北森 鴻」カテゴリーアーカイブ

北森 鴻 「深淵のガランス」(文春文庫)

花師にして、絵画修復師でもある佐月恭壱の活躍する美術ミステリーの第1作。
私は、最初に2作目である「虚栄の肖像」を読んでしまったので、そちらの設定を確認をしながら読み進める。
収録は
「深淵のガランス」
「血色夢」
「凍月」
の三作
修復の対象となるのは
「深淵のガランス」は大正末期に活躍した画家で、今は孫が保管する数点の絵画
「血色夢」は絵画ならぬ、古代人の描いた洞窟壁画の修復
「凍月」は、地方の喫茶店に飾られている、その絵を描いた画家の娘(彼女はその喫茶店の経営者でもあるのだが)の保有する「バークロード・冬」という絵画

続きを読む

北森 鴻 「虚栄の肖像」(文春文庫)

花師と絵画修復師の二つの職業を持つ佐月恭壱の美術ミステリー。
このシリーズの第1作目は「深淵のガランス」なので、両方とも未読の人は、そちらの方から読んだ方が、主人公と仲のよい酒場の女性経営者だとか、彼女の父親、あるいは主人公がなぜ大けがをしたのか、といったことに悩まなくてすむかもしれない。
収録は
「虚栄の肖像」
「葡萄と乳房」
「秘画師遺聞」
の三作で、それぞれ絡んでくる美術品は、古備前の甕と素人の描いた肖像画、藤田嗣治の絵、浮世絵っぽい緊縛画。
そして、それぞれの修復をめぐって、虚実ないまぜ、どんでん返しの連続ってなことになるのは、いつもの北森ミステリーで、最後の頁にたどり着くまで、読者を安心させないのは、さすがといわざるをえない。
おまけに、普通の人には、全くといってなじみのない「絵画修復」という世界の、あれこれのエピソードは異世界につれていかれるようで、わくわくする、という他言いようがない。

続きを読む

北森 鴻 「なぜ絵版師に頼まなかったのか」(文春文庫)

明治元年生まれの葛城冬馬が、東京大学医学部のベルツ教授の給仕となるところから始まるミステリー。
彼が選ばれたのは、明治13年になっても、髷を残していたから。というのも、彼の雇い主であるベルツがとんでもない日本贔屓で、おまけにベルツの宿舎はお抱え外国人のサロン状態で、明治の御代の、数々の不思議な事件の謎解きに巻き込まれていく冬馬少年。さて、彼の運命や如何に、といった感じで、楽しく読めるミステリーだ。
収録は
「なぜ絵版師に頼まなかったのか」
「九枚目は多すぎる」
「人形はなぜか生かされる」
「紅葉夢」
「執事たちの沈黙」
で、最初の「なぜ・・・」で冬馬がベルツのところに雇われるところから始まり、「執事たちの沈黙」では、冬馬が東京大学の医学部の主任になっていて、9年の歳月が経過している。謎解きのほかに、主人公の成長の様と、名脇役の市川歌之丞(あ、この人は、物語によって名前と職業を次々と変えていくから注意してね)の掛け合いもまた楽しいのだが、激動の時代であった「明治」の時代の匂いを味わうのも、「北森ミステリー」の楽しみである。

続きを読む

北森 鴻「写楽・考」(新潮文庫)

