カテゴリー別アーカイブ: ビジネス本

「成功物語」で自らを元気づけないとやってられない時もあるよね — 田村潤「キリンビール高知支店の奇跡 勝利の法則は現場で拾え」(講談社+α新書)

「ブラック企業」といった働き方改革ものをレビューした直後に、こうした企業成功ものである。節操が無いと言えばないのであるが、精進料理の後は、がっつりとした肉も食いたくなるというものなのでお許しを願いたい。

さて、今回はビールの老舗、「キリン」の復活物語である。

構成は

第一章 高知の闘いで「勝ち方」を学んだ

1995年 高知の夜は漆黒だった

1997年 健康になろう

1998年 V字回復が始まった

2001年 ついにトップ奪回

第二章 舞台が大きくなっても勝つための基本は変わらない

四国での闘いー違う市場でも基本を貫く

東海地区での闘いー現場主義の徹底

全国での闘い、そして勝利

第三章 まとめ:勝つための「心の置き場」

となっていて、キリンの社長も勤められた、田村潤氏の高知支店長時代から、四国、東海の地区本部長、そして本社の営業本部長と、一旦はトップの座をアサヒに明け渡したキリンが、一位を奪還するまでの道筋を、現場から経営まで一貫して牽引役であった人の、中興の物語である。

で、その基本というのは、

海外で闘うにしても、やはりまず日本の地方のあるエリアで勝ち方を極めていることが非常に大事なのだそうです。そのエリアをよく見て、エリアの特性や住んでいる人、風土とか、チャネル全部ひっくるめて最も適切な正しい実績を上げることができた人間こそ、海外に行っても通用する。(P4)

ということらしいので、意外に現場主義で、理論より実践かな、という感じなのである。

そのあたりは、

結局、行動スタイルを変えることができるかどうかは、簡単に言えば視点や心の置き方を変えてみられるかどうかですし、人によっては身をすてられるかどうかということでしょう。すべてを投げ打って集中すると見えなかったものが見えてくる。当然、壁にもぶつかる。しかし、そこで死にものぐるいで壁を乗り越える。そこで今まで見えなかった景色が見える。そして自分の成長に気づく(P104)

といったところでも明らかであろう。

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ブラック企業問題の芯にある原因は「気綺麗事の社会」であるか — 今野晴貴「ブラック企業2 「虐待型管理」の真相」(文春新書)

前作「ブラック企業」で、日本の労働問題の重要な課題となっている、ブラック企業の実態を赤裸々にしたのであるが、本書は、その第2弾。

構成は

序章 ブラック企業問題とはなんだったのか?

第1章 わかっていても、入ってしまう

第2章 死ぬまで、辞められない

第3章 絡め取り、絞りつくす

第4章 国家戦略をも侵食するブラック企業

第5章 なぜ取り締まれないのか?

第6章 奇想天外な「雇用改革論」

第7章 ブラック企業対策ー親、教師、支援者がすべきこと

終章 「ブラック国家」を乗り越えて

となっていて、前半が「ブラック企業」ということが言われるようになってもなぜ若者はブラック企業に入るのか、後半は著者の「ブラック企業」対策。

当方として興味深く読んだのは、前半の「若者はなぜブラック企業に入ってしまうのか」といったところで、

結論から言えば、被害者の多くはブラック企業に積極的に入社し、また、ムズから「辞めない」で働き続けている(P4)

といったところから始まるところは、「ブラック企業」の原因の複雑さを垣間見せる。

さらに

厄介なことに「上昇志向が強い」学生ほど、巧みにブラック事業に絡め取られ、「自ら」入社してしまうリスクが高いのである。そしてこの事例が意外にも多い(P41)

「ブラックだ」という噂が多少あっても、「自分は大丈夫」「自分を信じているから」「自分の目で確かめたから」といった「殺し文句」で自分自身を煽り立てていくのである(P57)

