カテゴリー別アーカイブ: コミック

イギリスの女性冒険家の古き「日本」の冒険記ー佐々大河「ふしぎの国のバード」

日本の時代的には、明治初期、ハワイ諸島、朝鮮、中国などのアジアの多くの国を旅して、その当時の住民やその地の風土の記録を残してくれたのが、アメリカの女性探検家の「イザベラ・バード」。そんな彼女の冒険譚をマンガにしたのが、本書『佐々大河「ふしぎの国のバード」(KADOKAWA)』
彼女は、日本の各地も旅をして、失われていく日本の風俗や、当時の日本の庶民の様子の記録を残してくれているのだが、そのうち、横浜への日本到着から、江戸、会津、新潟を経て、北海道(蝦夷)への旅行記をマンガ化したのが本シリーズ。

【構成は】

当方が読んだKindle版は4巻までが出刊されていて、収録は(第1巻)
第1話 横浜/第2話 江戸/第3話 粕壁/第4話 日光①/
第5話 日光②(第2巻)
第6話 日光③/第7話 二荒山温泉/第8話 会津道①/第9話 会津道②

(第3巻)
第10話 会津道③/第11話 津川/第12話 阿賀野川/第13話 マリーズとパークス/第14話 新潟

(第4巻)
第15話 伊藤の記憶/第16話 越後街道/第17話 山形①/第18話 山形②/第19話 ファニーの憂さ晴らし

となっている。

いまのところ、山形に到着したところであるので、まだまだ「蝦夷地」までは遠い道のりではある。

【注目ポイント】

主なキャストは、イザベラ・バード、

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イタリアと日本が混合された「人生指南」 ー ヤマザキ・マリ「とらわれない生き方」

「テルマエ・ロマエ」や「プリニウス」など古代ローマを舞台にしたマンガで、一躍売れっ子になったヤマザキ・マリさんの人生の悩み相談、人生指南書が本書『「とらわれない生き方 悩める日本女性のための人生指南書」(メディアファクトリー)』である。
筆者は、若い頃単身渡欧し、イタリアでマンガを書きながら、イタリア人の詩人と結婚→離婚、その後、イタリア人研究者と結婚、彼のとても「イタリア的」な家族と同居しながら、子育てをし、という、かなり「濃い」人生を送ってきている人なので、その「人生相談」も、とても面白く、副題に「悩める日本女性もための」とあるのだが、女性専用にしておくのはもったいない。

【構成は】

1章 自分の中の「マザー」を見つける
2章 愛するほどに「空い」は満ちてくる
3章 女こそ人生を「楽しむ」責任がある
4章 人生の処方箋と「タガ」の外し方
となっていて、主に、1章が「仕事」、2章が「恋愛と結婚」、3章が「子育て」、4章が「人生全般」についての人生相談である。

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裏から見れば、ローマ帝国の民族派弾圧物語ー「まんがで読破 ガリア戦記」

「まんがで読破」のシリーズは、現在のところ139冊刊行されていて、「こころ」「人間失格」といった小説や「日本書紀」「神曲」「平家物語」といった古典からアダム・スミスの「国富論」やケインズの「雇用・利子および貨幣の一般理論」までの幅広いジャンルのものを扱っているのだが、いわゆる批評家や評論家的な人の評判は「・・・・?」といったフンイキが強い。

当方の思うのは、このシリーズに収録されているものの大半は、おそらくは「文章」のみでは、ほとんど読まないものであるに間違いなく、原本への忠実性の点では「?」がつくところも多々あるのだが、原書へ向かう「ハードル」を下げる効果があるのは間違いない。

この『「まんがで読破 ガリア戦記」(イースト・プレス)』もそんな類で、当方は無鉄砲にも「岩波文庫」版の「ガリア戦記」に挑んだことがあるのだが、古代の部族の名前がどうにも頭に入らなくて頓挫した思い出がある。

