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「会議」というシステムの有効性を今一度考えてみる。

DIAMOND ONLINEで「最高品質の会議術」を書いた前田鎌利氏の連載がされていて、その中で
 
「質の低い会議」=「ムダな会議」を放置しているチーム・企業がその活力を失う一方、安直な「会議不要論」に乗せられて「必要な会議」までも中止するチーム・企業も必ず混乱を招く
 
といった言及がされている。そういえば、うちの組織でも「会議」ってのは開かれるんだが、トップの意向を示す「御前会議」や、何かを決めるというより情報共有が主であったりと、相変わらず有効な「会議」というのが少ないな、と感じた次第。
 
ただ、ではこれをメールによる周知とか、メール協議により意思決定で置き換えたほうがいいかというと
 
 
 
どれだけ便利になっても、最後は相手の顔を見て話すことに意味があります。オンラインチャットに下記音でいる最中でも、「じゃあ、直接話そうか」と言って、ハングアウトを立ち上げて、いきなり会話を始めます。表情が見えると、お互いに考えていることがダイレクトに伝わるので、文字だけや音声だけのやり取りよりもあるかに効果が高いと実感しています。
実際に会えば、先送りすることもなく、その場で問題が解決していきます
 
 
実はマイクロソフトやデロイトコンサルティングといったグローバル企業では、あまりメールを多用しません。チャットや電話、打ち合わせで、スピーディーに必要な取り決めをします
 
であったりと、面と向かって話をする、音声でやりとりをすることの重要性を説くビジネス書は結構あって、広い意味での「会議」の有効性というのは、再評価してみるべきなんだろう。
 
とかく。「会議というものは旧来の「会議の参加者が一堂に会する」ということが前時代的、形式的な印象を与えるから、必要性に疑問をもたれることの多いのだが、リアルにこだわらず、一堂に顔を合わせ、音声で話をすることの有効性をもう一度考えてもいいかもしれんですね。
 

「瞳ちゃん、頑張れ」と言いたくなるWebマーケッティングのビジネスマンガ — 「マンガ版 Webマーケッター瞳 シーズン1〜4」(インプレス)

「三立 瞳」という元気な女性を主人公にした、ジャンルはWebマーケットの成り上がり系ビジネスマンガ。

シーズン1は「瞳」が「ネットデイズ」というコンサルタントのコンサルとして、無理解なクライアントとバトルを繰り広げながら理解を得、Webマーケッターとしての知識や、ノウハウを学んで、ほぼほぼ一人前になるところまで。

シーズン2、講演会でのクライアント寄りの姿勢を評価されて、大手生活消費財メーカー「桜花」へのヘッドハンティング。そこで、足で稼ぐ外回りしか信用しない営業部の「おじさん」たちやリアル店舗を味方につけながら、Webマーケティングの手法で人気商品の売り上げでトップ企業も抜いて大功績をあげるまで。

シーズン3は、この功績を評価したのか妬まれたのか、誰がやってもうまくいかない「お荷物部署」の「サプリ事業部」を任され、会社の部員のリストラ要求を跳ね返して花形部署に持ち上げるまで

シーズン4は、桜花を退職し、独立してWebマーケティングのコンサルタントを立ち上げた「瞳」が、地方のコンビニチェーンのWeb担当となった初心者社員をサポートして、Webを使って、コンビニチェーンの売り上げを伸ばし、人気コンビニチェーンへ押し上げる

といったのがそれぞれの大まかな筋立てで、

シーズン2の「FAQのPVが増えていることは、お客が望んでいる情報にたどり着けていない可能性が高い」や「プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(PPM)」

とか

シーズン4の「Web担当者はまず会社やフランチャイズのみんなに認めてもらうことを目指す」や「ユーザー中心設計(UCD)」、「O2O」

といったこのジャンルの専門ワードもあちこちにはでてくるのだが、専門書とは違い、そう多くの解説はない。むしろ、「瞳」の元気溢れる活躍をワハワハと読みながら、Webマーケティングってのは、こんなやり方するんだ、と入り口部分の初歩のところをおさえておくといった感じがよいと思う。Kindle Unlimitedでの提供もされているので、会員の人はそっちでもどうぞ。

