カテゴリー別アーカイブ: 歴史・時代物

☆山深き里の怪物譚ではあるが、深い因縁話も混じり込んでおるな — 宮部みゆき「荒神」(朝日新聞出版)

最近、ビジネス系のレビューが続いていて、少々、生真面目さが鼻についてきたきらいがあるので、ここらで気分転換。手練による時代物のホラーといこう。

時代は、江戸時代の元禄頃。江戸市中では、生類憐れみの令による嵐が吹き荒れていた頃。舞台は、東北の山深い小藩、竜崎家の永津野藩と、その支藩ではあるが、江戸初期からすでに半独立の状態にある瓜生家の香山藩というところが舞台になるのだが、実際の地理にあてはめるとどこそこという詮索はこの物語では無用であろう。むしろ、山深い、日本のどこにでもありそうなところと認識したほうが、この物語の普遍さを感じさせてくれる。

構成は

序 夜の森

第一章 逃散

第二章 降魔

第三章 襲来

第四章 死闘

第五章 荒神

結 春の森

となっていて、両藩の藩境の香山側の村に、得体の知れない怪物の現れるところから始まる。その姿は、蜥蜴ともツチノコともなんともしれないものなのだが、「人を食う」巨大な化物である。

で、話の大筋は、藩境で人を食らう化物が、村を襲っていく様と、それを退治しようとするものであるのだが、最初の方で、この化物が、永津野藩の、山を開拓したり、植林する「山作り」のせいでは、といったリードがある。なので、これは環境破壊ものであるのだな、といった先入観を持ちながら、化物の物凄さと、村が襲われ壊滅していく様子を読み進めていくと、後半の方で、宮部みゆき氏の物語らしく、「どんでん」をくらうのが、なんとも気持ち良い。

そして、これを支えているのが、心根の優しい「小台様」と呼ばれる、永津野藩の執政の妹である「朱音」という女性、彼女の住む館に居候する胡散臭い浪人 榊田宗栄、絵師ではあるが何やら秘密らしきものを抱える相模藩御用絵師の菊池圓秀、怪物から逃れてきた「蓑吉」という子供。そして、香山藩の藩主の子供の病死騒ぎで山へ逃れてきた小日向直弥という若侍、そして、朱音の兄で永津野藩の成り上がりの冷酷な執政、曽谷弾正といったキャストであろう。

特に弾正と朱音の関係は、この物語の謎解きになんか深い関係あるぞ、と思わせながら物語が進んでいくのだが、先の物語の「どんでん」のような展開に結びつくのであるが、ネタバレは”なし”にしておこう。

だいたいに、宮部みゆき氏の時代物ホラーは、おどろどろしいのに加えて、よく考えると結構陰惨な因縁話を散りばめて、つくりあげられるにもかかわらず、最後の「光明」を見せてくれるのがよろしいところで、この物語も定番通り、たくさんの「人死に」が出るのだが、終章で

裏山の森のさらに向こう、大平良山の高みに、澄み渡る青空の下に、朱音様はいらっしゃる。これからはずっと、ずうっと。

今やっと、このお山に、ここに生きる人びとすべての上に降りかかった出来事が見えた。心の目に見えて、呑み込めた。

それが終わったことも、わかった。

春の山の香りに包まれて、おせんは一人、いつまでもいつまでも佇んでいた。

と災厄の終わりを春の和やかさで朱音の菩提を弔うところは、怪物の由来に荒む読者の心をほっとさせる。

そして怪物退治に絵師として貢献した、圓秀が心身喪失となり、死ぬ間際に心を取り戻して描いた絵を、その養父が寺に預けて封印し、

圓秀畢生の傑作だが、残念ながら、この世にあってはならぬもの、人が目にしてはならぬものを描いている。

だから後世、この絵を見た者は、誰もいない。

と締めくくることで、怪しい物語が悪さをしないよう収めるあたり、流石というものでありますな。

かなりの大部のお話ではあるが、ぐんぐんと引き込まれて読み進めてしまうので、睡眠不足にご注意である。

たまには「日本古代史」はいかが — 関 裕二「沈黙する女王の鏡」(ポプラ社)

古代史っていうのは、定説が定まらないか、異論があるところのものが一番面白くて、邪馬台国あたりの「日本の成立秘話」のところがその最たるものであろう。

といっても、宇宙人がどうこう、とか、ユダヤ人が日本の古代に、といった話までいってしまうとついていけなくなるのだが、関 裕二さんの古代史ものは、安心して異論逆説を楽しめるところに位置している。