【構成は】

カエサル
ガリア戦記
ゲルマニア遠征
ブリタンニア遠征
ウェルキンゲトリクス
内乱の陰

となっていて、原書は、ユリウス・カエサルのガリア総督時代のガリアやゲルマニアとの戦いを、元老院に報告したものをもとに編纂されたものであるので、当然、本書の著者や時代背景紹介のような部分や、続編の「内乱記」に描かれている 続きを読む

ローマの大災害の陰に、いろんな者たちが蠢くー ヤマザキ・マリ「プリニウス 7」

ローマ時代の博物学者プリニウスを主人公にした、ヤマザキ・マリによるローマものの第7巻が本訴『ヤマザキ・マリ「プリニウス 7」(新潮社)』。今巻は、第6巻の終わりのローマの大火が起きたあとを受けての、焼け果てたローマの「混沌」ぶりが主題。

目次は

ユピテル
シレノス
タツノオトシゴ
パンテオン
ピラミス
バステト
ピソ

となっているんだが、あいかわらず、読んだ後に目次の意味がわかるといった構造なので、紹介しても何の参考にもならんな、と反省。

【あらすじ】

展開的には、大火後のローマでの皇帝ネロほか宮廷内の動きと、北アフリカに留まっているプリニウス一行の旅の状況が並行する。

まず、ローマのほうでは、火事が収まったように見えて、あちこち類焼している状況の中で、キリスト教徒らしい人物の放火を仕掛けたりする暗躍がある中で、皇帝ネロは、当初、焼け出された市民への食料の提供などの善政を敷いておきながら、うかうかと宮殿の再建という甘い言葉にのっかってしまう、「お坊ちゃん皇帝」ぶりを発揮する。

一方で北アフリカに留まっていたプリニウス一行は、ローマ大火の報を受けて単独で帰ろうとする護衛フェリクスの受難や、エジプトのピラミッドの内部探検で現地部族に襲われたり、と事件はあるのだが、やはりローマの火事後の大騒動には負ける「サイドメニュー的展開」

最後の方は、プリニウス一行は現地部族の襲撃を逃れてアレキサンドリア行を目指すところと、ローマの方は、ネロの「トンデモ皇帝」ぶりに我慢ならなくなって、「ピソ」が暗殺を謀むが発覚するところまで。次巻あたりは、ネロの没落あたりまでいくんであろうか。

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「読書マンガ」というジャンルの「読書」でないコミック — 施川ユウキ「バーナード嬢曰く」(一迅社)

Kindleで一迅社の50%還元セールをやっているのだが、他のラインナップとはちょっと異質で居心地悪そうなのが、この「バーナード嬢曰く」。町田さわ子こと「バーナード嬢」、彼女のしゃべりの聞き手・遠藤、図書委員の長谷川スミカ、少々ピントがおかしい読書家少女の神林しおり、の四人による「読書マンガ」である。

展開は

で、展開は?というと、学校の図書室を舞台に、町田☓遠藤、町田☓神林、遠藤☓長谷川が、本をネタにグダグダと「本」とは関係ないようなあるようなことを喋り合う、という、「労働生産性」大事のビジネス本の筆者が見ると激怒しそうな展開である。

なにせ、この主人公のバーナード嬢(バーナード・ショーのもじりであることはおわかりですよね)、このコミックの表紙にも引用されているように、ショウペンハウエルの「読書について」で

一度もみたことない、この本

私の中ではすでに読破したっぽいフンイキになっている

という具合であり

ヴォネガットの「スローターハウス5」の「人生について知るべきことは、すべてフョードル。ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」の中にある」「だけどもうそれだけじゃ足りないんだ」といったところを引用しつつ

「カラマーゾフの兄弟」はモノ足りない。つまり未読でいいって、免罪符をくれたよ。

と、読書マンガでありながら、「読んでいないこと」を正当化するんである。

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「縄文ー1万年の美の鼓動」に刺激されて、『星野之宣「ヤマタイカ」』を読み返した

