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小味のきいた短編集をどうぞ — 近藤史恵「土蛍」(光文社時代小説文庫)

堅物同心・玉島千蔭を中心とする「猿若町捕物帳」も第5弾となった。
先んじる4冊(もっとも梅ケ枝の登場する第1作をその中にいれてはいけないかもしれないが)では、千蔭に周辺の、その巻をリードする形の女性が登場したのだが、この5作目は登場しない。まあ、シリーズを通して千蔭に絡む花魁・梅ケ枝がそうといえばいえなくもない。
 
収録は
 
「むじな菊」
「だんまり」
「土蛍」
「はずれくじ」
 
の4作
 
それぞれを簡単にレビューすると
 
まず、「むじな菊」は吉原の茶屋で火が出て、それで火傷を負った「梅ケ枝」が市中の旗本屋敷で朋輩と一緒に養生するところpから始まる。まあ、この旗本屋敷のことは、後の「土蛍」の伏線にもなっているのだが、それは置いといて、本筋は貧乏長屋に住む、妹・良江のところに博打好きの兄・作次郎が訪ねてきて金をせびっていく。そのうちに、この長屋の差配が殺される。この差配は兄を説教して諍いに成ったこともあるのだが、果たして犯人は・・、という話。「むじな菊」とは着物の柄で、八重菊の細かな花弁にも見えるが、一方で狢の毛並みにも見える柄のこと。見方によって、まったく異なる様相を見せる「人」の相と同じでありますな。
 
「だんまり」は辻斬りならぬ「辻の髷切り」の話。兄の借金の片に、吉原に売られそうになった、「お鈴」という巴之丞の一座の芝居作者・利吉の兄弟子の妹にまつわり話。博打と辻斬りの共通点がキーになるんだが、「ほう」と読むべきは、兄に依存していた妹が一連の騒ぎで逞しくなるあたりか。
 
「土蛍」は降って湧いたような梅ケ枝の身請け話を並行話としながらの、巴之丞と同じ芝居小屋で「新八」という役者が首を吊った事件の真相の話。新八は、師匠の杉蔵が孕ませた女性を女房にしているのだが、この杉蔵という役者、女を孕せては弟子に押し付けるという素行の悪さで有名なのだが・・、という話。で、梅ケ枝の身請け話の真相が、1作目の彼女たちが火事に焼け出されて世話になった旗本の家の奥方に関係するのだが、貞淑で従順な女性の怖さってのに底冷えしそうな感じがしますな。
 
「はずれくじ」は貧乏長屋でくすぶっている「直吉」という男が殺される事件。直吉は大工の息子に生まれるが、高所が苦手。それでも大工になろうとしてすぐに落下事故をして怪我をしてから、ケチのつき放題という男。彼は同じ長屋に住む「はる坊」に横恋慕している。そんな時、同じ長屋の後家に富くじをかてもらえないかと頼まれ、寺へ出かけたのだが、その途中に殺害されるとだが、犯人は・・という話。美しく育った「はる坊」というところに綺麗な女性好きの読者である当方は騙されてしまってのでありますな。
 
ということで、第5弾は、梅ケ枝と千蔭との仲が進展するわけでもなく、また二人の間に入る女性が登場するわけでもなく、ちょっと箸休めといった風なのであるが、箸休めで呑む酒が結構いけるように、風味が利いた話が多くて楽しめる一冊でありました。

巨木が倒れる時、周辺の草花は — 伊東 潤「戦国鬼譚 惨」(講談社文庫)

戦国ものの小説やドラマ、はては歴史講座などは、どうしても景気のよい勝者の立場からのものが多いのだが、その際、敗者となった者は、ことさらに無能力や傲慢を指弾されたりするもの。特に、織田、豊臣。徳川といった戦国の代ヒーローたちに攻め滅ぼされたものは、そうした憂き目にあうことが多い。

本書は、そういうものの典型で、長篠の戦の後、織田軍の攻め込まれ、滅亡へと進む「武田」家の物語。しかも、滅亡の主役である武田勝頼を始めとする「武田家本家」ではなく、その周辺の物語である。

収録は

木曾谷の証人

要らぬ駒

画竜点睛

温もりいまだ冷めやらず

表裏者

となっていて、概括すると、織田勢から攻め込まれる木曾谷に始まり、武田家滅亡後、本能寺の変を経て、穴山梅雪が土民(本書では、土民ではないのですがね)に討ち取られるまで。

 