といったところは、ブラック企業問題が、実は今の「競争こそが正義」という思考の現れであることを示しているし、

問題の根には、日本全体に潜む「過剰労働への憧れ」があるように思うのだ。

両親の話、テレビで見た成功者の物語、ある種の「伝説」のようなかつての成功談を「自分の像」と重ね合わせる。苦労して歴史に残るようなプロジェクトを達成したビジネスマン、リーダーたちを見聞きして育った世代。たとえ、10人に1人の成功者で、うつ病になる人が絶えないといわれようとも、勝ち残った「成功者」こそがめざすべき「自己像」だと思う。そんな若者の心理こそが、ブラック企業が付け入るものの正体ではないだろうか。(P63)

というところは、「ブラック企業」問題が、実は、日本の雇用や成功神話に裏打ちされているもので、けして、アウトロー企業の問題ではない、ということを明らかにしているのである。

であるなら、その解決は、労働意識そのものを変えないといけないわけだが、筆者の言うような

「全員が会社の中核的社員になって、年功賃金をもらうようにしなければならない」「エリートを目指さなければならない」という固定観念が支配している限り、「ブラック企業の労務管理」は成功してしまうのだ。(P152)

ということを解決するために、日本人の意識があちこちと分散するのはちょっと現実的でない。むしろ、

「生きることよりも仕事」という理想像は、あまりにも純粋で、従来の仕事へと没入した日本的「エリート像」からも圧倒的にかけ離れているのである(P149)

といったことを肯定し、仕事はたくさんの生計費を得たいから、といった生な声をより言える社会にするほうが近道のような気がするのだがいかがであろうか。

ブラック企業の悪影響の大きさと悪辣さに愕然とすべき — 今野晴貴「ブラック企業ー日本を食いつぶす妖怪」(文春新書)

残業の削減とか、パワハラ・セクハラといった職場環境の問題は昔からとりあげられてきていたのだが、それが国家的な課題として政府や自治体を動かし始めたのは最近のことのように思う。もちろん、電通事件のようなセンセーショナルなものが引き金となったのは間違いないが、それ以上に、本書で取り上げる「ブラッキ企業」や「ブラックな雇用形態」が、あちこちにはびこり始め、特定の業種や個人の運不運の問題としてかたづけられなくなったことの現れではあろう。

構成は

第一部 個人的被害としてのブラック企業

第1章 ブラック企業の実態

第2章 若者を死に至らしめるブラック企業

第3章 ブラック企業のパターンと見分け方

第4章 ブラック企業の辞めさせる「技術」

第5章 ブラック企業から身を守る

第二部 社会問題としてのブラック企業

第6章 ブラック企業は日本を食い潰す

第7章 日本型雇用が生み出したブラック企業の構造

第8章 ブラック企業への社会的対策

となっていて、もちろん、社会的な課題解決の方策を考えるために本書を読んでもいいし、それが本来なのであろうが、21世紀日本の労働形態の一断面を垣間見るルポ的な眼で読んでもよいだろう。

それは、「ブラック企業」という問題が、雇用という個人的な問題ではなく

「若年者雇用問題=非正規雇用の不安定」という構図の理解は、しかしながら新しい問題を引き起こすことになった。非正規雇用という貧困状態への恐怖が、今度は若者を正社員をめざす苛烈な競争に駆り立てたのである(P18)

という、我が国の雇用に関しての意識が生み出したものに相違なく、ブラック企業の特徴が

共通する特徴は、入社してからも終わらない「選抜」があるということや、会社への極端な「従順さ」を強いられるという点である。また両社とも新興産業に属しており、自社の成長のためなら、将来ある若い人材を、いくらでも犠牲にしていくという姿勢においても共通している。経営が厳しいから労務管理が劣悪になるのではなく、成長するための当然の条件として、人材の使い潰しが行われる。(P61)

ということからしても、現代日本の社会が生み出した、構造的な問題であることが明らかであって、そこは「雇用改善」という表層的なことでは解決せず、「日本の意識」そのものを変えていく壮大な努力が必要な課題であるかもしれないのである。

とはいうものの

選別のために辞めさせるも、辞めさせずに使いつぶすも彼ら次第。いわば、ブラック企業は「生殺与奪」の力を持っている。また、ブラック企業はこうした支配の力を、利益を最大化させるために用いるという意味で、行動に一貫性を持っている。「辞めさせる」ことも「辞めさせない」ことも、同様に、あくなき利益追求に端を発している(P99)

