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時は経過しても、「旅人の心」は変わらない — 下川裕治「シニアひとり旅 バックパッカーのすすめ アジア編」(平凡社)

思えば、海外の旅行記といえば、下川裕治氏のタイをはじめとしたバックパッカーの旅あたりからちょっと様相を変えてきている気がして、それまでの美食やら地元で出会う珍事件といったものが旅行記の中心であったものを、「ただ、滞在する」「そこでフツーに生活する」といったことを旅行記として仕立ててしまったという画期的なものであった。

今回の旅行記は、シニア向けの旅ということなのだ、「アジア編」という表題にふさわしく、構成は

第1章 中国ー戦跡、面影、寝台列車・・・

第2章 香港ー海外へのあこがれを抱いた街

第3章 台湾ー遠い「日本」といまを知る

第4章 韓国ー食、酒、そして安宿・・・

第5章 タイー陸路で国境を越える

第6章 ベトナムー庶民料理と反戦ソング

第7章 カンボジアー新たな聖地になっていく

第8章 ラオスー静けさが恋しくなったら

第9章 ミャンマーー自由な度はやはりいい

終章 シニア世代に必要な旅のノウハウ

となっていて、まさにアジア満載という雰囲気ではある。ただ、ここで今回気をつけないといけないのは、下川氏も、やはり年齢がいったせいか、今回の旅行記は、力任せにリュックを担いでずんずん前に進んでいくパターンから、例えば「香港」の章で

茶餐廳に辿り着いたのは、はじめて訪ねたときから何年かが経ち、重慶大厦が香港の常宿になりかけていた頃だった気がする。それは僕にとって、香港の大発見というより、「ま、こういうことか……」という、諦めが入り交じった心境だった。バックパッカー風の歩き方は、すでに僕の旅のテンプレートのようになっていた。それを香港という街にあてはめていくと、茶餐廳のテーブルに座らざるをえなかったのだ。

とか、タイのバンコクでは

そこそこの旅の資金をもち、コースを練ってバンコクにやってきた人には申し訳ないが、いまのバンコクが、バックパッカー旅の起点にふさわしい街かというと、僕は懐疑的だ。バンコクという街は、変わりすぎてしまった気がする

といったように、「数十年前」の現地と「現在」の現地の落差、変化にとまどってしまう旅でもる。

もともと下川氏の旅行記は、タイのバンコクに定住するかのような旅行記から、移動を続ける旅行記へと変貌してきていて、そうした「移動」の旅は、いつかループを描くように、ずっと以前に旅したところに還ってきて、その頃の「思い出」が今の自分に悪さをしかけてくるものであるらしい。

とはいうものの、そうしたノスタルジーに浸るだけのものだけではなく、最近の「茶のシルクロード」旅行にちなんだものもあって、ああ、旅人は健在であるな、と安心するところもある。

さらには、終章のところではLCCの運賃比較であるとか、スマホのフリーSIMの格安情報であるとかも掲載されていて、バックパッカーの旅は、時が経過しても変わらないものでもあるらしい。

 

さて、若い時の旅とシニアになってからの旅は、体力面や使える金銭面でも結構の違いはあるのは間違いないが、「バックパッカーの心」は変わらないらしい。鉄板のバックパッカー旅行記を楽しみたい方にオススメでありますな。

 

 

東南アジアの最南端駅から「茶のシルクロード」へと続く鉄道旅 — 下川裕治「ディープ過ぎるユーラシア縦断鉄道旅行」(KADOKAWA)

旅行記には、ひとところにどっぷりと落ち着いて”沈没”をするものと、ひたすら”移動”を続けるものがあって、どちらがより旅行記らしいかといえば、そこは好みの問題もあってなんともいえないのだが、両方こなせる旅行作家が下川裕治氏であろう。

