カテゴリー別アーカイブ: ワークスタイル

「リモートワークの働きすぎ」の原因は、時間外労働が減らない原因とひょっとして同じ?

Lifehackerで『「リモートワークのデメリット」から見える「本当の課題」』という記事が出ていて、最後のあたりは「リモートワークをすると「仕事と生活への満足度」は上がる」といったところで締めくくられているのだが、今回、当方で注目したいのは「リモートワークでも長時間働く人が出てきた」というところで「働く場所を選ぶ事ができる男性の17.3%が週に55時間以上働いている」とし、

リクルート研究所の研究員さんによると、その原因は

「早く成果を出さないとサボっていると思われる」と感じて、働きすぎる人がいるだろうなと思います

といったところのようだが、ひょっとして、根本は「周囲の人が残業しているので、帰り辛い」という、時間外勤務が減らない要因と同じ「人目があるから」といったことに帰着してしまうのかも。

もともと、欧米に比較して時間外労働が多く、しかもいろんな政府広報があっても減らないのは、もちろん「忙しいことは良いこと」という日本人特有の職人意識もあるのだろうが、人目を気にするという性向が大きく影響しているように思っていて、それが几帳面に「リモートワーク」の場合も反映されているといえるのではないだろうか。

リモートワークにおける仕事の成果を図るものさしが明確でないということもあるのだろうが、こいつは通常のデスクワークでも同じことで、成果主義の導入で評価基準の設定や明確化は以前よりかなり進んできていると思うのだが、さて働き方が欧米のように長期休暇をとったり云々となったかというと、多くの職場では、まだまだのような気がする。

それと同じことが「リモートワーク」でも起きていて、今までのデスクワーク中心の働き方とは形態が違っているが、多くのところで、「日本型の働き方」の影響を受けている状態なのであろう。

意外と日本型リモートワークの一番の利点は「通勤地獄の緩和」といったところにとどまるのかもしれないですね

IBMの「在宅勤務廃止」は地方部の崩壊をもたらすのではないか

NewslnによるとIBMが在宅勤務の廃止を決め、社員に通告を始めたそうで(IBM:自宅勤務制度の廃止を従業員に通告)、その理由は

私たちは自宅勤務の問題に関して長時間に渡って議論を積み重ねてきました。その結果、チームは一緒になり、肩と肩を寄せ合いながら働くことがベストだという結論に達しました。IBMが西海岸のMicrosoftのような企業と競争を続けていくためには、チームが一丸となって働くことが唯一の処方箋であると考えています

ということであるらしい。

早速にイケダハヤトさんらが批判を始めているのであるが、アメリカのIT企業が在宅廃止を始めたということは、以前Yahoo Americaのメリッサ・マイヤーが在宅廃止を打ち出したように、結構な反響を生むのではないだろうか。当然、国土の広さが桁違いであるから、在宅を廃止すれば社員の居所の移動も半端ないであろうが、ひところ一世を風靡した、モバイル勤務、ノマド勤務も陰りを見せ、「WORK SHIFT」の世界は遠くなっているのか、と思わざるをえない。

で、これが地域経営にどう影響するかといえば、都市集中の加速化を招くことは間違いないであろう。社員を集中させるとすれば、交通の便、また相手先企業との連絡の便のよいところに勤務地を移していくのが企業論理であろうし、現実にIBMの場合も「従業員をテキサス州オースティン、カリフォルニア州サンフランシスコ、ニューヨーク州ニューヨーク、マサチューセッツ州ケンブリッジ、ジョージア州アトランタ、ノースカロライナ州ローリーの6カ所の戦略的な拠点に集約」するというもので、日本に置き換えると、おそらくは東京中心になるのが予測できるのである。

で、そのはては人口減少の傾向の中で、地方部から人の姿が消え、都心部にすし詰めになって暮らすという、あまりウキウキしない結論であるような気がしていて、国家的にも好ましいことではないよ言うな気がする。おまけに、地方部、辺境部の人が極度に少なくなって、一体、国土は誰が守るの?、日本はシンガポールのような都市国家に変貌させて、地方部は他国の支配に任せるということなの?と不謹慎にも思ってしまう次第である。

そろそろ企業論理だけでなく、国家論理から地方部への人口移転を真面目に考えるときではないでしょうかね。

大雪被害に思うテレワークの重要性

山陰地区で大雪被害が相次いでいるのだが、こうした山間部を中心とした地方部で交通途絶が起きると日常生活の不便さはもとより、様々な公的サービスが機能不全に陥いるのでは、という不安にいつもかられる。

