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やはり登場人物の多さと複雑さは変わらないな — 石ノ森正太郎「マンガ日本の歴史 22ー王法・仏法の破滅−応仁の乱」(中央公論新社)

久々の歴史書のベストセラーとなった呉座勇一氏の「応仁の乱」を買ってみたはいいのだが、登場人物の多さと人間関係・政治的関係の複雑さに目と脳が眩んでしまって、あえなく頓挫。

そんな折に、知人から勧められたのが、この「マンガ日本の歴史22ー王法・仏法の破滅ー応仁の乱」。

こういった、歴史の通史シリーズは、最初発刊の頃は、発行する側も読む側も勢いが良くて、元気よく購入し読むのだが、時間が経過するにつれ気力も萎えてくるもの。おかげで、邪馬台国やせいぜい平安朝の頃までは、シリーズは変わっても読むのだが、室町時代あたりになると、とっくに興味は別のものに移っていて、恥ずかしながらこの時代の歴史書を読んだ記憶がほとんどない。

本書の目次は

序章 都、灰燼に帰す

第1章 幕府の乱れと守護家の内紛

第2章 仏法王法ともに破滅す

第3章 山城国一揆の興亡

となっていて、年代的には1454年頃から1493年9月までのほぼ40年間で、おおまかにいえば、人の一生分の期間というところ。

で、マンガ版であるから少しは・・・、と思ったんだが、やはり時代のもつ特徴のせいか、政治模様の複雑さと離合集散の激しさは変わらない。室町幕府の将軍家が跡目争いで叔父甥が争えば、有力大名の山名・細川の争いと畠山家の家督争いなどなど、おまけに後半の方では、いままで都の有力者に牛耳られていた地方の国人たちが反乱を始めるし・・と言ったことに加えて、それぞれが結託する先が、敵の敵は味方といった考えでやるので、素人目にはハチャメチャにしか映らない

ただまあ、歴史の研究家ではない当方としては、その時代の歴史の持つ雰囲気とかうねりのような感覚が味わえればよくて、人の名前はある程度すっ飛ばしても実害はない。戦国時代に続く、応仁の乱当時の室町時代の、あちこちで人の思いや欲望が、ぷつっ、ぷつっと、中から発酵して吹き出していく感じを体感するのはマンガ版で十分するぐらいであろう。

お盆の帰省中の箸休めにいかがであろうか。

 

 

茶人大名、小田原でさらに脱皮する — 山田芳裕「へうげもの 五服」(講談社文庫)

さて、本日は続いて「へうげもの 文庫版」の第五巻をレビュー。

年代は1588年1月~1590年5月

歴史的なエポックは、小田原の北条攻め。

先立って、あの山上宗二が北条氏に厄介になり彼の居場所を発見するのだが、これが彼の悲劇的な死の発端になるのだから、人生というものはわからない。辛口の評論家として比叡山にいたり、諸国を放浪して悪態をついていたほうが、ひょっとすると命は伸びたのであろう。

そして、このあたりから石田三成がいろんな案件の、プランナー、仕掛け人としてやたらあちこちに登場してくる。例えば、千利休の茶頭筆頭からの追い落としであるとか、山上宗二殺しなどなどで、のぺっとした顔立ちに、能吏ばりばりのいけ好かなさで、「やな野郎」感がよくでてますな。

また、「のぼうの城」で有名な、忍城攻めの三成の失敗の場面も描かれているのだが、彼の「企画好き」の「現場嫌い」の様子が少し悪意を込めて描かれていると思うのは、当方の勘違いないしは錯覚であろうか。

さらに、これはご当地の読者には顰蹙買うかもしれないが、伊達政宗の天下統一を夢見る、「夜郎自大」さが強調されていて、筆者は政宗ちゃかしも極まれり、である。

まあ、歴史事実のほどは別として、一風変わった戦国ものコモックとして、脂がのってきておりますな。

禁令の出た時の立ち居振る舞いに、人の本質は顕になるものであるな — 山田芳裕「へうげもの 第四服」(講談社文庫)