Kindle インプレスグループ売れ筋タイトル50%オフのセール中なので、気になる本をピックアップ

Kindleでインプレスグループ売れ筋タイトル50%オフのセールが4月26日まで実施中。インプレスといえば、いわゆるDOS/V POWER REPORTなどのPC本や、「いちばんやさしい教本シリーズ」などの実用本がオススメなので、買い洩れや、気になるジャンルがあればこの機会に買って、積読しておいても損はない。

 

仕事術系では、「すべての仕事を紙一枚にまとめてしまう仕事術」、「図で考えるとすべてまとまる」、「鬼速PDCA」、「社長のまわりの仕事術 しごとのわ」、「どんな会社でも結果を出せる!最強の「仕事の型」」」「21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由」といったところがリリース。インプレスのビジネス本は、日経やダイヤモンド社とは風味が違って、「テクニカル」な色合いが強いように思う。やる気を鼓舞するのではなく、冷静に仕事の技術を磨きたい時は、こっちのビジネスホンを漁ってみたほうがよいかも。

 

さらには、もともとIT系の色が強いところなので、働き方についても組織に属さずにやっていく方を進める傾向が強い。今回のセールでは「就職しない生き方」や「起業家のように企業で働く」、「ブログ飯」などがリリース。

 

また、ちょっとここまでのイメージと違うのが、山と渓谷社のものや「町中華とはなんだ」といったB級グルメ本もリリースされている。DOSVなどコア目のPC本と自然系が混在しているところが、インプレス・グループの出版物を象徴していますな。

Kindle 旅本50%セールが展開中なので、ガイド本以外の「旅本」を紹介

Kindleで「旅本」の対象本が50%オフになるセールを5月3日まで展開中なので、気になる本をピックアップ。

「旅本」であるので、セールの中心は「まっぷる」、「ことりっぷ」、「ぴあ」「ラーメンWailker」といったガイド本が中心であるのだが、当方では、旅の記録、あるいは放浪記、バックパッカーの旅の記録といった類の「旅本」をピックアップしたい。

まずは、バックパッカー本の元祖でもある”下川裕治”の「不思議列車がアジアを走る」。最近はLCCに押されている鉄道旅ではあるが、やはり貧乏旅行記の定番は、時間に不正確で、物売りの出現する「列車」でありますな。このほかに、バックパッカー旅行記の定番作者、”蔵前仁一”は、「わけいっても、わけいってもインド」がエントリー。

さらには、登場人物がとっても個性的な旅行記で印象深い”ゲッツ板谷”の「ベトナム怪人紀行」「タイ怪人紀行」「インド怪人紀行」もリリース。年代的には少し以前の作なのだが、トレンドに関係ない旅行記のほうが生き残る確率は高いのだな、と納得する。

そして、旅行記の定番作家といえば、椎名誠を忘れてはいけない。今回のセールでは「あやしい探検隊 済州島乱入」「あやしい探検隊 北海道乱入」がリリース。あやしい探検隊シリーズの中で、大定番のものではないが、椎名誠の探検隊シリーズは、どれもあたりはずれがないので、今まで読んだことのない人は、こういうセール本から始めるのも良いですね。

さて、ゴールデンウィーク間近ということで、旅行熱を煽ろうということでの「旅本」セールなのだろうが、あえてリアル旅から目をそむけて、旅行記などの「バーチャル旅」もよろしいかと思いますね。

地域イベントへは「例大祭」システムの導入が持続性のためのは有効なのでは

仕事柄、公共団体のイベント事業にも関わっているのだが、思うのは。自治体のイベント事業はどうしても単年度集中になりがちで、しかも、2〜3年でサンセットという名目で、後は地元なりでやってね、ということが多いのだが、その年限でその後を受け継ぐ体制ができればいいが、できないことがほとんどであるよなー、ということ。
どうかすると、予算の切れ目が地域振興や地元発のイベントの切れ目になることが多い。
 
もちろん、どちらにも悪いところは少なくて、行政側がいつまでも支援し続けるというのは公的負担の公平性の観点で「?」がつくし、冗長化する予算の象徴でもある。とはいいながら、地元の方から言うと、1〜2年でそうそう地域を担うイベント事業が、自己資金で育つはずかないだろ、っていうのも本音のところ。
 
