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小味のきいた短編集をどうぞ — 近藤史恵「土蛍」(光文社時代小説文庫)

堅物同心・玉島千蔭を中心とする「猿若町捕物帳」も第5弾となった。
先んじる4冊(もっとも梅ケ枝の登場する第1作をその中にいれてはいけないかもしれないが)では、千蔭に周辺の、その巻をリードする形の女性が登場したのだが、この5作目は登場しない。まあ、シリーズを通して千蔭に絡む花魁・梅ケ枝がそうといえばいえなくもない。
 
収録は
 
「むじな菊」
「だんまり」
「土蛍」
「はずれくじ」
 
の4作
 
それぞれを簡単にレビューすると
 
まず、「むじな菊」は吉原の茶屋で火が出て、それで火傷を負った「梅ケ枝」が市中の旗本屋敷で朋輩と一緒に養生するところpから始まる。まあ、この旗本屋敷のことは、後の「土蛍」の伏線にもなっているのだが、それは置いといて、本筋は貧乏長屋に住む、妹・良江のところに博打好きの兄・作次郎が訪ねてきて金をせびっていく。そのうちに、この長屋の差配が殺される。この差配は兄を説教して諍いに成ったこともあるのだが、果たして犯人は・・、という話。「むじな菊」とは着物の柄で、八重菊の細かな花弁にも見えるが、一方で狢の毛並みにも見える柄のこと。見方によって、まったく異なる様相を見せる「人」の相と同じでありますな。
 
「だんまり」は辻斬りならぬ「辻の髷切り」の話。兄の借金の片に、吉原に売られそうになった、「お鈴」という巴之丞の一座の芝居作者・利吉の兄弟子の妹にまつわり話。博打と辻斬りの共通点がキーになるんだが、「ほう」と読むべきは、兄に依存していた妹が一連の騒ぎで逞しくなるあたりか。
 
「土蛍」は降って湧いたような梅ケ枝の身請け話を並行話としながらの、巴之丞と同じ芝居小屋で「新八」という役者が首を吊った事件の真相の話。新八は、師匠の杉蔵が孕ませた女性を女房にしているのだが、この杉蔵という役者、女を孕せては弟子に押し付けるという素行の悪さで有名なのだが・・、という話。で、梅ケ枝の身請け話の真相が、1作目の彼女たちが火事に焼け出されて世話になった旗本の家の奥方に関係するのだが、貞淑で従順な女性の怖さってのに底冷えしそうな感じがしますな。
 
「はずれくじ」は貧乏長屋でくすぶっている「直吉」という男が殺される事件。直吉は大工の息子に生まれるが、高所が苦手。それでも大工になろうとしてすぐに落下事故をして怪我をしてから、ケチのつき放題という男。彼は同じ長屋に住む「はる坊」に横恋慕している。そんな時、同じ長屋の後家に富くじをかてもらえないかと頼まれ、寺へ出かけたのだが、その途中に殺害されるとだが、犯人は・・という話。美しく育った「はる坊」というところに綺麗な女性好きの読者である当方は騙されてしまってのでありますな。
 
ということで、第5弾は、梅ケ枝と千蔭との仲が進展するわけでもなく、また二人の間に入る女性が登場するわけでもなく、ちょっと箸休めといった風なのであるが、箸休めで呑む酒が結構いけるように、風味が利いた話が多くて楽しめる一冊でありました。

またさらに堅物同心に誘惑がやってきた — 近藤久惠「寒椿ゆれる」(光文社文庫)

