カテゴリー別アーカイブ: ミステリー

プロ野球選手の奥さんの軽〜いタッチの謎解き — 柴田よしき「あおぞら町 春子さんの冒険と推理」(原書房)

主人公は元看護士で、今はプロ野球選手の専業主婦の「春子さん」。青空市のマンション住まい(ベランダは広い様子)。夫の陽平くんは幼なじみで東京ホワイトシャークスというプロ野球チームの捕手。もっぱら二軍暮らしで、自由契約の瀬戸際あたり、というところが本書の設定。

舞台は、埼玉県の「あおぞら市(青空市)」というところ。三作目で「多宮市のほうが物件も豊富で・・」(これは大宮市のもじりだよね)。「一軍のホーム球場が都心のど真ん中なんで」といったフレーズがあるので、ヤクルト戸田球場のある「戸田市」あたりが原型かなと詮索するが、そこが謎解きと関係しているわけでもないので、ここらはどうでもよいことではある。

収録は

「春子さんと、捨てられた白い花の冒険」

「陽平くんと、無表情なファンの冒険」

「有季さんと、消える魔球の冒険」

の三作。

「春子さんと、捨てられた白い花の冒険」は、土のついたままのパンジーをいれたダンボールを捨てようとする近所の男性を見つけるところから始まる。で、そのパンジーを土ごともらってしまうのだが、その後、ふたたび土つきの百合のダンボールを引き取ることになったのだが、その中に手紙が・・・、といった筋立て。ダンボールを引き取った理由は謎解きのあとに出てくるのだが、なんとも風情があるのだかないのだかわからない「虫愛る姫君」さながらの趣味。まあ、この趣味が高じて、人助けできたのだから良いとするか。

「陽平くんと、無表情なファンの冒険」はチームの二軍の試合に、毎回同じところに座るのだが、全く野球に興味のなさそうな女性の謎。二軍の試合のチケットは普通予約はなく、同じ席に座るには結構苦労がいる。さて、その隠された理由は、ということで、地方都市来からぬ、大がかりな事件が秘められたいる様子。

「有季さんと、消える魔球の冒険」は、偶然知り合った、元プロ野球の大物選手の隠し子にまつわる話。隠し子の娘さんは知的障害があるのだが、彼女が、春子になついてくる理由の影には、彼女の母親が、その大物選手に隠し通した優しい秘密が・・、といったお話。

収録数は少ないが、謎解きもどろっとしたところのない、いずれもウエハースのような、さくさくとした後味の良い話ばかり。プロ野球選手の妻が主人公、ということでなにやらスキャンダルめいたものが、と変な期待もあったのだが、どちらかというと、地方都市の日常に潜む「謎解き」といった味わいの短編集でありました。

スナック菓子のようなサクサク・ミステリー — 柴田よしき「石狩くんと(株)魔泉洞ー謎の転倒犬」(東京創元社)

ミステリーには世間と同じように流行り廃りがあるもので、本格モノが流行った頃もあれば、松本清張や森村誠一の”社会派ミステリー”が全盛だった頃などなど、その時の時勢に応じて移り変わっていくもの。とはいうものの、この魔泉洞シリーズのように、かるすぎるタッチのミステリーが全盛を誇ったという時期は、あまり記憶になく、どちらかといえば、スナック菓子のような間食的な扱いであるといっていい。

収録は

時をかける熟女

まぼろしのパンフレンド

謎の転倒犬

狙われた学割

七セットふたたび

の五編で、見ておわかりにように、題名は、著名なミステリーのもじりであるのだが、話の筋立ては、底本とは関係ない。

ざっくりとレビューすると

「時をかける熟女」は、本書の主人公である「石狩くん」と、もう一人の主人公、占い師の「摩耶優麗」がでくわす導入篇。彼がビルのカーペット敷きのアルバイトをしているところで、優麗にリクルートスーツ+ノーパソ+デジカメの衝動買いで財布が空っ穴になっているところを見抜け変えるところから始まる。その後、バイト代を掏られて、と急展開し、とりあえず摩耶優麗の「占いの館」魔泉洞に就職するまで

「まぼろしのパンフレンド」は、魔泉洞に就職して優麗の付き人を始めた石狩くんが、優麗とともに、占いのお客の恋人の失踪事件の解決に乗り出す話。「パン」に込められた失踪のヒントは果たして、といった筋。

