title>
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    <published>2009-07-23T12:23:37Z</published>
    <updated>2009-10-10T12:07:08Z</updated>

    <summary> 「ぼんくら」で鉄瓶長屋がつぶされて湊屋の別宅が建てられ、煮売屋のお道は、近くの...</summary>
    <author>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://takafam.com/weblog/">
        <![CDATA[<div style = "float:left">
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</div>
「ぼんくら」で鉄瓶長屋がつぶされて湊屋の別宅が建てられ、煮売屋のお道は、近くの幸兵衛長屋に移り、それぞれの新しい話が始まって・・・といったところから始まる「ぼんくら」の後日談。後日談といっても、話自体は全く別物で、登場人物や、舞台設定が同じ、シリーズ第2作と考えたほうがいい。

<p>構成は</p>

<p>「おまんま」<br />
「嫌いの虫」<br />
「子盗り鬼」<br />
「なけなし三昧」<br />
「日暮らし」<br />
「鬼は外、福は内」</p>

<p>で、「ぼんくら」の場合と同様に、「おまんま」から「なけなし三昧」で本編の「日暮らし」に至るエピソードや伏線や目くらましをぽんぽんぽんと振っておいて、<br />
あれよあれよ、といっているうちに、物語世界に引き込んでしまうのは、手練れの技としかいいようがない。</p>]]>
        <![CDATA[<p>簡単に、前振りの話を紹介すると</p>

<p>「おまんま」は、政五郎親分のところにやっかいなっている”おでこ”が自分の落ち着きどころというか存在する価値を再発見する話であり、<br />
「嫌いの虫」は「ぼんくら」で鉄瓶長屋の差配を勤めていた佐吉が幼なじみのお恵と所帯をもってからの夫婦のすきま風とその修復の話であり、<br />
「子取り鬼」は、佐吉の実母である葵の身の回りをすることになるお六が、葵の助けでストーカーから逃れる話。そして、<br />
「なけなし三昧」は。煮売屋のお道の長屋に、上品で値の安いお菜を売るライバルの出現の、そのライバルが安値でお菜を商う本当の訳、といったもので、こうした短編の積み重ねの後に、本編である「日暮らし」がどんと持ってこられる。</p>

<p><br />
で、「日暮らし」では、なんと佐吉の実の母である葵が殺される。そして、現場には佐吉が腰を抜かしていた。葵は佐吉に殺されたのか・・・、佐吉の疑いを晴らすため、同心の井筒平四郎と弓之助が大働きし、お道は、煮売屋のライバルで、行方をくらましたおえんの奉公人を助けているうちに、煮売屋の商いを大きくすることになり、といった感じで進んでいく。<br />
犯人というか、謎解きは、ありゃ、こっちの方へ言ったか、といった感じで拍子抜けする感はあるのだが、うまい伏線のせいか、最後まで、うかうかと読まされてしまうあたり、筆者の腕の冴えは衰えてはいない。</p>

<p><br />
と、まあ、推理ものとして読むのもいいが、この筆者の物語を読む楽しさには、その語り口を楽しむといったもう一つの楽しみがある。</p>

<p>例えば「なけなし三昧」でだしのほう</p>

<p><font color =  "Blue"><br />
　だから平四郎は、お徳が気負い込んだ様子で彼を呼び、おいおい何だよと店をのぞいてみて、小あがりの座敷にずらりと並べられたお菜を見たときには、すわこそと喜んだのだ。ようようお徳もやる気を出したかと、箸を持つ手も浮き浮きと、皿から小鉢へと飛び移り、あれも旨いこれも旨いと大声で誉めた<br />
</font></p>

<p>といったあたりを読むと、これから、どんな展開があるのかわくわくするし、</p>

<p>「おまんま」の最後のほう、ふっきれたおでこが、ふさぎこんだ訳を平四郎にうちあける場面の</p>

<p><font color =  "Blue"><br />
　あい　ー　と、おでこは声を出さずに口の動きだけで返事をした。<br />
　おっかさんが恋しいわけでも、片恋でもなかった。もっともっと　ー　むしろ「大人らしい」ことで悩んでいたわけだ。<br />
　おまんまのいただき方は、人それぞれに違う。違うやり方しかできない。自分にできるやり方をするしかないし、それしかやりたくないのが人のわがままだ。それでも平四郎はふと考えた。白秀も、似顔絵扇子を書きながら、自分はここでこんなことをしていて良いのかと、自問したことはなかったのかなと。<br />
</font></p>