堅物同心・玉島千蔭と売れっ子の女形役者・水木巴之丞、売れっ子花魁・梅ケ枝の三者が繰り広げる捕物帳の第4弾。
 
収録は
 
「猪鍋」
「清姫」
「寒椿」
 
の三編。
 
このシリーズは、一冊ごとに千蔭に関係する「女性」が現れる筋立てになっていて、1作目は「梅ケ枝」、2作目は千蔭の親父の千次郎の内儀になってしまう、跳ねっ返りの「お駒」、三作目は、お駒の幼馴染の商家のお嬢様の「おふく」といった具合で
千蔭と良い仲になりそうで、離れていってしまうのであるのだが、今回は、どうも結納までいってしまいそうな、祐筆家のお嬢様の「おろく」という女性。
ただ、大身のお嬢様らしからぬ大柄で、やたら「数字」にこだわるという行き遅れでもある。
 
ざっくりとレビューすると
 
「猪鍋」は千蔭の若い母親となったお駒が妊娠し、つわりが酷いため、体が弱っている。そんな時に巴之丞に勧められた猪鍋屋にまつわる事件。この猪鍋屋、上方帰りの若主人によって大繁盛店になったんもだが、この若主人が上方で修行した見せの若旦那が敵で狙っているし、若主人は若主人で繁盛店の驕りか、女道楽が・・、といった事件の種満載の設定。さて、この店が急に繁盛店となった理由は?
 
 
「清姫」は、ご想像どおり「安珍清姫」が下敷きであるのだが、襲いかかられた巴之丞には見に覚えもなく、さらには犯人らしき娘にも覚えがないという筋。さらには、この犯人らしい娘が、「蛇」らしきあやしさではなく、「猫」に似てるとはあまり粋ではない。
 
三話目の「寒椿」は、今までの二話で千蔭と結納までいきそうになっている「おろく」嬢との仲が、案の定と言うか、大波乱、大破綻となる。もともと、祐筆の家の6女で、町奉行の同心の千蔭とは家格がまったく釣り合わないにもかかわらず、なぜにこうトントン拍子に縁談が進むのか、といったところの謎が解けると、千蔭のライバルの北町奉行所の大石の実直さが生きるというところであるか。ついでにいうと、「椿」はこの話でも首が落ちるということで忌み嫌われていることになっているのだが、他の説によれば、ポトンと落ちるところが「潔い」と実は評価されていたという話もあって、一筋から物事を捉えててはいけないということか。
 
さてさて、このシリーズも4作目となると、これからどう展開するか、とりわけ、千蔭と梅ケ枝との仲がどうなるか、が気になるところなのだが、ここまで、いろんな女性を登場させておい、最後にまさかのドンデンてなことがあるのかもしれんですね。

「買い物依存症」の女性に仕掛けられた罠とは? — 近藤史恵「カナリアは眠れない」(祥伝社)

近藤史恵氏については、時代物を最近レビューしてきていたのだが、久々にミステリーについてレビュー。
 
今回は書き下ろし作品で初版は平成11年であるので、時代風景、あるいは主人公たちの持つデバイスは少々古いのは間違いないのだが、この作品で描かれる「依存症」は現代に至っても消して解決しているとは思えず、むしろ当たり前の病理として深く我々の精神性の中に浸透してしまっている気がする。
 
筋立ては、筆者の得意な複数の流れがそれぞれに進行し、それが合流する所で、一曲に大団円、事件の解決、といったもの。
 
そして、その流れの一つは、大阪の三流雑誌の記者が、場末の整骨院で乱暴で風変わりの院長と、そのアシスタントの美人姉妹に出会う。彼女たちも、なにかしら精神的なトラウマを抱えているのだが・・・。というものと、かつてカード破産をした女性が見合い結婚を経た、今は若手実業家の奥さんにおさまっている。しかし、その買い物癖は治まらず、それどころか彼女の高級ブテックを経営する同級生にであったことで加速化し・・・、という二つの流れがどんとぶつかる。
 
今回の解くべき謎は、もちろん、雑誌記者の方ではなく、買い物中毒の女性に仕掛けられた罠であるのだが、その仕掛け人は・・というところは本書で。
 
こうした「依存症」を扱うものは、ミステリーであっても重くなりがちで、患者たちが陥った原因であるとか環境であるとかが深掘りされがちであるのだが、本書は、そういう事象は事象として扱っていて、いつの間にか、物語の主役の一人で、罠を仕掛けられる被害者であるんだが、買い物依存症の「内山茜」に、同調して彼女がなんとか助からないか、と思わせてしまうのは、筆者の筆の冴えであろうか。
 