さて、引き続き、古田織部のコミックもの「へうげもの」に文庫版第4巻をレビューしよう。

年代は1586年~1587年。歴史的な出来事としては、家康の上洛、秀吉の九州攻め、禁教令の発布、聚楽第の完成と大茶会といったところで、秀吉の天下がこれから爛熟に向うところである。

ただ時代が熟していくことと比例して、今まで培われてきた人間関係が壊れていったり、不和の種が芽吹いたり、といったことはいつの世も変わらぬもので、大茶会の開催は、実は千利休を筆頭茶頭から罷免しようという秀吉の企みが隠れていたり、とかなんとも生臭い。

ただ「爛熟の時代」は人の姿もまた熟れさせ、その人となりも拡大して見せてくれるようで、キリスト教の禁教の際に、高山右近が「幾年月も培ってきた南蛮趣味を鶴の一声で変えさせられてはたまりません。」とキリスト教者と南蛮趣味の茶人の意気地を見せる一方で、織田長益(後の有楽斎)は、「南蛮趣味を控えねばならなくなった今・・・世の流れはこちらに軍配が上がるかも。」と南蛮趣味を早々に見限りながら、利休の「わびさび」の将来性を感じ取る目先のきくところを見せたりと、人様々であるな、と自分の身近な実際の人々を思い浮かべ、改めて実感する。

さて、この巻では、南蛮趣味から「わびさび」といった茶の湯で代表される日本的な価値観があちこちとでてきて、風流を解さぬ当方は、ぼーっとコミックを読む以外はないのだが、そうした価値観、流行を追うことに血道をあげている権力者が、

「詰まるところ、茶の湯には台子も何も無いのです。

全て各人それぞれの作法、趣向でもてなせば良いのです。

決まりごとなど無いというのが極意にございます」

「関白様は、その本質がわからぬゆえ、台子手前を許可制になさり、茶の湯に格をつけておられる。」

なんて様子で冷水を浴びせられたら、そりゃ打ち首にもしたくなったんだろうな、と思いつつ、権力者の好みに合わせていくのも、そりゃ草臥れるよなと、同情もしてみるのである。

さて、こういった権力者と芸術家の争いに、皆様は何を感じ取りますかね~。

太平になりそうになると、なにやら蠢くのが世の常か — 山田芳裕「へうげもの 三服」(講談社文庫)

このところ、続けてエントリーしている、古田織部シリーズの文庫版第三巻。

時代的には1582年6月〜1586年6月。本能寺の変の後、秀吉の中国大返し、そして光秀が破れて秀吉の天下となるところ。市井の説による、明智光秀が天海僧正となる話は、どうやらこの「へうげもの」ではとらぬらしい。

三巻目の読みどころは

・光秀の実直さと民を思うが裏切られる切なさ

・徳川家康の田舎くさいほどの真面目さ

・石田三成の「いかにも」というあざとさと裏なり瓢箪さ

というところか。

さらに織部本人が、本能寺の変の真相を知って、秀吉の業の深さに恐れつつも、自らの武人としての限界を悟るあたりもポイントではありますな。

さらには、本能寺の変自体が、千宗易(利休)のト書きのもとに、秀吉が黒子を勤め、明智光秀が演じる、ということなのであるが、座付作者と興行主との確執が生まれつつあるのだが、それは次の巻以降の展開であろうか。

おまけとして、お茶々が秀吉の側室となる時も、この巻にはあるんだが、秀吉の乱破らしい出自を垣間見せる「茶々の緊縛」があるので、お好きな方は本書で鑑賞あれ。

茶人大名の「本能寺」 — 山田裕裕「へうげもの 第二服」(講談社文庫)

茶人大名 古田織部を主人公にした歴史コミックの文庫版第二巻。

構成は

第十四席 mt.富士レストラン

第十五席 レイン フォール ダウン!?

