カテゴリー別アーカイブ: 観光・地域活性化

「クール・ジャパン」は「夜郎自大」にならずクールな道を行くべき — 鴻上尚史「クール・ジャパン!?ー外国人が見たニッポン」(講談社現代新書)

最近、日本古来の伝統とか「職人の技」であるとかを手放しで礼賛するTV番組が増えてきていて、NHKのクールジャパンのMCでもある鴻上尚史氏の本なので、そういったノリであるのかな、と避けて通っていたのだが、実際は、そんな薄っぺらい「クールジャパン本」ではありませんでした。鴻上先生すいませんでした。

構成は

プロローグー「クール・ジャパン」とはなにか?

第1章 外国人が見つけた日本のクール・ベスト20

第2章 日本人とは?

第3章 日本は世間でできている

第4章 日本の「おもてなし」はやはりクール!

第5章 日本食はすごい

第6章 世界に誇れるメイド・イン・ジャパン

第7章 ポップカルチャーはクールか?

第8章 男と女、そして親と子

第9章 東洋と西洋

エピローグーこれからの「クール・ジャパン」

となっていて、「日本のクール・ベスト20」である、洗浄器付き便座、お花見、100円ショップ、花火、食品サンプル、おにぎり、カプセルホテル、盆踊り、紅葉狩り、新幹線、居酒屋、富士登山、大阪人の気質、スーパー銭湯、自動販売機、立体駐車場、ICカード乗車券、ニッカボッカ、神前挙式、マンガ喫茶が、その他の日本製品とともに外国人の印象とともに語られたり、

「宅配便」にすべての外国人は驚きました。配達員が終始、走っていること。時間を指定して遅れること。誰もいなくて受け取れなかったら、すぐに配達員の携帯に連絡して、その日のうちに再配達が可能なこと 。(P124)

といった、我々の日本人をくすぐるような話とか、定年後、日本人男性が公園の銅像の清掃に精を出す姿を見て

外国人たちは口々に、「自分や家族のために、定年後は時間を使うべきだ」と強くいいました。・・・「なぜ家族に求められる人間じゃなくて、他人に求められる人間になろうとするの?」とスペイン人もまったく理解できない顔でいいました(P89)

といったように日本と外国の違いといった、「クール・ジャパン」本の定番のところももちろんあるのだが、しっかりと読むべきは、「エピローグ」を中心するところで、例えば「Tokyo Otaku Mode」のフィギュア販売について野党議員の質問に端を発した商品と写真の削除に際して

政府ができることはなにか?それは「場」を提供することです。

(中略)

感心のない大衆に「日本のアニメは面白い」と思わせるためには、一般大衆が無視できない質と量がいるのです。

しかし、政府は「場」を提供しないで、「判断」しました。

(中略)

こんなことをしていては、クールジャパン機構に出資を頼もうと思う文化的企業はなくなっていくでしょう(P222)

と政府や官僚の「肚」のなさを批判したり、

クール・ジャパンを海外で展開する時に、一番大切なことがあります。

それは「早急に成果を求めない」ということです「(P229)

と予算年度ごと、あるいは選挙などの政治イベントの度にコスパの判定を迫ったりする世間と、猫の目のように、キャッチフレーズ的な政策を変更していく政府を牽制したり、

(クールジャパンの番組で)「日本人として誇りを持てた」という感覚は、この無気力肯定ビジネス(「今のままでいい」「がんばらなくていい」「ありのままの自分を愛する」というようなタイトルの本と周辺の展開のこと)に近いと僕は見ています。日本人であることだけで、無条件に素晴らしいのなら、自分はなにもしなくてもよくなります(P233)

と安易な「日本礼賛」を諌めるといったところであろう。

G8に参加している先進国中、パスポート取得率が最低の国は・・じつは日本(P214)

という状況で、井の中の蛙、夜郎自大とならずに、日本の良いものをしっかりと見据えていく、そんな冷静な対応と戦略が必要なのかもしれないですね。

日野町”そば道場たたらや”で「たたらんち たたら鉄板焼き蕎麦御前」を食して、「食」による地域おこしを考えた

先だって、鳥取県日野町に仕事で出向いた際に、訪問先の人から珍しいものがあるから、といって予約してもらったのが、”そば道場たたらや”の「たたら鉄板焼き蕎麦御前」

ここ日野郡はたたら製鉄が盛んだったということで、それにちなんだ「食」による地域興しに取り組んでいるとのことで、この店も、本来は蕎麦屋であるのだが、一肌脱いで独自メニューを提供している。メニューは、夏、冬とあるのだが、本日は夏メニューの「鉄冷やし水そば」、「せいろ蒸し大山おこわ」、「そば刺し」、「じゃぶ汁」、「カシスソルベ&ケラチョコ」を食すことに。