構成は

第1章 闇に消えた卑弥呼の鏡

第2章 金銀錯嵌珠龍文鉄鏡と卑弥呼の鏡

第3章 二つの邪馬台国・卑弥呼と台与の確執

第4章 邪馬台国の深層

第5章 トヨの悲劇

終章 邪馬台国とカゴメ歌

となっていて、「伝日田出土・金銀錯嵌珠龍文鉄鏡」(P4)を発端に

日田は歴史的には福岡県側の文化圏・商業圏にありましたが、なぜか行政的には大分県なんんですよ。つまり、トヨの国です。不合理な行政区分が、古代から現代まで続いているんです(P5)

と九州の「日田」をスタートにして、邪馬台国、ヤマト王権の成立秘話を明らかにしようというもの。

で、「その秘密は」ということになると、余り引用が過ぎると営業妨害になりかねないので、

三世紀の西日本は、大きく分けてふたつの枠組みの中にあった。瀬戸内海から畿内にかけて大同団結した吉備や出雲を中心とするグループ・ヤマト。そしてもうひとつは、かつての栄光を取り戻そうと魏との外交戦に活路を見出そうとしていた北部九州のグループ・邪馬台国である。

しかし、おそらく、日の出の勢いのあるヤマトの差し向けた神功皇后(トヨ)の軍勢が、九州の邪馬台国を討ち滅ぼし、日田と高良山を我が物にしていたのに違いない(P156)

ヤマト建国に貢献した出雲が、直後に没落したのかというと、ヤマトに排斥されたかららしい(P163)

といったことが重要なヒントで、神功皇后や「出雲神話」の謎も一挙に解いてしまおうという結構大胆な歴史モノであることはたしかであるし、

近年、蘇我氏に対する評価も変わりつつある。「日本書紀」の記述とは裏腹に、蘇我氏は、日本の近代化に積極だったのではないか、と疑われはじめている(P149)

ではなぜ蘇我氏と出雲は深い関係にあったのかといえば、私見では蘇我氏が、出雲を代表する豪族であり、その祖が、出雲神事代主神に違いないから、とにらんでいる。(P150)

瀬戸内海=吉備にすれば、日本海と北部九州が結びつくのは、最悪のシナリオであった、なぜなら、万一、ヤマトとトヨが反目し、北部九州と出雲が共謀して関門海峡を封鎖してしまえば、再び瀬戸内海は死に体となり、ヤマトは干上がるからである。トヨにその気はなくとも、ヤマトの吉備(物部)にとって、これは潜在的な脅威であり、それこそ疑心暗鬼は募る一方であったろう。(P169)

といったところは、「蘇我氏の正体」「物部氏の正体」に通じるものであろう。

定説の定まらないグレーなところに焦点をあてた古代史本は、何かを学ぶとか、それを使ってビジネスに活かすとかといった観点から見ると、なんの益もないように思う御仁もあるかとは思うが、「無用の用」という言葉もあるし、自分と遠い所にある歴史に遊んでみるのは、このうえない気晴らしにもなる。

ビジネス本に疲れたら、こういうジャンルのものも精神の「薬」となると思うのであるがいかがか。

ラーメンを題材にした歴史論的奇書 — 速水健朗「ラーメンと愛国」(講談社現代新書)

「新書」というジャンルは幅が広いせいか、結構な曲者が何食わぬ顔ではいりこんでくることがあって、おなじ講談社現代新書の坂口恭平氏の「独立国家のつくり方」が最たるものであろうと思うのだが、この「ラーメンと愛国」も、個人的には、そうした「魅力ある奇書」に分類してよいと思っている。

構成は

第一章 ラーメンとアメリカの小麦戦略

第二章 T型フォードとチキンラーメン

第三章 ラーメンと日本人のノスタルジー

第四章 国土開発とご当地ラーメン

第五章 ラーメンとナショナリズム

となっていて、前半の章は、ラーメンを題材にして、日本の近代から現代までの歴史を俯瞰するといった態で、

(明治から大正期にかけて)当時の支那そばとは、あくまで「都市下層民」が「真也飲食の楽しみ」として「娯楽的」に食していたもの、もしくは、深夜労働者たちが安価な夜食として食していたものだった(P18)

とか

日本人の食生活にラーメンが入り込んできた最初のタイミングは、戦後の闇市である(P20)