第十六席 今宵はイートイット

第十七席 幻惑されて

第十八席 天下を憐れむ歌

第十九席 未来への讃歌

第二十席 非情のライセンス

第二十一席 哀しみの天主

第二十二席 無法の都

第二十三席 焼け跡の余韻

第二十四席 孤立のメッセージ

第二十五席 信長 ON MY MIND

第二十六席 ホワイト キャッスル ブルース

第二十七席 転がる糞のように

第二十八席 SUKIYAKI

となっているのだが、これを読んでも何のことやらわからない。

収録作の年代的には1582年。武田攻めから本能寺の変、光秀と秀吉の戦まで。

この巻の中心はお見込みのとおり「本能寺の変」で、信長を攻め殺したのは明智光秀であるところは、きちんとおさえながら、さて、その黒幕は、そして信長を殺したのは誰ってところに作者の独自の工夫があるところが光っている。

で、その原因が、信長の家族偏重。股肱の臣たちが広げた領土が、信長の一族に分け与えられることが明確になってきて、今まで粉骨砕身してきた努力が報いられない恐れがでてきたと解釈しているところは、信長の一族というか信長の息子偏重という会社とともに斬新であるように思う。

そして、本能寺の変の黒幕は、明智をそそのかした、後の関白であったといったところも、「こう、もってきたか」と感服。もっとも、信長を倒した人物の設定は、たしかにもともとの素性が忍者・乱破あがりという説はあるものの、乱暴が過ぎませんか、と思ったところではある。

さらに、この「へうげもの」シリーズの楽しみの一つは、例えば高山右近や中川清秀であるとか、信長の外国人小姓であった「弥助」といった、歴史の英雄の側で、実は当時は様々な光を発していたであろう人物が細かに描かれている、小技の冴えを読むことでもある。

そして、この巻の登場人物で玩味したいのは、まずは、千利休で、「黒」にこだわる業に深さにちょっと引いてしまいながら、明智光秀、徳川家康の他の歴史ものではでてこない「実直もの」という評価であるかな。

人間というのは、光の当て方で、千変万化の色合いがあるものでありますな。

茶人大名という異色の人物を主人公にした戦国歴史もの — 山田芳裕「へいげもの 第一服」(講談社文庫)

歴史コミックの構成は、もちろん、歴世の英雄をもろにとりあげる「良い子の伝記」モノのようなものもあるのだが、コミックとしてきちんと読めるものは、英雄の側に異物(例えば、未来からタイムスリップした高校生なんてのだよね)をすべりこませるか、歴史上の人物ではあるが一般人はあまりなじみのない人間の姿を借りて物語を紡ぐか、といった二つに絞られる。「へいげもの」は後者に属していて、茶道を嗜む人や骨董に造詣が深い人なら知っているのだが、普通の人なら名前を聞いたことがあるのがせいぜい、という茶人大名の「古田織部」が主人公。

で、こうした忘れられた英雄を取り上げるときに、注意すべきは、フィクションの部分がどんどん大きくなって、本当の歴史とはかなり乖離してしまい嘘くささがでてくることであるのだが、「へいげもの」は少なくとも文庫版第1巻を読む限り、そんなところはないのでご安心あれ。

構成は

第一席 君は”物”のために死ねるか!?

第二席 黒く塗れ!?

第三席 椀LOVE

第四席 茶室のファンタジー

第五席 天界への階段

第六席 強き二人の情事

第七席 京のナイトフィーバー

第八席 カインド・オブ・ブラック

第九席 天下よりの使者

第十席 決意のかけひき

第十一席 運命’82

第十二席 武田をぶっとばせ

第十三席 愛して欲しい

となっているのだが、まあ、これを見ても時代設定はわからないので、あえて記すと、1577年の松永弾正の謀反のところから武田攻めの1582年まで。

たった5年ではあるのだが、戦乱の世の目まぐるしさもあるのだろうが、松永弾正が平蜘蛛という茶釜をふっとばすところから、鉄張りの大安宅船の親水、荒木村重の謀反と中川清秀の織田方への寝返り、武田攻めで仁科盛信に城外へ蹴落とされるところ、と歴史上の事件も多い上に、エピソードも多い。

さらに、戦国ものの特徴であろうか、謀反をそそのかす茶人や、落城の瀬戸際で今生の名残に敵の使者とセックスしようとする側室とか、まあ様々な人物が登場するし、本書の信長は、唐天竺の征服を夢想する野心家でありながら、一族、特に息子に全てを残そうとする家族主義者であったり、と一風変わった人物の登場がまた良い。