部下や社員には見ず知らずの他人以上に何をしてもいいのだというおかしな価値観が、職場を支配している(P100)

といった職場環境、企業環境が放置されて良いはずはないのだが、さて、政府の「働き方改革」はどこまで、切り込めることができるんでありましょうか。とりわけ、インターシップの利用による過重労働は、日本企業だけでなく、グローバル企業共通の話として聞かないわけでもなく、なんとなく、ラスボスの強敵さにドギマギっしてしまうのであるが・・。

リーダー、組織の再生はどうすればよいか — 池上彰・佐藤優「新・リーダー論ー大格差時代のインテリジェンス」(文春新書)

現代日本屈指のジャーナリストと国際政治分析家の二人による「リーダー」の在り方についての論及である。

構成は

1 リーダー不在の時代ー新自由主義とポピュリズム

2 独裁者たちのリーダー論ープーチン・エルドアン・金正恩

3 トランプを生み出したものー米国大統領選1

4 エリートVS大衆ー米国大統領選2

5 世界最古の民主主義国のポピュリズムー英国EU離脱

6 国家VS資本ーパナマ文書と世界の富裕層

7 格差解消の経済学ー消費増税と教育の無償化

8 核をめぐるリーダーの言葉と決断ー核拡散の恐怖

9 リーダーはいかに育つか?

書かれた時期が少々古いので、トランプ大統領の誕生やイギリスのEU離脱などは、まだ可能性の段階で書かれているので、時事解説として読むのは適当ではないが、新帝国主義の時代と言われる現代の「リーダー論」としては最も最新の情勢を踏まえたものといっていい。

もっとも現代にでるべきリーダーについての対談として読むか、あるいは普遍のリーダー論として読むかは、各々の好み次第で、当方としては、後者の読み方のほうが、曲者的な読み方で好みにあう。

それは

世界的に見ても、民主主義は岐路に立っているようです。各地で「強いリーダー」を求める声が高まっています(P23)

強いリーダを育成しようとしても、これだけ個人が砂粒のようにバラバラにアトム化しているところでは、リーダーは出てきようもありません。(P24)

と「リーダー不在」ではなく「リーダー誕生」が難しい「個」の時代の特性をあぶり出し、

リーダーが現れているのは、宗教があるか、あるいは「敵」のイメージがあるところです。アトム化していない、耐エントロピー構造があるところだけに、リーダーが出てきている。イギリスには、リーダーはいないが、スコットランドにはいる。沖縄にもいる。何らかの差別を受けている集団、特殊なイデオロギーや特殊な宗教によってまとまっている集団の中にはリーダーがいる(P231)

とするあたりは、経済も文化も成熟した日本の国家情勢の難しさに嘆息させる。

もっとも、明確なリーダーがいた時代が幸福だったかといえば、日本の場合はむしろ、明確なリーダーではなく、リーダー群あるいは、小粒ではあるが厚みのあるリーダー層がいた時代の方が、江戸期をはじめとして”幸福”であったのが、余計にリーダー論を不毛にしている所以でもあろう。

とはいうものの、明確なリーダーもおらず、能天気で傲慢なリーダー層がいる時代がもっとも不幸であることは間違いなくて、そのあたりは現代が

会社という組織も、国家と同様に、業績が傾きかけてくるとトップの独裁権が強くなります。部門で言えば、総務部主導になる。(P32)

といった時代であることを考えれば、やはり一定のリーダーは必要だ、という結論にならざるをえない。

さて本書によれば

どの組織でも、下士官暮らすのリーダーがうまく育っていない、シールズにような運動では、下士官クラスのリーダーは生まれようがない。

日本でもう一度システムを活性化させるには、やはり企業が重要ではないでしょうか。中小企業でも大企業でも、何らかの形で終身雇用があって、帰属意識が生きている企業、そういうリーダーシップはある企業は生き残るし、その企業がある地域は強くねっていく。あるいは職能組合や地域活動がしっかりしているのなら、それでもいい。人間が成長するには、やはり何かに帰属することが大事です。(P238)

「リーダー」と「組織」は相互に補完的な関係にあります(P239)