もっとも、本書の著者の伊東 潤氏は、「敗れた者」を描いたら手練の小説家。織田ー武田家の争いの中で、翻弄され、sるものは人質のカ家族を思いつつも織田に転じたり、信玄死後、勝家によって疎んじられた鬱憤から主家を裏切ったり、とか、滅びる時はかくあるかな、と思わせるような、武門の家が「崩れていく姿」を描いてくれるのである。

 

で、本書がおすすめなのは、失意の最中ではないがまだ傷をおっている時で、天下をとるために駆け上がっていく物語ではないので、精神を鼓舞されることはないのだは、心の傷口がまだひりひりしているときに、家の滅亡を取り巻く様々な生き方を見て、なんとなく慰められるところであろう。

「勝ち抜いていく」ことばかりが、おすすめの生き方ではないようであるような気がしてくる短編集でありますな。

 

近藤史恵「にわか大根」(光文社文庫)

堅物同心+(女形の人気役者+人気花魁)のトリオの捕物帳の第3弾。

今回は、短編集なのであるが、それぞれの短編をつなぐ筋が流れているので、それなりの統一感があるという凝ったつくりの短編集である。

収録は

吉原雀

にわか大根

片陰

の三編。

ざっくりとレビューすると

「吉原雀」は、第2作で千蔭をさんざん引き回した挙句、千蔭の父親と祝言をあげたお駒と父親の千次郎が旅行に出かけるところから始まる。旅行に出ていて、お駒が家にいないという設定が、三作目を通じて展開される「平野屋のおふく」をめぐる騒動の発端となる。

本筋は、吉原で三人も遊女が立て続けに変死する。流行病が吉原に流行っているということないのだが、共通するのは、かかった医者が「小川幻角」という町医者にかかっていたことと「雀」。三人の遊女は皆死因が異なっているようなのだが・・・、といったところ。

「にわか大根」は役者話。先回に登場した「おふく」(お駒の稚馴染み)が継母に邪険にされて塞いでいるのをなぐさめるために、市村座の芝居を見に行くことにうる。ここは、この物語のもうひとりの主人公である水木巴之丞の、向こうを張る「村山達之助」という役者がいるのだが、どうも上方から帰ってから、芝居がやけに下手になっている。その理由は、とさぐっているうちに彼の一人息子が芝居小屋から転落死する、という事件

「片蔭」はスリの茂吉が擦りとった財布を投げ込んだ天水桶から水死体が発見される。水死体は、船芝居の役者・片岡円蔵。彼の芝居は、船芝居ではありながら出来の良いものであるし、円蔵はまじめで人当たりもよく、人に恨まれることもおよそない。おまけに円蔵の相手方の谷与四郎は、巴之丞の上方時代の知り合いでもある。さて、円蔵はどういう理由で殺されたのか、という筋。

三作ともそれぞれの関連はないのだが、三作を通じて、お駒の幼馴染「平野屋のおふく」が、タイミングよく玉島家に逃げ込んでみたり、駆け落ち騒動を起こしたり、と、堅物同心の玉島千蔭も、そろそろ年貢の収め時か、と思うのだが、作者のデウス・エクス・マキナは、そう簡単には許さないらしい。

となると、千蔭と梅が枝の行く末は・・・、といった予測も出るのだが、され、次作以降、この二人の関係をどうするか気になるところではありますな。

 

「堅物同心」+瓜二つの「女形役者と花魁」、幽霊に出会う — 近藤史恵「猿若町捕物帳ーほおずき地獄」(光文社時代小説文庫)

「巴之丞鹿の子」で歴史ミステリー・デビューした近藤史恵さんの、堅物同心・玉島千蔭+女形の人気役者・水木巴之丞+花魁・梅が枝のトリオ・シリーズの第2弾。
今回は、お茶屋に出る「幽霊騒動」事件がメインなのであるが、千蔭の上役の与力の孫娘「お駒」との縁談話が並行話として進行する。
メインの幽霊騒動は、侍客がお茶屋・叶屋で洗い髪の女の幽霊を見た、という騒ぎが起き、幽霊が消えた後には、古い縮緬細工の「ほおずき」が落ちていた、というのが発端。
千蔭の縁談とは別に、事件の伏線のような女郎屋の2階に監禁されている「お玉」という娘の話も途中から並行し始めるので、筋立て的には、3つの話がそれぞれ別個に流れていく、といった構成。
「お玉」の話というのは、どうも昔の話のようで、女郎屋に監禁されている美人らしい「お玉」という娘と「徳さん」という男との出会いが語られ、果ては、徳さんと駆け落ちするが捕まえられ、手足を縛られて監禁を続けられる、といったもの。今回の幽霊話となにかしら因縁がありそうな風情で進行する。これは、筆者の術中に誘いこんで、人を混乱させたり、惑わせようとするのだな、と思いつつ、術中にはまってしまう自分が情けない。
もう一人、キーとなる人物は「花子」という白髪の夜鷹。白髪ではあるが、本当の老婆というわけではなく40過ぎぐらいの年齢であるようで、幽霊の出現に呼応するかのように出没する。これも当方の拙い推理を混乱させたのであるが、その正体と白髪になった理由は原本で。
千蔭の縁談は、というと、案の定まとまらず「梅が枝」との仲は次巻以降に期待というところだが、「お駒」の嫁入り先は、ちょっとやりすぎじゃないの、と思うのだが、これもまた原本で確認いただきたい。
込み入ったトリックとかはなく、語り口で読ませるタイプの時代ミステリーであるので、あれこれと詮索せず、うかうかと作者の手の内で転がされるように読んでいくのが一番でありますな。