や、かって一世を風靡した「渡る世間に鬼はなし」をとりあげて

(戦後の)ドラマや漫画におけるラーメン屋は、庶民的であることや貧困な生活の象徴として用いられる(P106)

キミの世代にとっての「幸楽」とは生きていくためになりふりかまわずしがみつく生きるための場所。勇・五月の世代にとっての「幸楽」とは、成長・拡大させていくビジネスの場。愛・眞にとってみれば、育った場所ではあるが自分が引き継ぎ、守る対象ではなく、捨て去るべき古き時代のものである(P109)

といったあたりは、ラーメンというものが大正、昭和初期、太平洋戦争、戦後日本、高度成長と、アップダウンと揺れの激しかった日本の歴史を表す「シンボル性」を有しているところを明らかにしていて、歴史論には「ラーメン」を語りことが必須なのでは、と思わせるところもある。

ただ、後半になると、ちょっとその様相が変化してきて、「ラーメン」に仮装される日本人論、あるいは日本文化論、地域論のようになってきて

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いろんな読み方のできる経済小説。組織運営論としてもお勧めであるな — 百田尚樹「海賊と呼ばれた男」上・下(講談社文庫)

昨年、昭和シェルとの合併をめぐって、創業家がどうこう、と騒ぎになった「出光興産」の創業者、出光佐三をモデルにした企業小説である。

構成は、上巻が

第一章 朱夏 昭和二十年~昭和二十三年

第二章 青春 明治十八年~昭和二十年

下巻が、

第三章 白秋 昭和二十二年~昭和二十八年

第四章 玄冬 昭和二十八年~昭和四十九年

となっていて、終戦時の国岡商店の再興のところから始まって、戦前・戦中の創業・隆盛第一期から敗戦、欧米の石油メジャーとのビジネス戦争とイランからの石油輸出、そして日本唯一の民族系石油会社としての第二期隆盛、といった流れである。

こうした創業系の企業小説の楽しみは、創業者のとんでもなく個性溢れる姿に自分の心象を重ね合わせながら、成り上がったり、没落したりにハラハラするというところにあると思うのだが

国岡商店は明治四十四年(1911)の創業以来、ただの一度も馘首がない。これは創業以来の絶対的な不文律だった。・・・店主である鐵造の口癖は「店員は家族と同然でる」というものだった。(上巻 P25)

鐵造は石統ができるときから、これに真っ向から反対してきた。自由な競争がなくては本当の商売にならず、また国民のためにも国家のためにもならないという信念のためだった。(上巻 P37)

といった信条をもち

国岡商店には創業以来、五つの社是があった。「社員は家族」「非上場」「出勤簿は不要」「定年制度は不要」、それに「労働組合は不要」というものだった。戦前においても、これらの制度は、多くの他の経営者から「非常識」と嗤われてきたものであったが、鐵造は「家族の中に規則がある方がおかしい」と言って信念を貫き通した。出勤簿のこときは、経営者が社員を信用していないものとして、蛇蝎のごとく嫌っていた(上巻 P120)

といった会社の、日本のライバル石油会社とそれと結託する国・軍隊、そして日本を支配下に置こうとする外資系企業との大死闘であるから、まあ、ほいほいと流れに沿って読んでいるだけで、「ワクワクハラハラ」、「ふぃー」という感じで読了してしなうことは間違いなくて、本筋のレビューはほかの方々に任せておいて、当方は、組織運営というところでいくつかとりあげる。

前述のように、かなり家族的なポリシーをもつ企業であるから、その理念もウエットかなと思うと、小説中で出てくる国岡商店の社員や役員からは

GHQのミラーに石油配給会社の問題点を説明するくだりで

「これは日本のすべての組織について言えることですが、日本ではまず「組織」が先に作られ、トップが決まります。そして下部組織が作られ、その管理者が決まります。順次、そうして下部組織が作られていくために、最終的に非常に大きな組織になってしまうのです。」(上巻 P146)

「末端の職員には決定権がなく、小さなことを決めるにも、上に伺いをたてることになります。そのために巨大な組織はしばしば非常に柔軟性のない組織になります。」

「大事なことは、まずその仕事にどれぐらいの人員が必要なのかということです。そしてそれを適材適所に配置する、そとはそれを管理する上の者を最低限揃えればいい」(上巻 P147)