収録は

第1章 最南端駅からアジアの風に吹かれて北上千九百二十キロ

ーシンガポールからバンコクへ

第2章 ようやく開いた土煙の国境三百四十キロ

ーバンコクからダウェイへ

第3章 激しい揺れとダニにやられるミャンマー列車千六百八十キロ

ーダウェイからセムへ

第4章 茶葉を追いつつ中国縦断五千百八キロ

ー瑞麗から北京へ

第5章 マイナス二十度の草原を北上、千七百三十五キロ

ー北京からスフバートルへ

第6章 寝ても覚めてもタイガのシベリア

ーキャフタからムルマンスクへ

附章 万里茶路を行く

となっていて、シンガポールから極東ロシアまでの気候変動の激しい「鉄道旅」である。で、その「移動の旅」の交通手段も、徒歩から、キャンピングカー、バス、飛行機、鉄道と様々あるのだが、当方の好みからいえば、飛行機・徒歩・クルマは論外。バスは埃っぽい様相が漂うので、旅の風情と食の楽しさが期待できる”鉄道”が一番、といったところである。

ただ、”一番”といったところで、そこは飛行機であれんば数時間あれば移動できる距離を、到着時間の遅れを気にしながら乗り継いだり、鉄道がいつのまのか休止していたりといった苦難を乗り越えながら、暑さ寒さの影響をもろに受けながらの旅であるので、けして快適とはいえないことも多い上に、国境をまたぎ陸上を走る交通手段であるので、その国の政治情勢を色濃く反映する。

それは例えば、ミャンマーでの

どれほどの揺れなのか・・・想像するのは難しいかもしれない。飛行機が乱気流に入ってしまうことがある。急に期待が揺れ、通路を歩くことも大変になる。ときにジェットコースターが急傾斜をおりるときのような浮遊感にも襲われる。それが列車で延々と続くと思ってもらうことがいちばん近い気がする。とにかく車内の通路を歩くことが難しいのだ

といった、日本、中国、韓国の高速列車に慣れた身には過酷な移動環境であったり、

中国の駅は強い権力のにおいがそこかしこに漂っている。切符を買うにはパスポートが必要で、切符には、パスポート番号と名前が印字される。駅舎に入る前にセキュリティーチェックがあり、その先でパスポートと切符の照合が行われる。昆明駅はとくにぴりぴりした空気が流れていた。2014年、駅前広場や切符売り場で無差別殺傷事件が起きた。ナイフを手にした集団が通行人を次々に切りつけた事件だった。この犯人としてウイグル人三人に死刑判決がでている

といった民族紛争であったり

マレーシアにはマレー人、華人、インド系住民などで構成される多民族国家である。それは運送業に世界では、みごとに色分けされていた。マレー鉄道はマレー人、長距離バス会社を経営するのは華人、LCCのエアアジアはインド系だった。

(中略)

マレー鉄道は違う。マレー人が運営し、マレー人優遇策、つまりブミプトラ政策のなかにあった。

(中略)

しかし民族間の能力の違いは冷酷な結果を招いてしまう。マレー人はのんびりとした人々である。そこが魅力でもある。しかし華人やインド系の人々とひとつの国をつくり、世界が経済の時代へと進むなかでは、その差が浮き彫りになっていく。

(中略)

マレー鉄道もそのひとつだった。上り下り合わせて一日に十本にも満たない列車しか運行していない。その列車はアジアの流儀で走り、ときに大幅に遅れる

という多民族国家の少々歪な政策を反映した鉄道旅でもある。

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少し懐かしい「香港」の物語 — 下川裕治「週末香港・マカオでちょっとエキゾチック」(朝日新聞社)

旅行記といえば、秘境魔境的なところや、最近売り出しの観光地といったところが目立って、以前のようなバックパッカー的な沈没旅はお目にかかれなくなている。その点、下川裕治氏の旅行記は、沈没旅の風情を色濃く残しながら、とはいうものの旅する人も年を重ねてきているので、どことなく「お疲れ感」が漂うのが、一風変わった魅力である。

構成は

第1章 香港 重慶大廈 安宿が教えてくれるこの街に抱かれる気分

第2章 香港 山と島々 都市に隣接する深い森と漁村

第3章 香港 食 茶餐廊で悩む食の異空間と隣人感

第4章 香港 樹 大粒の雨に打たれる香港の「自由」

第5章 マカオ 福隆新街 辿り着いた安宿街は、売春宿だった

第6章 マカオ カジノ 台湾からカジノへと言う危うい綱渡り

第7章 在住者がすすめる週末香港・マカオ

西貢でリラックス&海鮮料理

キャットストリートで探す、レトロな雑貨

知られざる香港のビーチで過ごす贅沢な週末

大航海時代が育んだ味「マカオ料理」

マカオの祭り

となっていて、香港・マカオの街の魅力から食の魅力まで知れるつくりにはなっているのだが、例えば、旅の宿でも

これから何回、香港の土を踏むのかはわからない。しかし泊まるのは、いつも、重慶大厦と入口に看板を掲げた重慶マンションのなかにあるゲストハウスのような気がする。それ以外の選択肢が僕にはみつからないから

