カテゴリー別アーカイブ: 仕事術

タニタの社員食堂の存続は経営者のやせ我慢にあったのかも

先だって、とある会合で、タニタの系列の「ヘルスケアオンライン」のタニタ代表取締役の講演を聞いた。氏は、体脂肪計や社員食堂で云有名な、タニタの創業ファミリーの人であるだが、その講演の中のタニタ食堂についての話が印象に残ったので、感想も込めて記録しておこう。

タニタの社員食堂は、もともと体重のアドバイスを行う「ベストウェイト・センター」を会社全体の経営状況の悪化で閉鎖せざるをえなくなったのが発端。だが、当時の二代目社長の「(社員の)リストラはしたくない」という過去のトラウマにも根ざす強い意思で、社員食堂へと変化させたものらしい。

センターの職員のうち、転職とかが困難であったのが、管理栄養士で、その職場としての「社員食堂」であったらしい。ところが最近のタニタ食堂の高評価とは違って

・味が薄い(塩分が少ない)

・量が少ない

といったことで、社員の評判は芳しくなく、10年間、赤字であったとのこと。

それでも、アウトソーシングすることなく、内製化したままで存続させ、今の地位・評判に至っているわけなのだが、氏によると、存続させてきた理由の第一は「(社長が)とにかくリストラしたくなかった」とのこと。

まあ、真偽の程はよくわからないのだが、こうした経営者の一本気的な運営は、いろいろ評価はあろうが、大成功の一つの必須条件であるような気がする。

もちろん、一つの成功の影には死屍累々であって、タニタの場合も時流に一歩乗るのを間違えると経営圧迫の典型例として語られたのかもしれない。

しかし、こうした頑固さがないとうまくいかないことがあるのは、経営だけでなく、ビジネスをはじめとした人生のあちこちでよく聞かれることで、当方もこうした頑固さ、一途さは大事にすべきだな、と改めて感じ入る次第である。

さて、みなさんは、タニタ食堂の例にどんな啓示をうけますか?

ウォズアニック氏の「次の技術革新はアップルではなくテスラ」からに思う”「権威」になるとそこで止まり”ということ

C-netで、スティーブ・ジョブズとともにアップルを世界的企業にしたウォズアニック氏が「次の技術革新はアップルではなくテスラから」という記事を読む。

記事の本体はこちらを読んでいただきたいのだが、最初、技術革新がテスラからのなのは、そのCEOの尖り方の違い、つまり、ジョブズのいたころのアップルは技術革新力があったが、クックにはねー。イーロン・マスクぐらい尖ってみなよ、ということかと思っていたら

「Google、Facebook、Apple、Microsoftのように世界を変えてきた企業を見てみるといい。そしてTeslaもだ。こうした企業はたいてい若い人たちが始めている。大企業から生まれたところはない」(Wozniak氏)

ということが本筋らしい。一読すると「若いものの単純礼賛かよ」とおっさん世代は思いがちなのであるが、ここは、技術革新という海のものとも山のものともわからないものの実現に賭けられるのは、失うものの少ない「若い世代」が圧倒的有利である、ということであると当方は解釈している。つまり技術革新をするには、いろんなリスクと今までの価値観を壊さないといけないが、いっぱしの権威になって失って惜しいものがふえてくると、そんな乱暴なことは無意識にセーブしてしまいがち。なので、技術革新とか新しいものを創造するのは、精神的にも物理的にも、できるだけ身軽にするっていうのが秘訣、ということであろうか。

 

そうであるなら、年齢的に年をくっていて、新規事業に取り組む時間が少ないというハンデはあるにせよ、いかに自分を徒手空拳的なところにおけるか、というのが大事になるんではないでしょうかね。

いつでも、どこでも「デキる」人の行動法則 — 相原孝夫「ハイパフォーマー 彼らの法則」(日経プレミアムシリーズ

どこの職場でも「エース」と言われる人はいるものなのだが、コンスタントに懸案課題を解決したり、実績を出す人というのはいるようでいない。本書は、そうした人材へのインタビューやゔょうさを通じて、恒常的に高いレベルで成果を上げる人についてのレポートである。