「謎の転倒犬」は彼女イナイ歴の長い石狩くんが、良家のお嬢様に出会うのだが、彼女の飼い犬はどういうわけか散歩の途中で突然寝転んでしまうようになったのだが、このわけと、日本と外国との二国間交渉の行方がからんでくるという、ちょっとした政治的陰謀もの。

「狙われた学割」、前の「謎の転倒犬」でめでたくお知り合いになった良家のお嬢さん、野瀬さん達との合コンで、彼女のお友達の「見知らぬ男が改札口で、期限切れ間近の定期券を掠め取っていった」という妙な盗難事件を、合コン会場に入りこんだ優麗が推理するというもの。

「七セットふたたび」は、魔泉洞経歴も長くなってきた石狩くんは、優麗のタレント本(当然ゴーストライターが書いているのだが、まてよ、”当然”というのは変か)に校正を担当するまでになっってるのだが、職場で校正中に、何者かに襲われ、原稿を奪われてしまう、という事件の解決。

といったところで、見るからに深刻さもなければ、社会的な悪の糾弾もなく、さりとて恋愛ネタや因縁モノでみないという、サクサクカリカリと読んでいける軽~いタッチのミステリーで、謎ときのネタも、緻密さではなく、炭酸飲料のスカッとした味わいのようなネタである。

まあ、難しい悲痛な顔で読むのもミステリー、寝る前に寝酒代わりにクイッと読むのもミステリー。ミステリーに貴賎はないというもので、シチュエーションに応じて愉しめばよいんでありましょうね。ミステリーで深刻ぶりたくない人にオススメであります。

術中に嵌って楽しむべし、円熟の変調百物語 — 宮部みゆき「三鬼」(日本経済新聞社)

怪談もの、怪奇話というと、とかく読後がざらざらしたものが残りがちのものが多いのだが、宮部みゆきさんの怪談ものは、最後の方になにかしら「救い」「光明」のようなものがある。

この三島屋変調百物語のシリーズもそんな風で、それは、聞き手の三島屋主人の姪「おちか」の明るさとあわせて、三島屋の人々の懷の深さもあるのかもしれない。

収録は

第一話 迷いの旅籠

第二話 食客ひだる神

第三話 三鬼

第四話 おくらさま

となっていて、今回は、冬の怪異譚が中心である。

ざっくりとレビューすると

「迷いの旅籠」は今の東京・神奈川を流れる鶴見川の上流の「小森村」での出来事。そこの村娘の「おつぎ」が語り手を勤めるのだが、不思議を語ろうとして語りつくせぬ子供の話しぶりがなんとも可愛ゆくもある。話の大筋は、村の名主の隠居が死んだ隠居所に、死んだ者たちがあの世から帰り始めるというもの。死者に寄せ生者の思いは様々であるな、と実感する。

「食客ひだる神」は、繁盛する弁当屋に憑いた「ひだる神」の話。その弁当屋は繁盛しているにもかかわらず、夏の一定期間を休業するのが店のきまり。そのいわれが、主人が創業の時から取り憑いている「ひだる神」にあるらしいのだが・・・、というもの

「三鬼」は堅物のお武家様が語る話。山陰の外様の小藩「栗山藩」の元江戸家老が、若い頃、妹の悪さをしかけた藩の重臣の息子を懲らしめた咎で、領内北部の山へ疾走した「山番士」の代わりとして送られるのだが、そこでの怪異譚。送られた山里の村は二つに分かれているのだが、その間の村人の行き来はほとんどない。そこで前任者の疾走した謎をおいかけるうちに、村で不幸がおきるときに現れる、黒い籠を被り蓑を着込んだ怪しい者に出くわすのだが、さてその正体は・・・、という話。

最後の「おくらさま」の語り手は、若い娘の身支度をして、妙に意識も若い老婆。彼女は老舗の香具屋のお嬢様であるらしいのだが、その店では店の「蔵」につく守り神がいて、その名が「おくらさま」。その守り神は店を火事などの災厄から守ってくれるのだが、そうした事態がおきると神通力が切れるのか、神様の代替わりが必要になる。その代替わりになるのは、その店の娘と決まっているのだが・・・、というもの。物語の途中で、この婆さんは忽然と座敷から消えてしまい、後半は、この香具屋を探して全体の謎を解き明かす展開となり、久々に座敷の外にでる話。どうも、この三島屋ものは「蔵」がからむと第一作の「家鳴り」のように、座敷の外での謎解きが主流となるようである。