これは、こうした自然災害だけではなくて、例えば感染症の流行が起きる場合も同様。

で、ここで提案であるのだが、この際、こうした地方部においては、民間企業だけではなく、公的セクターもテレワークあるいはモバイルワークの導入を大々的にやってはどうか、ということである。

テレワークの重要性や必要性は都会地などでは通勤ラッシュの緩和を中心に言われるんであるが、地方部においても、交通途絶や外出がままならない事態に公的サービスの継続を図るには、テレワークによる公的サービス・ネットワークの構築が有効ではないかと思うんである。

特に、公的セクターの場合、首長を中心としたヒエラルキー的な組織形態が主流であるせいか、どうしても一極集中型の業務処理が中心になりがちなもの。

地方部における定住(つまり広い面積の国土に薄く住むということだよね)を進めるためにも、広い地域において効率的な行政を行うことが必須となるのだが、その基礎がテレワークになるんじゃないか、と思う次第なんである。

「デジタルより紙とペンが優れている」というのは本当か?

Lifehackerで「デジタルから紙とペンに回帰すべき理由」という記事が掲載されている。
趣旨的には仕事の効率面ではデジタル(PC)より紙とペンのほうが優れているという論調で、その理由は

・PCを使う場合より紙の場合が集中力が高まり、練られていることが多い
・テクノロジーは集中力を削ぐ傾向がある。紙だと会議室にいる人と自分の考えに集中せざるえなくなる
・手書きのごちゃごちゃ感がが先入観を打ち砕いて思いもよらないアイデアがでることがある

といったところ。

これを読むといますぐにでもPCを放り出して紙に回帰したくなる向きもあるかもしれないが、ちょっと待ってほしい。
というのも、紙のメリットとして挙げられているのは、周囲への寄り道をできるだけ少なくできることやアイデアの自由度とかランダム性を発生させる機会が多いということで、「紙」でないとできないというわけでもなく、「紙」でやれば全てうまくいくというわけでもなさそうなこと。

子育て中の女性や障がいのある人など多様な人材の活用が求められていて、しかもそのためにはモバイルワークや在宅勤務のシステムを整えることが必須のなっている今日、「紙」だけによる仕事のシステムでは対応できないことは明らかで、その意味で、デジタルで「紙を使った場合」と同じような効果を持つワーキング環境をどうつくるか、といったことがむしろ課題なのではないですかね

コンビニで好まれる客に見る「職場の雰囲気を良くする」方法

少し古い記事ではあるのだが、梶原しげる氏のBiaCollegeでの連載「プロのしゃべりのテクニック」の2016.12.05付けの記事『すぐキレる客、コンビニでの支払いで透けて見える「人としての器量」』で、コンビニで好かれる客は

いい人の代表は、いわゆる<ガテン系>の皆さんです。強面な感じがするかもしれませんが、作業着で来店した方で、嫌な思いをしたことは一度もない。うちのバイトの子たちもほぼ例外なくうなずきます」

店の近所で作業する人たちは、お昼に、そして仕事終わりにと、工事期間中、何度かやって来る。そのこと自体もありがたいはずだが、何よりうれしいのが彼らの「フレンドリーさ」なのだそうだ。

「声を出してくれるっていうのがうれしいですね。<店のなかはポカポカしてていいねえ><このジュースうまい?><へえ、よかった><細かいお金で払っちゃっていい?><ありがとね~>。レジでのわずか数十秒間のやりとりで、こちらの緊張がすっかりほぐれる。新人なんかは特にそうですよ」

という記事を拝見。かたや嫌われる客は、ダークスーツの中堅サラリーマンで、声を出さない、舌打ちをするといったことが原因だそう。

これをみると、雰囲気を良くするということに必要なのは、キチンとしているとか行儀良いとかいうことではなくて、いかに打ち解けて話す、ということであるようで、これは多くの職場、特にデスクワークが中心の「冷たい」職場にも有効なような気がする。大抵の場合、こうした「冷たい」職場でも、声掛けとか挨拶とかが奨励されて、どうかすると上司が朝から玄関で声掛けなぞをすることが見受けられるのだが、どうも職場の雰囲気を良くしたり、お客さんに入りやすくしたりするのに効果があるとは・・といったことが多いように思う。

肝心なのは声掛けをすればよいというかではなく、いかにフレンドリーな雰囲気をつくることで、それはホワイトカラー的な雰囲気ではなく、ガテン系の現場事務所的な雰囲気であるような気がいたしますですね。

 

Skypeのグループビデオ機能の無料拡大は何をもたらすか?