で、どうするの、というところなのだが、「祭り」とかの例大祭的な仕組みを考えてはどうなのかな、と思う次第。
つまりは、本祭を行う以外の年は、それぞれの地元の自主活動に任せ、2〜3年に一度の例大祭的な時に、中身を見て、どんと支援するといった仕組みである。こうすれば、一定の経費を、地域ごとに回せて、全体経費自体も一定額に抑えることもできるんではないか、と思う次第。
 
一時力で地域が盛り上がって、その後、沈滞するケースを目にするにつけ、例大祭のシステムで、何年かおきに盛り上がるシステムってのは、地域振興を考える上で参考にしていいような気がするんですが、どうでありましょうか。
 

「水戸黄門」の公家版のような信平公の活躍であります — 佐々木裕一「公家武者 松平信平 13 赤坂の達磨」(二見時代小説文庫)

京の騒乱鎮圧後、世の中をひっくり返しそうな騒乱の種もまだ見えないせいか、信平公の活躍も、今のところは一藩かぎりのものとか少々小ぶりな事件の解決が主となっている。そのせいか、「水戸黄門」臭は強くなっているのだが、その評判も事件の解決に寄与しているのも黄門風。
 
収録は
 
第一話 赤坂の達磨
第二話 脅し
第三話 馬泥棒と姫
第四話 雨宿り
 
となっていて、まず第一話は新しく家臣となった「千下頼母」の学問の師匠「月山典壇」こと「達磨先生」の危難を救う話。備中成井藩の元江戸家老を勤め隠居中の身の上なのだが、その人徳を慕い、私塾は満員という設定。事件は、その成井藩の江戸家老の汚職に関わるものなのだが、時代小説にあっては、江戸家老と廻船問屋は悪役の定番ですな。
 
第二話は、将軍家綱に惜しまれつつ逝去した、知恵伊豆こと松平定綱の後継と目される、老中候補と出入りの両替屋の事件。しかも贋金とあっては、本当なら幕府を揺るがす事件であるはずなのだが、いつの世も権力者が首謀者の事件は、密かに進行していくものらしい。、平成、最後の都市の、とある土地買収事件と同じ構図であるかも。まあ時代小説の良いとことは、悪いことをすると必ず報いがあることであるね。
 
第三話は、信平公が京への旅で家臣となった、馬番の鈴蔵に関係する話。彼の知り合いの、名馬がいると、夜中に忍び込んで、その馬を乗り回し、朝には返しておくという、風流な「馬泥棒」の話。彼が、大名屋敷に忍び込んだ時に、そこの姫サマに一目惚れし、といった具合で、お家騒動と恋物語が錯綜する。まあ、この馬泥棒の素性が実は・・、といったところはお決まりの時代劇風なのだが、この筋立てに安心してしまうのが、昔ながらの日本人の性であるかも。
 
第四話は、男を引っ張り込んだり、浮気を重ねる女を見つけると、ぼろぼろになるまで殴りつけるという、変わり種の辻斬り(辻暴行というべきか)事件。事件の影に、浮気を重ねる母親の影響があるのは、現代風なのだが、犯人の若殿の事件抑止のために監禁された娘が意外にやんちゃであったのが、この事件の後味を良くしている。
 
さて、この巻も、いわば気楽に読める「水戸黄門」公家版の松平信平公の活躍譚。家臣も出揃ってきたところで、円熟味がましてますね。
 

公家にはなつかぬ坂東武者の末裔を、どう心服させるか — 佐々木裕一「公家武者 松平信平 12 領地の乱」(二見時代小説文庫)

都の騒乱を鎮め、江戸に帰還し、領地の加増を受けた信平が、その領地を受け取るまでに起きる江戸の事件の解決と、賜った領地での大騒動がこの巻。
 
構成は
 
第一話 あくび大名
第二話 晴天の鳥
第三話 堅物と坂東武者
第四話 領地の乱
 
となっていて、第一話、第二話が、江戸での話。
 
第一話は、八千五百石の大身旗本と市中の娘との恋話。時代小説的にはよくある設定なのだが、恋の邪魔立てをするのが、娘の父親というところが斬新か。
 
第二話は、地方の外様藩の藩士が、参勤交代で帰郷中に、その妻の不義密通する。その相手が旗本の次男坊なのだが、どうもその妻女をだまくらかして、というわけではないので、ちょっと歯切れが悪くなる。最後は、夫婦が情愛をとりもどしました、というめでたしめでたしなのだが、当方としては、夫の態度にどうも釈然としない。
 
