乙嫁語り 1〜7巻を一気読みした

以前、まとめ買いのセールで買ってはいたのだが、ついつい(Kindle本の場合にこういうのかどうかは別として)積ん読になっていた「乙嫁がたり」。

本日は用務もなく、家族と一緒に外へ出る予定もない、ということで暇にまかせて一気読みした。

舞台は19世紀の中央アジア・コーカサス地方。カスピ海周辺の都市の13歳の男の子カルルク・エイホンのもとに20歳の姉さん女房となるアミル・ハルガルが嫁いでくるところから始まる。

最初のシーンは、彼女のコテコテの民族衣装のところから始まるあたり、異国風味が「どん」とやってくるのは斬新な導入部ではある。

ここを舞台に、アミルの出身部族がアミルを返せ、といってくる1巻から、スミスというイギリス人がイランの大富豪っぽい人のところに泊まり、そこの奥さんのなにやら怪しげな女友達つきあいの7巻までの話がとりあえず展開される。途中、アミルの実家の部族と嫁ぎ先の部族との戦闘など意外に血沸き肉踊る話があるのだが、コミックの巻ごとの詳細はまた後日。

今回、このコミックでなにやら「ホッ」として和んだのは、一家が一つの家で、朝から夜まで生活しているということで、以前は、日本でも普通であった、「家族の暮らし」というものが、昔は世界標準であったのだな、と思った次第。

そこは家族との濃密な関係性の存在であり、血縁、地縁でつながった強固な紐帯でもある。

私が若いころ聞いていた言説では、こうした地縁、血縁でがんじがらめになっていることが近代化を疎外かしていたという話や、こうした関係性が希薄化することが工業化や近代からの脱出にかかせないというものであったように思う。

しかし、その近代からの脱出が、なんとなく身の回りに隙間風が吹いたように感じられ、「モノ」を持つことがさほど重要視されていなくなっていると思う今日、こうした「家族と一緒の暮らし」あるいは「「家族が一緒に暮らせるナリワイ」というものを見なおしてみてもいいのではないだろうか。

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