SkypeがMicrosoftに買収された当時は、あの社特有の囲い込み路線に走ってしまうのではないか、と懸念していたのだが、Googleが先鞭をつけたフリーミアムの世界はMicrosoftといえども抗いようがないらしく、Skypeの無料提供の範囲が広がってきている。

C-netの『「Skype」、モバイル受けにグループビデオを無料提供へ』によれば

Microsoftは「Android」「iPhone」「iPad」「Windows 10 Mobile」へのグループビデオ通話機能の無料提供に向けて取り組みを進めている。

Microsoft関係者は米国時間1月12日、これらプラットフォームを対象に「数週間以内」にグループビデオ通話機能を公開することを明かした(この日は、「Skype」ビデオ通話機能の提供開始の10周年記念日に当たる)。

Skypeのコーポレートバイスプレジデントを務めるGurdeep Pall氏は新しいブログ投稿で、「われわれは数週間以内にこの新機能を膨大な数のモバイルユーザーにロールアウトする予定だ

ということで、無料化の範囲がさらに拡大するらしい。

グループビデオ通話自体は新技術というわけではないのだが、それがモバイル向けに、しかもWindows 10 Mobileだけでなく、ほぼ全てのモバイルOS向けに、Skypeという品質保証付きで提供されるということで、よりビジネスの分散化を進める方向にすすめば嬉しい限り。

いまさらながら、地方創生とか一極集中の是正とか掛け声はいつも大きくて、ほとんど進展せず、少々厳しいことをいえば、昨年来から喧しい「地方創成」すら言葉が古びつつある。

そうなっていく原因は、とかく「地方を活性化する」ということが、東京の機能を特定の地方に引っぺがす、東京から取り上げるという文脈で議論されることが多く、都会在住者と地方在住者との対立を招き、しかも地方在住者も「特定の場所」への移転であるのでそれそれが競い合って結束できない、といったことに陥るからではないか、と思う次第なのである。

Skypeのビデオ通話機能の拡大がこの問題の鍵をにぎるわけではないが、様々なビジネスワークや意思決定行動を行う「場所」の拡大につながることは間違いないと思う。

制度として進まないのであれば、ガジェット環境、Web環境から変えていく、というのも一手ではあるような気がするんである。

ひさびさにダイスキンを発見した

今週は「軟禁状態」のような仕事環境が続いて、昨日の東京行き以外、食事も自席でとり、会議質っぽいところへ缶詰、といったことでプラっと外出することもできず、ブログ更新も滞りがちといった状態であったのだが、ひさびさの休日ということで底を付いてある文房具を補充するためにだダイソーへ。

そこでなんと、B6版のダイスキンを十数冊発見。店によって商品構成は微妙に異なることが多いから、この店だけのことなのかもしれないが、モレスキン・ブームが下火になってしまった今、再び生産され始め、定番商品化したとすればうれしい限りである。

ダイスキンはB7、A7、B6とあるらしいのだが、B6以外は残念ながら、この店に話し。色も黒のみ。でもまあ、モレスキンの実利的代用品としては、優れもの。同じ代用品であるセレスキンが当方の近くの店ではA7、A5のサイズで、A5サイズにお目にかかる機会が減っている。仕事用としてはA5ないしはB6ぐらいないと自分としては使いづらいので、ダイスキンB6、セレスキンA5には引き続き頑張っていただきたいところである。

ダイスキン愛好の同士で食い合いをしてもいけないので、本日は2冊のみ購入(といっても216円なんだけどね)。様子をみて在庫を増やしておくことにいたします。

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ブランドに拘りの有る方は素直にモレスキンかもしれませんが・・・

 

テレワークとセキュリティとの調和をどうするか

私事で恐縮であるのだが、自分の勤務している会社のテレワークというかモバイルワークのシステム改修がされることになったのだが、その際、その利用について、例えば育児休暇中であるとか、出張時に限る、とかいくつかのセキュリティの制限がされることになった。しかも、利用一回ごとのパスワード申請が必須というおまけ付きである。

無理をすればログイン登録ができないわけではないのだが、面倒くさくなって今のところ申請を見送っている。

ここで思ったのだが、こうしたセキュリティの配慮は当然必要ではあるのだが、どこかで折り合いをつけないとテレワークとかフレキシブルな働き方はできないよな、ということ。

特に利用にあたって必要性を審査、といったことがあり、そこは管理部門というか、情報部門の人間が審査するのだが、管理部門がこうしたチェックにしゃしゃり出てくる場合は、時宜や業務に応じた対応ができるとはちょっと想像しがたい。なので、個人的には出先で必要となればメールでのやりとりで対応することとして、社内のシステム利用は諦めようと思っているところである。