とのことである。そろそろ「個」の偏重による組織運営論ではなく、かつての「集団」による組織運営論に立ち返らないと、リーダーはいつまでも不在で、かといって時代の変化に耐えて我々を守護してくれる「組織」も再生せぬままなのかもしれないですね。

「The 読書」  である — 斎藤 孝「大人のための読書の全技術」(KADOKAWA)

読書の効用は様々なところで言われるのであるが、「本」を読み取ること、たくさん「読む」ことと言うのは、気合だけではちょっとうまくいかなくて、「技術」「テクニック」ということをきちんと知識として学習しておく必要があるように思う。

本書は、有数の読書家でもある、斎藤孝明治大教授によるレクチャーが、本書。

構成は

序章 社会人にこそ、読書術が必要な理由

第1章 読書のライフスタイルを確立する

第2章 読書の量を増やすー速読の全技術

第3章 読書の質を上げるー精読の全技術

第4章 読書の幅を広げるー本選びの全技術

第5章 読書を武器にするーアウトプットの全技術

終章 社会人が読んでおくべき五〇冊リスト

といったところで、見るからに読書の技術論の「総浚い」といった具合であるのだが、結構乱暴な「技術」もあって

たとえば「速読の技術」では

より多くの本をよむためには、速読する本と精読する本をきちんと選別して、効率化を図るべきなのです。

ただし、そのとき、あなた自信が、短時間で内容を把握する「速読モード」と、ゆっくり読む「精読モード」の二つのギアを持っている必要があります。(P70)

まず自分がたくさん読みたい分野の本を、集中的に何冊か読んで下さい。そうすると、その分野の知識が効率的に蓄積され、六~七冊読み終わった頃には、もう八割以上も事が理解できている状態になります。

その結果、はじめて手に取った本でも、残り二割だけを理解すればいいということになります。(P88)

といった風で、かなりのスパルタ読書論の風合いを感じさせる。

さらには速読術で「目次を読む」ことの重要性を訴える本は数々あるのだが、

最初に目次を読むことで、本の概要を知り、大事なところろをはっきりさせることができます。どこをしっかり読めばいいかをあらかじめ把握することで、読書スピードは確実に上がります(P98)

締め切りを設定するという意味では、本を買ったら、すぐに喫茶店に入るというのもおすすめです。

(中略)

具体的には、喫茶店に入って、一冊につき二〇分ぐらいかけて、サッサッサッとページをめくりながら、その本の内容を人に話せるぐらいまで把握します。

それをやっておくと、次に取り出すときには、もう天日干しした状態なので、いつでもすぐ食べられる(読める)状態になっていることになります。

だからこそ、本を買ったら、その日のうちにさばいておく。つまり、一目惚れしたテンションのまま、一気に中身を把握しておくべきなのです。

そのために最適な場所が喫茶店です。そもそも、喫茶店にはいつまでもいるわけにはいきません、せいぜい一時間といったところでしょう。(P99・P100・P101)

といった具合に叱咤激励する「読書術」の本はそうあるものではない。

さらには

まずはタイトルを確認して、次に帯、カバー袖の文書に目を通します。その後、目次や小見出しにサーッと目を通すことで、その本のおおよその主訴をつかんでいるのです。

それなら二、三分もかかりません。

そのうえで、その本の要点だと目星をつけた箇所に目を通し、パラパラとページをめくって、周辺情報を加えて全体を補強します。

そうすれば、新書一冊の内容を五分程度で要約することもできるようになるというわけです(P103)

肝の部分を書き始めるのは、三、四章からで、自分が一番いいたい結論は最後の終章にとめるのが一般的です。それなら、何も最初から読む必要はありません。すべてを要約してある最後の結論から読めばいいわけです。

このように本を逆から読む方法を、私は「逆算読書法」と読んでいます。(P105)

といったところは、かなりのネタバレと言わざるをえない。

「読書」というのは、「趣味ない人の趣味」みたいな扱いであったり、仕事をする上での道具みたいな扱いをうけることが多いのであるが、なかなかに歯ごたえのあるものでありますな、

よりよく「伝える」には ”技術” が必要 — 池上 彰「わかりやすく<伝える>技術」(講談社現代新書)