大山おこわ、じゃぶ汁も郷土色豊かな料理なのだが、本日、「ほう」と思ったのは「鉄冷やし水そば」と「そば刺し」。

「鉄冷やし水そば」はこんな風で、冷たいそばなんであるが、出し汁にオクラが入っている。オクラのネバネバ感とそばのつるつる感のマッチングが良。さらに、「たたら」といえば製鉄なので”熱する”イメージが強いのだが、今回は”鉄で冷やす”というのはこの店のオリジナル発想らしい。

秀逸は「そば刺し」。広めにカットしてある蕎麦に、薬味としてわさびと粗塩、蕎麦だしをつけて食す。特に粗塩は人工塩ではないらしく、味に深みがある。これを少し蕎麦にまぶして食すと蕎麦の香りが感じられて風情がありますな。季節の野菜で日南町のトマトが添えてあって、蕎麦に巻いて食べても、ということであったが、当方的にはこれ単独で食した方が美味であった。

で、これを食しながら、最近、地元の食材や料理をテーマにした地域興しが数々あるが、さてどれだけ残っていくのかな、と思った次第。このたたらんちもお値段は1200円で、この店の他のメニューに比べて、馬鹿高価い、というわけではない(ちなみに、ざるそばは820円らしい)のだが、手間が尋常ではないようだ。

食により地域興しで、ネックになっていくと思われるのが、地元の「食習慣に根ざしているか」ということと、並んで「将来にわたって恒常的に提供できるか」ということがあるように思う。旨いものをつくるのは、そこはプロの料理人がかかれば何とかなるものなのだが、それを「常態」として提供していけるか、となると、食材の値段や仕入れのしやすさ、普段食として提供できる手間の少なさがキーになるような気がするんである。

さて、日野のたたらんち、このハードルを超えて、繁盛してほしいものですね。

「移住振興策」の重点は「住んでもらうこと」か「働きつつ住んでもらうこと」か

縁あって、移住促進の番組収録に出ることになって、発言も求められるので、「移住振興策」が重点をおくものについて考えてみた。

東京都など一部の都道府県、市町村を除いて、今、移住定住の振興に多くのお金と人を費やしているのは周知のことなのだが、どこの対策も金太郎飴的になっているのは、重点を置くのが「住んでもらうこと」に特化しすぎているのではないか、ということ。「住んでもらうこと」に最重点をおくから、「自然」自慢の競争や、「子育て支援」の充実競争に陥ってしまって、どこもここも同じような施策競争になってしまっているのでは、と思う次第である。

施策競争は当然、財源や支援額競争に陥るから、果のないチキンレースとなっていくのは容易に想像できることで、そういう競争をやっていては、もともと人口も財政も豊かな都会に近い自治体に勝てるわけがない。さらには「住んでもらう」対象がかなり茫漠として、芸術家志望から農林水産業希望者まで多様な人の要望に答えないといけなくなるので、ますます施策の幅が茫漠としてくる。

で、ここで提案なのだが、「働きつつ住んでもらう」しかも、都会地でやっていたことをそのまま移植して住んでもらうということを重視して、「ネットワーカー」に的を絞ったことをやってみてはどうかな、ということである。企業誘致や農林業の後継者・新規参入施策はそれはそれで地元振興にとっては重要だからやるとして、ネット会議の環境を含んだコワーキングスペースの整備などなど、ネットワーカーが働きやすい環境の整備にお金を回してみてはどうかな、と思う。

「WORK SHIFT」の世界はそう簡単には実現しなさそうだが、ゆっくりとその方向で動いているのは間違いないように思うので、人口施策もその辺へすり寄っていってみるのもよいのではないかな。

山は霧の中

仕事の関係で大山(関東の方向けに注釈すると「だいせん」と読みます)の大山寺、大神山神社あたりに10時過ぎに向かうことに。

登る前、地上は雨は降っているものの小降りになりつつあるところだったので、まあ大丈夫だろうとタカをくくっていたのだが、いざ着いてみると、山霧がドンドン立ち込めてきて、こんな風情に。