まあ、本書は難しいことは考えず、買い物依存症の過去の女性に仕掛けられたサスペンス。ミステリーととらえて気楽に楽しむべきでありますね。

プロ野球選手の奥さんの軽〜いタッチの謎解き — 柴田よしき「あおぞら町 春子さんの冒険と推理」(原書房)

主人公は元看護士で、今はプロ野球選手の専業主婦の「春子さん」。青空市のマンション住まい(ベランダは広い様子)。夫の陽平くんは幼なじみで東京ホワイトシャークスというプロ野球チームの捕手。もっぱら二軍暮らしで、自由契約の瀬戸際あたり、というところが本書の設定。

舞台は、埼玉県の「あおぞら市(青空市)」というところ。三作目で「多宮市のほうが物件も豊富で・・」(これは大宮市のもじりだよね)。「一軍のホーム球場が都心のど真ん中なんで」といったフレーズがあるので、ヤクルト戸田球場のある「戸田市」あたりが原型かなと詮索するが、そこが謎解きと関係しているわけでもないので、ここらはどうでもよいことではある。

収録は

「春子さんと、捨てられた白い花の冒険」

「陽平くんと、無表情なファンの冒険」

「有季さんと、消える魔球の冒険」

の三作。

「春子さんと、捨てられた白い花の冒険」は、土のついたままのパンジーをいれたダンボールを捨てようとする近所の男性を見つけるところから始まる。で、そのパンジーを土ごともらってしまうのだが、その後、ふたたび土つきの百合のダンボールを引き取ることになったのだが、その中に手紙が・・・、といった筋立て。ダンボールを引き取った理由は謎解きのあとに出てくるのだが、なんとも風情があるのだかないのだかわからない「虫愛る姫君」さながらの趣味。まあ、この趣味が高じて、人助けできたのだから良いとするか。

「陽平くんと、無表情なファンの冒険」はチームの二軍の試合に、毎回同じところに座るのだが、全く野球に興味のなさそうな女性の謎。二軍の試合のチケットは普通予約はなく、同じ席に座るには結構苦労がいる。さて、その隠された理由は、ということで、地方都市来からぬ、大がかりな事件が秘められたいる様子。

「有季さんと、消える魔球の冒険」は、偶然知り合った、元プロ野球の大物選手の隠し子にまつわる話。隠し子の娘さんは知的障害があるのだが、彼女が、春子になついてくる理由の影には、彼女の母親が、その大物選手に隠し通した優しい秘密が・・、といったお話。

収録数は少ないが、謎解きもどろっとしたところのない、いずれもウエハースのような、さくさくとした後味の良い話ばかり。プロ野球選手の妻が主人公、ということでなにやらスキャンダルめいたものが、と変な期待もあったのだが、どちらかというと、地方都市の日常に潜む「謎解き」といった味わいの短編集でありました。

スナック菓子のようなサクサク・ミステリー — 柴田よしき「石狩くんと(株)魔泉洞ー謎の転倒犬」(東京創元社)

ミステリーには世間と同じように流行り廃りがあるもので、本格モノが流行った頃もあれば、松本清張や森村誠一の”社会派ミステリー”が全盛だった頃などなど、その時の時勢に応じて移り変わっていくもの。とはいうものの、この魔泉洞シリーズのように、かるすぎるタッチのミステリーが全盛を誇ったという時期は、あまり記憶になく、どちらかといえば、スナック菓子のような間食的な扱いであるといっていい。