構成は

第1章 前向きなあのひとが、なぜ結果を残せないのか

第2章 良くも、悪くも、すべては循環する

第3章 期待の新人は、なぜ「平凡な社員」になったのか

第4章 失敗から学ぶ彼らにとって、「ゲーム」だ

第5章 彼らは、とにかく「小さな行動」を続ける

第6章 彼らは身近な人を支援し、成功を助ける

第7章 彼らは、たまたまの成果を喜ばない

第8章 彼らは、環境が変わっても瞬時に溶け込む

終 章 職業人生を終える時、どういう思いをもちたいのか

となっていて、こうした「デキる人」のレポートは、能力自慢や明るい性格傾向といった、とてつもなく「正」の部分が強調されすぎるきらいもあるのだが、本書は

どんな境遇もポジティブに捉えて前向きに進むことは生きていく上でたしかに重要なことである。それ自体、否定されるべきことではない。しかし、様々な事象を見てみると、ポジティブ思考が必ず良い成果を引き寄せるとは限らない事が多い。(P26)

ネガティブ思考の人は、「もし別の方法を採っていたら、うまくいっていたかもしれない」と考える。この考えは次回への教訓になるため、次のいい結果をもたらす可能性が高まる。ポジティブ思考の人は、「今回採った方法が最善であったに違いない」と考えてやり過ごす。こうした感揚げは、あまり落ち込まずにすむという点においては有効だが、物事を改善し、次回以降のパフォーマンスを高めたい場合にはあまり役にたたない(P26)

「問題解決力に自信」が悪循環を招く(P42)

自分の技術力や交渉力に自身があることがかえって災いしており、問題の予兆を見過ごしている可能性があり、それが悪循環を招いている可能性があった。問題が発生してから対処するので、付け焼刃的な対応になったり、他のプロジェクトに遅れが生じたりする。(P43)

といったあたりは、世間よくある「成功のためのメソッド」へ高らかに反旗をひるがえしており、「うむ、なかなかですな」と頷くところも多い。

そして、結構以外なのが、ハイパフォーマーとされる人の、行動傾向、性格軽傾向で

「プロセス重視」の姿勢や「他者尊重」「周囲との関係性重視」の姿勢は好循環につながりやすく、一方、「過度な結果重視」や「周囲との関係軽視」は悪循環を招きやすい (P74)

ハイパフォーマーの多くは、失敗体験についても躊躇することなく語った。しかも、成功体験を語り場合とほとんど変わりなく、事細かにその時の状況を記憶していた。自分の役割だけでなく、関係していた人たちの特徴や役割についても詳細に語った。

一方、アベレージパフォーマーの多くは、成功体験については雄弁に語るものの、失敗体験となると途端にトーンダウンした。(P99)

ハイパフォーマーたちを分析していて分かったことがある。失敗の受け止めは「楽観性」とセットになっているということだ。深刻になり過ぎずに比較的さらりと受け止めることができる。感情面はスルーし、事実だけ受け止めるため、必要以上にダメージを受けない。

「ビジネスは所詮ゲームだから」という意見をハイパフォーマーの人たちから幾度も聞いたことがある。これも不思議にハイパフォーマー以外の人たちからは聞くことのない意見である。もちろん、不真面目なわけではない。仕事に対して真剣に取り組んでも、深刻にはなり過ぎない。「最悪でも、会社をクビになるくらいなもの」といった割り切った意見が聞かれる。

そのような人たちは、失敗しても、自分自身を否定するわけではなく、その時の状況やその中での自分の判断や行動を客観的に振り返れるのだ。(P106)

といったところは、ハイパフォーマーと呼ばれる人は、能力がべらぼうに高いというよりは、精神的なしなやかさ、強さといったものの特性によることが多いようであり、

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池上 彰さんのスケジュール管理と手帳・メモ術

池上 彰さんの「伝える力」(PHPビジネス新書)を読んでいたら、氏の手帳の使い方についての記述を発見。

スケジュール管理が必要になったのは

スケジュールを管理する必要に迫られるようになったのは、社会部の遊軍になってからです。遊軍とは、もともと軍隊用語、特定の作戦に投入される部隊とは別にいて、戦闘で苦戦する部隊の応援に回される組織のことです。・・・

それまでのいわば「発生待ち」の仕事のスタイルから、自ら企画を立て、取材をする仕事のやり方に変わったことで、スケジュールを管理する手帳が必要になったのです。

ということで、2007年の初出なので、今とはスマホとかのデバイス事情が異なっているので今は違うかもれないが、スケジュール管理などには「紙の手帳」を利用されているようで

◯スケジュールは公私共に一冊で管理する

週間タイプの手帳で、左ページにはテレビ番組の出演日やインタビューを受ける日時、打ち合わせのの日程などを書き、右ページには、原稿の締め切りやプライベートな予定などを書きます