下からクルマが上がってくるが、ライトを点けないと、とても無理な状況。

先だって日本遺産に指定された大山寺の山門もこんな怪しげな雰囲気になっておりました。

”スローシティ”は”懐古主義”ではない — 島村菜津「スローシティ 世界の均質化と闘うイタリアの小さな町」(光文社新書)

「現代都市というものは、足を踏み込んで、最初はなかなか刺激的だ。わくわくする。し かし、ものの半時もすれば、友を見失ってしまうんだ。」

冒頭で、イタリアのスローシティの日本視察団が漏らす言葉である。

ゆるやかに流れる時を観光に、あるいは地域振興にと軽い動機で読むと、少々当てが外れるかもしれない。確かにそれぞれに地域を元気にし、観光に訪れる人も増えているのだが、それぞれに個性と主張があり、手強い。

構成は

第1章 人が生きていく上で必要なもの、それは人間サイズの町だ

第2章 スピード社会の象徴、車対策からスローダウンした断崖の町

第3章 名産の生ハムと同じくらい貴重な町の財産とは

第4章 空き家をなくして山村を過疎から救えーアルベルゴ・ディフーゾの試み

第5章 ありえない都市計画法で大型ショッピングセンターを撃退した町

第6章 絶景の避暑地に生気をもたらすものづくりの心

第7章 モーダの王者がファミリービジネスの存続を託す大農園

第8章 町は歩いて楽しめてなんぼである

第9章 農村の哲学者ジーの・ジロロモーニの遺言

となっていて、取り上げられているのは、トスカーナ州、ウンブリア州、フルウリ=ヴェネツィア・ジュリア州、リグーリア州、エミリア・ロマーニャ州、カンパーニャ州、トスカーナ州。ブーリア州、マルケ州の諸都市。

イタリアの地図を見るとかなり全土に散らばっているので、このスローシティの動きは、イタリアの限定地域の動きではないようだが、共通項はやはり「過疎」で、このあたり、都市への集中は日本だけの特異事項ではないということを思い知らされる。

さらに共通するのは「町を大きくしないこと」(グレーヴェ・イン・キアンティ村)や「人間サイズの、人間らしい暮らしのリズムが残る小さな町づくり」(オルヴィエート市)であるように、程よい小ささの追及と維持であるようで、このあたり、観光が盛んになると巨大化と広域化へ進む通常の在り様への反論でもある。

ただ、とかくこうした運動は、コンピュータなどの現代的なアイテムや暮らしを排除しようという復古運動に向かいがちであるのだが、オリヴィエート市のスローシティ運動の事務局長オルヴェーティ氏の

イタリア人が、古い建築物や伝統食にこだえあるからといって、スローシティの運動を、

ただの懐古主義や保守的な伝統主義と混同しないで欲しい

古いものと新しいもの、ローテクとハイテク、伝統の保存と最新の技術、それらが、うなく調和することが大切なんだ。そこから何か面白いものが生まれる

という発言に心を留めておくべきであろう。

最後のあとがきのところはちょっとありきたりの小言っぽくていただけないが、本書の主張の底流にある「それぞれの地の場所の復権」ということは地域の行く末を考えるうえで再認識してよい。地域活性化あるいは地域振興に携わる人であれば抑えておいて損のない一冊である。

スーパーはくとの無料Wifiが少し残念であった

子どもの入学準備で、本日は京都へ。

そうした時、山陰東部の交通手段としては「スーパーはくと」がメインである。

この路線、三セクで開業して、なかなかの営業成績で、全国的にも健闘している路線である。

そんなスーパーはくとに無料Wifiがあるというので、本日早速試してみた。

パスワードは各車両の先頭に掲示してあって誰でもアクセスできる。無料Wifiで時折ある、別途、土管だけが用意されていて、FretsspotやSoftbankのWifiなどのサービスに別途加入しておく必要がないのは良心的である

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しかし、しかしである。この日は乗客が多かったせいか、アクセスが確立しづらいのと、時折かなり遅くなる。この智頭線、山陰線区間は電波状況がかなり悪くて、トンネルに入ろうものならブチブチと接続が無情にも切れてしまうところが多いので、Wifiのおかかげで「切れない」というのは有り難いことではあるので贅沢はいってはいけないのだが、もう一声、レベルアップをお願いしたいところでありますな。

無印良品の戦略に地域活性化の原点を感じた

東洋経済オンラインで、「激売れ! 無印の「海外商品」が強いワケ」を読んだ。記事の内容は無印良品の商品開発の原点や無印がなぜ国内外で売れるかという、商品開発の戦略論なのだが、その中の