ちょっと古いTweetなんであるが、佐々木俊尚さんが、東京国立博物館で開催されている「縄文ー1万年の美の鼓動」について

といった投稿をされている。

引用されている記事は、文春オンラインの「縄文時代の造形は、類似のものがないオリジナリティの極みだった」で、

日本史の授業では最初のほうでさらりと触れられておしまい。記憶に残りづらいので、改めて縄文時代とはいつごろかと問えば、およそ1万3千年前から1万年ほど続く期間のことだ。太平の世と謳われた江戸時代だって約250年であることを考えれば、時代区分としてはやたらボリュームがある。

 縄文時代の日本列島は温暖な気候に包まれていたようで、現在の環境とかなり近しいそう。豊かな自然に囲まれて、人は狩猟や漁、植物採集をしながら暮らしていた。

 彼らが造形を暮らしの一部にしていたことは、各地で発掘される遺物から知れる。驚くべきはその独創性。力強いかたち、大胆なデザイン、発想の豊かさをあわせ持った表現がゴロゴロと存在する。今展には、そうした縄文造形の最良の例が、日本各地から集められている。

と縄文時代の造形について結構熱く語られているのだが、当方が、この記事に触発されて取り出してきたのは、星野之宣氏の「ヤマタイカ」で、この中の「東遷編」。

ストーリー的には、沖縄の小さな島・久高島の「巫女」の家系に生まれた女性・伊耶輪神子(いざわ・みわこ)が、「卑弥呼」に導かれて、邪馬台国滅亡の歴史をたどりながら、自らの神性、霊性を獲得・拡大していく。しかし、古の「卑弥呼」を滅亡に導いた、侵略王である「邪馬台国」の「男王」(ヤマト)の意思を引き継ぐ、奈良の寺社勢力が妨害をする。卑弥呼の道筋をたどるうち、「戦艦大和」を蘇らせ・・、といったところなんであるが、「縄文」には、こうした「古来」から引き継いだ力、とか、原初の力によって、隠されていたものhが復活する、といったイメージがありますな。

そして、その復活は、外の文明に汚されない「原初の日本」の復活といったイメージに結びつく感じがしていて、時代風潮によっては、「縄文」の高評価はちょっと怖いところもありますな。

 

この「ヤマタイカ」自体も「東遷編」あたりは古の「邪馬台国」の滅亡の秘密を明らかにすることと、主人公が霊性を増幅することによって、かって邪馬台国に象徴される「縄文人」の文化を滅ぼした弥生人の象徴である「大和」と対決していく、といった感じで、古代の失われた「すばらしき文化」の復活といったベクトルで語られるのだが、「東遷編」に続く「東征編」にいたると「縄文」による「日本」支配への道筋という感じで、にわかにきな臭くなる。

 

「ヤマタイカ」の出稿は1990年ごろなので、平成2年という平成の始まりのときである。いま「平成」が終わり、新しい年号に移ろうとする時、「縄文」が評判になるってのは、時代がまたうねる前兆なのですかね。

 

「鳥」に続いて「魚」についての諸星ワールド — 諸星大二郎「私家版魚類図譜」(講談社)

私版鳥類図譜に続いての、魚類版である。
収録は、
 
第1尾 深海人魚姫
第2尾 鮫人
第3尾 魚が来た
第4尾 魚の学校
第5尾 魚の夢を見る男
第6尾 深海に還る
第7尾 ネタウナギ
 
となっていて、第1話目「深海人魚姫」の深海に住む人魚の娘が、深海探査の訪れた潜水艇の調査員の青年に惹かれて、深海から海面まで、ダイオウイカの妨害や貧酸素層を乗り越えて浮上する話と、第6話目「深海に還る」の、浮上後、人間界で水族館関係の売れっ子となった後、再び、深海へ帰還する(ような)オチにいたる話の合間に、諸星ワールドらしい掌編が挟まる構成である。
本筋となる、第1話と第6話は、美少女が、肉親のエピソードに導かれるように、今まで過ごしていた世界から飛び出して、新しい未知の世界へ行き、そこでさまざまな経験をするが、再び故郷へ還る。しかし、その故郷はすでに荒れ果てていて、といった展開で、これは、構造的には「暗黒神話」や「孔子暗黒伝」などのs初期のシリーズから共通のものであるよね。
 