NHK時代は左ページにはNHK職員としての仕事に直接関係することを書き、右ページには個人で受けた本の原稿の締切やプライベートな予定を書いていました

手帳を仕事とプライベートで分けてしまうと、ダブルブッキングをしてしまう恐れがある

◯年始におおまかな一年の予定を組む

「衆議院選挙の公示日」とか行事も入れる

自分の仕事に関係しそうな行事や計画はその都度、新たに書き足す

大切な取引先やお世話になった人の誕生日や記念日を書いておく。当日は、お祝いの言葉をかけたり、メールを送ったりする。

◯思い立ったらすぐにメモ

取材用には通常の大学ノートを使います。ちょっとしたメモは、いらなくなったA4y用紙の裏に書いています。

電車の中で、ふと企画を思いついたり、得意先に提案したいことが浮かんだときは、A4の用紙を取り出し、メモを走り書きするのです

というのがスケジュール管理と手帳・メモ術の要点。

当方は「Googleカレンダー+iPhoneのジョルテで同期」という方法で、紙と離れて長いのだが、今回参考になったのは、自分に関連しそうな公の行事やトピックを自分のスケジュールにいれてしまうということ。これにより「自分の仕事に関係しそうなイベントがあるなら、それを手帳にあらかじめ書き込んでおくことで、その日までに自分がすべきことが見えてきます」とのこと。

なんとなく用意周到で、気配りの人のイメージが見えてきますよね。

プロジェクトがうまくいってない時、必要なのは人の数なのか才能なのか、見極めないといけない

プロジェクトの企画が行き詰まったりする時、テコ入れが当然必要なのだか、その時に必要なのは人員数なのか、あるいは、それに携わっている人の才能が足りないのかよく見極める必要がある。

よくある対応は、しゃにむに人員を増やして力任せにプロジェクトを進行させるという対応なのだが、得てして、兵力ばかりが増えて、指揮官不在のまま迷走していくというのがありがちなパターン。

特にプロジェクトが開始直後の時は、コンセプトが曖昧なままスタートし、そのコンセプトそのものが練れていないという状態が多いので、その際に必要なのかプロジェクトを進めるマンパワーではなく、コンセプトの方向性の点検と不具合なところを修正、あるいは使えそうにないものはあっさりと新しいアイデアに切り替えるという「才能」であることが多いような気がする。

もっとも「人数」はお金にまかせて集めることは可能であるが、「才能」のほうは、おいそれとは調達できないから、さてどうするか、てなことになるんだが、少なくとも、必要なのは「人数」か「才能」かを見極めることによって、ムダな資本投入を避けることができると思うのである。

プロジェクトを進めるに利のあるのは”個人の力”か、”集団の力”か

「タレントの時代」(書評はこちら)を読みながらプロジェクトを進めていくのに、個人の能力に頼るのがよいか、集団で運営した方がどちらのほうがうまくいくのかを考えてみた。

個人の力に極度に頼るのは、少し前、グローバリズム華やかなりし時代に、ビジネスシーンを席巻したもので、当時はフリーランスであることと、ノマドであることが流行りでもあったのだが、景気がよくなっていくと下火になっていったのはどういうことであろうか。

概して言うと、新規の物事には個人の能力、タレントに頼った方がよい。組織を作るにもどういう形で作れば良いか決まっていないことが多いし、臨機応変な対応は個人の方に利があるという風に考えていい。

一方で、すでに出来上がっていることを、継続していくには集団での運営が適している。個人は継続性に限界があるし、特定の個人が失われた時には事業の遂行そのものがうまくいかないことが多い。最近は、若者の安定志向もあってか、”チーム”ってやつが妙にモテはじめているように思うのだが、行き過ぎると、また暴走する集団主義に日本の組織は陥っていくきらいがあるのでそこは、適度にブレーキが必要であろう。

考えてみるに、どちらが優れているかではなくて、どちらが、時代情勢やその組織の置かれている状況と歴史性に左右されることのような気がする。草創期と、今ある制度の破壊期には、個人の力に負うところが大きいし、安定期には集団による運営が間違いがない、ということであるのかな。

複合機のスキャナドライバーを入れ直して、焦げ付き案件を「最初からやり直すこと」の大事さを思った

デスクトップPCの調子が悪くなって、OSの修正とかをやっていたら、CANONの複合機のスキャナが使えなくなった。

昨日までは普通にスキャニングできていたので、これはどういうことかと、CANONのHPからドライバーをダウンロードしてインストールするのだが、一向に改善しない。

「このソフトに適合するドライバーがインストールされちません」という無情な警告メッセージが出るばかりである。

あれこれ試した後、CANONのプリンター・スキャナ系のアプリ・ドライバーを一旦クリーン・アンインストールして、再度インストールしてみた。と、なんと復旧しました。

と、ここまではPCの話。

で、拡張して考えてみると、物事がうまくいかない時に、一旦、綺麗にアンイストールと言うか、今までのアイデアとか成果物を一旦、放り投げて最初から構築してみるってのが、行き詰まってどうしようもない時の処方箋であったりする。