第三話、第四話は、信平が新しい家臣を得て、新領地の検分にでかけるが、新領地の領民が、祖先が坂東武者であることと将軍直下の天領であったことに高いプライドを持っていて、なかなか信平に靡こうとしない。
そうこうするうちに、関八州を荒らしまくる、大盗賊団がその領地を狙い、実効支配を始めるが・・・、というのがおおまかな筋。結末は、まあご想像のとおりなのだが、結構ハラハラ、ワクワクさせる出来具合である。
 
さて、さすがに新領民に白い目で見られている中での大盗賊団との闘争は結構歯ごたえがあるのだが、だんだんに、信平の「水戸黄門」ばりの悪人退治も板についてきた。これから「漫遊記」的に、悪人をぷつぷつ潰していく展開になるか、あるいは巨悪がでてくるか、ちょっと気になるところでありますね。
 

いわゆる「ギョーカイ」のタコツボ化を壊せるか — 山口啓一「10人に小さな発見を与えれば1000万人が動き出す」(ローソンHMWエンタテイメント)

筆者は音楽プロデュースを中心に、様々な分野のエンターテインメント分野のプロデュースにも関わっているのだが、音楽を含め、いわゆる「ギョーカイ」化して、蛸壺的な様相を示している分野について、乱暴なところもあるが、その蛸壺を壊す処方箋を提案してみるのが本書。
 
構成は
 
PROLOGUE 時代を換える3つのポイントを知ろう
CHAPTER1 音楽は「ストリーミング」で聴く時代
CHAPTER2 変わるテレビ、変わらないテレビ
CHAPTER3 「コネクテッドカー」から「ロボットカー」へ
CHAPTER4 電子書籍は出版業界を再定義するか
CHAPTER5 ニュースと新聞の行方
CHAPTER6 ウェアラブルデバイスとIoTの衝撃
CHAPTER7 非オタクのためのUGM入門
SUPPLEMENT コンテンツの価値を多様にとらえよう
EPILOGUE 時代を予見する力を持とう
 
となっていて、とりあげられる「ギョーカイ」は、音楽、テレビ、車、出版、報道、と「花形」としてとりあげられることの多かった世界である。
 
本書では、今風の手法として
 
「グロースハック」とは、仮設を立て、結果を計測、検証し、その結果をプロダクトやサービスにフィードバックするという作業を、短期間で頻繁に繰り返すという方法のことです。
ユーザーがすべてを決める時代ですし、そのユーザーの意思が、可視化されている時代なので、事業者側が一方的に長期にわたる精密なプランを立てても、ほとんどその通りにはなりません。サービスの基本形ができたら、まずはユーザーに提示してみて、反応をみながらサービスの変更、調整を繰り返していく、このグロースハッカー的なやり方が、もっとも効果的といわれています。(P26)
 
が採用されているようで、それは、「車ギョーカイ」では
 
コネクテッドカー(自動車がインターネットに常時接続する)に進化することによって、従来のカーナビ+カーステレオという社内サービスがより高度化します。(P110)
 
コネクテッド・カーは、すぐその先のロボットカーによって再定義されるのです(P117)
 
ロボットカーが一般化すると、自動車の中は、エンターテインメント・シアターになるでしょう。(P120)
 
であったり、「出版ギョーカイ」では
 
これまでは”仕方なく”書物であった本は、デジタル化するときに、紙の書物を単純に電子化した「電子書籍」という携帯である必要はありません(P140)
 
電子書籍の議論をする際に、忘れてはいけないのは、出版業は、その国の母国語を基本にしたビジネスだということです(P145)
 