異端の民族学者 蓮丈那智シリーズの3作目。
収録は
「憑代忌(よりしろき)」
「湖底祀(みなそこのまつり)」
「棄神祭(きじんさい)」
「写楽・考(しゃらく・こう)」
の4作。
ネタバレすれすれで、ちょっと紹介すると
「憑代忌」は蓮丈先生の不肖の愛弟子 内藤くんの写真がお守りというか、贄がわりに使われているところから始まる話。
本当の事件は、南アルプスの近くの火村家でおこる「御守り様」と呼ばれる人形を巡っての殺人なのだが、ここでは、「憑代」っていうことが推理を狂わせるお話。ちなみに憑代っていうのは、憑代、ひとかた、人形に代理の罰を与えることで、現実の人物に呪いをかける方法なのだそうだ。
「湖底祀」は湖底で発見された江戸時代の神社跡、実は、鳥居の起源を解き明かす重大なヒントが、民俗学的な謎解きに、生臭い、いわゆる地域起こし、ムラ起こしといったやつが絡んできて・・・といった、ちょっと少しばかり曰く因縁があれば、なんでも地域振興にこじつける在り様がチクッと胸に刺さる一編。もっとも、本当の謎は別のところにありますよ、念のため。
「棄神祭」は保食神の話。保食神ってのは、殺害されることで、この世に牧畜や農業、養蚕などの恵みを与える神のことなんだが、舞台は九州の御厨家でおこなわれる3年に一度、塚の上で家護の神像を燃やすという祭祀に隠された謎をとく話。旧家といえども戦争の影響は受けているのは、どこもそうなのだが、その影響っていうのが、ちょっと物悲しさを感じさせるのと、いわゆるシャーマンの保食神としての意外な側面を教えてくれる一編。
さて、最後は表題作の「写楽・考」。この話では、式直男という「仮想民俗学」を唱える研究者があらわれ、今回の狂言回しを務める。で、この式直男の死を巡って蓮丈が犯人と疑われて失踪したりといった騒ぎがおこるのだが、まあそれは誘い水で、大事なところは「絡繰箱」と「べるみー」という画家の正体、というあたり。
そうそう、この話で、蓮丈先生にいつも渋い顔をしている大学の事務局のキツネ目の男、高杉の過去が明らかになるのだが、それはまあ読んでのお楽しみ。
それと、なぜ「写楽・考」なんだ、べるみーと全然関係ないぞ、というところは、話の最後で、どんとでてくる。でも、ちょっとこいつは、最後のどんでんが過ぎるよな、というのが管理人の率直な感想ではある。
まあ、今回もうかうかと著者の手に乗って、最後まで読まされてしまいました。蓮丈那智シリーズ、3作目も良き出来でありました。

北森 鴻「瑠璃の契り」(文春文庫)

美貌の古美術商 宇佐美陶子の旗師・冬狐堂シリーズ。
旗師とは店を持たない云々っていうのは、このシリーズを一度でも読んだことのある方なら、頭のどこかに記憶させられてしまうだろうから省略して、今回のシリーズでは、そうした厳しい商売をしている彼女に、飛蚊症という眼の障害が出る。
古美術商にとって眼は命。この病気を抱えた彼女の苦境につけこむかのように、様々なトリックやフェイクが仕掛けられる、ってな感じなのが、この一冊。
収録は
「倣雛心中」
「苦い狐」
「瑠璃の契り」
「黒髪のクピド」
の四篇。
登場する美術品は、木造の人形(倣雛心中)、若くして死んだ女性画家の抽象画(苦い狐)、色ガラスの切子椀(瑠璃の契り)、生き人形(黒髪のクピド)で、今までの陶器やら磁器、あるいは出土品といった、「古美術」という言葉から印象されるものとは、ちょっと違う品々が現れる。
それは、陶子や友人の硝子の過去の一面が少し明らかになるのとは無縁ではない。
「苦い狐」は、陶子の若い画学生時代と彼女が才能の限界を感じたエピソードとこの世界に踏み込むきっかけの一端が示されるし、「瑠璃の契り」は硝子の修行時代と彼女がプロのカメラマンとなった経緯を連想させる話が仕込まれている。
それにしても、このシリーズを読んで思うのは、古美術や骨董っていうのは、美術的価値とかや「美」を売り買いするっていうよりは、過去の「情念」や「思い」といったものを売り買いしているんだな、ってなことである。このシリーズに登場する人形にしても、周囲からは憶測もできない夫婦の感情を封じ込めたものや、過去の事件を封じ込めたものであるし、切子椀にしても、不幸な運命に見舞われた一家の「記録」というか「記憶」をその中に含んでいる。
そうした「情念」を鑑定し、評価し、そして値段をつけて売り買いするっていうのは、何か、その「思い」も背負い込むようで、因果ではあるが、味のある商売だよなー、と、最近は経営管理っぽい乾いた仕事をしている我が身と比べて思うのである。
きっと、そうしたあたりが、この作品の「静かな華やぎ」(ちょっと変な表現だけどね)に結びついているのだろう。
派手な殺人事件や社会的問題の暴露といった派手派手しいものはないけれど、しっとりと読ませるミステリーであります。
雨で部屋に降りこめられて、外に出る気になれない時にどうぞ。

北森 鴻「蛍坂」(講談社文庫)