「堅物同心」+瓜二つの「女形役者と花魁」の異色トリオの捕物帳 — 近藤史恵「猿若町捕物帳ー巴之丞鹿の子」(光文社文庫)

時代小説、特に捕物帳の書き手には、ミステリーの出身者と大衆小説・純文学の出身者の二通りの流れがあるような気がしていて、ミステリー出身者の捕物帳の特徴は、人を驚かす仕掛けを放り込んでくるところと事件のディテールとか細部にこだわるところであろう。
「サクリファイス」などの自転車小説とあわせて「タルト・タタン」シリーズや「モップの魔女」シリーズなどのミステリーの著者、近藤史恵氏による本作も、その特徴を見せていて
「女が犬の子を孕んだそうだよ」
(中略)
くすくすと笑いながら、二人は夜具の上に倒れ込んだ。障子に映った影が重なる。
もし、この閨の出来事を影から覗くものがいたならば、驚いただろう。
女と男は、同じ姿形をしていた
といった書き出しや、
 
さらには、作中で起こる殺人の被害者の娘達がいずれも「巴之丞鹿の子」の帯揚げで絞殺されるという事件の凶器は、人気役者にちなんだ巴之丞鹿の子の偽物という設定や、矢場で働いているお袖とおそらくは貧乏旗本の四男坊・藤枝小吉が雨宿りのお寺の軒下で知り合い、やがて良い仲になっていくといった話が、主人公の同心・玉島千蔭を中心に、どことなく胡散臭い、女形役者の水木巴之丞と座付作者(見習い)の桜田利吉、巴之丞と幼馴染らしい、花魁の梅が枝、とクセのある登場人物を配しながら、二重三重に筋を走らせていくという手法はミステリーそのもので、捕物帳でも人情噺を中心に語られていくものとはちょっと毛色が異なっている。
事件そのものは、巴之丞にちなんだ「巴之丞鹿の子」の帯揚げで絞殺されると連続殺人の謎を解いていく設定で、謎解きの中心は、棒手振りの娘・お弓の殺人の謎解きを中心に進むのだが、あちこちに筋が散らばるところもなく、しつらえたような密室も登場しない、ごくまっとうな「捕物帳」といっていい。  
ネタバレすれすれでいうと、冒頭にでてくるお袖という娘が、事件のキーといて使われていたとは思わなかったのは、当方の不明の限り。事件の解決の糸口となる人物を詳細に描写しておくことは、ミステリーでよくあるのだが、それが犯人というのがよくあるので、彼女ないしは彼女の恋人が怪しいよね、とまんまと作者の罠にはまっていたのであった。
 
最後に、このシリーズの重要な副主人公である女形役者・水木巴之丞と彼の幼馴染の花魁・梅が枝は、主人公の同心・玉島千蔭の協力者になったようであるが、なんとなく次作以降で大ドンデンがありそうな気がするのは、当方だけであろうか。

やはり登場人物の多さと複雑さは変わらないな — 石ノ森正太郎「マンガ日本の歴史 22ー王法・仏法の破滅−応仁の乱」(中央公論新社)

久々の歴史書のベストセラーとなった呉座勇一氏の「応仁の乱」を買ってみたはいいのだが、登場人物の多さと人間関係・政治的関係の複雑さに目と脳が眩んでしまって、あえなく頓挫。

そんな折に、知人から勧められたのが、この「マンガ日本の歴史22ー王法・仏法の破滅ー応仁の乱」。

こういった、歴史の通史シリーズは、最初発刊の頃は、発行する側も読む側も勢いが良くて、元気よく購入し読むのだが、時間が経過するにつれ気力も萎えてくるもの。おかげで、邪馬台国やせいぜい平安朝の頃までは、シリーズは変わっても読むのだが、室町時代あたりになると、とっくに興味は別のものに移っていて、恥ずかしながらこの時代の歴史書を読んだ記憶がほとんどない。