収録は

時をかける熟女

まぼろしのパンフレンド

謎の転倒犬

狙われた学割

七セットふたたび

の五編で、見ておわかりにように、題名は、著名なミステリーのもじりであるのだが、話の筋立ては、底本とは関係ない。

ざっくりとレビューすると

「時をかける熟女」は、本書の主人公である「石狩くん」と、もう一人の主人公、占い師の「摩耶優麗」がでくわす導入篇。彼がビルのカーペット敷きのアルバイトをしているところで、優麗にリクルートスーツ+ノーパソ+デジカメの衝動買いで財布が空っ穴になっているところを見抜け変えるところから始まる。その後、バイト代を掏られて、と急展開し、とりあえず摩耶優麗の「占いの館」魔泉洞に就職するまで

「まぼろしのパンフレンド」は、魔泉洞に就職して優麗の付き人を始めた石狩くんが、優麗とともに、占いのお客の恋人の失踪事件の解決に乗り出す話。「パン」に込められた失踪のヒントは果たして、といった筋。

「謎の転倒犬」は彼女イナイ歴の長い石狩くんが、良家のお嬢様に出会うのだが、彼女の飼い犬はどういうわけか散歩の途中で突然寝転んでしまうようになったのだが、このわけと、日本と外国との二国間交渉の行方がからんでくるという、ちょっとした政治的陰謀もの。

「狙われた学割」、前の「謎の転倒犬」でめでたくお知り合いになった良家のお嬢さん、野瀬さん達との合コンで、彼女のお友達の「見知らぬ男が改札口で、期限切れ間近の定期券を掠め取っていった」という妙な盗難事件を、合コン会場に入りこんだ優麗が推理するというもの。

「七セットふたたび」は、魔泉洞経歴も長くなってきた石狩くんは、優麗のタレント本(当然ゴーストライターが書いているのだが、まてよ、”当然”というのは変か)に校正を担当するまでになっってるのだが、職場で校正中に、何者かに襲われ、原稿を奪われてしまう、という事件の解決。

といったところで、見るからに深刻さもなければ、社会的な悪の糾弾もなく、さりとて恋愛ネタや因縁モノでみないという、サクサクカリカリと読んでいける軽~いタッチのミステリーで、謎ときのネタも、緻密さではなく、炭酸飲料のスカッとした味わいのようなネタである。

まあ、難しい悲痛な顔で読むのもミステリー、寝る前に寝酒代わりにクイッと読むのもミステリー。ミステリーに貴賎はないというもので、シチュエーションに応じて愉しめばよいんでありましょうね。ミステリーで深刻ぶりたくない人にオススメであります。

術中に嵌って楽しむべし、円熟の変調百物語 — 宮部みゆき「三鬼」(日本経済新聞社)

怪談もの、怪奇話というと、とかく読後がざらざらしたものが残りがちのものが多いのだが、宮部みゆきさんの怪談ものは、最後の方になにかしら「救い」「光明」のようなものがある。

この三島屋変調百物語のシリーズもそんな風で、それは、聞き手の三島屋主人の姪「おちか」の明るさとあわせて、三島屋の人々の懷の深さもあるのかもしれない。

収録は

第一話 迷いの旅籠

第二話 食客ひだる神

第三話 三鬼

第四話 おくらさま

となっていて、今回は、冬の怪異譚が中心である。

ざっくりとレビューすると

「迷いの旅籠」は今の東京・神奈川を流れる鶴見川の上流の「小森村」での出来事。そこの村娘の「おつぎ」が語り手を勤めるのだが、不思議を語ろうとして語りつくせぬ子供の話しぶりがなんとも可愛ゆくもある。話の大筋は、村の名主の隠居が死んだ隠居所に、死んだ者たちがあの世から帰り始めるというもの。死者に寄せ生者の思いは様々であるな、と実感する。

「食客ひだる神」は、繁盛する弁当屋に憑いた「ひだる神」の話。その弁当屋は繁盛しているにもかかわらず、夏の一定期間を休業するのが店のきまり。そのいわれが、主人が創業の時から取り憑いている「ひだる神」にあるらしいのだが・・・、というもの