であったり、香港の「食」で

茶餐廳に足を踏み入れるかどうかで、香港の旅はずいぶん変わることに気づいてほしい。香港人が欧米文化をとり込んでいった面妖な食の領域を知りたいというなら、ずんずんと茶餐廳の店内に入るべきである。店員はきっと無愛想だが的確にオーダーを受けてくれるはずだ。しかし、せっかく香港なのだから、満足のいく……と考えるなら、茶餐廳に近寄らないほうがいい。ガイドブックや香港を紹介するサイトでは、無責任に香港人の庶民の味として茶餐廳を紹介しているが、そこで出合う味は、だいたい裏切られる。

といったように、地元の「食の美味」が語られない旅行記も珍しい。

さらにその地の政治情勢を語るところでは

中国人が湧いてくるように香港にやってくるようになって、香港人は普通話を口にするようになった。でも、あまりうまくはないんです。中国人は、自分の国なんだから当然……といった面持ちで普通話を口にする。しかし香港人の応対には、微妙な間があるんですよ。さっと答えない。なにかその間のなかに、香港人の思いが込められているような気がしてね。

「あの店、なくなりましたよ。いい飲茶の店だったんですけどね。なんでも家賃を三倍にするって、ビルのオーナーからいわれたそうです。突然にね。要は出ていけってことですよ。しかけているのは、四大財閥のどこかです。出ていったあとに自分の傘下の店を入れるんですよ。香港から、独立系の店がどんどんなくなってるんです。もう街が変わってしまうぐらい。香港がどんどんつまらなくなってくる。これで財閥はひと儲けですね。これもある種の地産覇権かもね」

といった風に、良悪を言わず、土地の変化を伝えるという手法は、とりわけ一筋では行かない場所について、意外に効果的であるのだなと、思い至るのである。

少し心が疲れてはいるのだが、さりとて旅行に出る時間も無いというときに、こうした旅行記は、「旅」のなにかしらの代用になることは間違いない。休日の午後、ページを繰ってみるのは如何であろうか。

懐かしい味わいの「新婚アジア放浪記」 — 鈴木みそ「アジアを喰う」(双葉社)

日々の繰り返しの多い生活が続くと、なにかしら澱のようなものが溜まっててくるもので、活動的で身軽な人は、「えい、旅行でも行ってしまうか」といった気分転換が図るものなのかもしれないが、スケジュールが本当に立て込んでいたり、場所的な拘束の多い仕事であると、そうおいそれと日常生活を離れることも難しい。そんな時には「旅行記」を読むことが、気分を立て直すに有効であるように思う。

それも、難しい国を歩く「ルポ風」のものではなく、アジアを中心とした「放浪記」ものがもってこいであるのだが、「限界集落(ギリギリ)温泉」の作者による本書もそんな類で、しかもコミックなので活字本よりふわふわと読める。

旅の時期は、1993年から1994年までで、世相的には1993年が今の皇太子ご夫妻の婚約発表や、Windows3.1の発表、米不作でタイ米の大量輸入があった年、そして1994年が、社会党の村山内閣発足、SONYがプレイステーション発表、といった年。

個人的に、このあたりの年代で、生活を変える大エポックは「Windows95」の発表にあろうと思っているので、大変革の直前といった認識でいてもらえばよいだろう。

そして、旅する国は、タイ、ベトナム、シンガポール、インドネシア、フィリピンといった東南アジア、旅するシチュエーションは、漫画家とライターの新婚夫婦のハネムーンを兼ねた長期滞在の旅というものなので、スリには遭うものの大動乱に巻き込まれたりすることもなく、下痢をしたり、ひがなホテル内やホテル近辺でダラダラしたり、といった「ゆるい」旅である。そのあたりは、漫画の途中にはさまるコラムの題名も「◯◯を漂う」といったもので、ゆらゆらとした旅の生活が垣間見えるというもの。