三軒茶屋にあるビアバー「香菜里屋」のシリーズの第3作である。
収録は
「蛍坂」、「猫に恩返し」、「雪待人」、「双貌」、「狐拳」
の5作品。
今回の収録作品は、この作品の主人公でホームズ役である、ビアバーのマスター 工藤も、前の2シリーズでは、ワトソン役を果たしていた飯島七緒も、どことなく控えめで、随所、随所できちんと役回りを果たすのだが、なんとなく脇役っぽい印象を受けてしまう。
それぞれのお話をかいつまんで記すと
「蛍坂」は、10数年前に恋人を振り切って中近東に渡ったものの、戦場に気追わされ、才能の限界を感じ、今は故郷の家業を継いでいる元カメラマンが、恋人とわかれた三軒茶屋の坂道で発見する、恋人の当時の真意
であり、
「猫に恩返し」は、アメリカの昔のTVドラマっぽいフェイクの裏に隠された、場末のモツ焼き屋の主人と常連たちの心温まる企み
「雪待人」はバブル時に三軒茶屋で計画され、老舗の反対で潰された再開発計画の秘められた、老舗の娘の悲恋話。
そして、「双貌」は、香菜里屋の常連の作歌 秋津の作中話にまつわる友情話。
最後の「狐拳」は、ほのかな憧れを抱く、親戚の青年の家で飲んだ、幻の焼酎を探す娘の話なのだが、その焼酎はいまだかって売り出されたことのない焼酎の名前。果たして、その焼酎の正体と、その捜索を依頼する青年の真意は・・・
といった感じで、読み始めると、ずんずんと読み進めていけること間違いないのだが、全体に静謐な印象が漂う作品群である。
それは、舞台となる香菜里屋の風情と、マスターの工藤の雰囲気が、かなり影響しているのは間違いないだろう。しかし、その静謐さが、清純なものが持つ頼りなさではなく、深山がかもし出す、厚みのある深い清冽さのようなイメージあるように思う。
で、5作とも手練れの作品であることに間違いなく、いずれもお勧めの作品ばかりなのだが、ここで、見事な隠し味を感じさせるのが、香菜里屋で出される料理の数々である。
ほんの一端を紹介すると(どの話に登場するかは、読んで確かめてね)

北森 鴻「桜宵」(講談社文庫)

ビアバー香菜里屋シリーズの第2弾。
収録は
「十五周年」
「桜宵」
「犬のお告げ」
「旅人の真実」
「約束」
の5つ。
で、その中身はというと
「十五周年」は店の常連が、縁の薄い結婚式に招かれたことを端緒に始まる、すでに15年前に潰れた居酒屋にまつわる犯罪、と見せかけて・・・
そして表題作「桜宵」は、「香菜里屋へ行ってくれ」という亡き妻からのメッセージを受け取った託した夫が店に訪ねてくるが、そのメッセージに隠された妻の思いは・・・
といった感じで、あまり書くとネタばれが過ぎて洒落にならなくなるから、途中でやめておくが。どんでん返しの先に、さらにどんでん返しがあって、いやー、上手く騙されました、参りましたと、手練れの手品師の技に見惚れているような感覚で、うまうまと最後まで一気に読んでしまう。
そして、この短編に共通の「気になる料理」ってのが随所に出てきて、こいつもまた密かな楽しみではある。
例えば
「桜宵」は薄緑色(御衣黄)の桜飯
「犬のお告げ」の岩牡蠣(夏牡蠣)のガーリックバターかけ
と、思わず生唾を飲み込んで、どうかすると奥さんに作ってくれないか、などと無謀な頼みをしかねなくなってしまう。
なにはともあれ、香菜里屋のドアを開いて、ストールに腰掛けてみようではありませんか、ねえ。

北森 鴻「緋友禅」(文春文庫)

店をもたない骨董商 旗師・冬狐堂 宇佐見陶子シリーズの掌篇。
収録は
 陶鬼
 「永久笑み」の少女
 緋友禅
 奇縁円空
の4篇。
主人公の陶子に感情移入しながら、それぞれ萩焼き、埴輪、友禅染、円空仏といった骨董、古物を中心にする贋作あるいは殺人事件の絡まりあった糸を解きほぐしていくのが、
このシリーズの醍醐味なのだが、今回の掌篇たちは、「狐罠」「狐闇」で重要な脇役としてでてきた人物や、陶子の骨董商修行時代に出会った人物に関わる話が多く、「狐」シリーズの外伝のような扱いで読めばよいだろう。
「陶鬼」は、陶子が旗師を始めたころ商売敵であり師匠的な存在でもあった元陶工の死にまつわる話であるし、「奇縁円空」は、古材を扱う大槻の過去に起因する贋作・殺人事件である。
そして、なにより、楽しめるのは、骨董、民芸、古物の周辺で蠕く贋作師の姿や、「緋友禅」ででてくる「楊枝糸目」に代表される失われた古来の技術と格闘する工匠たちの姿だろう。
できれば、「狐罠」「狐闇」の後に読んでほしい一冊。