というのも、今まで頑張って練り上げてきたことがユーザーやスポンサーの意図に合っていない(間違っているとは言いません。マッチしていない時です)に、マッチしていないレガシーを残していくと知らず知らずそれに影響されて、全体的に仕上がっていかないことがよくあるもの。そうしたときに、例えばAppleがどうしようもない時に、スティーブ・ジョブズがやったように「一旦、チャラ」としたほうがかえって物事がうまくいくことがよくあるように思う。

「そんな特殊な例を出されても」と言われる向きには、物事がうまく進まない時に組織体がよくやる、体制一新、門外漢の登用、大規模人事異動で急激に好転した例は身近によくあるはず。もちろん、失敗が続くプロジェクトの火消しに持ってこられる人材は前任者より能力が高い場合が多いだろうが、それに加えて、今までの失敗を踏まえていかに新しい視点で再構築するかを最重要視しているからではないでしょうか。

さて、焦げ付き案件を抱えているあなた、「最初からやり直す」勇気はありますかな。もっともOSの再インストールレベルまでいくと、おそらくは会社をひっくり返さないと無理だろうから、ドライバーの再クリーンインストールぐらいまでではありますがね。

今年も「ダイスキン」のまとめ買いを実行

最近、店頭に見なくなっていたので、このままいくとA5ノートに戻らないといけないかなと思っていた、ダイスキンことB6サイズノート(レザー調)がかなり大量に出ているのを発見。

セリアのHBBノートB5も好みではあるのだが、これも最近は見かけない。

もともと100均で、毎年、定番的に販売されるのはかなりレアに近いのでこのダイスキンの件は非情に賞賛されるべきことではある。ということで、まとめ買いを実行。とはいってもダイスキン愛好者は数多いと勝手に思っているので、店頭の半分ほどの6冊を購入(しばらく経過観察して売れていないようであれば買い占めます、ダイソーも皆様ご安心を)

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ちなみにノートを開いたところはこんな様子

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まあ、みるからにモレスキンそっくりではありますな。ただ、モレスキンと違って一冊108円なので、惜しげもなくなんでも書きつけることができるのがよいところ。

中牟田洋子さんのモレスキン本も新刊(モレスキンのある素敵な毎日)も出たことでもあり、モレスキンなどの高級ノートに興味あるけど最初からは・・てな人やモレスキン使いたいけど高価だよなっていう人にはオススメではないでしょうかね。

二拠点生活で「クラウド化」「デジタル化」の重要性を改めて認識

世間的には単身赴任生活というのかもしれないが、本社での会議も多く、また高速を使えば1時間30分程度の距離で、週末は実家の往復も多い、「二拠点生活」。

暮らし始めた時は、路地はおろか、スーパーなどの生活に必要な店の位置もおぼつかなかったのだが、「3日3月3年」とはよくいったもので、2月ぐらい経過するとなんとなく地理感ができてくるし、生活のリズムもなんとか落ち着いてくる。

ただ、そうした中でも前述のように本社や実家の滞在や往復が頻繁にあると、どうしても移動先で仕事やら家庭やらの書類や、蔵書を読むといった日常的にこなさなければならないことが増えて、改めて「クラウド化」「デジタル化」の重要さ、有り難さを思い知ったという次第。

とりわけ仕事のデータは、ほとんどが紙媒体で保存されているという事態であったので、移動先では、過去のデータはほとんど参照できないといった状況で、ついつい出かけるのも億劫になりがちであったのだが、どれをデジタル化するかなんてことを考えずに、残っている紙データをとにかくスキャンし始めたのだが、過去データの2/3あたりをスキャンし終わり、デジタル・データをザッピングしたあたりから、今までの経緯などがくっきりとしてきた。

どうやら、大前健一さんがマッキンゼーに入社したてのころ、過去のカウンセリング事例を収めたフィッシュチップを徹底して読みこむことによって生じた効果と同じようなことが、ささやかではあるが起こり始めたのかな、と思った次第で、あらためて「デジタル化」の効用、しかもそれをDropBoxといったクラウドストレージに収めることによって、どこでもデータを参照できる効果を思い知った感がする。

ダイソーのタックシールをファイルラベル用に印刷する

安価で同梱数が多いので、使いでのあるダイソーのタックシール。

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ただ残念なことに、手書き用であるので、デフォルトではプリンターで印刷するためのソフトなどは用意されていないのが玉に瑕。

ここで諦めないのがDIY道というもの。なので、ハガキ印刷の設定を使ってなんとかすることにした。

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