当方的に懐かしい「諸星ワールド」、と思うのは「鮫人」。中国の宋代に皇帝の命をうけて南海の探査に来た将軍が、女だけの住む島に難破してからの不思議譚で、諸星氏の諸怪志異をはじめとする怪異譚のジャンルの風合いが懐かしい。
 
あとがきによれば、鳥、魚と続いたが、これを拡大して、植物やほかの動物の図譜を、描く予定はないらしい。図譜は当面、ここで打ち止めであるようだ。諸星ワールドに郷愁のある方には残念ではあるが、しばし、幻想色豊かな世界に浸ってみてはいかがでありましょうか。

「鳥」をめぐる不思議な「味」の物語群を楽しもう — 諸星大二郎「私家版鳥類図譜」(講談社)

奇妙な味の作品というのは、人ぞれぞれに感覚は違うのだろうが、共通項というものはあって、本作の筆者・諸星大二郎は、そういう「共通項」といっていい。
 
収録は
 
第1羽 鳥を売る人
第2羽 鳥探偵スリーパー
第3羽 鵬の墜落
第4羽 塔に飛ぶ鳥
第5羽 本牟智和気
第6羽 鳥を見た
 
となっていて、題名通り「鳥」をモチーフにした短編集なのだが、
 
例えば、第一羽の「鳥を売る人」は、人びとが、いくつかの離れた巨大な「塔」の別れて暮らしている(近)未来あるいはパラレルワールドの世界で、「鳥」と一緒に渡り歩いている「行商人」と少年の話であるし、
 
第五羽の「本牟智和気」は、日本の古代を舞台に、大和から、伯耆、出雲の国に侵入してきている軍勢に随従している「鳥探し」の男と、伯耆の国の「鳥の巫女」、そして、垂仁天皇の皇子・本牟智和気の話で、本作では、鳥のおかげで口がきけるようになった本牟智和気が出雲へ攻め入ったことになっている
 
ように、それぞれの「味」や「舞台」はかなり異なる。
 
一頃のブームが過ぎて、少々、懐かしい部類に入ってきている諸星大二郎の作品なのであるが、暗黒神話や妖怪ハンターを始めとする「古代歴史もの」、「栞と紙魚子」シリーズのような「不思議もの」など、はまり込むと、やみつきになること請け合いの世界が展開されている。
それぞれに好みは分かれるが中毒性は高いので、少しづつお楽しみあれ。
 

織田と上杉の激突、いよいよ決戦前夜 — 梶川卓郎「信長のシェフ 21」(芳文社)

歴史の中には闇の中に埋もれたままで、後世には残っていないことはたくさんあるはずで、そのあたりに妄想を巡らすのも、後世の歴史愛好家の特権であろう。信長のシェフ21巻は、そういった風情で、戦国時代の歴史愛好家の「ひょっとすると」を刺激する筋立て。
 
収録は
 
第174話 孤独への救い
第175話 密談への道
第176話 関所を超えろ
第177話 苦渋の謀り
第178話 武田の利
第179話 天が与えしもの
第180話 能登への道
第181話 謙信に届け
 
となっていて、時代背景的には、織田勢と上杉勢とが激突した「手取川の戦い」の前夜。
話の筋的には、主人公の「ケン」が、信長から上杉謙信との対面での面会のセットを命じられて、武田勝家を通じて、謙信のもとへ出向く。さて、首尾よく、その調整が整うか・・・、といったところ。
 
史実的には、信長と謙信が密かに会った、なんて記録はおろか、この手取川の戦に信長が出陣したなんてことも残っていいないはずなのだが、手取川の戦の後に「上杉に遭うては織田も手取川 はねる謙信逃げるとぶ長(信長)」といった落首が残されているらしいので、このあたりに妄想をたくましくしても面白い。
 