まあ、当方の個人的な事情はさておき、気になったのは、昨今テレワークがもて囃されている中、公務とか大企業とか、いわゆるお固い職場では、このあたりどう折り合いをつけようとしているのかな、というところ。テレワークの拡大のためには、もともとネットワーク環境で仕事をしているプログラム作成や企画業務といったネットと親和性の高いところではなく、公務を始めとしたお固い職場でどう拡大するか、が課題であるし、そのためにはより多くの従業員が、余計な手間や手続きなしにテレワークに随時にスイッチできる(限定・承認された職場環境にいないと、仕事ができないテレワークというのは、職場を共同オフィス以外の特定のところに縛り付けた状態にすぎないから、これはテレワークではないと思っている)ことが必要と思う。

極端に言えば従業員のほとんどがいつでもどこでもテレワークできる環境をつくるといった思い切ったことをやらないと、いつものように萎んでしまうことが予測され、そのためにはいわゆる管理部門でないところが、その仕事環境を考えないといけないと思うのだがいかがであろうか。

「社会起業家」は公的サービスを代行できるか?

一時期のNPM(ニュー・パブリック・マネジメント)が大流行していた頃にもてはやされていた民間セクターによる公務の代行があちこちほころび始めている気がして、例えば、ワタミの介護事業であったり、TYUTAYAの図書館事業であったり、当時の期待の声が高かったことを覚えているだけに少々さびしいものがある。

かといって、「公務員」をはじめとする純然たる公的セクターが一番良いのかというと、そうでもなく、なにより、公的セクターの場合は「高いモチベーションの確保と維持」の面で少々どうかな、という思いがある。というのも、公務の場合でもその業務に熱意とやる気と行動力がある人物が配置され、その業務が突然、とんでもなく進み始めることがあるのだが、数年経過すると、異動というものがあって、後の人材の質の担保はされないというのが、よくあるからだ。ただ、その一方で、よほどの質の低下は住民や関係団体の声のもと、ほとんどの場合浄化されることが起きるという、安定性も持っているように思う。

で、公的セクターの安定性と民間の柔軟さ、その双方をもって公的サービスを代行できるかも、と調べてみようと思っているのが、「社会起業家」というものである。当然「社会起業家」の親和性の高い部門とそうでない部門とがあると思うし、「社会の課題解決」という社会起業家の根源的欲求を満たす仕事であるかどうか、ということもあるのだが、はてさて、どうなりますか。

 

テレワークまがいをして感じたメリット・デメリット

通常ははオフィス勤務なので、テレワーク的なことはとんどやらないのだが、休日中に片付けないといけない仕事が生じたのだが、連絡待ちで家を出るわけにはいかない、といった状況でテレワークをやってみた。

管理職なので、テレワークしたした仕事の中身は、部下の職員が作成して、会社のグループウェアにアップしている企画書やら報告書などをチェックしながら、修正などの指示をいれる、といったもの。途中、机を離れたのは、お茶をとりにキッチンに行ったことと昼食の時間のみ(もっとも昼食は外食してついでに買い物もしたので、1時間半ほどかかったが)といった感じで、9時から17時まで、仕事をした。

この少ない経験で感じたのは

・仕事ははかどる。途中、部下や同量からの相談事やら雑談やらがもちかけられることがないので、自分の仕事に集中できる。企画案を練る、チェックする、とか報告書の推敲やチェックとか、一人でうんうんいわないといけない仕事の場合は、オフィスで仕事するより能率があがりそうである。

・煮詰まりやすいのは確か。話しかけたりする相手は遠いところにいるので、どうしても自分の中心の中に入り込んでしまって、思考が先鋭化していく気がした。ついつい、修正する指示の表現が強くなってしまうのは、メールでやり取りする時と同じ傾向であろう。

・資料の参照とか、疑問点を調べたりとかは時間がかかる。比較的、仕事に必要なデータとかはデジタル化して持っているので、データ環境的にはオフィスで仕事をするのと変わらないはずなのだが、なにせ、自分でデータの在処から探さないといけないので、オフィスのように声をかければレスキューがくる、といったわけにはいかない。

・電話は二回程度、テレワークをしている間にはいってきたのみで、外との会話が少ないのは確か。ただ、1日程度の経験なので「孤独感」云々は議論するほどのことではない。

総じて思ったことは、管理職的な仕事でも、オフィスワーク中心の仕事であれば、まずまず使える勤務形態であるかな、と思った。当然、テレワーク一本で、となると相手の真意やら思いがSkypeとかの方法でも把握しづらいところがあるから、無理が出てくるのであろうが、週のうち半分とか3分の2ぐらいまではテレワークでいけそうな気がする、というのが今回の実感であります。