北森 鴻「花の下にて春死なむ」(講談社文庫)

北森 鴻のミステリで、さすが巧いな!と思うのが探偵役の造型で、この「花の下にて春死なむ」のビアバー香菜里屋の工藤マスターも期待を裏切らない出来の探偵役である。
タイプとしては、北森氏お得意のアームチェアディクティティブなのだが、訳知りで世間知に溢れたバーのマスターといった役柄が、作品の静謐な感じをましている。
収録は
「花の下にて春死なむ」
「家族写真」
「終の棲み家」
「殺人者の赤い手」
「七皿は多すぎる」
「魚の交わり」
の6篇。
構成としては、不遇の俳人の隠された過去、故郷を捨てざるを得なかった彼の紐津をフリーライターの飯嶋七緒が探っていくシリーズ第1作であろう「花の下にて春死なむ」から始まり、香菜里屋を訪れるさまざまな客たちが関わる事件を経て、第1話の俳人が鎌倉で遭遇したらしい殺人事件の謎を解き明かす「魚の交わり」で終わるのだが、いずれも香菜里屋の店内での謎解きで締めくくられるのが、全篇を通じて静謐な印象を与えている。
とはいっても、読み口は静かでも、出てくる事件や謎はさまざまでいろんな味が楽しめるのはまちがいない短編集である。
作品中に出てくるマスターの涎のでそうな料理の数々といっしょにどうぞ。

北森 鴻「狐罠」(講談社文庫)

「冬狐堂」こと宇佐見陶子シリーズのミステリー。
今回は、陶子が贋作をつかまされてしまうことから始まる贋作(フェイク)ミステリーである。
発端は、宇佐見陶子がヤリテ(いろんな意味で)の古物商 橘薫堂から発掘モノ(古墳などから出土した遺物。ほとんど盗掘などの非合法的手段によるものが多いらしい)と称する「唐様切子紺碧椀}(有り体にいうと青色のガラスの椀ってことか?)を手に入れるのだが、それが偽物。おまけに、それを買った時の道具立てが、贋作のフッ化水素の臭いに気付かないようにするために茶室で、茶を焙じて鼻を効かなくするという「目利き殺し」(品物の欠損を、あの手この手でごまかす技術)を仕掛けられてのこと。
プライドをいたく傷つけられた陶子は、橘薫堂に、目利き殺しの仕返しを謀むが、そのうち、橘薫堂の右腕とも称される女性従業員が殺されて・・・。
といったところからスタートする。
この「狐罠」で、陶子の別れた旦那さんが登場したり、殺人事件を調べる警察官が、かなり癖のある刑事二人だったり、キャストは豊富なのだが、なんといっても読んでいてワクワクするのは、贋作師の塩見老人と出会い、彼と共同で橘薫堂を仕掛けるための贋作を作っていく過程の様々な贋作の蘊蓄と、この世界に蠕いていた世界各地の贋作師のエピソードだろう。
例えば、室町前期の漆器の贋作の材料に、法隆寺の昭和の大改修の時に闇で手に入れた古材をつかうくだりや、漆のひび割れた古色を出すために人の脂肪を漆器も表面に塗り込んだり、といった小技やメーヘレンという贋作師がフェルメールの多くの作品の贋作を暴露したのだが、美術評論家や美術館は自らの鑑定の不確かさを認めたくないため、贋作師が贋作を白状しているのに専門家は認めないという事態が起きてしまったといった話が散りばめられていて、何時の間にか、なんでも鑑定団的世界と、ギャラリーフェイクの「贋作」的世界に引き込まれていってしまうこと間違いない。
展開は、この陶子の目利き殺しの意趣返しと殺人事件の犯人捜しが、陶子のまわりを交錯しながら進んでいき、橘薫堂が、戦後まもない頃のフェルナン・ルグロの贋作騒動に絡んだ、叩けばホコリがもうもうと立ちそうな話や、大英博物館ケミカルラボ出身の凄腕の元キュレーター(美術館や博物館の資料収集や研究の運営にも携わる上級学芸員みたいなものらしい)が橘薫堂側の贋作鑑定や偽造に関わってきたり、といったかなり盛りだくさんなものを絡みながら進んでいくのだが、結末は、「えっ、あんた味方と思っていたのになー」といった感じ。
文庫本の解説では本当の古物商の世界や贋作づくりの世界とは、ちょっと違うみたいなことが書いてあったが、野暮なことは言っこなし。所詮、つくりごとのミステリーなのだから、作者がつくり出す虚構の世界に、どっぷりと浸ろうではありませんか。