本書の目次は

序章 都、灰燼に帰す

第1章 幕府の乱れと守護家の内紛

第2章 仏法王法ともに破滅す

第3章 山城国一揆の興亡

となっていて、年代的には1454年頃から1493年9月までのほぼ40年間で、おおまかにいえば、人の一生分の期間というところ。

で、マンガ版であるから少しは・・・、と思ったんだが、やはり時代のもつ特徴のせいか、政治模様の複雑さと離合集散の激しさは変わらない。室町幕府の将軍家が跡目争いで叔父甥が争えば、有力大名の山名・細川の争いと畠山家の家督争いなどなど、おまけに後半の方では、いままで都の有力者に牛耳られていた地方の国人たちが反乱を始めるし・・と言ったことに加えて、それぞれが結託する先が、敵の敵は味方といった考えでやるので、素人目にはハチャメチャにしか映らない

ただまあ、歴史の研究家ではない当方としては、その時代の歴史の持つ雰囲気とかうねりのような感覚が味わえればよくて、人の名前はある程度すっ飛ばしても実害はない。戦国時代に続く、応仁の乱当時の室町時代の、あちこちで人の思いや欲望が、ぷつっ、ぷつっと、中から発酵して吹き出していく感じを体感するのはマンガ版で十分するぐらいであろう。

お盆の帰省中の箸休めにいかがであろうか。

 

 

茶人大名、小田原でさらに脱皮する — 山田芳裕「へうげもの 五服」(講談社文庫)

さて、本日は続いて「へうげもの 文庫版」の第五巻をレビュー。

年代は1588年1月~1590年5月

歴史的なエポックは、小田原の北条攻め。

先立って、あの山上宗二が北条氏に厄介になり彼の居場所を発見するのだが、これが彼の悲劇的な死の発端になるのだから、人生というものはわからない。辛口の評論家として比叡山にいたり、諸国を放浪して悪態をついていたほうが、ひょっとすると命は伸びたのであろう。

そして、このあたりから石田三成がいろんな案件の、プランナー、仕掛け人としてやたらあちこちに登場してくる。例えば、千利休の茶頭筆頭からの追い落としであるとか、山上宗二殺しなどなどで、のぺっとした顔立ちに、能吏ばりばりのいけ好かなさで、「やな野郎」感がよくでてますな。

また、「のぼうの城」で有名な、忍城攻めの三成の失敗の場面も描かれているのだが、彼の「企画好き」の「現場嫌い」の様子が少し悪意を込めて描かれていると思うのは、当方の勘違いないしは錯覚であろうか。

さらに、これはご当地の読者には顰蹙買うかもしれないが、伊達政宗の天下統一を夢見る、「夜郎自大」さが強調されていて、筆者は政宗ちゃかしも極まれり、である。

まあ、歴史事実のほどは別として、一風変わった戦国ものコモックとして、脂がのってきておりますな。

禁令の出た時の立ち居振る舞いに、人の本質は顕になるものであるな — 山田芳裕「へうげもの 第四服」(講談社文庫)

さて、引き続き、古田織部のコミックもの「へうげもの」に文庫版第4巻をレビューしよう。

年代は1586年~1587年。歴史的な出来事としては、家康の上洛、秀吉の九州攻め、禁教令の発布、聚楽第の完成と大茶会といったところで、秀吉の天下がこれから爛熟に向うところである。

ただ時代が熟していくことと比例して、今まで培われてきた人間関係が壊れていったり、不和の種が芽吹いたり、といったことはいつの世も変わらぬもので、大茶会の開催は、実は千利休を筆頭茶頭から罷免しようという秀吉の企みが隠れていたり、とかなんとも生臭い。

ただ「爛熟の時代」は人の姿もまた熟れさせ、その人となりも拡大して見せてくれるようで、キリスト教の禁教の際に、高山右近が「幾年月も培ってきた南蛮趣味を鶴の一声で変えさせられてはたまりません。」とキリスト教者と南蛮趣味の茶人の意気地を見せる一方で、織田長益(後の有楽斎)は、「南蛮趣味を控えねばならなくなった今・・・世の流れはこちらに軍配が上がるかも。」と南蛮趣味を早々に見限りながら、利休の「わびさび」の将来性を感じ取る目先のきくところを見せたりと、人様々であるな、と自分の身近な実際の人々を思い浮かべ、改めて実感する。