スケジュールやタスクに追い込まれれる日常でささくれている時は、こうした、「何もない旅の記録」が結構、心の凝りをほぐしてくれるに良いものである。

筆者とともに、アームチェア・トラベルをしているうちに、おいたてられていた気持ちが、なにかしら落ち着いてくるのが、こうした「バックパッカーもの」の良さであろう。ただし、年代的はかなり昔で「旅行プラン」の参考にはならないのでご留意を。

鉄道話ってのは、なんでこんなにグッとくるのかな — 高田 郁「ふるさと銀河線 軌道春秋」(双葉文庫)

時代物の若手の名手、高田 郁の手になる現代物、しかも鉄道物という結構レアな短編集。

収録は

お弁当ふたつ

車窓家族

ムシヤシナイ

ふるさと銀河線

返信

雨を聴く午後

あなたへの伝言

晩夏光

幸福が遠すぎたら

の9話で、登場する鉄道は外房線、大阪~神戸の私鉄線、大阪環状線(T駅=天王寺駅?)、ふるさと銀河線、郊外~新宿の私鉄線、東海道新幹線、京福線(嵐山駅)。

「鉄道」そのものが出会いと別れを象徴するほかに、鉄道沿線の街というのがまた人の暮らしの粋甘いを凝縮したようなところがあるもので、そこは車でのドアtoドア、点から点への移動が主体となる郊外の町とは別の趣があるももの。それにふさわしく、9話とも、しんみりさせる人情話が多い。

ネタバレ承知でいくつかをレビューすると、冒頭の「お弁当ふたつ」はリストラ後も出勤するふりをして列車内で一日を送る夫と、それに気づいての妻の話であるし、「ムシヤシナイ」は大阪の駅構内の蕎麦屋ではたらく祖父と東京から逃れてくる孫とが絆を構築する話であるし、「雨を聴く午後」「あなたへの伝言」は同じ駅の周辺を舞台とするバブル後に客を自殺させた心の傷を持つ証券マンとアルコール中毒で家庭を破壊した経歴を持つ主婦の、それぞれ独立しつつも並行した人生の哀歌である。

{鉄道」ってのは、どういうわけかそれを題材するだけで、ほろっとさせるネタが仕込めるもので、そこはズルいなと思うのだが、ここは作者の手の内で遊ばしてもらうのもよいではないかな。

なお、いくつかの短編は、ある話の主人公が、別の話の脇役や通行人的に登場するという入れ子構造になっているので、そこらあたりを探し出す楽しみもあるので、サイドメニューとしてどうぞ。

Nipponはいつの間にか住みにくいところになったようである — 下川裕治『「生き場」を探す日本人』(平凡社新書)

アジアを中心とした放浪・気ままな旅行記でおなじみの下川裕治氏ご贔屓のタイ、上海、ベトナムなどの東南アジアに在住する日本人のルポ。

時代的には2011年、東北大震災の前後で、構成は

Ⅰ 日本に帰らない

Ⅱ 詐欺

Ⅲ 妻

Ⅳ ひとり

Ⅴ 賞味期限

Ⅵ 貢献

目次を見るだけでも、なんとなく当時の日本の閉塞感が伝わってくるようなのは気のせいか。取り上げられている話は、「はじめに」で ”申し訳ないが、サクセスストーリーはほとんどない” と断り書きがあるように、日本本社がM&Aされ早期退職してデジタルプリントショップを開いた元商社マン、であるとか、日本の居酒屋を売り払ってバンコクに店を始めようとして詐欺にあった居酒屋の店長であるとか、事業が成功して「わはわは」と自らの成功物語を語る話はない。

ではあるのだが、日本で正社員になる道を閉ざされたロスト・ジェネレーション世代がタイで居場所を見つける話であるとか、定年後もタイに残りタイの造船会社の嘱託を務める企業戦士であるとか、日本の景気が減速していく中で、振り落とされていた人々が自分の存在場所、存在価値を見いだしていく話が出てくるのは喜ばしい。

