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イノベーションはベンチャーの専売特許ではない? — 中野剛志「真説・企業論ービジネススクールが教えない経営学」(講談社現代新書)

一頃のベンチャー企業の育成施策が大流行りの状況が今も続いているとはいえないが、大企業が逼塞したり、ものづくりの勢いが鈍ったり、さらには「働き方改革」といった状況から、何か困るとベンチャーがどうこう、という状況は変わっていない。

 

本書は、そんな中で、ベンチャー企業、起業というものについて、ちょっと斜めからではあるが、冷静な分析であろう。

構成は

第1章 日本でベンチャー企業を増やすには
第2章 起業大国アメリカの真実
第3章 ベンチャー・キャピタルの目利き術
第4章 最強の起業家は誰か
第5章 オープン・イノベーションの本質
第6章 なぜイノベーティブな企業の方が負けるのか
第7章 なぜ日本経済は、いつまでも停滞から抜け出せないのか

となっているのだが、例えば、アメリカのベンチャービジネスについての

1990年代以降、アメリカでは世界的なIT企業がいくつも誕生しましたが、アメリカ全体の生産性は停滞しており、アメリカの労働者の実質賃金も低迷し続けています。IT企業の隆盛が、アメリカ国民を豊かにしたのかどうかは、必ずしも明らかではないのです(P57)

といった「政府の偉い人が言ってたことと違うんじゃん」と文句をいいたくなるあたりから始まる。

そして、日本のベンチャーや企業風土の遅れを指摘する識者がよく言う「長期雇用」については、

競争力のある企業が長期雇用を採用しているというのは、日本に限ったことではない。例えば、驚くべきことに、アメリカ最強の投資銀行であるゴールドマン・サックスは長期の人材育成を重視しており、しかも、2000年代以前までは、上級幹部は社内の生え抜きに限定する慣行があった(P149)

長期の競争力が強い企業は、長期雇用を重視するのか。・・長期の競争力の厳選は人材にあり、そして人材の育成や見極めには、その人材と長期にわたって付き合う必要があるからだというのです(P150)

とよく言われる「アメリカ」の別の姿を示したり、ベンチャー企業の生産性についても
シェーンは、一般的なベンチャー企業は、生産性が低いと述べています。もし、そうだとすると、景気と開業率の間の関係は、やはり景気が良いと開業率が上がるのであって、開業率が高いと景気が良くなるのではない(P53)

と冷や水を浴びせてくるところは、主流派には煩く感じるだろうな、と推測する。

ただ、筆者もベンチャーを否定しているわけではなく、

イノベーションには、多様な価値観がぶつかりあって、新たなアイデアが生まれるような環境が必要。まさに、シリコンバレーは、そういう場だとして賞賛されてきたが、事業を多角的に展開している大企業グループもまた、そのような多様性を生み出す環境を提供している(P108)

シリコンバレーの成功の秘訣が、その濃密な人的ネットワークにあるとするならば、私たちはシリコンバレーを羨ましがる前に、そもそも企業組織というものは、濃密な人的ネットワークのかたまりであることを思い起こすべき(P116)

といったようにイノベーションの解答が「ベンチャー」だけにあるのではなく、イノベーション環境の構築が実は組織的な大小よりも重要であることを主張し、ともすれば単純な大組織批判、日本批判に全てを帰そうとする論調を戒めていると拝察する。

もちろん大企業病というように組織の大きさが必然的に内包してしまう問題もあるし、組織の小ささゆえの限界もある。ただ、日本のイノベーションが生まれないという指摘への解答は、組織の大小でも、日本的特徴でもなく

共同体的な集団を解体してオープン化すればするほど「個」は見失われていくのです。そして、イノベーションも生まれなくなるのです。イノベーションを生み出したければ、企業を本当の意味で「共同体的な集団」へ変えることです。そして、社外のアイデアを取り入れる場合には、社外との関係をも共同体的にすることです。
まさに、シリコンバレーという地域共同体がそうであるように。(P158)

「長期の競争」とは成果が出るまでに時間のかかるイノベーションにおける競争です。これに対して「短期の競争」とは、収益性の競争であると言いかえられます。そして短期の競争には、イノベーションの競争はあり得ません。なぜなら、イノベーションは短期間では生まれないからです(P163)

と、イノベーションを生む環境というものを、具体的に考えないとね、というしてきてのように思える。

そして最後の方では

つまり「アメリカではの守」が提唱する経営手法や制度は、日本にはなじまないというだけではなく、アメリカでもうまくいっていないのです。言い換えれば、「アメリカではの守」は、実は、自分ちが憧れてやまないアメリカのことをよく知らないのです。
そう考えると、過去20年以上にもわたって、いくら構造改革をしても日本で起業が増えず、経済が活性化しないのも、当然であると言えるのではないでしょうか。なぜといって、イノベーションを起きにくくし、開業率を下げたアメリカの1980年代の政策を次々と模倣してきたのですから。
要するに、構造改革が足りないから日本経済がダメになったのではなく、構造改革をしたからダメになったのです。(P220)

と最後っ屁のようなことも漏らされてはいるのであるが、ここは「ではの守」の方もそうでない方も、冷静に「日本のイノベーション」を活性化する方策を力を合わせて考えるべきなんでしょうね。

「成功物語」で自らを元気づけないとやってられない時もあるよね — 田村潤「キリンビール高知支店の奇跡 勝利の法則は現場で拾え」(講談社+α新書)

「ブラック企業」といった働き方改革ものをレビューした直後に、こうした企業成功ものである。節操が無いと言えばないのであるが、精進料理の後は、がっつりとした肉も食いたくなるというものなのでお許しを願いたい。

さて、今回はビールの老舗、「キリン」の復活物語である。

構成は

第一章 高知の闘いで「勝ち方」を学んだ

1995年 高知の夜は漆黒だった

1997年 健康になろう

1998年 V字回復が始まった

2001年 ついにトップ奪回

第二章 舞台が大きくなっても勝つための基本は変わらない

四国での闘いー違う市場でも基本を貫く

東海地区での闘いー現場主義の徹底

全国での闘い、そして勝利

第三章 まとめ:勝つための「心の置き場」

となっていて、キリンの社長も勤められた、田村潤氏の高知支店長時代から、四国、東海の地区本部長、そして本社の営業本部長と、一旦はトップの座をアサヒに明け渡したキリンが、一位を奪還するまでの道筋を、現場から経営まで一貫して牽引役であった人の、中興の物語である。

で、その基本というのは、

海外で闘うにしても、やはりまず日本の地方のあるエリアで勝ち方を極めていることが非常に大事なのだそうです。そのエリアをよく見て、エリアの特性や住んでいる人、風土とか、チャネル全部ひっくるめて最も適切な正しい実績を上げることができた人間こそ、海外に行っても通用する。(P4)

ということらしいので、意外に現場主義で、理論より実践かな、という感じなのである。

そのあたりは、

結局、行動スタイルを変えることができるかどうかは、簡単に言えば視点や心の置き方を変えてみられるかどうかですし、人によっては身をすてられるかどうかということでしょう。すべてを投げ打って集中すると見えなかったものが見えてくる。当然、壁にもぶつかる。しかし、そこで死にものぐるいで壁を乗り越える。そこで今まで見えなかった景色が見える。そして自分の成長に気づく(P104)

といったところでも明らかであろう。

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