「三鬼」は堅物のお武家様が語る話。山陰の外様の小藩「栗山藩」の元江戸家老が、若い頃、妹の悪さをしかけた藩の重臣の息子を懲らしめた咎で、領内北部の山へ疾走した「山番士」の代わりとして送られるのだが、そこでの怪異譚。送られた山里の村は二つに分かれているのだが、その間の村人の行き来はほとんどない。そこで前任者の疾走した謎をおいかけるうちに、村で不幸がおきるときに現れる、黒い籠を被り蓑を着込んだ怪しい者に出くわすのだが、さてその正体は・・・、という話。

最後の「おくらさま」の語り手は、若い娘の身支度をして、妙に意識も若い老婆。彼女は老舗の香具屋のお嬢様であるらしいのだが、その店では店の「蔵」につく守り神がいて、その名が「おくらさま」。その守り神は店を火事などの災厄から守ってくれるのだが、そうした事態がおきると神通力が切れるのか、神様の代替わりが必要になる。その代替わりになるのは、その店の娘と決まっているのだが・・・、というもの。物語の途中で、この婆さんは忽然と座敷から消えてしまい、後半は、この香具屋を探して全体の謎を解き明かす展開となり、久々に座敷の外にでる話。どうも、この三島屋ものは「蔵」がからむと第一作の「家鳴り」のように、座敷の外での謎解きが主流となるようである。

さて、短編のシリーズ物は巻を重ねるに連れてマンネリ化して、長編化の道を歩んでしまうことがよくあるのだが、この三島屋シリーズは、短編のままクオリティを維持しているところが、流石、手練の技。「瓢箪古堂」という新たなキャストも登場して、ますます円熟度を上げておりますな。おちかさんのプライベートな身の振り方もそろそろ気になるところでありますが、残念ながら、今回は進展はありませんな。

本屋のホームズとワトソン、書店営業と出会う — 大崎 梢「ようこそ授賞式の夕べに」(東京創元社)

成風堂書店シリーズの第3弾。今回は、書店大賞(本屋大賞のもじり、だよね)の受賞をめぐり、怪文書が届き、それをマスコミが嗅ぎつけ、本屋大賞の実施が  というストーリー立て。

本屋大賞当日の7時40分に始まり、20時30分に事件の解決をみる、という実質 13時間ぐらいの話であるので慌ただしいこと極まりないが、テンポよく進行するのと、「邂逅編」とあるように成風堂の杏子、多絵と書店営業のひつじくんたちが事件の解決に向かって、半ば共同作業をするという新味があって、最後までぐいぐいと読ませる。

話の大筋は、書店大賞の実行委員に、今の書店大賞は創設時の趣旨を損なっているといった趣旨のファックスが届くあたりから開始する。

ところが、その差し出しの「飛梅書店」は数年前に店主が急死して店をたたんだ書店で今はない。さて、誰がどんな目的で・・・といったところで、成風堂のメンバーと書店営業のメンバーがそれぞれに捜査を開始し、やがて真実に向かって大集合する、といったところ。

主筋は、誰が何の目的で本屋大賞の妨害をするのか、といったことなのだが、それとは別に、昨今の出版業界の様子であるとか、書店の経営の厳しさなどなど、「本」の業界の裏話的なことが随所にでてくるのが興味深い。

ちょっと楽屋落ちっぽいところがないではないのだが、成風堂シリーズ、書店営業マンシリーズどちらの読者にもおすすめでありますな。

書店業界・出版業界の裏話もまた興味深い — 大崎 梢「背表紙は歌う」(創元推理文庫)

中小出版社の明林書房の営業の「ひつじ」くんこと井辻智紀くんの書店シリーズの第2弾。

収録は

「ビターな挑戦者」

「新刊ナイト」

「背表紙は歌う」

「君と僕の待機会」

「プロモーション・クイズ」

の5編。

さて、ネタバレすれすれのレビューをば。

「ビターな挑戦者」はひつじくんが、大手取次店の横柄な大越こと「デビル大越」に出会うところからスタート。彼は社内外問わず横柄で傲慢で有名なのだが、どういうわけか書店の評判は良いという謎とき。最近の出版不況というか、本離れのご時世で経営の厳しい書店の哀歌が垣間見えるお話