さて、短編のシリーズ物は巻を重ねるに連れてマンネリ化して、長編化の道を歩んでしまうことがよくあるのだが、この三島屋シリーズは、短編のままクオリティを維持しているところが、流石、手練の技。「瓢箪古堂」という新たなキャストも登場して、ますます円熟度を上げておりますな。おちかさんのプライベートな身の振り方もそろそろ気になるところでありますが、残念ながら、今回は進展はありませんな。

本屋のホームズとワトソン、書店営業と出会う — 大崎 梢「ようこそ授賞式の夕べに」(東京創元社)

成風堂書店シリーズの第3弾。今回は、書店大賞(本屋大賞のもじり、だよね)の受賞をめぐり、怪文書が届き、それをマスコミが嗅ぎつけ、本屋大賞の実施が  というストーリー立て。

本屋大賞当日の7時40分に始まり、20時30分に事件の解決をみる、という実質 13時間ぐらいの話であるので慌ただしいこと極まりないが、テンポよく進行するのと、「邂逅編」とあるように成風堂の杏子、多絵と書店営業のひつじくんたちが事件の解決に向かって、半ば共同作業をするという新味があって、最後までぐいぐいと読ませる。

話の大筋は、書店大賞の実行委員に、今の書店大賞は創設時の趣旨を損なっているといった趣旨のファックスが届くあたりから開始する。

ところが、その差し出しの「飛梅書店」は数年前に店主が急死して店をたたんだ書店で今はない。さて、誰がどんな目的で・・・といったところで、成風堂のメンバーと書店営業のメンバーがそれぞれに捜査を開始し、やがて真実に向かって大集合する、といったところ。

主筋は、誰が何の目的で本屋大賞の妨害をするのか、といったことなのだが、それとは別に、昨今の出版業界の様子であるとか、書店の経営の厳しさなどなど、「本」の業界の裏話的なことが随所にでてくるのが興味深い。

ちょっと楽屋落ちっぽいところがないではないのだが、成風堂シリーズ、書店営業マンシリーズどちらの読者にもおすすめでありますな。

書店業界・出版業界の裏話もまた興味深い — 大崎 梢「背表紙は歌う」(創元推理文庫)

中小出版社の明林書房の営業の「ひつじ」くんこと井辻智紀くんの書店シリーズの第2弾。

収録は

「ビターな挑戦者」

「新刊ナイト」

「背表紙は歌う」

「君と僕の待機会」

「プロモーション・クイズ」

の5編。

さて、ネタバレすれすれのレビューをば。

「ビターな挑戦者」はひつじくんが、大手取次店の横柄な大越こと「デビル大越」に出会うところからスタート。彼は社内外問わず横柄で傲慢で有名なのだが、どういうわけか書店の評判は良いという謎とき。最近の出版不況というか、本離れのご時世で経営の厳しい書店の哀歌が垣間見えるお話

「新刊ナイト」は、新人作家のサイン会にまつわる話。人前に出たがらない作家さんがようやくOKしたサイン会とトークショーなのだが、サイン会の最後の書店で、その作家の高校の同級生という書店員にひつじくんが出会う。ところが、この作家さんの評判の最新作は、高校時代を舞台にした自叙伝っぽくて、しかも、その高校の同級生や教師は性格の最悪なやつらの話ばかり。その書店員はサイン会でぜひ会いたいと言っているのだが、間違うとサイン会・トークショーがドタキャンになる、さて・・、というお話。まあ、大団円ではあるのだが、ひつじくんのお手柄ではないよな

表題作の「背表紙は歌う」は新潟の地方書店(シマダ書店という名になっている)の経営危機をどう救うか、というもの。智紀のジオラマの師匠で、今回彼に相談をもちかける、フリーの書店営業の久保田さんは、この書店の経営者の元配偶者。経営の危機の原因は地方の素封家で文化人の有力者と書店経営者の喧嘩が素らしいのだが、どうやら、前妻の久保田さんのことも関係しているような、していないような、といったところで、今回は、遠隔捜査役として、智記の同業他社の書店営業の真柴氏がよい働きをしてくれる。地方出版と地方文化の関係は切っても切れないのだが、この間にもグローバリズムの盈虚ぷがでてるのかも、と思わせるエピソードが挟まる。