そして、ひとまずは異色の歴史ものとして読むのもいいし、数寄をとるか武功をとるか、すなわち、自分のやりたいこと(趣味でもよし、独立起業でもよし)をとるか、組織内の出世をとるか、といったビジネスものとして読むのもよかろう。ひさびさに様々な読み方のできる歴史コミックである。

で、本巻の名言は、自らの牙城を織田方に包囲された荒木村重が落ち延びる時(この本ではなんと茶道具の名物を抱え込んで逐電なんだよね。これは歴史事実かは、当方は浅学にてわからない。)に言う

「松永弾正は武人としては立派やった。だが、あいにく・・・わしのほうが業は上や」

といったあたり。生死にかかわる場面でありながら、名品に執着する「人の業」といったものがでていて、なんとも「人臭い」ですな。

古代中国の、歴史上埋もれてしまった「中原と草原」のもう一つの大戦争 — 臏(ビン)〜孫子異伝(ジャンプコミックスデラックス)

岩波文庫版の史記列伝をみると、龐涓によって、膝から下を切断する刑を受けたということや、田忌将軍に雇用され、将軍が王子・貴族達との馬車レース、さらには魏の趙への侵攻を退けたり、龐涓との因縁の戦闘のあたりは記述があるのだが、残念ながら、匈奴の侵攻といった話はない。ましてや孤  といった話もなく、このあたりは作者の挟み込んだフィクションであるのだろうが、史実と史実の間に壮大なフィクションを混ぜ込むことができるか、というのが歴史小説や歴史コミックの肝であるので、このへんは作者の力量を誉めたい。

さて、筋立ては、斉国へ、匈奴連合軍が押し寄せるというところから始まる。田忌将軍と孫臏が宮中の権臣に疎まれて、連合軍を迎え撃つために、斉の首都、臨淄の城外に住む住民からなる兵を率いて向かうあたりから始まる。

当然のように自らの権力の拡大しか考えていない権臣や貴族あがりの驕り高ぶった将軍などなど、「この野郎」と思う人物は随所に配置してある。極めつけは、全巻を通じての悪役を割り振られている匈奴の単于で、超人的な知力と体力と武の技をもちながら、冷酷無比という、とんでもない存在なのだが、思うに、こういう倒すべきライバルを創り上げてしまったために、22巻までの全巻が匈奴との闘いに費やされ、魏都の戦争までは書ききれなかったというのが正直なところであろうか。

そして戦闘の舞台は、天然の橋である   という要害。ここの攻防戦で、なんと全巻が費やされてしまうわけで、圧倒的な兵力差を、孫臏の智謀で跳ね返し、最後は匈奴勢を退却させてしまうというわけなんであるが、あちこちに、孫子の兵法っぽいものがでてきて、それがどれもちょっと嘘くさいというのも妙な魅力ではある。

さらには、若者向けのコミックらしく、オネーチャンが、巨乳で、妙に色っぽいのが、そんな彼女たちが匈奴戦士の首を切り飛ばしたりする場面もあったりするので、そこは要注意ではある。

さてさて、キングダムや達人伝などなど、現在、中国の戦国モノは結構人気を誇っているのであるが、以前から、横山光輝の三国志をはじめ、漫画の定番モノであったのは間違いなく、最近、その勢いが復活したというべきであろう。このシリーズは完結しているので、全巻大人買いで、一気読みがオススメですな。

エウメネスの大出世が始まりそうな予感がする — 岩明均「ヒストリエ 10」

買うには買ったが、積ん読状態が続いていた「ヒストリエ」の10巻。リアル本であれば、ふと手にとって読み始めるということがあるのだが、Kindle本は、そのあたりが、こちら側のアクションにかかっているあたりが、積ん読が増える所以でもあろうか。

さて、10巻は9巻のカイロネイアの戦闘の決着と、戦闘終了後、マケドニア本国での、エウメネスの良家のお嬢さんとの恋愛の行方とエウメネスがマケドニア王国の重鎮としてのし上がる「王の左腕」になるのでは、といた状況でのあれこれ、というところ。

