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江戸・加賀両方で、騒ぎは大きくなる一方 — 上原秀人「百万石の留守居役 9 因果」(講談社文庫)

お国入りで越前・加賀入りした前田綱紀、瀬野数馬にふりかかる出来事と、前田・堀田が手を握った後に、元加賀藩留守居役・小沢兵衛の悪運が尽きたあたりについての話が、この巻。
 
構成は
 
第1章 両家の都合
第2章 守りの手
第3章 お国入り
第4章 それぞれの覚悟
第5章 仮祝言
 
となっていて、江戸と加賀、二本立ての展開である。
 
まず、江戸の方だが、前田家のお国入りで、佐奈を狙う。新・武田一族が大人しくなったわけではなく、女忍に面子を潰されたためか、執拗になってきているのは確か。さらには、小沢兵衛の失脚によって、さらに加速し、騒動が派手になってきている感がする。前巻までは、無頼の集まりぐらいの扱いであったのだが、今巻からは妙に格が上がって、浪人を束ねる闇の勢力といった様相を見せ始める。となると、織田・徳川に滅ぼされた「武田信玄」の末裔ってのは、やけに重みを増してくる。
 
一方、加賀のほうは江戸に増して、騒乱の度がひどくて、参勤の途中で、藩藩主が襲撃されたり、お城入りのときも密かに弓で狙う者がいたり、とか堅牢なように見えても、やはりどこかに一穴は空いているものなのね、と加賀藩内部の対立の深さを感じる展開。ただ、ここで綱紀に死なれてしまうと、トンデモ時代小説・架空戦記になってしまうので、ちゃんとそこは節度をもって、前田綱紀は安泰である。
ただ、この巻では、幕府の重鎮・大久保家と越前松平家が、加賀・前田家の勢力を削ぐ側にまわった雰囲気で、次から次へと出現する敵役に雄藩といえどもなかなか楽ではないなと、加賀藩に同情してしまう。
 
目出度いのは、数馬と琴姫が仮祝言をあげることができて、晴れて堂々とあれこれがいたせる仲になったということ。数馬も、ようやく童貞から脱出である。と、なると気になるのは、琴姫の侍女で数馬付きになっていた「佐奈」ちゃんの運命。新・武田の一派は酒井家で大暴れをした後、「加賀藩の上屋敷を襲い、あの女を血祭りにあげるぞ」と、佐奈ちゃん一点狙い。佐奈ちゃん、とても危うし。でありますね。
 

数馬、参勤交代で頭角を現すか — 上原秀人「百万石の留守居役 8 参勤」(講談社文庫)

江戸であれこれしくじりをしながら、留守居役修行をしていた瀬野数馬であるが、今回は、2年に一度の参勤交代のお国入りの参勤留守居役を命じられる。その参勤交代前から金沢間近の富山藩にはいるまで。
 
構成は
 
第1章 江戸と国元
第2章 交渉万変
第3章 暇乞い
第4章 常在戦場
第5章 本陣の策
 
となっていて、もともと多くの家臣を連れて旅をする参勤交代は危険が多いのだが、今回の前田綱紀のお国入りは、家督を狙う輩や、前田家の継室を狙う道中の大名もいて、普段以上に警戒と手腕を必要なお役目を、若輩の瀬野数馬が担うことになる。
 
参勤交代前に堀田老中と前田綱紀が和解してくれたので、幕府側や小沢留守居役からの邪魔はないのだが、継室狙いの譜代大名の捨て身の行動に少々手を焼くのだが、これが数馬が綱紀に、おそらくは重用されていくきっかけになるだろうという展開。可哀想なのは、その譜代大名の姫で、父親や家臣によって、「押しかけ見合い」に生かされて見事玉砕した後、どうなったかが気になる。物語的には、名前だけで詳しい描写はないので、使い捨てキャラであったのかな、と同情する。
 
このほかに、元前田家留守居役の堀田家留守居役・小沢の謀計がもとで数馬の侍女:佐奈を付け狙う武田法玄という武田信玄の子孫を自称する闇の勢力との闘いも始まって、数馬の身辺はあいかわらず騒動が多い。
もっとも、この「新・武田」、今のところは名乗りが大げさなだけで、石動や佐奈の手にかかるとてんで弱いのだが、大事なところで現れてて邪魔をするので、結構、小うるさいことは確か。加えて、これからボスキャラが登場する気配まんまんで、これからの物語展開で結構重要な敵方になりそうな予感はする。
 