が聞かれたり、店主の国岡鐵造の

「ぼくの指示ば、ただ待っとるだけの店員にはしとうなか」鐵造は言った。「今の国岡商店は店舗場ひとつしか持っとらんばってん、いずれいろんなところに支店ば出していきたいち思うとる。彼らはその店主になるわけやけん、大事な商いばいちいち本店に伺いば立てて決めるごたる店主にはしとうなか。自分で正しか決断ができる一国一城の主にしたか」(上巻 P296)

といった言葉や

他店を驚かせたのは、国岡商店の支店長には商いのいっさいの権限が与えられていたことだ。本店の店主である鐵造は支店のやり方にはいっさい口出ししなかった。任せたとなれば、全権を与えなければならないというのが鐵造の信念だったからだ。それが店員への信頼であり、それだけの教育をしてきたという自負があった。同業者たちは「無茶なやり方だ」と言ったが、鐵造は意に介さなかった。むしろ、いちいち本社にお伺いを立ててくるような店員では使い物にならないと考えていた。(上巻 P339)

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日本人を支配する行動理念は「言霊」の次は「朱子学」? — 井沢元彦「動乱の日本史 徳川システム崩壊の真実」(角川文庫)

日本人の行動性向に「言霊」という概念を持ち込んで、当方的には「ほーっ」と稀代の理論を教えもらったような気がしていたのだが、「江戸幕府」という日本が世界に誇る安定政権が「安定」していた仕掛けと、それが日本の現代にまでもたらした悪癖といったところまで論及しているのが本書。

構成は

第1章 幕藩体制と危機管理 ー 徳川家康のグランドデザイン

なぜ「徳川三百年の泰平」は到来したのか

なぜ薩長の江戸攻略は不可能だったのか

なぜ水戸徳川家は「天下の副将軍」と言われたのか

第2章 平和崩壊への序章 ー 朱子学という劇薬の作用

なぜ幕府は最後まで開国を渋ったのか

なぜ田沼政治を「改革」と呼ばないのか

第3章 黒船とは何だったのか ー 幕府と薩長土肥の明暗を分けたもの

なぜ日露友好は夢物語に終わったのか

なぜ幕府は黒船の問題を先送りにしたのか

なぜアメリカは日本との通商を熱望したのか

なぜ朱子学では外国から学ぶことが悪なのか

第4章 ペリーが来た ー 連鎖する日本人の空理空論

なぜ「ペリーは突然やってきた」が歴史常識になったのか

なぜ攘夷派は目の前の現実を無視し続けたのか

なぜ明治革命ではなく明治維新なのか

となっているが、筆者の「今の◯◯」はけしからん編まで読みたい人は最後まで、「日本人の心理構造にはこんなからくりが」ってなとこで良い人は第3章ぐらいまで、といったところか。

で、本書のキーワードは「危機管理」と「朱子学」

最初の「危機管理」は徳川家康が、徳川幕府が攻め滅ぼされないために講じた「ハード」の側面で、仮想的である薩摩、長州をはじめとした西国大名から、江戸を守り抜く、熊本城、小倉城、広島城、そして駿府。脱出先としての甲州といった武張った防衛論が語られるのが第1章である。「戦国BASARA」的な活劇が本旨という人はこのあたりで満足かもしれない。

ただ、本書の真骨頂は第2章からと、当方は思っていて、家康が幕府防衛のためにとった最終ウェポンである「朱子学」が語られるところは、「ほうっ」と思わず嘆息する。

というのも、徳川幕府がその体制維持のため、「士農工商」という身分制度を今日こに保ち、上下の関係の厳しい道徳を維持したことや、水戸徳川家が勤王家であった理由などは、いろんなところで論説があるのだが、その身分制度を維持する「名分論」が徳川幕府 にとって諸刃の刃となったあたりや、幕末の開国騒ぎとそれにつづく倒幕も「朱子学」がもたらした失策であったといったところは審議は別にして、歴史モノとしてはワクワクすること請け合いである。

人によって好き嫌いはあるかもしれないが、「異説」の面白さというのはそそるもんでありますな。

こうした「歴史放談」は家呑みの肴にもってこいなのである。 — 竹村公太郎『日本史の謎は「地形」で解ける 環境・民族編』(PHP文庫)

「日本史の謎は「地形」で解ける」「日本氏の謎は「地形」で解けるー文明・文化編」の第三弾。一頃の「地形で解ける」ブームも一段落しているのと、三冊目ともなると当初の「地形という視点からみると、この風景や事象はこう見えるのか」といった驚きも一段落してはいるのだが、「歴史」の通常の目線とは違った地平線を見せてくれるのは間違いない。