「新刊ナイト」は、新人作家のサイン会にまつわる話。人前に出たがらない作家さんがようやくOKしたサイン会とトークショーなのだが、サイン会の最後の書店で、その作家の高校の同級生という書店員にひつじくんが出会う。ところが、この作家さんの評判の最新作は、高校時代を舞台にした自叙伝っぽくて、しかも、その高校の同級生や教師は性格の最悪なやつらの話ばかり。その書店員はサイン会でぜひ会いたいと言っているのだが、間違うとサイン会・トークショーがドタキャンになる、さて・・、というお話。まあ、大団円ではあるのだが、ひつじくんのお手柄ではないよな

表題作の「背表紙は歌う」は新潟の地方書店(シマダ書店という名になっている)の経営危機をどう救うか、というもの。智紀のジオラマの師匠で、今回彼に相談をもちかける、フリーの書店営業の久保田さんは、この書店の経営者の元配偶者。経営の危機の原因は地方の素封家で文化人の有力者と書店経営者の喧嘩が素らしいのだが、どうやら、前妻の久保田さんのことも関係しているような、していないような、といったところで、今回は、遠隔捜査役として、智記の同業他社の書店営業の真柴氏がよい働きをしてくれる。地方出版と地方文化の関係は切っても切れないのだが、この間にもグローバリズムの盈虚ぷがでてるのかも、と思わせるエピソードが挟まる。

「君と僕の待機会」は東々賞という文学賞にまつわる話。この賞が出来レースだ、という噂が流れ、エントリーされている作者の事態騒ぎまで出そうな風情。これはマズイと、書店営業の面々が謎解きに乗り出す、というもの。

最後の「プロモーション・クイズ」は新刊につけられる、書店員のコメントにまつわる話。コメントにこめられた謎と書中にでてくる「なぞなぞ」との二重の謎解きがでてくるのだが、この話で、別のシリーズでおなじみの成風堂の名探偵が謎解きに参加する。

これは「授賞式の夕べに」の布石でもあるかな。

当方、電子書籍はであるとともに自炊派でもあるので、書店や出版社を含め「本」というものに関連する業界には思う所いろいろあるのだが、まあ、「本」一つの産業であり文化であることは間違いない。そして、産業であるから、様々な内輪話とかトリビアとかがあって、そうしたことも楽しみの一つになるのは間違いない。業界ネタ満載の明るい名ステリーとして楽しめるものでありますな。

寄席は「落語」ばかりではないよ — 愛川 晶「高座の上の密室」(文春文庫)

東京の神楽坂の老舗寄席「神楽坂倶楽部」シリーズの第2弾。

寄席といえば、落語、噺家が中心となるのだが、寄席の演目はそればかりではない。手妻、大神楽と呼ばれる撥・傘の曲芸、漫談など「色物」と呼ばれる他の芸も豊富なのだが、タイたいていのところ、ここに注目した小説はあまりお目にかからない。

今回は、そんな色物を題材にしたミステリー。

収録は

高座の上の密室

鈴虫と朝顔

の二編で、最初の「高座の上の密室」が手妻。二番目の「鈴虫と朝顔」が大神楽という芸が主題。

最初の「高座の上の密室」は手妻師母娘の「葛籠(つづら)」を使った「葛籠抜け」という手妻がメインテーマ。ちなみに、本書によると「手妻」の「ツマ」はもともと刺身のつまとと同じで「てづま」つまりは手慰みという意味で、仕掛けらしい仕掛けを使わず、指先の技術を見せる芸を「手妻」、からくりのある道具や大道具を使う芸を「手品」というらしい。