<p>といったくだりを読むと、おでこ頑張れと言いながら、ふと我が身を振り返って、うむ、と言わされたりするのである。</p>

<p>なにはともあれ、作者の腕が冴えわたる上出来の物語であります。読んでおいて損はありません。</p>

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    <title>宮部みゆき　「ぼんくら」（講談社文庫）</title>
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    <published>2009-07-17T12:41:51Z</published>
    <updated>2009-10-10T12:07:08Z</updated>

    <summary> 宮部みゆきさんの得意技である、江戸の長屋ものである。 舞台は、深川北町にある鉄...</summary>
    <author>
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</div>
宮部みゆきさんの得意技である、江戸の長屋ものである。
舞台は、深川北町にある鉄瓶長屋。鉄瓶長屋ってのは、長屋の初めての井戸さらいで赤く錆びた鉄瓶がふたつもでてきたことによるとなっているが、ここで、太助という長屋の住民が殺されるところから、物語は始まる。

<p>構成は</p>

<p>殺し屋<br />
博打うち<br />
通い番頭<br />
ひさぐ女<br />
拝む男<br />
長い影<br />
幽霊</p>

<p>となっていて、「殺し屋」から「拝む男」は、本編である「長い影」に至るための、重要なエピソード集であり、「幽霊」は「長い影」の後日談となっている。</p>

<p>筋立ては、最初の太助殺しから始まって、「博打うち」の博打狂いの父親の借金の方に岡場所に売られそうになある娘が、父親の一言でどうしたか、といった、それぞれに、ほぅっと唸らされながら、途中、鉄瓶長屋の差配を務めていた九兵衛が失踪し、その跡に長屋の所有者である湊屋の姪の息子の佐吉が新しい差配となるが、店子は、櫛の歯を欠くように減っていくのだが、どういうわけか湊屋は、それを望んでいる気配もあり、、そこに、湊屋と若い頃、同じお店で働いていて、そこでの諍いで湊屋を深く恨んでいる岡っ引の仁助が絡んできて・・・てな調子で、いつのまにか、宮部ワールドにどっぷりとに浸ってしまっている自分を発見するという、いつものパターンだ。</p>]]>
        <![CDATA[<p>で、また、狂言回しを務める主要な配役がまた良い。なによりも暇をうっちゃることに長けている同心の井筒平四郎や、煮売屋のお道、そしてなんといっても、平四郎の甥の弓之助だ。この何でも測量したがる、頭の回転のいい、人形のような美少年が、こまっしゃくれた調子で推理を巡らすのが、これまた良いんだよねー。</p>

<p><br />
で、まあ、少しばかりネタばれすると、大店の妙な痴情沙汰の果ての後始末ってなところなのだが、はじめにふってあるネタが、最後の方になると、バタンバタンとどんでん返しが連続しておきてくる。、嗚呼、やっぱり宮部の姉（あね）さんに、うまうまと騙されちまったよ、と唸ってしまうこと請け合いの話である。</p>

<p>ところで、読むほどに、この煮売屋のお道の店で売っている、蒟蒻か里芋、ちょっと頬張ってみたくなるのは私だけだろうか？</p>

<p><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&bc1=FFFFFF&IS2=1&bg1=FFFFFF&fc1=000000&lc1=0000FF&t=takafamcom-22&o=9&p=8&l=as1&m=amazon&f=ifr&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&asins=4062747529" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe></p>]]>
    </content>
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    <title>勝間和代　「読書進化論」（小学館新書）</title>
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    <id>tag:takafam.com,2009:/weblog//5.1379</id>

    <published>2009-07-10T12:56:46Z</published>
    <updated>2009-10-10T12:07:08Z</updated>

    <summary> カツマーと呼ばれる熱狂的ファンのいる勝間和代さんの、いわゆる「読書」についての...</summary>
    <author>
        <name></name>
        
    </author>
    
        <category term="ビジネス本" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://takafam.com/weblog/">
        <![CDATA[<div style = "float:left">
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</div>
カツマーと呼ばれる熱狂的ファンのいる勝間和代さんの、いわゆる「読書」についての本.