まあ、筋立てのほどは現物で楽しんでほしいのだが、読みどころは、アレクサンドロス王子(後のアレクサンダー大王だね)の武勇と奇矯さと、普通なら「◯◯の右腕となるところが、なぜにマケドニア(ひょっとすると古代ギリシア共通の話なのか?)では「左腕」なのか、といったところか。

最近、除目からはずれたせいで、沈みがちになってしまうのであるが、こうした、今の日本とはほとんど関係ない、古代ギリシアの物語を読むというのも、そうした気分からいっとき逃してくれる効果がある。難しいことはいわず、うかうかと古代マケドニアの雰囲気に浸ってみるのもよいものであるな。

奇妙な味のグリム童話 — 高橋葉介「ストーリィ−テラー」(ぶんか社)

毎度おなじみの奇妙な味の作者、高橋葉介の手による「グリム童話」である。

設定は、「月刊テラァ・ストーリィ」の編集者、九鬼奇句子(くききくこ)が一般の人から聞く不思議な体験、目撃談が紹介されるというもので、収録は

赤ずきん

ヘンゼルとグレーテル

ラプンツェル

ハーメルンの笛吹き

眠れる森の美女

シンデレラ

夏の庭、冬の庭

白雪姫

長ぐつをはいた猫

青ひげ

オオカミと7匹の子ヤギ

漁師とおかみさん

ろくろくび

おはなしの原典

の13篇+解説1篇。

で、グリム童話の設定や雰囲気を活かしながら現代(といっても昭和初期のイメージなのであるが)風の物語にしたてたストレンジ・ストーリィ−。

例えば、

就職難の折、小さな会社にやっと入社した女の子がはじめて本社に書類を届けにいかされるのだが、赤いベレー帽をかぶっていけといわれ、ついた本社で女社長の前で書類を開くとそこには・・(赤ずきん)

といったのや

家出した少女が、豪邸に連れて行かれ、そこの老主人の相手をさせられるのだが、その都度、相手は若返っていく。ついに年老いた少女は町に置き去りにされるのだが、彼女は、老主人からもらった靴をかかえて・・・(シンデレラ)

といった風に、怪奇風味だけでなく、皮肉な結末を付け加えるのが「ヨースケ」流というもの。

そのほか子供の臓器売買屋の話(ヘンゼルとグレーテル)や継母の過去の子供に守られる少女の話(白雪姫)などなど。

ありきたりの物語に飽きたら、こうした珍味もよろしいのでないかな。

田舎娘の立身出世の料理譚 — 本庄 敬・末田雄一郎「ハルの肴」(ニチブン・コミックス)

Kindle Unlimitedではコミックのシリーズ物が全巻対象となることがあるので、休日などに一気読みするというのが、当方の個人的な新しい楽しみ方になっている。

この「ハルの肴」もそんな類で、北海道から画家を目指して上京した春野ハルが、進学していた専門学校が突如閉鎖され、露頭に迷っていた所を両国の老舗居酒屋「大門」の主人に拾われて店に勤め始めのあたりから始まる料理人修行の物語で全8巻

「料理人修行」とはいっても新メニューの開発とか料理人勝負とか、料理をテーマにしたバトルものになる作品が多い中で、ハルという娘が「大門」の店の人や常連客や近所の人に見守られながら育っていく、という久々に見る人情もので、江戸期からの老舗とはいっても、居酒屋での修行であるせいか、腕の上達も料理の手法や技量取得というよりは、人とのつながりの拡大が、料理の腕の上達につながっている風に読ますのが斬新なところではある。

もっとも根底に、”ハル”が幼い頃に生き別れとなった父親の捜索という一筋を通してあるので、単純な人の輪の拡大万々歳というわけではないのであるが、ハルのひたむきさが丁寧に描かれているせいか、ときおりほろっとさせるのが妙手である。

初期の頃や6巻あたりで料理メニュー自慢や、料理勝負に向かいかけるところもあるのだが、「ハル」の物語にとどまっているのが個人的には好評価で、たまにはこうした真っ直ぐな成長物語を読むのも爽快ではありますな。