さて、この巻では、南蛮趣味から「わびさび」といった茶の湯で代表される日本的な価値観があちこちとでてきて、風流を解さぬ当方は、ぼーっとコミックを読む以外はないのだが、そうした価値観、流行を追うことに血道をあげている権力者が、

「詰まるところ、茶の湯には台子も何も無いのです。

全て各人それぞれの作法、趣向でもてなせば良いのです。

決まりごとなど無いというのが極意にございます」

「関白様は、その本質がわからぬゆえ、台子手前を許可制になさり、茶の湯に格をつけておられる。」

なんて様子で冷水を浴びせられたら、そりゃ打ち首にもしたくなったんだろうな、と思いつつ、権力者の好みに合わせていくのも、そりゃ草臥れるよなと、同情もしてみるのである。

さて、こういった権力者と芸術家の争いに、皆様は何を感じ取りますかね~。

太平になりそうになると、なにやら蠢くのが世の常か — 山田芳裕「へうげもの 三服」(講談社文庫)

このところ、続けてエントリーしている、古田織部シリーズの文庫版第三巻。

時代的には1582年6月〜1586年6月。本能寺の変の後、秀吉の中国大返し、そして光秀が破れて秀吉の天下となるところ。市井の説による、明智光秀が天海僧正となる話は、どうやらこの「へうげもの」ではとらぬらしい。

三巻目の読みどころは

・光秀の実直さと民を思うが裏切られる切なさ

・徳川家康の田舎くさいほどの真面目さ

・石田三成の「いかにも」というあざとさと裏なり瓢箪さ

というところか。

さらに織部本人が、本能寺の変の真相を知って、秀吉の業の深さに恐れつつも、自らの武人としての限界を悟るあたりもポイントではありますな。

さらには、本能寺の変自体が、千宗易(利休)のト書きのもとに、秀吉が黒子を勤め、明智光秀が演じる、ということなのであるが、座付作者と興行主との確執が生まれつつあるのだが、それは次の巻以降の展開であろうか。

おまけとして、お茶々が秀吉の側室となる時も、この巻にはあるんだが、秀吉の乱破らしい出自を垣間見せる「茶々の緊縛」があるので、お好きな方は本書で鑑賞あれ。

茶人大名の「本能寺」 — 山田裕裕「へうげもの 第二服」(講談社文庫)

茶人大名 古田織部を主人公にした歴史コミックの文庫版第二巻。

構成は

第十四席 mt.富士レストラン

第十五席 レイン フォール ダウン!?

第十六席 今宵はイートイット

第十七席 幻惑されて

第十八席 天下を憐れむ歌

第十九席 未来への讃歌

第二十席 非情のライセンス

第二十一席 哀しみの天主

第二十二席 無法の都

第二十三席 焼け跡の余韻

第二十四席 孤立のメッセージ

第二十五席 信長 ON MY MIND

第二十六席 ホワイト キャッスル ブルース

第二十七席 転がる糞のように

第二十八席 SUKIYAKI

となっているのだが、これを読んでも何のことやらわからない。

収録作の年代的には1582年。武田攻めから本能寺の変、光秀と秀吉の戦まで。

この巻の中心はお見込みのとおり「本能寺の変」で、信長を攻め殺したのは明智光秀であるところは、きちんとおさえながら、さて、その黒幕は、そして信長を殺したのは誰ってところに作者の独自の工夫があるところが光っている。

で、その原因が、信長の家族偏重。股肱の臣たちが広げた領土が、信長の一族に分け与えられることが明確になってきて、今まで粉骨砕身してきた努力が報いられない恐れがでてきたと解釈しているところは、信長の一族というか信長の息子偏重という会社とともに斬新であるように思う。

そして、本能寺の変の黒幕は、明智をそそのかした、後の関白であったといったところも、「こう、もってきたか」と感服。もっとも、信長を倒した人物の設定は、たしかにもともとの素性が忍者・乱破あがりという説はあるものの、乱暴が過ぎませんか、と思ったところではある。

さらに、この「へうげもの」シリーズの楽しみの一つは、例えば高山右近や中川清秀であるとか、信長の外国人小姓であった「弥助」といった、歴史の英雄の側で、実は当時は様々な光を発していたであろう人物が細かに描かれている、小技の冴えを読むことでもある。

そして、この巻の登場人物で玩味したいのは、まずは、千利休で、「黒」にこだわる業に深さにちょっと引いてしまいながら、明智光秀、徳川家康の他の歴史ものではでてこない「実直もの」という評価であるかな。

人間というのは、光の当て方で、千変万化の色合いがあるものでありますな。