この話では、手妻師とその元夫で元噺家の師匠との確執がからんでくるので少々込み入ってくるが、篭抜けのトリックの謎解きと、母娘がテレビの録画の前で篭抜けの実演をやった時に、娘が舞台の上から忽然と消えてしまうという児童誘拐もどきの事件の謎解きもセットの二重の謎解き。

二番目の「鈴虫と朝顔」は太神楽という曲芸の父から息子への芸の伝承がテーマ。太神楽とは、「ルーツは室町時代までさかの」ぼり「もともとは「代神楽」、つまり神社に参詣できない人たちのため、出張サービスとして獅子舞などを行っていたのに、やがて曲芸や茶番が加わって現在の形になった」ものであるらしい。

謎の大筋は、神楽坂倶楽部で太神楽を演じている「鏡太夫一座」が父親の鏡太夫から息子の鏡之進の代を譲るに当たり、席亭代理の希美子に芸の検分をしてほしい、というところから。で、その検分の当日、鏡之進は高座の前列に座った高校生カップルを前に、どういう訳か、課題である五本の綾撥を披露しない。披露したのは傘芸でしかも季節外れの「鈴虫の鳴き分け」。なぜ鏡之進は、襲名がかかった大事な時にそういうことをしたのか・・・、という理由を希美子が解き明かすのが一番目の謎解き。これをもとにして、鏡太夫の離婚の理由と天才と評された鏡之進の姉の突然の芸の衰えと引退、そして鏡太夫の引退の理由あたりもはっきりとしていくのが第二・第三の謎解きである。

一作目と同じく、小粒感は否めないが、なに、大掛かりな長編モノばかりがミステリーの醍醐味ではない。最近は、400g超えのステーキや、フランス料理フルコースのようなものが評価される傾向が強いように思うのだが、蕎麦屋で台抜きか小さな小鉢に入った酒盗を肴に、日本酒をキュッと呑って、スイッと店をでていくようなミステリーの醍醐味もあるというところであろうか。

現代娘「寄席」の経営者デビュー — 愛川 晶「神楽坂謎ばなし」(文藝春秋)

「神田紅梅亭」シリーズに続く「寄席」ものが、この「神楽坂倶楽部」シリーズ。発端は、神楽坂倶楽部の席亭の娘に生まれつつも、幼いころに、席亭の父と母が離婚したため、生き別れになっていた教育系出版社に勤務する「武上希美子」が、父の実家「神楽坂倶楽部」の席亭代理となり、芸人や近隣の人々、あるいは実の父親などが巻き起こすトラブルに振り回されていきながら、謎解きをしていくというストーリー。

もともと、出版社から席亭代理になる経緯も、大御所の落語家の時事評論ものの出版をめぐるトラブルからということで、まあ落語家をはじめとする芸人とは切ってもきれない関係であったということか。

収録は

セキトリとセキテイ

名残の高座

の二編。

で、今回の「神楽坂」シリーズは、「紅梅亭」シリーズが落語が中心であったに対し、今回は手妻、大神楽といった「色物」がよくでてくる。

「セキトリとセキテイ」は、このシリーズのオープニング・ストーリー。冒頭の大御所落語家の出版をめぐるあれこれと生き別れの父親との再会、そして席亭代理への就任といったあたり。

「名残の高座」は、癌にかかって余命幾ばくもない老噺家の最後の高座の話。といっても、病気と年波で結構芸が荒れてしまっている老師匠にの引導を渡していく筋なので、本来とてつもなく暗くなるか、妙に人情噺っぽくなるのが常ではあるが、希美子が席亭代理になる原因となった噺家、寿々目家竹馬の計らいで粋に仕上がっている。希美子の化物よけのおまじないの所以などなど幼いころの記憶の種明かしが判明する。

謎と言っても小ぶりの寄席ネタが多いので、本格モノなどを期待して読みたい向きにはちょっと向かないが、寄席や高座の豆知識を得ながら楽しめる、ちょっとした箸休め的なミステリーというべきであるかな。