さて、7巻までは、剣術の腕はたつが、交渉事では怪我の功名のような働きしかできてこなかった数馬であるが、今巻から意外に手だれた策をうったりして、次への飛躍の片鱗を見せ始める。次に江戸へ上るまでに、本多家の琴姫との仲も進展するであろうし、なにやら藩主の覚えもめでたくなっている感じがする。心配なのは、妙な敵に狙われている、侍女で女忍びの「佐奈」ちゃんでありりますね。
 

継室探しは、加賀前田家を騒動に巻き込んでゆく。それにつられて数馬も・・ — 上田秀人「百万石の留守居役 7 貸借(かしかり)」(講談社文庫)

会津から無事、というか、怪我の功名の「おまけ」まで獲得して江戸へ帰参した数馬であるのだが、その「おまけ」を巡っての会津藩江戸屋敷との悶着に始まり、綱紀の継室探しが、いろんなことを呼び込んでくるのが本巻。
 
構成は、
 
第1章 五分と五分
第2章 吉原の主
第3章 宴の裏
第5章 女の鎧
第6章 光と闇
 
となっていて、最初は国元で、数馬の許嫁「琴姫」の誘拐未遂からスタートするのだが、この巻は、国元・加賀藩での跡目相続をめぐる隠れた対立の話やら、数馬が会津藩の宿老・西郷頼母からおまけのように得た「借り」をめぐって、会津藩の経験薄い留守居役が下手をうつ話やら、加賀藩の元留守居役で現堀田家の留守居役・小沢の謀み(これは堀田老中の謀みでもあるよな、きっと)を探り出す命を受ける中で佐奈が、小沢の罠を粉砕するも、新たな敵をつくってしまう話など、二筋・三筋の話が平行して流れる。
ひょっとすると、次巻以降の筋をどこへ枝分かれしてもいいように作者が巧妙に、こういう巻をつくっているのかもしれない。
 
ただ、こういう時代物の場合、あまり一本筋で展開されると飽きが来るもので、とりわけ、このシリーズのように、あちこちにエピソードや薀蓄が埋め込まれているものは、話があちこち飛んだほうが、趣が変わって楽しめる。
 
ということで、今巻では、吉原ネタでは「太夫道中」の
 
禿の声に合わせて高尾太夫が、左足をほとんど真横に蹴り出し、大きく弧を描いて前へと踏み出した。
そんなまねをすれば、裾が大きく割れ、高尾太夫の脛はもちろん、真っ白な太もも付近まで見える。もちろん、そこまで見えるのは一瞬で、高下駄を履いた足が地に着くなり、裾が閉じる
 
といったように「太夫道中」が実は単に太夫のお披露目だけでなく、極上の色っぽいベントであったことや、大名の移封後に
 
もっと質の悪いのは、隣を幕府領にされたときであった。幕府領は、初版よりも年貢が低い。・・・幕府領のほうが、百姓にはありがたいのだ。
・・・豊作が続けばいいが、凶作になったとき、その不満は爆発する。一揆になる。一揆は大名の大きな傷である。領内を治める能力なしとして、改易されたり減封、転封されたりうる理由になる。
 
といった、大名統制の手の内の細やかさなど、種類の多いTipsも満載である。
 
さて、物語の様相は、新米留守居役・瀬能数馬の活躍如何というよりは、瀬能数馬を狂言回しの中心に据えながらも、加賀前田家が、前田綱紀を軸に、堀田老中はじめ幕閣や諸藩の罠をかいくぐって、いかに「お家を守るか」といった感じが強くなってはいるのだが、一方で、武田なんとか、という無頼者の集団も現れてきて、数馬・石動・佐奈のチームとの闘いも見逃せなくなっている。
さまざまな要素を抱え込んだ時代物として、脂がのってきましたな。
 

数馬の「会津行き」は、なかなかの収穫を得た旅になりましたな– 上田秀人「百万石の留守居役 6 使者」(講談社文庫)

外様小藩の留守居役の宴席でしくじり、薩摩藩から、加賀藩へ「お手伝い普請」を押し付けるための格好の材料として狙われることとなった数馬である。その罠をしかける薩摩藩主催の外様組合の宴席に欠席させるため、会津・保科家を使者として出向かされることとなったのだが、その会津道中での出来事が、今回の主な筋。
 