ここのところ、池上彰さんの「伝える」ということをテーマにした本を続けてエントリーしているのだが、今回は、「わかりやすく<伝える>技術」。

「伝える力」の第1版は2007年、「伝える力2」の第1版が2012年で、本書「わかりやすく<伝える>技術」が2009年なので、「伝える」シリーズの中間どころのレクチャー本という位置づけだろう。ただ、「伝える」「伝える2」との違いは、講談社現代新書らしく、かなり細かなテクニックも紹介されているところ。

それは構成にも現れていて

第1章 まず「話の地図」を相手に示そう

第2章 相手のことを考えるということ

第3章 わかりやすい図解とは何か

第4章 図解してから原稿を書き直す

第5章 実践編 三分間プレゼンの基本

第6章 空気を読むこと、予想を裏切ること

第7章 すぐ応用できるわかりやすく<伝える>ためのコツ

第8章 「日本語力」を磨く

第9章 「声の出し方」「話し方」は独学でも

第10章 日頃からできる「わかりやすさ」のトレーニング

といった成り立ちで、「話す」といったことに限定しないで、「表現する」「説明する」上での技術論が添加されている。

それは、

一つの長い文にすると、文章の中身の要素同士が論理的につながっていなくても、まるでつながっているように思えてしまうのです。(P61)

わかりやすい説明をするうえでは、「絶対に必要な情報」と「あってもなくていい情報」を峻別し、「絶対に必要な情報」だけを伝えること。「ノイズ」をカットした、クリアな情報が必要なのです(P85)

パワポには。文章を書いてはいけません。文章にすると、聴衆は、画面の文字を読んでしまいます。そんなことなら、そのパワポをプリントして聴衆に配ればいいのです。

プリントにしないのであれば、文章にせず、伝えたい要点、キーワードだけを抜き出すのです。(P91)

パワーポイントは1枚40秒で見せていく(P114)

3つの項目に組み立てて、パワポの見出しは文章にしない(P121)

といったところでも明らかであろう。

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「伝える」テクニックの第二弾 — 池上 彰「伝える力2」(PHPビジネス新書)

前作「伝える力」で、伝達することの、かなりのテクニカルなものを披瀝されたのだが、その第2弾。前作から第二作の間に、東日本大震災があり、その際の政府や電力会社の情報を「伝える技術」の稚拙さが話題になっただけに、注目されたのも事実なニオであるが、それから数年経過した今は、少々は冷静に評価しつつ読んでもよいだろう。

構成は

第1章 東日本大震災と「伝える力」

第2章 テレビの現場から私が学んだこと

第3章 世間にあふれる「わかりにくい表現」「伝わりにくい言葉」

第4章 もっとわかりやすく伝える方法 1

第5章 もっとわかりやすく伝える方法 2

第6章 気になる言葉、気になる表現

第7章 日本語は乱れているのか

第8章 かつて私も「伝える力」に悩んでいた

となっているのだが、「伝える」テクニックを学ぶのであれば、第5章あたりまででよいかもしれない。

で、今回は他の著作でも共通のテクニックとして出てくるものがあって、例えば

わかりやすい説明をするには、相手にまず「話の地図」を渡す(あるいは示す)ことが大切だと私は思っています。

「話の地図」とは話の全体像で、最初に伝えるべき内容でもあります(P32)

といったあたりがそう。

さらに、この本で引用されている事例はちょっと古いが、最近のトランプ大統領の演説を聞くと

印象的な言葉を何度も繰り返す。この演説の酒保言うはアメリカ人がよく用います。

最近では、アメリカのオバマ大統領の”Yes We Can”があります(P49)

野田総理の所信表明演説が”アメリカ流”だったのは、同じフレーズを繰り返すことだけではありません。国のため、公のため、人々のために命がけで尽くしてくれた人をその名前まで出して紹介したことも、アメリカ流(P50)

といったところは、アメリカの演説のセオリーを教えられる。

まあ、「力」とは表現されているが、様々なテクニックの集合体が「力」になるものと考えれば、小さなテクニックをこつこつ学習していくことが有効であるような気がする。

何事も「積み重ね」ということでありますかな。

「新聞」はまだまだ面白いメディアだ — 池上 彰「池上彰の新聞活用術」(ダイヤモンド社)