「君と僕の待機会」は東々賞という文学賞にまつわる話。この賞が出来レースだ、という噂が流れ、エントリーされている作者の事態騒ぎまで出そうな風情。これはマズイと、書店営業の面々が謎解きに乗り出す、というもの。

最後の「プロモーション・クイズ」は新刊につけられる、書店員のコメントにまつわる話。コメントにこめられた謎と書中にでてくる「なぞなぞ」との二重の謎解きがでてくるのだが、この話で、別のシリーズでおなじみの成風堂の名探偵が謎解きに参加する。

これは「授賞式の夕べに」の布石でもあるかな。

当方、電子書籍はであるとともに自炊派でもあるので、書店や出版社を含め「本」というものに関連する業界には思う所いろいろあるのだが、まあ、「本」一つの産業であり文化であることは間違いない。そして、産業であるから、様々な内輪話とかトリビアとかがあって、そうしたことも楽しみの一つになるのは間違いない。業界ネタ満載の明るい名ステリーとして楽しめるものでありますな。

寄席は「落語」ばかりではないよ — 愛川 晶「高座の上の密室」(文春文庫)

東京の神楽坂の老舗寄席「神楽坂倶楽部」シリーズの第2弾。

寄席といえば、落語、噺家が中心となるのだが、寄席の演目はそればかりではない。手妻、大神楽と呼ばれる撥・傘の曲芸、漫談など「色物」と呼ばれる他の芸も豊富なのだが、タイたいていのところ、ここに注目した小説はあまりお目にかからない。

今回は、そんな色物を題材にしたミステリー。

収録は

高座の上の密室

鈴虫と朝顔

の二編で、最初の「高座の上の密室」が手妻。二番目の「鈴虫と朝顔」が大神楽という芸が主題。

最初の「高座の上の密室」は手妻師母娘の「葛籠(つづら)」を使った「葛籠抜け」という手妻がメインテーマ。ちなみに、本書によると「手妻」の「ツマ」はもともと刺身のつまとと同じで「てづま」つまりは手慰みという意味で、仕掛けらしい仕掛けを使わず、指先の技術を見せる芸を「手妻」、からくりのある道具や大道具を使う芸を「手品」というらしい。

この話では、手妻師とその元夫で元噺家の師匠との確執がからんでくるので少々込み入ってくるが、篭抜けのトリックの謎解きと、母娘がテレビの録画の前で篭抜けの実演をやった時に、娘が舞台の上から忽然と消えてしまうという児童誘拐もどきの事件の謎解きもセットの二重の謎解き。

二番目の「鈴虫と朝顔」は太神楽という曲芸の父から息子への芸の伝承がテーマ。太神楽とは、「ルーツは室町時代までさかの」ぼり「もともとは「代神楽」、つまり神社に参詣できない人たちのため、出張サービスとして獅子舞などを行っていたのに、やがて曲芸や茶番が加わって現在の形になった」ものであるらしい。

謎の大筋は、神楽坂倶楽部で太神楽を演じている「鏡太夫一座」が父親の鏡太夫から息子の鏡之進の代を譲るに当たり、席亭代理の希美子に芸の検分をしてほしい、というところから。で、その検分の当日、鏡之進は高座の前列に座った高校生カップルを前に、どういう訳か、課題である五本の綾撥を披露しない。披露したのは傘芸でしかも季節外れの「鈴虫の鳴き分け」。なぜ鏡之進は、襲名がかかった大事な時にそういうことをしたのか・・・、という理由を希美子が解き明かすのが一番目の謎解き。これをもとにして、鏡太夫の離婚の理由と天才と評された鏡之進の姉の突然の芸の衰えと引退、そして鏡太夫の引退の理由あたりもはっきりとしていくのが第二・第三の謎解きである。

一作目と同じく、小粒感は否めないが、なに、大掛かりな長編モノばかりがミステリーの醍醐味ではない。最近は、400g超えのステーキや、フランス料理フルコースのようなものが評価される傾向が強いように思うのだが、蕎麦屋で台抜きか小さな小鉢に入った酒盗を肴に、日本酒をキュッと呑って、スイッと店をでていくようなミステリーの醍醐味もあるというところであろうか。

現代娘「寄席」の経営者デビュー — 愛川 晶「神楽坂謎ばなし」(文藝春秋)