構成は
 
第1章 街道の景
第2章 国元の策
第3章 国元留守居役
第4章 弁舌の戦
第5章 老中の借り
 
となっているのだが、数馬が使者となって出向く理由の「前田綱紀の継室の相談」というのが、後々、これ以降のシリーズの話の展開にえらく影響してくる。というのも、前田綱紀は、保科家から正室を迎え、それが早世している。今まで保科家に遠慮して継室(ぶっちゃけ後妻だよね)を入れなかったのだが、正式に探し始めたとなると、あちこちの大名家が前田家の援助を狙ったり、味方に取り込もうと動き出す、ということになるらしい。
 
本巻の展開は会津で挨拶だけで帰れると思ったら、藩の重鎮・西郷頼母に呼び出されて丁々発止のやりとりをしたり、数馬をつけねらう三人組が会津まで出張ってきて、帰りの道中での大立ち回りがあったり。留守居役として成長しつつある数馬の交渉術の進歩を感じたり、数馬・石動・佐奈の剣技や忍技の冴えが見られたり、結構血湧き肉躍る風情で、時代小説だなぁ、と楽しく読める仕上がりである。
 
さらに、このシリーズの愉しみの一つは、この時代の江戸の小さなTips、それも武家の「中」の話であるとか、吉原の風俗とかで、今回は、吉原で茶を立てるとき、
 
茶道ではきっちりと膝を揃え、姿勢を整えて行うが、揚屋の茶は、遊女が肩膝を立てる。お尻を座敷につけ、片膝を立て、残りの足をあぐらに組む。仏像にある半跏思惟像の形が近い。
片足を立て、片足を組む形にする。当然、裾は割れる。小袖の裾だけではない。このような姿勢になれば、湯文字まで開く
 
といったところを紹介しておこう。
 
さて、留守居役に、未だあちこちで火種をつくるものの、着実に逞しくなっていく瀬野数馬。晴れて。「琴姫」と一緒になるのはいつでありましょうか。それとも、それを待たずに「佐奈」に手をつけてしまうのでありましょうか、まあ、そんなあたりも密かな愉しみになってきた「百万石の留守居役」シリーズでありますな。
 
 

裏切り者と呼ばれても「家」を再興した男の物語 — 上田秀人「梟の系譜 宇喜多四代」(講談社文庫)

戦国ものの歴史・時代小説の人気どころは、やはり尾張の織田信長・豊臣秀吉あるいは甲府の武田信玄、越後の上杉謙信といったところで、一段下がって、伊達政宗、徳川家康といったところであろう。
 
残念ながら、中国地方の武将は、ときおり毛利元就がでてくるぐらいで、本書の主人公・宇喜多直家が主人公として取り上げられることは寡聞にして知らない。四代とあるのは、直家の祖父・能家、父・興家、本人、息子・秀家の四代に渡る話であるからなのだが、実質は直家が家を再興する話をメイン。
 
構成は
 
第1章 流転
第2章 雌伏
第3章 飛翔
第4章 西方の敵
第5章 輝星の宴
第6章 継承の末
終章
 
となっていて、宇喜多直家(幼名・八郎)が元の居城・砥石城を攻め落とされ、流浪を始めるところから、備前・美作・備中を治めるまでになるが、病に倒れ、息子に家督をゆずるところまでが本編。終章は、息子・秀家が家を継いでから宇喜多家がどうなったか、まで。
 
おおまかな印象をいえば、世間で表裏者(裏切りの多い者)ということで有名な宇喜多直家であるので、故地を取り戻し、領地を増やして行く過程も、妻の父を忙殺したり、織田に味方したかと思うと、一転して毛利に就いたり、とあまり明るくない筋立てではある。
しかも、おなじ表裏者として有名な「松永久秀」のように天下人を衝動のように裏切って、天下を揺さぶったりということがないので、なおさらである。
 
ただ、それでも、最後まで読み進んでしまうのは、一度潰された家を、兄弟の力、家臣の力を信じて、織田・羽柴や毛利、あるいは主家の浦上家、仇敵の三村家などに圧迫されたり、騙されたりしつつも、懸命に家の再興を図るのが、組織の中で思うに任せなかったり、ライバル企業に出し抜けれて涙をのんだり、と我々の身近な暮らしを思い起こさせるからなのかもしれない。
 
まあ、戦国国盗り物語の主人公のような華々しいことはそう起きないというのが現実というもので、出世街道を駆け上がっていく時代小説wp読む一方で、こうしたタイプのものを読んでおくと、精神的なバランスがとれて、悪酔いしないかもしれない。
 
終章の所で、家を継承していくことを切望して病死した直家の死後、宇喜多家におきる出来事は、ありゃりゃ、と、ひどく苦いものを飲ましてくれる。これも、世の常なのかもしれんですね。

