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下町のレストラン・ミステリー その2 — 近藤史恵「ヴァン・ショーをあなたに」(創元推理文庫)

レストランものミステリーが発展展開していくのに難しいのは、その場所の限界にもある。というのも、レストランという限られた場所・登場人物に縛られて、どうしてもその幅が拡充しないということあるからだ。この「ビストロ・デ・マル」シリーズもそうしたところに陥らないかな、と思っていたのだが、二作目では、レストランの外のミステリーを散りばめて、そこのところを回避しようとしているようだ。


構成は


錆びないスキレット
憂さ晴らしのピストゥ
ブーランジュリーのメロンパン
マドモワゼル・ブイヤベースにご用心
氷姫
天空の泉
ヴァン・ショーをあなたに


となっていて、例えば、「天空の泉」や「ヴァン・ショーをあなたに」はシェフのフランス修行・放浪時代にエピソードであったりする。
ただ、菜食主義者の突然の来訪に豆腐をつかったフレンチで対応したり、最近店に頻繁に訪れるようになった女性客がブイヤベースを好んで注文するわけとか、このレストランを舞台にした、誰も死ななない、というこのミステリー特有のほっこりしたところは健在であるのでご安心を。


一作目に引き続き「飽きのこない味」と表現しておきましょうか

下町のレストラン・ミステリー — 近藤史恵「タルト・タタンの夢」(創元社推理文庫)

美食モノのミステリーといえば、ネオ・ウルフものとかがあるのだが、レストランを舞台にした連作ミステリーというのは、場所が固定されているし、登場人物も之押されがちということで結構難しいものだと思うのだが、そのあたりをそつなく押さえたミステリーが、この「ビストロ・デ・マル」シリーズ。

構成は

タルト・タタンの夢
ロニョン・ド・ヴォーの決意
ガレット・デ・ロワの秘密
オッソ・イラティをめぐる不和
理不尽な酔っ払い
ぬけがらのカスレ
割り切れないチョコレート

 

となっていて、ほとんどが料理名とかお菓子の名前とかが表題に入っているのだが、かなりの部分が具体的に頭に浮かばない”フランス料理」音痴なので、それらの料理の講釈はご勘弁を願いたい。
で、ミステリーは、そのレストランで起こる、ちょっとした謎がほとんで、例えば、「タルト・タタンの夢」では、歌劇団の人気女優と結婚することになった男性の体調が急に悪くなった理由であるとか、「ガレット・デ・ロワに秘密」のように、店のサブ・シェフの志村さんが、奥さんと親しくなり、結婚した陰のちょっとした犯罪とか、謎が解けると、少しほっこりするようなお話が収録されており、最近、少し凝っている「ほんわり」系のミステリーである。
心が少し弱っていたり、逡巡することがある時に、ひと時、「憂きこと」を忘れされてくれるによろしいミステリーであります。

”自転車ロードレース”は戦略ゲームと捉えるべきか? — 近藤史恵「エデン」(新潮文庫)

前作「サクリファイス」で、日本ではあまり馴染みの無い「自転車ロードレース」というスポーツの世界を描き出されたのだが、本書は「サクリファイス」の主人公であった「白石 誓」の続編。

「サクリファイス」の最後の方で、スペインのチームからスカウトがかかっていたのだが、本作では、そのスペインのチームでアシストとしての実績をあげ、フランスのアミアンを本拠地とする”パート・ピカルディ”に移籍して、相変わらずクライマーでアシストというチーム内の位置関係にあるところは前作と引き続き。

本書の構成は

第1章 前夜

第2章 一日目

第3章 四日目

第4章 タイムトライアル

第5章 ピレネー

第6章 暗雲

第7章 包囲網

第8章 王者

第9章 パレード

となっていて、ツール・ド・フランスでの三週間あまりのチームの競技の様子がメインで、主人公の”誓(チカ)”は、チームのエースである、フィンランド人のミッコのアシストが役目なのだが、実はチームが解散の瀬戸際にいて、フランスの別チーム”クレディ・ブルターニュ”のエース”ニコラ”のアシストも、監督命令としてさせられる、という複雑なお役目も追加される、というのが今回のバックグラウンド。

自転車ロードレースというのは、自転車競技であるから当然、体を使うことがメインであるのだが、このシリーズを読んだら解るように、決してマッチョなだけのスポーツではない。むしろ、レースの駆け引き、それは相手を打ちのめすだけでなく、他チームを倒すために、時に敵と組んだり、一部のレースは手を抜いたり、といった複雑なものであるらしく、このあたりは、真っ向一本勝負の大好きな日本人には少し苦手な類であることは確か。