「神田紅梅亭」シリーズに続く「寄席」ものが、この「神楽坂倶楽部」シリーズ。発端は、神楽坂倶楽部の席亭の娘に生まれつつも、幼いころに、席亭の父と母が離婚したため、生き別れになっていた教育系出版社に勤務する「武上希美子」が、父の実家「神楽坂倶楽部」の席亭代理となり、芸人や近隣の人々、あるいは実の父親などが巻き起こすトラブルに振り回されていきながら、謎解きをしていくというストーリー。

もともと、出版社から席亭代理になる経緯も、大御所の落語家の時事評論ものの出版をめぐるトラブルからということで、まあ落語家をはじめとする芸人とは切ってもきれない関係であったということか。

収録は

セキトリとセキテイ

名残の高座

の二編。

で、今回の「神楽坂」シリーズは、「紅梅亭」シリーズが落語が中心であったに対し、今回は手妻、大神楽といった「色物」がよくでてくる。

「セキトリとセキテイ」は、このシリーズのオープニング・ストーリー。冒頭の大御所落語家の出版をめぐるあれこれと生き別れの父親との再会、そして席亭代理への就任といったあたり。

「名残の高座」は、癌にかかって余命幾ばくもない老噺家の最後の高座の話。といっても、病気と年波で結構芸が荒れてしまっている老師匠にの引導を渡していく筋なので、本来とてつもなく暗くなるか、妙に人情噺っぽくなるのが常ではあるが、希美子が席亭代理になる原因となった噺家、寿々目家竹馬の計らいで粋に仕上がっている。希美子の化物よけのおまじないの所以などなど幼いころの記憶の種明かしが判明する。

謎と言っても小ぶりの寄席ネタが多いので、本格モノなどを期待して読みたい向きにはちょっと向かないが、寄席や高座の豆知識を得ながら楽しめる、ちょっとした箸休め的なミステリーというべきであるかな。

いよいよ馬春師匠の復帰独演会なのだが・・・ — 愛川 晶「三題噺 示現流幽霊」(創元推理文庫)

紅梅亭シリーズも4作目となり、そろそろ馬春師匠の復帰や福の助の真打ち昇格はどうなるんだ、と今後の展開に催促をしそうなあたりである。

収録は

多賀谷

三題噺 示現流幽霊

鍋屋敷の怪

特別編(過去)

の4編。

冒頭の「多賀谷」は、馬春師匠の復帰の独演会の日程が決まり、その準備を始めようというところで、福の助が亮子の勤めている学校の生徒、安田琴乃の依頼で、彼女のお母さんの知り合いの会社社長が催す屋形船での独演会での出来事。寄席の色物の定番である「手品」「マジック」のからくりをつかいながら、この社長に仕掛けられた詐欺事件の解決をするもの

二作目の「示現流 幽霊」は馬春師匠の復帰独演会のネタが「海の幸」という聞いたこともないネタであるためのその謎解きを始めるうちの事件。前作でも登場した落語研究の大家である、池山大典教授の実の兄である落語家松葉屋文吉が主な舞台回し役。彼は、以前寄席で、三題噺でしくじって半ば引退となっていたのだが、再度高座に復帰するのだが、福の助の奥さんの亮子さん「(彼女は文吉師匠の実の娘と儀お買いされるのだが)が師匠の世話をしているうちに、彼への殺人未遂で出くわしてしまうというもの

三作目の「鍋屋敷の怪」はいよいよ馬春師匠の復帰独演会。ところが、師匠はワガママにも独演会の前日に。山奥の「鍋屋旅館」というところでリハビリをしたいといい出す。そこは、師匠の兄弟子(既に引退している)の娘が経営している旅館なのだが、さて当日、そこへ缶詰状態になり、ぎりぎり独演会に間に合うような意地悪をされる。ようやく間に合った独演会での趣向は・・、ということで、噺家ってやつは食えない輩ばかりと再認識する次第。

四作目の特別編(過去)は馬春師匠の前座の修行時代の話。なのであるが、現在のあれこれを彷彿させるようなエピソードがあって、絶好のデザートといった存在

さて、四作目ともなり、これからの展開が気になるところで、福の助の真打ち話の結末も最後の方で明らかになる。「紅梅亭」シリーズもかなり熟れてきましたな~、といったところであろうか

紅梅亭シリーズの円熟味がますます — 愛川 晶「うまや怪談」(創元推理文庫)