<p>構成は</p>

<p>序章　成功や自由は、読書で手に入れる<br />
第1章　人を進化させる読書がある<br />
第2章　進化している「読む」技術<br />
第3章　「書く」人も進化する<br />
第4章　「売る」仕組みを進化させる<br />
終章　これから「読みたい」「書きたい」「売りたい」と思っているみなさんへ</p>

<p>となっていて、前半がフォトリーデングなども含めた、いかに、より多く、より速く、そしてエッセンスをいかに掴んで「読むか」が取り上げられていて、後半は、いかに書くか、いかに本を売るためのマーケティングするかが書かれている。</p>

<p>で、よくある「読書論」あるいは「読書の有益さを説く本」だと思って読むと、途中からどんでん返しを食う。いや、悪い意味ではなくて、えっ、こんなことまで披瀝しちゃうの、という感じのどんでん返しである。<br />
というのも、読む技術から、書く技術、果ては売る技術まで、あれやこれやとてんこ盛りになっているのである。</p>]]>
        <![CDATA[<p>例えば</p>

<p><font clolor = "Blue"><br />
本は、自分を表現し、流通させるメディアとして、ウェブよりもはるかにフォーマットが安定している<br />
</font></p>

<p>といったくだりから、あれれ、これはありきたりの本の礼賛か～と思っていると</p>

<p><font clolor = "Blue"><br />
よくない本の読み方の典型例の一つは、自分にとって良書ではない本をうっかり買ってしまい、さらにせっかく買ったからと、2週間くらうかけて無理矢理、全部読むこと<br />
</font></p>

<p>や</p>

<p><font clolor = "Blue"><br />
本は最初から最後まで全部は読まなくて良い。さっと確認して興味のあるところだけ拾い読みしていい<br />
</font></p>

<p>や</p>

<p><font clolor = "Blue"><br />
基本的に本というのは、学術書以外は、ある意味、著者の「与太話」、もう少しいいことばで言うと、著者たちの経験談だと思っています。</p>

<p>読書だけでなく、テレビやウェブも、情報のスキャニングを速くできる方法を知っていれば、どんどん活用すればいい</p>

<p>本が少なかった、あるいはとても貴重品だった昔ながらの、丸ごと頭からおしりまで何度も読むような読書術は、時代感覚に合わないのです。読書も、いまやウェブと同じ感覚で、リラックスしながら、必要なところだけを抽出して読んでいい<br />
</font></p>

<p>といったことが飛び出してきて、うれしい不意打ちをくらわしてくれるのである。</p>

<p>ただ、まあ全面的に本書の言うことに賛成かといえば、管理人の個人的な事情もあるのだが、</p>

<p>アマゾンなどのネットショップが一般化する中、管理人のように辺境（地方）在住の場合、書籍を買うにしても、書店はいわゆる売れ筋本しか置いてないことが多くて、正直なところ、リアルの書店は、現物をザッピングする意味合いが強くなっていたり、</p>

<p>さらには、信憑性や正確性の面では、書籍に劣るとしても、その情報の豊富さや、ちょっとマイナーな情報となるとネットの方が詳しい分野もある（特にLinux系の情報なんてのは、辺境の書店にはないぞ）、</p>

<p>といったことを感じていて、東京などの大都会在住なら別として辺境在住であればあるほど、本書のいうように「書籍の優位性」といったあたりには、若干の疑問を抱かざるをえない。<br />
ただ、それにしても、アマゾンのKindleを取り上げたり、ここまでネットとリアルの「本」の関係をきちんと書いている読書論はないだろうと思う。（たいがい、ネット批判で終わっているものね）</p>

<p><br />
このほか</p>

<p><font clolor = "red"><br />
（本を出版するときの）好循環を生む基本的な仕組みは「まじめに作って。まじめに売る」<br />
</font></p>