瀬能数馬、留守居役としてはまだまだ未熟者である — 上田秀人「百万石の留守居役 5 密約」(講談社文庫)

家綱没後、将軍世子となった綱吉の暗殺未遂事件から将軍宣下のところまでが、今巻。
 
構成は
 
第一章 世子の座
第二章 直参と陪臣
第三章 留守居攻防
第四章 密談の場
第五章 寵臣の交代
 
となっていて、権力が強ければ強いほど、その主役が交代する時は、あちらこちらで暗躍するものがでてくるし、それに乗じて利を得ようとする者がたくさんでてくるもの。
 
今巻は、権力の座を巡っての、酒井大老と堀田老中の争いが激烈化していくのだが、加賀藩中も、江戸家老の横山とその本家の旗本が、瀬能に妙なちょっかいをかけてきたり、と嵐に巻き込まれていく。
 
家綱の後継を巡っては、加賀・前田家や、宮将軍が酒井大老によって画策されていたので、綱吉が将軍になると前田家への仕打ちも相当なものになりそうなのだが、このシリーズの主人公・瀬能数馬は、まだ未熟なため、主家を助けるというよりも邪魔をしないのが精一杯という状況である。
邪魔をしないどころか、外様組の接待で、あてがわれた女郎を断って、後の火種をつくってしまったりと、足を引っ張る行いが目立つ
 
もっとも、加賀の国元での、琴姫のおつきの侍女の「さつき」と「やよい」の強さを考えると、琴姫推薦の妾候補の「佐奈」のことが怖くて手を出すどころではないのかもしれない。
 
今のところ、数馬の働きは、藩主警護といった武張ったものが主で、およそ留守居役らしくない。本人も自分が留守居役に向かない気がしているが、加賀藩きっての重役・本多政長と藩主・綱紀の命令であるのでいかんともしようがないという状況。しばらくは、将軍相続のどさくさの大老・老中と加賀藩や御三家の権力闘争と、秘められたエピソードに「ほう」と声をあげながら、右往左往する数馬に声援をおくるとしましょうか。
 

将軍没後も前田家に降りかかる大老の謀略 — 上田秀人「百万石の留守居役 4 遺臣」(講談社文庫)

第1巻・第2巻では、将軍の後継ぎになるよう大老から持ちかけられ、それを首尾よく断ったと思ったら、第3巻で四代将軍・家綱が死去し、と加賀・前田家に降り掛かってくる揉め事は尽きない。それにあわせて、新米留守居役・瀬能数馬も右往左往させられる。
 
今回の構成は
 
第1章 将軍の葬儀
第2章 殉ずる形
第3章 走狗の夢
第4章 見習い同士
第5章 大老最後の策
 
となっていて、家綱死去後、後継ぎに決まった館林候・綱吉が将軍宣下を受けるまでに、権力の温存を狙って画策する酒井大老の謀略をいかにかわすか、というのが第4巻。
 
酒井大老が前田家に将軍後継の話をもってきたのは、本命の宮将軍の隠れ蓑で、宮将軍の目的は、
 
鎌倉は宮将軍をいただいたおかげで、蒙古が襲来するまで天下平穏を維持できた。室町は関東公方をはじめに、足利の血をあちこちに配した。その血族の間で将軍位に争いがおこり、それが応仁の乱につながり、天下大乱となった。
 
というものらしい。ローマ帝国の「四帝」をはじめ、複数の権力中心ができると亡国の元になるのは間違いないが、歴史は、徳川幕府がその後10代にわたって続くことととなるので、この宮将軍が実現していた時に、今の日本がどうなったいたかは、結構想像力を刺激する話題ではある。
 
この巻からの展開は、酒井大老が、亡君への忠義立てと、今後の自家の存続を狙って放つ「綱吉を加賀・前田家が暗殺を計った」あるいは「暗殺した」ことにする謀計をいかにかわしていくか。そして、次期政権の権力者となるであろう堀田備中守との関係がどうなるか、といったところ。
暗殺事件の役者には大奥御広敷の伊賀者も登場してくるのだが、今回は「敵役」。「伊賀者」と聞くと、なにか正義の味方っぽく思ってしまうのは、「伊賀の影丸」をはじめとしたマンガの影響であるな。
 