新聞の発行部数は、日本新聞協会のデータによると2016年現在で一般紙、スポーツ紙あわせて43,276,147部であるらしく、2000年の53,708,831部に比べると15年ほどで1000万部減らしている勘定になるらしい。だが、1世帯あたり部数は2000年が1.13部、2016年が0.78部と、まだまだメディアとしての力、影響力は計り知れないものがあるね、ほとんど世間様への影響力を持たない当方としては恐れいるしかない。

本書の著者の池上彰さんはテレビ出身とはいっても、ニュースキャスターも長年努め、読書術や新聞のスクラップや情報入手の方法など、「紙」ベースの情報収集にもとてつもなく見識のある人で、「新聞の読み方」なども様々な媒体で論じておられているのだが、そんな池上彰氏の「新聞愛」にあふれた著述が本書。

構成は

第1章 ニュース力を磨こう

第2章 数字力を磨こう

第3章 伝える力を磨こう

第4章 書く力を磨こう

第5章 想像・推理力を磨こう

第6章 見せる力を磨こう

第7章 発想・コミュニケーション力を磨こう

となっていて、筆者の朝日新聞の連載コラムをまとめたものである。なので、とりあげる範囲も新聞の活用術だけというわけではなく、「世の中が物騒になった、昔がよかった」という論調に対して、

凶悪事件は減っていても、「凶悪事件報道」は増えている(P76)

といった冷めた視点を提供したり

現場の臨場感を伝えることができない新聞記事は、優れたものとはいえません(P81)

と新聞記事批判を展開したかと思うと、最近、さるスキャンダルのせいか画面や紙面で見かけなくなった、女優の江角マキコさんの早世した「お父さん」と、家族を残して癌に倒れた「弟さん」についての記事を紹介(P120)して「ホロリ」とさせたりと、技は冴えているのである。

で、「うむ」と思わされたのは、新聞記者の資質に関しての

新聞記者に必要な資質、それは世の怒りをいち早く察し、切れ味するどい短文で表現する能力(P154)

であったり、「後期高齢者」という名称をめぐっての騒動に際して、同じく

記者の資質として大切な要素の一つは想像力。世の中の人は、どんな思い出暮らしているのか、何に怒っているのか、そんな気持ちへの想像力です(P165)

といったあたりで、ここらは、「新聞記者」だけでなく、「公」に携わる者が心に刻んでおかねばならないことであろうな、我が身を振り返ったのでありました。

新聞の読み方指南、新聞情報の活用指南というよりは、「新聞にまつわるエッセイ」といった感じで読んだほうが、すっきりする一冊でありますな。

ノートはデカイほど良い? — 横田伊佐男「一流の人は なぜ、A3ノートを使うのか(Gokken)

情報整理や発想のツールはいろいろあれど、「ノート」に拘る人は一番の多数派であって、これはデジタルなガジェットがどれだけ普及しようが、いまだに変わらないように見受けられる。で、そのお勧めされるノートのサイズも、人によって様々ななのだが、中でも最大なのは、この「A3ノート」であろうが、A4はポピュラーではあるが、A3となると「デカすぎる」の一言で片付けられそうにもなりかねない。

構成は

1 なぜA3ノートなのか

2 なぜ「ノート」なのか?PCではダメなのか?

3 書く前に何を知っておくべきか?

4 A3・1枚にあらゆる発想を書き出す

5 A3・1枚をフレーム分割して、発想を整理する

6 A3・1枚で「全体像」を網羅する

7 A3ノート徹底活用術

となっていて、そのあたりを考慮して、なぜA3といあたりから始めないといけないのがまわりくどくはある。

で、その理由は

日本を代表する世界企業のトヨタ自動車では、社内資料はA3で徹底されている

また、大前憲一氏はA2(A4用紙4枚分)という巨大な方眼紙を使って左下から右上に向かって書く(P23)

といったところであって、あまり根拠らしいものは感じられないのだが、当方としては、市販されているものの中では、ノートパッドや用紙ではA3が一番デカイくて入手しやすい、というところであろうと落ち着いた。