その後、民主党政権の崩壊、アベノミクスと日本の経済状況も変化をしているのだが、日本に住みづらくて東南アジア、外国へ脱出する人は減ってはいないように思える。高城剛の言によれば、「一国だけで暮らすことは、もしかしたらリスクが高い上に、楽しくないのではないのだろうか。そう、その一国とは日本に限らず、ベトナムでも米国でも中国でもどこでも一国は一国で、その上、21世紀は一国だけで一生暮らす時代ではないことは、世界を見ても明らかです」(白本 参)ということであるようだが、さてさて。

高城 剛「LIFE PACKING」「LIFE PACKING 2.1」


高城 剛が1dayから1year、そしてFutureと旅をし、旅をしながら仕事をし、暮らしていく上での必須のアイテムとパッキング方法を綴ったレポート的な一冊。

「LOFE PACKING」と「LIFE PACKING 2.1」の違いは氏が拠点となるべき住居をまだ持っていた時と不動産を全て手放してしまってから、の違い。

 

当然、書かれた時の違いはあって、スマホが前書ではiPhone5であったに対し、後書ではAppleがつまらなくなったということでAndroid2台というところであったり、HDDがSDカードに変わっていたりといった変化はありつつも、ビニールのカード入れや白のシャツといった定番的に変化しないものもあって、それはそれなりに時代の変化と変わらないものを見る思いで楽しいものではある。だが、やはり注目して読むべきは、移動、変転することへのあくことのない追及であり、そのために持つものを極度にスリム化していく、という熱意であろう。

 

で、こういう提案は、定住し、固定化した仕事をもっている、いわゆる一般ビジネスマンに全く役に立たないかといえばそうでもない気がしていて、例えば私なぞ、今、家族の住む実家から100kmほど離れたところでプチ単身赴任をしているわけだが、1週間あるいは2週間おきに2〜3日実家へ帰る生活は、本拠をどちらに見るかで期間は異なるのだが、1周間〜2週間おきの旅行あるいは2〜3日の旅行を繰り返していると見てもいいし、単身赴任自体が1年間の旅行と考えられなくもない。

 

といった気分になると、とかく侘びしくなりがちな単身生活も「旅」の色合いを意識することで、高城氏なみの「最先端」の生活を送っていると、なにやら心持ちが変わってくような気がするのであるが如何か。

ただまあ、そのためには経費が必要なのも確か。例えば200GのSDカードは1枚8000円程度するが、2TのHDDであれば1万円少々で手に入るのも確か。フツーの人々は「LIFE PACKING」と「LIFE PACKING 2.1」の間ぐらいを目指していくのが背伸びが過ぎず、頃合いかもしれませんね

”What Is life?”(人生とは何か?) — 小野美由紀「人生に疲れたらスペイン巡礼ー飲み、食べ、歩く800キロの旅」(光文社新書)