そして、今巻での瀬能数馬の成長は、まず一つは、加賀藩が綱吉暗殺未遂の犯人という謀略に利用された加賀忍の死体を探し出す過程で、町方の役人の扱い方を学んだこと。もう一つは、元加賀藩江戸留守居役で、今は堀田老中の留守居役となっている小沢と丁々発止のやりとりができるぐらいに交渉力が上がったことであるかな。
 
今巻は、将軍没後の騒ぎの渦中のせいか、歴史秘話的な薀蓄話は少ない。将軍没後の新旧権力者の静かな闘争と、それから逃れようとする前田家の活動を、ハラハラ・ドキドキと読めばよいでしょうね。
 

瀬野数馬、留守居役デビュー。加賀・前田家に降りかかる難題を解決できるか? — 上田秀人「百万石の留守居役 3 新参」(講談社文庫)

第1巻、第2巻で、四代将軍家綱の後継にという申し出を見せ金にして、加賀・前田家の取り潰しを画策していた大老・酒井雅楽頭の謀略から、からくも逃れた、加賀・前田家。本シリーズの主人公の瀬野数馬は、その際の働きが認められ(?)、藩の重臣・本多政長の娘を押し付けられるとともに、江戸屋敷の留守居役を命じられる。
 
構成は
 
第1章 藩の顔
第2章 慣例の棘
第3章 遊興の裏
第4章 留守居役の形
第5章 枕元の攻防
 
となっていて、本巻は、数馬の華々しい江戸デビューを期待するところであるが、「留守居役」という本来なら老練な年配の交渉上手が任命される職に、国元でも交際があまりなく、剣術の腕はたっても、朴念仁の若造が任命されたものだから、どうにも気勢が上がらないのは確か。
 
とりわけ、越前松平、酒井、井伊、会津松平、高松松平、津山松平といった、加賀・前田家と同格とされる”同格組”の留守居役の面々へのご挨拶と称しての品川の旅籠での接待で
 
留守居役の挨拶は徹底していた。宴席に招待したうえ、女まで要ししなければならない。それに本人は入らない。数馬はずっとこの部屋で食事も摂らず、翌朝まで控えていなければならないのだ。
これも慣例であった、いつから始められたかはわからないが、新参者が組へ迎え入れられるために儀式であった
 
といったあたりは、「新人いびり」は、江戸期からの伝統か・・、と少々暗くなる。
 
第4章のあたりで、今回の加賀・前田家へ世継ぎ話がもってこられた本当の理由、家綱と酒井の「宮将軍」の企みがはっきりする。当然、御三家や館林の綱吉、老中・堀田正俊などなどの面々が、面白いわけがなく、次期将軍位を巡ってがちゃがちゃと暗躍するのだが、病気の上様をお慰めするためのイベントを、と水戸→堀田→加賀・前田家と思惑が行き来するところは、さながら戦とおなじであるな、と感心する。
五代将軍の跡目勝負の勝者が誰かは、歴史事実で明らかなのだが、その裏に実は・・、といったところは時代小説作家の腕の見せどころでありますな。
 
今回の世継ぎ騒動で、加賀藩から逃亡した、前任の江戸留守居役の小沢が、老中・堀田正俊の留守居役になっているのだから、あれこれと事を面倒にしている。さらには、許嫁の琴姫の侍女の「佐奈」が、姫の命によって数馬の世話をしているのだが、あれこれ誘いをかけてきて、うかうかと誘いに乗ると落とし穴に落ちそうな感じなのであるが、うらやましくもありますな。
 
 
さて、留守居役というのは、役目柄、密かに幕閣や他藩の留守居役と会合を持つ機会が多いため、妾を抱えて、その妾宅を、その密談場所にする習いであった。堀田老中の留守居役・小沢が数馬の妾と妾宅を世話すると言ってくるのだが、女を使って数馬を籠絡しようという小沢の奸計はうちくだくため、国元の琴姫が許可した”妾”は・・・といったところで本巻は終わり。
 
四代将軍・家綱は没し、次の将軍が綱吉とほぼ決まった所で、権力構図の変化は、また前田家にあれこれと厄介事をもたらすであろうし、それにしっかりと数馬も巻き込まれるのであろうな、と次巻以降の波乱万丈を期待して次巻に続くのであります。
 

瀬能数馬のデビュー活劇と将軍家後継ぎ問題の顛末は? — 上田秀人「百万石の留守居役 2 思惑」(講談社文庫)