収録は

第1章 なぜ信長は「安土の小島」に壮大な城を築いたか

ー水面と湿地に囲まれた「原風景」

第2章 なぜ「日本の稲作文明」は湿地帯を克服できたか

ー田植えは「胸まで浸かる」もの

第3章 なぜ家康は「街道筋の駿府」を終の棲家に選んだか

ー最後まで頼朝に学んだ「鎌倉の相似形」

第4章 なぜ世界一の「リサイクル都市」江戸は崩壊したか

ー近代下水道と「におい」の追求

第5章 なぜ日本列島は「生きたリン鉱床」の宝庫なのか

ー受け継がれる「天然の肥料工場」

第6章 なぜ江戸城の「天守閣」は再建されなかったか

ー「過去の幻」と「未来への洞察」

第7章 なぜ勝海舟は「治水と砂防」で明治新政府に怒ったか

ー沖積平野に潜む「八岐の大蛇」

第8章 なぜ正倉院の「神秘の宝物」は盗掘されなかったか

ー「肩を寄せ合う」濃密な奈良の迷路

第9章 なぜ江戸時代には、車の動力が「人間」に退化したか

ー「道路後進国」1000年の空白

第10章 なぜ9歳の本因坊秀策は「東海道を一人旅」できたか

ー江戸の「追いはぎ」「雲助」の謎

第11章 なぜ京都が日本の「線路誕生の地」となったか

ー「車石」がもたらした交通革命

第12章 なぜ大阪の街は「五・十日」渋滞が名物なのか

ー「不合理」に基づく商売の原点

第13章 なぜ大阪は日本の「都市の原点」であり続けるか

ー「空間・歴史・人情」の密度の濃さ

第14章 なぜ「間引きされた地図」は伝える力を高めるか

ー情報を「削り取る」高度な知的作業

第15章 なぜ「世界屈指の雪国」で高度文明が創られたか

ー「島」と「雪」が日本人を閉じこめた

第16章 なぜ日本文明は「海面上昇」でも存続できるか

ー温暖化で30m上昇した「if」

第17章 なぜ日本は分裂せず、現代まで生き残ったか

ー参勤交代が生んだ「束ねる力」

第18章 なぜ日本は「100年後の未来」にも希望があるか

ー「縮小」に打ち克つ日本史の知恵

となっていて、今回の主流は、戦国時代末期から江戸時代が中心。
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古代日本の「不統一」の世界 — 三浦佑之「風土記の世界」(岩波新書)

直木賞作家の三浦しおんさんのお父さんである、三浦佑之氏による風土記を中心として、古事記、日本書紀の、統一される過程での日本、ヤマトについてまとめられたもの。

三浦先生とは、仕事の関係で宴席を供にさせていただいたことがあるのだが、温厚な人柄でありながら、ピッと核心をえぐるようなことを穏やかに言われる鋭い方でありました。

では、ありますが、今回の「風土記の世界」は、風土記はおろか、古事記も日本書紀もマンガ版でしか読んだことのない当方にとって、古代日本が、他の国と同じように麻のごとく乱れたものが統一されたもので、地域には様々に思いとか悔しさなどなどが残った「ヤマトによる統一」であったんだろうな、と思わせ、歴史・古典解説本ではあるが、ワクワクと読んだのは事実。

構成は

はじめに

第1章 歴史書としての風土記

1.律令国家をめざして

2.「日本書」列伝の痕跡

3.「日本書」志の構想

第2章 現存風土記を概観する

1.常陸国風土記のあらまし

2.出雲国風土記のあらまし

3.播磨国風土記と豊後国・肥前国風土記のあらまし

4.古老相伝旧聞異事について

第3章 常陸国風土記ーもうひとつの歴史と伝承の宝庫

1.倭武天皇はなぜ存在するか

2.「夜刀の神」をめぐる地方と中央

3.松になった男女

第4章 出雲国風土記ー神の国ともう一つの文化圏

1.撰録者としての出雲国造

2.王権としての出雲ー国引き詞章と語り部

3.出雲神話にみる日本海文化圏

4.カムムスヒー出雲国風土記と古事記をつなぐ

第5章 語り継がれる伝承ー播磨国風土記と豊後国・肥前国風土記

1.笑われる神と天皇ー播磨国風土記

2.速津媛ー豊後国・肥前国風土記

3.遠征するオキナガタラシヒメー肥前国風土記と日本書記

4.稲作をめぐる伝承ー事実を保証する方法

まとめにかえて

となっていて、現存する、常陸、出雲、播磨、豊後・肥前の風土記ごとにその特色とヤマト政権との関係や、編まれた特殊さなどが記されている。

で、国文学の権威でありながら、論説は結構過激で

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アームチェア・トラベラー向けの「出雲の旅」のガイドブック — 平野芳英「古代出雲を歩く」(岩波新書)