といった感じで、少し変わった切り口が提案されてくるのが斬新である。
 
で、当方的にこうした提案を面白がりつつも、「おっ」と唸らされたのは
 
音楽プロデューサーも、映画プロデューサーも、エンターテインメント作品をプロデュースするときは、みんなヒットして高い収益を上げること、誰かの人生に大きな影響を及ぼすような作品にすること、歴史に残る名作になることなど、レイヤーもベクトルも違った目標をあわせ持つものです。この矛盾しがちな異なる欲望を同居させられる器の大きさが、プロデューサーには必要だと僕は思っています。
文化やアートは、市場経済より何十倍の長い歴史を持っています。コンテンツを四半期の収益性だけで判断する人は、コンテンツの神様に愛されることはないよ、と強くいっておきたいです(P231)
 
というところで、この辺で、筆者のコンテンツを創っていくクリエイターの「心意気」を感じてしまいましたな。
才気溢れる音楽プロデューサーの斬新な提案を愉しみつつ、「コンテンツ」を創造する人の凛とした精神性を感じさせる本でしたな。
 

「アート」を「贅沢品」と考えているうちに、日本の文化的優位性は下がっているのかも — か宮津大輔「現代アート経済学」(光文社新書)

「アート」「芸術」といえば、なにかしらハイソサエティで、高尚で、どちらかといえば「贅沢品」という印象が強い。そのため、財政が厳しくなると、真っ先に切り込まれるものの代表格であるのだが、そうした「アート観」を揺さぶってくるのが本書。
 
構成は
 
第1章 アートの経済力と政治性
第2章 アートが地域の鍵を握る
第3章 アートフェアの時代
第4章 過熱するアジアのオークション
第5章 時代を動かすキー・プレイヤー
終章 経済は文化の僕ー日本文化の過去・現在・未来
 
となっていて、本書によれば、ヴェネチア芸術祭は
 
統一から5年後、ヴェネッィアはイタリア王国にようやく編入されたものの、共和国としての独立的地位を失っただけでなく、イタリア統一に出遅れたことで、そのプレゼンスは著しく低下していました。
長引く低迷を脱するため、ヴェネッィア市は1895年に第2代イタリア国王ウンベルトー世(1844〜1900年)の銀婚式を記念し、国王夫妻臨席のもと、「第1回ヴェネッィア市国際芸術祭」を開催します。
会期中に躯万人以上もの観客が集まるという大成功を収めたため、これ以降、同市は隔年の芸術祭開催を決定、万国博覧会をモデルとして事業の拡大を図っていくことになります。
 
であったり、韓国は
 
初の大型国際展を開催するにあたって「都市おこし」型の「ヴェネッィア・ビエンナーレ」ではなく、政治的なメッセージを世界に向けて発信する「ドクメンタ」を、その範にしたといえます。
 
であるそうだから、芸術祭というのも、実はとても地域振興的な、あるいは国威をあげるといった、少々「生ぐさ」なものを包含しているものであるらしい。
 
しかし、日本の場合は
 
ところが日本は、政権交代(特に民主党による事業仕分け)や東日本大震災の多大な影響から、継続的なノウハウ蓄積や、長期的な視野に立った戦略の立案・実行が遅々として進んでいません。

といったことが実情であるらしく、その辺は認識不足というよりも、日本人の「アート」「芸術」に関する「聖域観」が影響しているように、当方的には思う次第。このあたり、国王や大富豪の行った自分の勢威を見せるデモンストレーションの側面を否定しない欧米的な考え方に比べて、日本人の好む「求道」と芸術が結びついてしまったことの負の影響を感じざるをえない。すくなくとも、「芸樹」を地域振興のテーマとするなら、このあたりは邪魔になるよね、と思う次第。
 
ただ、各国の芸術祭が過熱し
 
「都市おこし」のための国際展も、狭い国土の中で増え続ければ、自ずと淘汰が進み、明確な独自性、差異化を打ち出せなければ、アジア諸国に大きく水をあけられるといった事態を免れません。
 
といった事情がありつつ、
 
税収の低下にともなって、公立美術館の維持・運営や、新しい所蔵作品の購入が年々困難になっていく中で、・・・このままでは、古美術から現代アートまで、国内にある名品・優品は海外へ流出する一方であり、新しいアートの価値創りを行う人材も枯渇してしまうでしょう。私たちの楽天的な誤解とは異なり、残念ながら電化製品やデジタル端末機器同様、日本の文化的プレゼンスは、今やアジアの中で著しく低下し続けています。
 