<p>とか</p>

<p><font clolor = "red"><br />
わかりやすく書く基本的な共通技術<br />
①「自分の事例」「アンソロジー形式」を利用して親しみを持たせる<br />
②「役に立つフレーズ」を必ず入れ、読書だけに体験を閉じない<br />
③「共通体験」や「流通している言葉」を使って行動を促す<br />
④「コンテンツ力」と「編集力」で進化していく<br />
</font></p>

<p>といった有益なアドバイスも満載なので、本好きの人や、本もネットも両方好きな人は、一読してもよいと思う一冊である。</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>堀内都喜子　「フィンランド　豊かさのメソッド」（集英社新書）</title>
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    <id>tag:takafam.com,2009:/weblog//5.1378</id>

    <published>2009-07-09T14:55:20Z</published>
    <updated>2010-01-16T09:29:53Z</updated>

    <summary> ＯＥＣＤの学力調査で、毎年良い成績をあげたり、世界経済フォーラムの国際競争力ラ...</summary>
    <author>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://takafam.com/weblog/">
        <![CDATA[<div style = "float:left">
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</div>
ＯＥＣＤの学力調査で、毎年良い成績をあげたり、世界経済フォーラムの国際競争力ランキングで、何度も一位になるなど、ちょっと閉塞していた日本と引き比べて、羨望といりまじたた注目を浴びている（いた？）フィンランドの体験記。

<p>著者は、現地のユヴァスキュラ大学院大学に留学して、そこの修士号を取得しているほか、フィンランド系企業でも勤務している経歴の持ち主である。</p>

<p>章立ては</p>

<p>第1章　不思議でとても豊かな国～失業率二〇パーセントから国際競争力一位へ<br />
第2章　学力一位のフィンランド方式～できない子は作らない<br />
第3章　税金で支えられた手厚い社会～独立心が旺盛でたくましい女性<br />
第4章　日本と似ている？フィンランド文化～異文化コミュニケーション</p>

<p>となっていて、教育から社会福祉などなどフィンランドの特徴のエッセンスみたいな構成。</p>

<p>管理人のごく狭い見識だとフィンランドで思い浮かぶのは「ノキア」と「親日家が多い」や「サウナ」といったようなことしかなくて、正直のところ、印象は薄い。</p>

<p><br />
失業率は2006年の統計では7.7％となっているので、本書で掲げられている数字よりは低いが、日本に比べて高い（日本は今のどん底状態でも完全失業率は5.5％だ）し、新卒の採用といった形式はない、同じ業務でいる限りはベースアップはない、社会保障は手厚いが税金はとても高い、など日本とは環境的に異なっている国であることは間違いない。</p>]]>
        <![CDATA[<p>で、最近「フィンランドでは」とか「フィンランドに見習って」といった話をよく聞くのだが、こうした国勢や国柄の違いといったものを、きちんと底に置いた上で議論すべきだろうな、と思う。</p>

<p>例えば、フィンランドの教員の質のレベルの高さが賞賛されるが、現在の日本の教員のレベルの責任は国家だけでなく、保護者と教員自身も負うべきであるし、育児面での支援の厚さは、いわゆる婚外子の養育の問題と、離婚の問題、そして支援を維持する税金負担の問題を同時に議論すべきだと思う。</p>

<p><br />
と、フィンランド全てよしみたいな風潮に、ささやかな竿をさしてみたわけだが、社会に出ても大学の課程に学んでスキルアップに勉める勤勉性とか、自宅もＤＩＹやリフォームが大好きとか、見習うべき、あるいは楽しそうなこともたくさんあるので、そのあたりはモノによってこちら側で選択すればよいことなのではあるが・・・。</p>

<p><br />
まあ、こうした海外留学モノとか外国紹介モノは、ともすれば、そこの国にべったりしてしまって、その国の価値観が世の中で一番優れているみたいなノリになってしまうものが多いのだが、幸いなことに本書は、そうした弊に陥っていないので、あまりアレルギーなしに読むことが出来る一冊ではある。「フィンランド」が気になったら手にとっても良い本である。</p>]]>
    </content>
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