無印良品には誕生した当時から、ものを「つくる」というよりは、「探す、見つけ出す」という考え方がありました。日本に昔からあるいいもの、あるいは日常生活で使われているものの中から、優れたものを見つけ、無印良品のコンセプトを入れながら、商品化していくという道をたどってきたのです。

(中略)

ところが、一時期「見いだす力」が衰えてしまった時期がありました。

世界中からいいものを見つけてくる活動は、時間もコストもかかります。そこで、商社の人たちにお願いして商品を探し出してもらう方法に切り替えたのです。商社にはさまざまな調達部門があり、大量の情報やネットワークを持っています。そこを頼みにしたのです。

しかし、商社の人の中には無印良品の哲学をきちんと理解してくれている人と、そうではない人たちがいました。その結果、玉石混交のものが集まるようになり、そこから選別しているうちに、今まで使っていなかったような色やデザインが紛れ込んでしまい、無印良品らしさが失われていってしまったのです。

というあたりに、地域活性化の出発点を感じた次第。

地域活性化というと、どこかから新しいコンセプトをもってきたり、新しい商品を開発したり、といったことになりがちなのだが、案外、今まで身近にあるものの中から、いかに「探しだすか」といったことが大事であるような気がしてくる。もちろん、どんなものを探しだすかということが目利きの腕次第ということではあるのだが、新規なものを持ち込んでくるよりも、より地域への愛情やら地域を知るという行動が必要な分、地域に密着したものになるはずである。

なによりも「足元が大事」ということですかね

Skypeのグループビデオ機能の無料拡大は何をもたらすか?

SkypeがMicrosoftに買収された当時は、あの社特有の囲い込み路線に走ってしまうのではないか、と懸念していたのだが、Googleが先鞭をつけたフリーミアムの世界はMicrosoftといえども抗いようがないらしく、Skypeの無料提供の範囲が広がってきている。

C-netの『「Skype」、モバイル受けにグループビデオを無料提供へ』によれば

Microsoftは「Android」「iPhone」「iPad」「Windows 10 Mobile」へのグループビデオ通話機能の無料提供に向けて取り組みを進めている。

Microsoft関係者は米国時間1月12日、これらプラットフォームを対象に「数週間以内」にグループビデオ通話機能を公開することを明かした(この日は、「Skype」ビデオ通話機能の提供開始の10周年記念日に当たる)。

Skypeのコーポレートバイスプレジデントを務めるGurdeep Pall氏は新しいブログ投稿で、「われわれは数週間以内にこの新機能を膨大な数のモバイルユーザーにロールアウトする予定だ

ということで、無料化の範囲がさらに拡大するらしい。

グループビデオ通話自体は新技術というわけではないのだが、それがモバイル向けに、しかもWindows 10 Mobileだけでなく、ほぼ全てのモバイルOS向けに、Skypeという品質保証付きで提供されるということで、よりビジネスの分散化を進める方向にすすめば嬉しい限り。

いまさらながら、地方創生とか一極集中の是正とか掛け声はいつも大きくて、ほとんど進展せず、少々厳しいことをいえば、昨年来から喧しい「地方創成」すら言葉が古びつつある。

そうなっていく原因は、とかく「地方を活性化する」ということが、東京の機能を特定の地方に引っぺがす、東京から取り上げるという文脈で議論されることが多く、都会在住者と地方在住者との対立を招き、しかも地方在住者も「特定の場所」への移転であるのでそれそれが競い合って結束できない、といったことに陥るからではないか、と思う次第なのである。

Skypeのビデオ通話機能の拡大がこの問題の鍵をにぎるわけではないが、様々なビジネスワークや意思決定行動を行う「場所」の拡大につながることは間違いないと思う。

制度として進まないのであれば、ガジェット環境、Web環境から変えていく、というのも一手ではあるような気がするんである。

FirstCabin愛宕山に泊まったついでに、東京の宿泊難について(ちょっと)考えてみた

先だってのエントリーで東京のホテルの予約難のことに触れたのだが、さる隣国の観光客の訪問数の増大の影響で、宿泊料が1万円前後のホテルはかなり前から予約でいっぱいになっていて、例えば今年初め頃までの都内のお値頃ビジネスであった「東◯イ◯」などは千葉、神奈川あたりになると空いているのだが、都内では立川、八王子あたりまで行かないと空いていない。「ア◯ホテ◯」などは結構宿泊料も値上がりしているのだが、それでも予約でいっぱいとなることが続いている。