アジアやフランス・ドイツといったところを歩く若い女性の旅行記は珍しくないのだが、スペインのしかも「巡礼の旅」という題材は珍しい。
構成は
第1章 スペイン巡礼とは何か
 カミーノ・デ・サンティアゴ7つの魅力
 スペイン巡礼基礎知識
 巡礼の費用と持ち物
第2章 わたしの巡礼
 緑の山脈を越える、肉体の道
 草原をひたすら歩く、頭の道
 ゴールに向かう、魂の道
第3章 自分らしい巡礼路を楽しむために
 巡礼路は一つではない
 美食のスペインを味わい尽くす
となっていて、目次を見た段階では、ありきたりの旅に飽きてしまった女性ライターが、巡礼の旅に挑戦。巡礼の旅の途中で出会う美食とハプニング、そして旅の案内といったところか、と思っていたらそうではなかった。
仕事に疲れてパニック障害になり、仕事を辞めた筆者が、韓国人の宗教学者で、世界各地の聖地を巡っている金教授に言葉を思い出し、再出発をするためにスペインのカミーノ・デ・サンティアゴの巡礼に赴くといった内容が第2章。
なので、第1章、第3章の巡礼の旅のガイド的なところと第2章の巡礼のルポのあたりは風合いがかなり異なると思っておいたほうがいい。
で、巡礼の旅と言うと、近くは四国の札所巡りがあるのだが、筆者が触発された金教授の言葉とは
人生と旅の荷造りは同じ。いらない荷物をどんどん捨てて、最後の最後に残ったものだけが、その人自身なんですね。歩くこと、旅することは、その「いらないもの」と「どうしても捨てられないもの」を識別するための作業なんですよ、聖地というのは、すべて、そのための装置なんです。私の人生は残り長くて20年ぐらいだけど、その間にどれぐらい、いらないものを捨てられるかが、「自分が何者だったか」を決めるんです
という。およそ「旅のススメ」とは異なったもので、巡礼の旅とはそうした言葉にsんボライズされるようなものであるらしい。
で、旅の行動的には、「35日をかけてフランス南部 サン・ジャン・ピエド・ポー から聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラを目指して歩く(時折、タクシー、バスを利用する人はあるらしいのだが)旅」なのだが、「巡礼旅」らしく、アウトドアやウォーキングの旅とは違い、出会う人も、旅好きだった夫と3年前に死別し、その気持ちを整理するために巡礼旅をするアメリカの女性であったり、知的障害のある兄と会社経営をしている父親と同行している、実は親と仲の悪い弟であったり、就職難で喘ぐ韓国から父親と喧嘩の末一時逃げ出して巡礼旅をする韓国の女子大学生であったり、それぞれの事情が重たいのである。
筆者はこの34キロを歩く旅の中で、出会った人から
あなたはまだ、他人の時間に引きずられているのよ。都会の慌ただしくて、人に左右される時間のまんま。でも、それじゃ体を壊しちゃうわ
とか
毎日、月曜日だ、火曜日だと思ってする仕事はいけないよ。毎日が土曜、日曜、祝日と思えるような仕事に就きなさい。私は働いていた41年間、1日も”仕事をした”と思ったことはないよ
とか
人が人に何かを与える方法ってたくさんあるわ。でもそれは人それぞれ違う形なの。・・一つだけそれを見つけるために必要な言葉を教えてあげる。”Do what you want to do”(あなたがやりたいことをしなさい)よ
といった言葉をかけられながら、病み疲れた心を癒し、解放し、新たなステージに移って(あえて登っていく、という表現はやめておく)いくのだが、そのアドバイスも、筆者のそれぞれの心のステージごとの色合いに沿ってなされていくっていうのが、やはり「巡礼旅」というものであろうか。
旅の途中、ブラジルから来たマルコスから発せられた”What Is life?”(人生とは何か?)という問いに筆者が旅のゴールでどういう結論を出したか、は本書を読んでもらうとして、久々に「硬派」な旅行記でありました。

“外ごもり”も変化する ー 下川裕治「生きづらい日本人」を捨てる(講談社新書)

沖縄・アジア、とりわけタイの滞在記・旅行記で、我々の旅への思いをかきたてる下川裕治氏が、海外に流れていき、そこに移住する人々を取り上げたルポの第2弾。第1弾の「日本を降りる若者たち」は2007年の発刊で、比べる若者をはじめとした日本人の意識も変化していると同時に「日本」と「アジア諸国」の経済状況の差も縮まってきている。そんなことを反映してか、今回のルポに登場する日本人たちは、「逃走」という意識ではなく「移動」する感覚で、アジアの国へ移り住んでいるようだ。

 