ただ、それは”スポーツ”、”記録競争”と見るからそうなのであって、”戦略ゲーム”の種類と思えば、レースで風除けともなる先頭を複数チームで代わりあったり、エースを勝たせるために”逃げ”てペースを撹乱したり、レースの速度コントロールを共同でやったり、とかあれこれとした作為も、作戦の一つ一つとして楽しめる。実際のところ、本書のレースの記述は、ほとんどがそうしたレース上の駆け引きと、エースを勝たせるため、そして、その隙間を縫って自分の成績をどう上げ、どうアピールするか、といったことがほとんどで、読んでいるうちに感情移入してしまうのは、作者の手練れの故か。

で、結局の所”パート・ピカルディ”は解散するようなのだが、レースの結果のせいか、主人公は、なんとかヨーロッパの別チームに移籍が叶いそうで、これからも”チカ”のロードレース参戦記が読めそうなのは嬉しいところでありましょうか。

”アシスト”という生き方 — 近藤史恵「サクリファイス」(新潮文庫)

もっぱら「モップの魔女」シリーズや「フレンチ・レストラン ビストロ・ド・マル」シリーズが中心で、何やら気が滅入りそうな気がして、自転車ロードレースのシリーズは食わず嫌いであったのだが、「食わず嫌い」の例にもれず、読んでみるとあっという間に引き込まれたミステリーであった。

構成は

第1章 チーム・オッジ

第2章 ツール・ド・ジャポン

第3章 南信州

第4章 富士山

第5章 伊豆

インターバル

第6章 リエージュ

第7章 リエージョ・ルクセンブルグ

第8章 惨劇

第9章 喪失

第10章 サクリファイス

となっていて、大まかに言えば、高校時代は陸上で注目されていたが、今は自転車のロードレース選手に転向している「白石 誓」(しらいし ちかう)を中心に、彼が所属する「チーム・オッズ」のツール・ド・ジャポン、そしてリエージュ・ルクセンブルグという二つのロードレースの参戦記録と、アシスト役である白石誓が記録を残し、それが思いもかけないステップアップに結びつく、といったのが大筋ではあるのだが、そこにチームのエースである「石尾豪」が過去、一人の有望選手を”潰した”と言われる事件と、「オッズ」の新エースを狙う白石の同僚の「伊庭」の動きが絡んで話が展開する。

途中から、白石の幼馴染で若い頃の恋人であった「初野香乃」という女性と、石尾に”潰された”とされ、今は車椅子ラグビーの選手となっている「袴田一平」という伏兵も登場して、少し錯綜気味になるのだが、そこは”大筋”の話の大事なスパイスと思っておけばよく、石尾が起こした事故(事件)の動機と、彼の事故との共通する謎をどう説くか、がミステリーとしての中心。

で、表題の「サクリファイス」というのは”犠牲”といった意味らしく、この言葉がシンボライズするものが、この物語の大事なキーとなっていて(これ以上は”ネタバレ”が過ぎるのでここらあたりでお茶を濁すのだが)、

チームのエースがパンクすれば、エースをアシストするチームメイトはホイールを差し出す。それがロードレースの定石

ロードレースにはエースとアシストという役割分担があるのだ、

個人競技には見えるが、実は団体競技に近く、ひとりひとりが勝利を目指すのではなく、アシストの選手は、エースを勝たせるために走る。その結果、自分の順位を下げることになっても

といったことを基本にしながらも、展開によっては”エース”が交代する。といった複雑な性格を持つ「自転車のロードレース」をうまく料理して、見事な皿に仕上がっている。

さらには、こうしミステリーそのものの楽しみとともに、アシストに自分の役割を見出だし、それが評価される「白石 誓」の姿に、何やら古武士の風合いを見る感じもして、エースかアシストか、といった人の生き方を考えさせれくれるところが欲張りなところ。

最後に、話の中心とはそれるが、アシスト役を務める白石に自分の姿を投影する、いわゆる”傭兵”的な仕事をする向きに

サントス・カンタンが欲しがっているのは、エースになる人材じゃない。エースのために身を粉にして働くアシストだ。・・・スペインのチームが欲しがっているのはスペイン人のエースだ。

彼は知っていたのだ。サントス・カンタンが求めているのは、ひたすら自分の勝ちのみを求める選手ではなく、チームのために喜んで身を投げ出すこともできる選手だと。

知っていたからこそ、あのとき僕も一緒に止まらせた。

(中略)

アクシデントは必要だ。そのとき、どういう行動を取るかで、選手の真髄が見える。

といった言葉を贈って、その働き方を讃えるとするか。