島根県の八雲立つ風土記の岡、荒神谷博物館などに勤務していた(いる)地元の研究家による、古代出雲の今を訪ねる地理志。

出雲大社の遷宮、「縁結び」などで若い女の子を中心に人気が衰えることにない、「出雲」であるのだが、「ご縁」の陰で、ヤマトにふくむところのありそうな「イズモ」の神話、伝承は、なかなか数寄者の研究家、学者の方々の話の外に出てこないのが残念ではある。

構成は

第1章 国引き神話とは

1.国引き神話の概要

2.島根半島の地形

3.折絶とは

4.国引き神話の成立

第2章 支豆支の御崎を歩く

1.鰐淵寺

2.韓竈神社

3.猪目洞窟遺跡

4.鷺浦

5.日御碕神社

6.稲佐の浜

7.出雲大社

8.天平古道

9.大寺薬師収蔵庫

第3章 狭田の国を歩く

1.十六島

2.立石さん

3.神名樋山に登る

4.佐太神社

5.多久の折絶の文化財

第4章 闇見の国と三穂の崎を歩く

1.日本海の浦々

2.美保浦

3.久良弥神社

第5章 意宇川を歩く

1.熊野山

2.熊野大社

3.意宇川の支流

4.意宇平野

5.神名樋野に登る

第6章 銅剣と銅鐸の谷神の地を歩く

1.荒神谷遺跡

2.加茂岩倉遺跡

3.神名火山

となっていて、「出雲」の全体を、筆者が歩いた記録と言ってよく、旅行のガイドブックなどでは出てこないコアなところも写真つきで紹介されている。

えてしてブームに乗った旅行ガイドブックは「出雲大社」+「その周辺」といった数ページにとどまりがちなので、ブームの先を訪ねるには深掘りしたガイドブックが必要なのだが、地方出版でなく岩波新書がから出るというのが、「出雲」のエライところではある。

もっとも実際に訪ねて面白いかどうかは、出雲神話や考古学の知識と情熱がどれだけあるか、といったところに掛かってくるので、当方のような輩は、アームチェア・トラベラーにとどまって、本書を地理案内としながら、水木しげる先生の古代出雲ものとか、関 裕二さんのヤマトものを読むのが関の山ではある。

地方、辺境の地理志的なものが、こうした全国ものの新書ででてくると、わざわざお取り寄せといった手間も省けるので、大手出版社さんには「吉備もの」とか「東北もの」「隼人もの」などもこの類の出版を期待したいものではありますな。

文系人間にもオススメの時事解説 — 池上 彰「この社会で戦う君に「知の世界地図」をあげよう 池上彰教授の東工大講義ー世界篇」(文春文庫)

元ニュースキャスターの池上彰氏が東京工業大学の教授に就任し、同校で行った講義録。「世界篇」という題名ではあるが、時事解説といっていい。

収録は

はじめにー「学際的教養」のススメ

Lecture1 科学と国家ー自治雨は原爆を開発していた日本

Lecture2 国際情勢ー世界地図から見える領土の本音

Lecture3 憲法ー日本国憲法は改正すべきか?

Lecture4 金融ー紙切れを「お金」に変える力とは

Lecture5 企業ー悪い会社、優れた経営者の見分け方

Lecture6 経済学ー経済学は人を幸せにできるか

Lecture7 世界経済ーリーマンショックとは何だったのか

Lecture8 社会保障ー君は年金に入るべきか

Lecture9 メディアー視聴者が変える21世紀のテレビ

Lecture10 宗教ーオウム真理教に理系大学生がはまったわけ

Lecture11 社会革命ー「アラブの春」は本当に来たのか

Lecture12 アメリカー大統領選にわかる合衆国の成り立ち

Lecture13 中国ーなぜ反日運動が起きるのか

Lecture14 北朝鮮ー”金王朝”独裁三代目はどこへ行く

Lecture15 白熱討論ー君が日本の技術者ならサムスンに移籍しますか

となっていて、最後のLecture15以外は当時の時事ネタを中心に、世界情勢や日本の置かれている立場、日本の社会についての池上氏らしい、保守系の進歩派の時事解説が読める。