構成は

第1話 生まれ変わる・・・沖縄・那覇

すとん・・・と落ちる/夜の世界をくぐり抜けて/社長という仕事/

そしてなにもなくなった/金がないのは楽/人生を左右させてしまう幻

第2話 儲け・・・カンボジア・シェムリアップ

ポル・ポト支配からの夜明け/ぶっかけ飯、1.5ドル/一年の利益、46ドル/

出資の条件/孤児院での経験/西村の胸の裡/

日本人客からのクレーム/アジアに吹く風

第3話 ライフワーク・・・タイ・チェンマイ

古都の夜/ひと皿のカレーライス/働きすぎの日々/

転機/出会い/会社を立ち上げる/

好きなことをして、一日、満足して暮らす

第4話 表と裏・・・中国・上海

いかつい男たちに囲まれる/固まらない国と固まる国/

仕事につかれた上海人が移り住む/

自分たちは楽しみ方を知っている/一日百元の店番

第5話 身の丈・・・ラオス・ビエンチャン

はずれてしまった人生/NGOの世界/誘い/

はじめはうまくいかないことばかり/ラオスは貧しいのか、豊かなのか/

特製和風ビーフカレーの感性

第6話 中途半端・・・タイ・バンコク

森に入っていった学生たち/オーガニックの農園と出合う/

インドでめざした農園/タイしかないか/予想外の売れ行き/

そこで踏みとどまる

第7話 結婚・・・ベトナム・ホーチミン・シティ

老夫婦と暮らす、ひとりの青年/統合失調症/はじめてのアジア/

報告/ふたりの住む家へ/ふたつの不安/初夜/

言葉を覚えるということ/三千ドルの波紋/母の家で

第8話 コールセンター・・・タイ・バンコク

日本人を月給7万円で雇う/新し海外日本人像/貯金ができて羨ましい/

月五万円のバンコク暮らし/妻のひと言/震災後、チェンマイで働く/

現地雇いも狭き門/若者の目に映る、タイという国

番外編 ホームレス・・・タイ・チェンマイ

チェンマイホームレス日記

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「横丁」は都会の魔力の表れか ー 矢吹申彦「東京の100横丁」

「横丁」の定義っていうのはよくわからないところで、本書には
地産地消と相俟って、地域の活性化のための屋台村が元気だと聞く。屋台村と云っても屋台型に限るわけではなく、幾つかの店が入る固定型施設、いわば横丁。
(中略)
確かに酒場と旨いものが並ぶと、昔から必ず横丁の名が付いた。
とある。ただ、なんとなく「横丁」と「ガード下」は都会、しかも東京の専権事項のような気が、個人的にはしていて、そんな「東京の横丁」を集めたエッセイが本書。
とりあげられる横丁は、下北沢駅前食品市場に始まり、人形街、東向島、新橋、元麻布、両国、日本橋といった「旧・東京」あるいは「江戸」からの由緒正しいものから、銀座・みゆき通り、新宿・中央通り、西荻窪、吉祥寺といったところまで多士済々であるのだが、やはり「都会地」の独壇場である。
といっても、都会地で人出が多ければ「横丁」ではないらしく、「築地・魚がし横丁」の章では
東洋一、いや世界一とも云われるこの市場を、たとえ場内の迷路のような路地を刺したとしても、とても横丁とは呼べない。ならば場外市場の方かと云えば、こちらも三百軒以上の店がひしめいていて、横丁の規模を超えている。そんな中に、本物の横丁を見つけた、場内の一角にある食事処の並ぶ”魚がし横丁”である。
であったり、「旧東海道・品川宿」の章では
目黒川を渡った南品川は提灯もなく、祭りではないらしい。商店街は続くが、横丁と呼ぶには長すぎる。それでもおちこちの角を曲がれば、船宿兼天ぷら屋のある横丁、ギャラリーのある横丁と、横丁覗きには事欠かない
などと「横丁」も結構難しいようで、少し歩くと通りぬけられる、ほどほどの長さで、飲食店、雑貨屋などが渾然とあるのが横丁といえるようなのだが、その「横丁歩き」の楽しみは「恋文横丁」で子どもの頃、ネギ味噌を好んだ記憶を語りながら、
記憶を頼りに何度か試みたねぎ味噌は確かに旨い。酒のアテには上等だ。そう横丁の記憶は美味しさの記憶でもあったのだ。
であったり、「青山通りの孫横丁」で
入って直ぐ左の焼肉屋、サボテン屋と続き、曲がればうなぎ屋、天ぷら屋が並ぶ、人通りの少ない通りの横丁の割にはなかなか充実していると思っていたら、その横丁に思いがけず知人が店を開いた。
(中略)
そんな横丁なら、青山通りは幾らもかかえていると云われるだろうが、その横丁横丁を自分のものにするからこそ面白い。他所の人が素通りしていくのを笑いながらやり過ごし、横丁に吹く東風でも秋風でも風をひとり肌で感じる。
であったり、昔の記憶で色付けされた、なつかしみと新しい出会いを楽しむものであるらしい。
このあたり、東京に子供の頃から住まう筆者の専売特許的なところもあるのだが、時折、東京に出向く「辺境の民」である当方にも、本書片手に彷徨ってみても面白いかも、と思わせるのが「横丁」の魔力というものか。
 「横丁」侮りがたし、なのである。