第1巻で、四代将軍・家綱の後継として、白羽の矢がたった、加賀の国主・前田綱紀。幕府からの難題に国論は二分されるが、賛同派の急先鋒・前田直作が藩主の命によって急遽、江戸を召喚される。彼を守るために、本作の主人公・瀬能数馬も同行し、一行は信濃追分に差し掛かった・・ってのが第1巻まで。
第2巻の構成は
第1章 峠の攻防
第2章 総登城
第3章 大老の狙い
第4章 将軍の願い
第5章 血の意味
となっていて、江戸へ帰還し、今回の将軍家後継ぎ騒動が一応の決着をつけるまで。最後のところが、瀬能数馬が江戸に残らされる訳が明らかになるが、それは本書で確かめてほしい。
このシリーズの楽しみ方は、と、2巻目で早速言うのもなんだが、一つは、当然、主人公の瀬能数馬を中心とした勢力が、知恵と自らの武術を使いながら、藩内の反対派との闘争に打ち勝っていくこと。こちらも結構、剣の使い手ではあるのだが、相手にもそれなりの・・という設定で、簡単には勝ちきれないところが作者の技の冴えではある。
もうひとつは、人によっては煩いというAmazonコメントもあるのだが、その薀蓄。それも単なる江戸時代のどうこうではなくて、外様大名や幕閣の秘された話というところが読みどころで、例えば、加賀藩の「堂々たる隠密」本多政長が今回の跡目騒動に反対するところで「今の幕府で本多の系統は力をまったくもたぬ。かわりに大久保が勢を張っている。」として
(本多と大久保の)両家の確執は、家康と秀忠の争いでもあった。家康の知恵袋として幕府を切り盛りしてきた本多家と、秀忠の後ろ盾としてこれからの幕府を献身しようと「していた大久保家が、天下の政をどちらが左右するかでぶつかるのは当然であった。
というあたりは、幕府草創期を舞台にした他の物語を読む際にも応用できそうであるし、江戸城中で御三家と加賀藩主、越前松平藩主の会話で
「ただ、われら御三家にだけ、将軍家に人なきとき、人を出せと神君が命じられたのは確かだ。これの意味をおわかりか」
(中略)
「これは秀忠さまへの脅しだ。関ヶ原で大失態をした秀忠さまに、いつでも変わりは出せるのだぞおいう神君さまのな」
「脅しといえるか。せいぜい嫌がらせじゃ」
といったあたりは、幕府草創期の秘話を垣間見る気がする(本当かどうかは別としてね)。
なにはともあれ、瀬能数馬の活劇を楽しみにするか、あちこちに挟まれてくる「与太話」か「秘話」か読者の力量を試すような薀蓄を楽しむか、読み方は様々に楽しめるシリーズの第2巻であります。

江戸時代はいろんな職があって、かなり面白き時代ですな — 上田秀人「江戸役人物語 武士の職分」(角川文庫)

「留守居役」であるとか「勘定吟味約」であるとか、変わった職に就いている武家の活躍を描いてくれる筆者による、江戸幕府の変わり種役職の物語である。

構成は

変わった役職についてのまえがき

第一章 表御番医師の章

第二章 奥祐筆の章

第三章 目付の章

第四章 小納戸の章

となっていて、それぞれが特徴ある「職」のそれぞれの持ち味についての掌編。

ただ、表題を見てわかるように、「奥」「表」「小」といったなにかしらういわくありげない「頭文字」がついて、なにか本筋は別にあるような印象を与えてくれる。

もともと、江戸時代のお武家の職は、ダブルスタンダードというかリダンダンシーが確保されていて、戦時・緊急時に怠りないように設計されているせいか、とかく冗長である。本書にでてくる「奥祐筆」はもともとの「表祐筆」から職権を奪うような形で成立したものであるようだし、「小納戸」役は、鎌倉・戦国時代からの主君の近臣であった「小姓」で足りていれば生まれようもなかった「職」である。そして、「目付」も、もともとが「戦目付」としての生い立ちを象徴するかのように、本来の体制が全うにしていればそれほどに恐れられたり、権力をもつはずのないものである。

 

ただ、残念なことに、正統な権威は長引けば長引くほど、「腐る」ものであり、また、正統はとかく下々の声は忘れがちなものであり、そこに、ダブルの立場が成立する余地もでてくるし、また出てきて「正統」をぐらぐらさせないと、世の中面白くないよね、と、辺境から中央を脅かすことを面白がる性向の当方としては、江戸期のダブルスタンダードが好もしく思えるのである。

外様の留守居役や奥右筆、御広敷用人といった「コア」な役職の活躍するシリーズの箸休めに、読んでおくのも悪くないですよ。