観光立国を目指す日本国としては喜ばしいかぎりなのだろうが、さりとて日本の辺境に住まう当方としては東京での午前の会議や夕方からの打ち合わせや会議をこなそうとすると、どうしても宿泊が必須なので、お値頃のホテルが満杯となると、日本中流の民としては、なんとも困った状態なのである。

ということで、今回の宿泊先もFirstCabin。先程は「築地」に泊まったのだが、今回は「愛宕山」

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フロントは6Fにある。ただ、宿泊階は3F〜となっているので上階に設けてあるのは防犯上か消防上の配慮かも。

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部屋の設えは「築地」と同じ。MacBookAirやiPadは必携とはいえ、その他にものはできるだけ軽装で動きたいもの、とはいえ充電装備はいるし、といったところでコンセントを探しまわったり、内装設備に使い方やホテルサービスをかれこれ調べたりといったことは、ビジネストラベルではできるだけやりたくないので、持ち運ぶものや所作が共通でいけるので、こうしたチェーン店はアメニティや内装が一緒なところが有り難い。

さらに、今回は会議や調査仕事が重なり荷物が大きくなってしまったのだが連泊となった。カプセルホテルでは荷物の保管がどうかな、と思ったのだが、大きな荷物はフロンので預かってもらえたので、相手先に必要最小限の荷物で行くことができた。

ちなみに朝食はこんなので、パンは食べ放題。スープは日替わりらしい。

1日目はミネストローネ

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2日目はオニオン・コンソメ

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築地は欧米系の宿泊も多かったのだが、今回はオープン仕立てということもあってか日本人がほとんど。これから外国人観光客が増えていくと、おそらくは高級ホテルへ流れていく層よりもこうしたところへ流れ込んでくる方が多くなるであろう。

というもの、外国からの訪問客と言ってもそうそうお金持ちはいないわけで、その国の中間層への広がりが多くなるのだろうから、どうもいまの高級ホテル拡大志向は果たしていいのか、と他人事ながら心配をしてみる。ただ、どうも中級レベルとホテルや宿泊施設の拡大は、都内の地価などなどをみるとそう簡単にはいかないようで、そうなると、宿泊難はますます悪化し、日本の辺境在住者たちは、東京での仕事は関東近郊の宿泊地からの都心部移動か、日帰りかといったことを真面目に検討しないといけなくなるのだろうが、それにも限界がある。

いっそのこと、都内で仕事をしないといった方法、例えばSkypeなどのデジタル的な手法の多用とか、周辺部での打ち合わせとか、都心部以外で仕事をする方法論を、本気で模索しないといけないのかもしれないですね。

「地方創生」をシェアする

先だって、東京モーターショーでブランドの力というものについてレポートしたのだが、これを「地方創生」という地方では今流行のキーワードに関連して考えてみた。

この「地方創生」と言葉、いつもの地域振興ワードと同じく、それぞれの地方が地域を元気にするための知恵を競い合うといった「競争」「競い合い」とともに語られることが多い。

で、これを先日のそれぞれの地域の「ブランド力」「訴求力」はそんなに固有で力があるものはノカという疑問に即して考えると、残念ながら、どこの地域もほかを圧倒的に凌駕するものはないというところではにだろうか。そうしたブランド力があれば「東京」など屁でもないのだが、ほとんどの地域(京都を除いてね)が束になっても「東京」に敵わないのが証左であろう。

そうした条件のもとで「地方」がほかを凌駕することを目標に競い合ったら、それこそ共倒れというのがもっとも可能性の高い結末ではないだろうか。それを回避するために提案したいのが、拠点化・中心化を「シェア」できないか、ということである。つまり、栄えている所から人やモノを根こそぎ移転させるのではなく、一定の期間の的的な居住を狙うとか、いわゆる生活の多拠点化を目指してはどうか、と思うのである。

産後集積や都会的文化を東京を始めとした「都会地」から移転させるというのは、個人的にはかなり難しい気がするし、それはいわゆる新たな都会地、中心地の建設・移動である。一つの中心地が衰え他の中心地に映る、という今までの栄華盛衰の流れと同じである。

そうではなくて、繁栄を「シェアする」、それぞれの地域が持つ特殊性を活かしながら、人々はその性向によって複数の拠点に「定住」する。そうした生活のあり方を考えてみるべきでは、と思うんであるが・・。