二つ目落語家の寿笑亭福の助とその奥さんの亮子さんをワトソン役に、その元師匠の山桜亭馬春をホームズ役にした紅梅亭シリーズも三作目となって、かなりこなれて、円熟味がでようというもの。

収録は

ねずみととらとねこ

うまや怪談

宮戸川四丁目

の3編。ネタバレ承知のレビューをすると

「ねすみととらとねこ」は紅梅亭の競演会でも、因縁の兄弟子との対決話が主題。まあ、兄弟子の仕掛ける意地悪い罠をはねのけて福の助の芸が上達していくので「結果よければ・・・」といえるのではあるが、この兄弟子は意地悪で暗いだけの人物なので、やっつけられても今ひとつすっきりしないのが残念ではある。

なかほどの「うまや怪談」は福の助の奥さん、亮子さんの実の兄、翔太の結婚話。この結婚、亮子のお母さんと、翔太の相手方のお父さんが反対、という一昔前のゴールデンタイムの恋愛ドラマさながらの設定。それに、亮子さんの勤め先の学校のさえない臨時教員の「只野」先生の恋愛話が挿入されて、なんとも目出度いんだか、面倒くさいんだがよくわからない展開の中、福の助が謎解きと新しい噺をこしらえて、芸の腕を上げるという筋。

福の助が自力で謎をといたことが次の「宮戸川四丁目」の発端になる。

最後の「宮戸川」は、馬春師匠の女好きがあれこれと暴露されるとともに復帰話が進展を見せる話。色ごとは芸の肥やしとは言うもののほどほどにしないと、きついお仕置きを受けるものらしい。

落語ものは、この愛川 晶氏のシリーズぐらいしか見かけなくなっているのだが、あちらこちらに落語の楽屋ネタが挟まっていて、読んでいるうちに、落語のウンチクが豊富になるような錯覚に陥るのも、このシリーズの楽しみである。謎解きとあわせて、落語通になった気になりたい人はぜひ。

出版社営業という馴染み薄い職業の持つ面白さ — 大崎 梢「平台がおまちかね」(創元推理文庫)

ひと頃、書店ないしは書店員の内幕的なことが流行ったことがあったのだが、月日と流行の過ぎるのは早いもので、書店より校閲という地味なのに妙に華やかな女優さんを使ったドラマが人気を博したばかり。

「平台がおまちかね」はそのどちらにも属さない、出版社の「営業マン」という、どうかすると消費者や作家に直に接しない分、書店員より地味なお仕事の周辺で起きるミステリー。もっとも、殺人や強盗、国家や企業転覆の企みなんぞは起きないので。安心して読めるソフト・ミステリーの類ではある。

収録は

平台がおまちかね

マドンナの憂鬱な棚

贈呈式で会いましょう

絵本の神様

ときめきのポップスター

の5編で、主人公である「井辻智紀」が新入社員として入社して、外回りでいろんな人物やいろんな謎に出会いながら成長していく、という物語ではあるのだが、恋愛沙汰はでてこないのでそこは注意のほど。

いくつかレビューすると、冒頭の「平台がおまちかね」は妬心から離れた小さな書店でどういうわけかそこだけのベストセラーが発生。その書店に何度も出向いている中で、全前任者と書店主との壊れてしまった信頼関係を再構築するとともに、主人公のジオラマ作成という、オタクそのものの性向も暴露される。

中ほどの「絵本の神様」は東北地方の書店を舞台にした、叔父叔母夫妻と甥の、最後はほっこりとする物語。単純化すれば、故郷を棄てた芸術家が故郷で再び家族愛の暖かさを再発見するお話

といった具合で、書店を舞台にしているのは間違いないのだが、本や書店を直接ミステリーのネタにしているところでないのが斬新であるし、主人公を含め登場人物が「良い人」のオンパレードであるところが、安心して読めるところである。「イヤミス」や「社会派」はうーむ、かといって「本格モノ」は肩が凝るよね、という向きにオススメである。

なお、この物語の主人公、本好きであることはそうなのだが、のめりこむタイプで、いれこんだミステリーはその舞台をジオラマでつくってしまうというオタクな趣味の持ち主。

いつか、名作ミステリーの間違いを、そのジオラマ作成で気づいてしまう、それがまた事件を生み、なんてな楽屋落ち的なモステリーも読んでみたいものでありますな。