今回注目する人物模様は、信長の密命を受けてはっきりとしたものいいができず陣中を不安にさせている柴田勝家と、勝家を焚き付けて織田軍から離脱する羽柴秀吉。本巻では、秀吉は、情報途絶を嫌って自ら情報収集の道を探ることとなっているのだが、本当のところは、二人の反りが合わなかったという通説が正解であろう。ただ、この戦の終了後、本来なら謀反ととられてもよい秀吉の行動を信長は許しているので、なにかしら隠された事実があるのかしれない、と妄想させるに十分ではある。
 
もうひとつは、武田勝頼の人物の大きさ。大概の歴史小説では、あまり評判のよくない勝頼なのであるが、本シリーズでは、能力も高く、情け深い、といった風にかなり好意的に描かれている。
 
さて、話としては、上杉謙信の本隊に潜入を果たし、しかも、謙信へ信長の意思に伝えることができた。さて、歴史の陰に埋もれた「手取川の戦・秘話」的な信長・謙信会合はありうるのか、といったところで次巻へ続くんである。

天下の情勢は急変、越後の龍・謙信起つ — 梶川卓郎「信長のシェフ 20」(芳文社)

タイムスリップものは、主人公が活躍して、その時代で重きをなしていくにつれて、タイムパラドクスをどう取り扱うか、といったことが重要になってきて、主人公の活躍も歴史に組み込まれたものとしていくか、あるいは全くの架空史にしていくかの瀬戸際に、そろそろ、このシリーズもさしかかったかな、という感じがする。
 
第20巻の収録は
 
第166話 変えうる力
第167話 海を統べるもの
第168話 心を救うもの
第169話 信長の向かう先
第170話 動き出した軍神
第171話 秘密の贈り物
第172話 七尾城揺れる
第173話 謙信という男
 
となっていて、時代背景的には、天王寺砦の戦の後、本願寺勢が籠城に入り、織田軍が封鎖を続ける中、顕如から救援を依頼された毛利軍が兵糧と軍備の補給を試みるところから、上杉・武田・北条の和睦が成り、上杉謙信が上洛を始めるところまでで、多彩な政治的な出来事が凝縮されているのが本巻。
 
出来事があれこれ起こる時の登場人物の動きというのは、キャラが定まってきたシリーズもの、特に歴史ものでは、急にわさわさと動いて面白いもので、毛利勢、織田勢、本願寺勢、上杉勢と、占めるページ数は限られるものの、それぞれに陣営の特徴が感じられる。
 
特に今巻で注目したい人物は、まずは、織田の九鬼水軍の長・九鬼嘉隆に対する毛利軍の村上水軍の長・村上元吉で、本願寺へ物資補給で九鬼水軍に対峙して、
 
我ら海賊衆は古来より海を住処とする者・・・。
あくまで陸の大名達に「協力」はするが陸の組織に取り込まれはしない・
(略)
陸に焦がれた海の兵など怖くはない
 
というあたりに、藤原純友以来綿々と流れる、中央の権力から独立してあろうとする、辺境にある者の心意気を感じるし、
もうひとりは、毛利元輝で、村上元吉に「わしが天下人の器だと思うか?」と問うて
 
「織田は間違いなくその中の一人じゃ。
そして、わしは違う、わしには出来ぬ。
この戦国の世、その才覚だけが全てではない。
わしでしかやれぬことがある
相手は天下人になり得る男じゃ。同格の男に戦ってもらうのがよかろうよ」
 
といったあたりに、天下統一争いから一歩引いていたせいか、歴史小説では、影が薄い人物であるが、天下人候補たちに横から影響を与える、「脇役の底力」を感じますな。
 
さらには史実とは違うのだろうが、織田信長の長男・信忠と武田勝家の妹・松姫
との「秘めたる恋」の贈り物に、「ケン」が協力するあたりは戦乱の中の一服の清涼剤なのだが、すでに時代改変に関わってるよね、と思わないでもない。
 
さて、本巻は、「ケン」が、織田勢に攻めかかる上杉謙信への秘策を、織田信長から託されたあたりで、次巻へと続くのである。