もともとは東工大なので理科系の学生に向けての解説ではあるのだが、日本の一流大学の学生向けの講義なので、かなり歯ごたえのあるのは確か。

で、本書で池上氏による論説は、氏の人柄を反映してか、語り口は柔らかく優しいのであるが、指摘はかなり鋭く尖っている。

例えば、日本の原爆製造で

研究開発地味には日米にそれほどの差があったわけではないが、この時点で、日米の差は決定的になっています。細々と個人的な研究に終始した日本と、大規模な国家プロジェクトとして推進したアメリカ。日本の研究方式の違いが特徴的です。

と日本の組織力を自慢する風潮のある中で、実は個人的な献身によろことが多いのだ、と喝破しているし、企業の項では

本当に優れた経営者とは、社員たちが、「うちに会社が発展したのは、我々社員が頑張ったからです。」と、自分たちに自信を持てる会社を実現した人々です。

こういう会社は、経営者があえて口を出すのを控えて、社員の自主性に任せています。そうなれば、経営者が去った後も、その会社はやっていけるのです。

と、リーダーが一人で引っ張っていく組織の脆さをちくっと指摘してみている。

そして、結構面白いのが最後のLecture15で、サムスン電子に転職するも再転職した日本の技術者の手記(日経ビジネス)を題材に、東工大の学生が賛否のプレゼンをし、そのプレゼン方法などについて、池上氏が論評するものなのだが、学生たちの様々な意見が、現在の若手技術者の本音の現れのようにとれて興味深い。

語り口は柔らかく読みやすいので、時事ネタに詳しい人はオサライの意味、詳しくない人は入門の勉強篇といった風に読み分けて見るのもよいのではないかな

大和と出雲の抗争は、現在の東京と地方の関係の先例か? — 水木しげる「水木しげるの古代出雲」(角川文庫)

最近仕事の関係で、鳥取県西部から島根県東部の歴史の本を読んでいるのだが、先月に開催された井沢元彦氏と三浦佑之氏のシンポジウムで出てきたのが、この本。
水木しげる氏は山陰の出身でもあるので、鬼太郎もの、戦記もののほかに晩年は、こうした”出雲神話””大和政権に滅ぼされた出雲族”ものが多くなっていたような気がする。
構成は
プロローグ
第1章 天地創生
第2章 アマテラスとスサノオ
第3章 出雲神話
 1 ヤマタノオロチ
 2 国引き
 3 因幡の素兎
第4章 オオクニヌシの試練
第5章 スクナビコナとオオモノヌシ
第6章 アメノヒボコ襲来
第7章 国譲り
第8章 謎の出雲青年
第9章 出雲大社造営
エピローグ
水木しげるの古代出雲 番外編
となっていて、本編の第1章から第7章までは古事記や出雲風土記の出雲神話の水木流漫画というところで、ところどころ筆者の解釈も入るのだが、まあ通説というか穏当な成り立ち。第8章のところで、水木しげる氏の夢に”滅ぼされた出雲族”を名乗る青年が登場するところから、話は「大和 VS 出雲」といったことに発展し、そして、実は古代日本の歴史の真相は・・・、といったところになるのだが、これ以上ネタバレすると営業妨害になりかねないので、後は原書で読んでいただきたい。
ただまあ、中央に対して辺境を持ち上げないといけないのは、このブログの本旨でもあるんで、ちょっとばかり踏み出すと、中央の歴史は勝者の立場から書かれることが多数であるので、抗争の歴史や踏みにじった辺境の歴史は、やはり現地で、現地の言い伝えなどをもとに想像を広げないと真相はでてきないよな、というのが実感。
大和政権が踏み倒していったところはおそらくは出雲だけでなく吉備とか東北とか数々あったはずで、中心部が大和で平和に日本が統一されたというのは幻想に近いような気がする。
最後の番外編は、出雲族の青年のお告げに導かれた、水木しげる氏の出雲を中心とした島根県東部の取材ルポといった風のもの。旅行エッセイの感じで読めばよい。
冒頭のシンポジウムで井沢元彦氏も言っていたように思うが、出雲神話の入門編としておススメですよ。