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いつでも、どこでも「デキる」人の行動法則 — 相原孝夫「ハイパフォーマー 彼らの法則」(日経プレミアムシリーズ

どこの職場でも「エース」と言われる人はいるものなのだが、コンスタントに懸案課題を解決したり、実績を出す人というのはいるようでいない。本書は、そうした人材へのインタビューやゔょうさを通じて、恒常的に高いレベルで成果を上げる人についてのレポートである。

構成は

第1章 前向きなあのひとが、なぜ結果を残せないのか

第2章 良くも、悪くも、すべては循環する

第3章 期待の新人は、なぜ「平凡な社員」になったのか

第4章 失敗から学ぶ彼らにとって、「ゲーム」だ

第5章 彼らは、とにかく「小さな行動」を続ける

第6章 彼らは身近な人を支援し、成功を助ける

第7章 彼らは、たまたまの成果を喜ばない

第8章 彼らは、環境が変わっても瞬時に溶け込む

終 章 職業人生を終える時、どういう思いをもちたいのか

となっていて、こうした「デキる人」のレポートは、能力自慢や明るい性格傾向といった、とてつもなく「正」の部分が強調されすぎるきらいもあるのだが、本書は

どんな境遇もポジティブに捉えて前向きに進むことは生きていく上でたしかに重要なことである。それ自体、否定されるべきことではない。しかし、様々な事象を見てみると、ポジティブ思考が必ず良い成果を引き寄せるとは限らない事が多い。(P26)

ネガティブ思考の人は、「もし別の方法を採っていたら、うまくいっていたかもしれない」と考える。この考えは次回への教訓になるため、次のいい結果をもたらす可能性が高まる。ポジティブ思考の人は、「今回採った方法が最善であったに違いない」と考えてやり過ごす。こうした感揚げは、あまり落ち込まずにすむという点においては有効だが、物事を改善し、次回以降のパフォーマンスを高めたい場合にはあまり役にたたない(P26)

「問題解決力に自信」が悪循環を招く(P42)

自分の技術力や交渉力に自身があることがかえって災いしており、問題の予兆を見過ごしている可能性があり、それが悪循環を招いている可能性があった。問題が発生してから対処するので、付け焼刃的な対応になったり、他のプロジェクトに遅れが生じたりする。(P43)

といったあたりは、世間よくある「成功のためのメソッド」へ高らかに反旗をひるがえしており、「うむ、なかなかですな」と頷くところも多い。

そして、結構以外なのが、ハイパフォーマーとされる人の、行動傾向、性格軽傾向で

「プロセス重視」の姿勢や「他者尊重」「周囲との関係性重視」の姿勢は好循環につながりやすく、一方、「過度な結果重視」や「周囲との関係軽視」は悪循環を招きやすい (P74)

ハイパフォーマーの多くは、失敗体験についても躊躇することなく語った。しかも、成功体験を語り場合とほとんど変わりなく、事細かにその時の状況を記憶していた。自分の役割だけでなく、関係していた人たちの特徴や役割についても詳細に語った。

一方、アベレージパフォーマーの多くは、成功体験については雄弁に語るものの、失敗体験となると途端にトーンダウンした。(P99)

ハイパフォーマーたちを分析していて分かったことがある。失敗の受け止めは「楽観性」とセットになっているということだ。深刻になり過ぎずに比較的さらりと受け止めることができる。感情面はスルーし、事実だけ受け止めるため、必要以上にダメージを受けない。

「ビジネスは所詮ゲームだから」という意見をハイパフォーマーの人たちから幾度も聞いたことがある。これも不思議にハイパフォーマー以外の人たちからは聞くことのない意見である。もちろん、不真面目なわけではない。仕事に対して真剣に取り組んでも、深刻にはなり過ぎない。「最悪でも、会社をクビになるくらいなもの」といった割り切った意見が聞かれる。

そのような人たちは、失敗しても、自分自身を否定するわけではなく、その時の状況やその中での自分の判断や行動を客観的に振り返れるのだ。(P106)

といったところは、ハイパフォーマーと呼ばれる人は、能力がべらぼうに高いというよりは、精神的なしなやかさ、強さといったものの特性によることが多いようであり、

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