といった苦い現実は噛み締めなければなるまい。クール・ジャパン、日本の伝統・職人の技は素晴らしい、と自画自賛しているうちに、足下の亀裂はどんどん大きくなってしまっているような気がしますね。果たして、日本文化は、その価値を保てるんであろうか?「工場の論理」に我々はあまりにも傾注しすぎているのかもしれない。
上っ面の生産性向上やら地方創生やらでがちゃがちゃしているうちに、根幹の優位性が落とし穴にはまり込んでしまっているかもしれませんね。
 

三件の殺人事件の共通鍵は「桐生紬」なのだが・・ — 和田はつ子「料理人季蔵捕物控 18 冬うどん」(時代小説文庫)

今巻の季節は冬。師走近くの、小雪のちらつく頃である。この季節、今でも外回りが続くと、昼時には何か温かいもの、しかも汁気のあるものが欲しくなるものだが、江戸の頃も気分は同じ。そうした商人たちに温かい昼飯を提供しようと、季蔵が思いつくあたりから始まるのが本書。
 
収録は
 
第一話 冬うどん
第二話 風薬尽くし
第三話 南蛮かぼちゃ
第四話 初春めし
 
となっているのだが、厳密な単話構成ではなく、三件の殺人事件を軸にしながら展開していく構成。
 
発端で起きる事件は、甲州商人・谷山屋の失踪事件。この甲州商人の妻・田鶴代が、北町奉行・烏谷が若い頃、想いを寄せていた女性らしく、これが本巻をリードしつつも、混乱のもととなる。この甲州商人、煮鮑や葡萄菓子を扱う商人なのであるが、この商人が旧来の取引先へ卸す量を二割減らしたいと伝え、ここに季蔵の旧友で、元噺家の廻船問屋・長崎屋が絡んできて、塩梅屋も他人事では済まなくなるという展開。
 
第二話以降、事件が二重三重に重なってきて、行方不明だったが谷山屋が、長崎屋の蔵で死体で見つかったり、呉服屋・京屋の若旦那が撲殺されたり、京屋の商売敵の丸高屋の娘が転落死する。いずれも、現場に桐生紬が残されていて、これが犯人につながるものと推測されるのだが、ここで、奉行の烏谷が、桐生紬の探索を中止させたり、谷山屋の妻・田鶴代が紬に絡んでいるような思わせぶりな発言をしたり、といった風で、なかなか的を絞らせないのが作者の腕の冴えであろう。
 
事件の謎解きは、何事もバインディングして考えてしまう盲点をついたところが肝で、江戸版ロミオ&ジュリエットが伏線となっているね、というところで詳細は本書を読んでいただきたい。
 
さて、このシリーズの魅力である料理のほう。今回は、うどんの他に葱尽くし、タルタ(タルト)、クウク(クッキー)かぼちゃ餡の薄皮饅頭といった料理・菓子が登場して、久々に色とりどりなのであるが、中でも惹かれるのは、第一話の「うどん」。江戸が舞台の話に「うどんか?」と思う人が大半であろうが、稲庭うどんを使って
 
鶏だんご鍋に倣って、鶏の旨味にまけないように、大鍋の汁の出汁はたっぷりの鰹節でとる。
ここへまず、旬の青物である。食べやすい大きさに切った小松菜、ダイコンや人参のように短冊に切ったねぎなどを入れて煮る。
野菜が煮えたら、叩いて粗みじんになっている鶏腿肉に、潮と醤油で薄味をつけ、団子に丸めて大鍋に落としていく。
(中略)
ここで、隠し味に鰹風味の煎り酒を使うと味に深みが余しながら、くどくならない。
細ねぎを小口切りにして散らして仕上げる
 
という、昼食のうどんにしては丁寧なもの。作中に、材料は値引きで仕入れているから良いが、薪代を入れると利はでない、というのも頷ける。
総じて、肌寒い季節に、温かいものを思い浮かべながら読むのが楽しい一冊ですな。