フィクションは本当に劣勢なのか

日経Asocie 2015.12号の「男と女の言い分な関係」というコラムを読んでいたら、

男性、女性問わずm現代はこうしたフィクションや物語といった文化そのものが劣勢に立たされているのは、間違いのないところです。・・・ビジネスの現場に身を置いていると、小説やテレビドラマ、映画やマンガ・アニメに触れる機会は減る一方です。代わりに私たちを取り巻き、時間やエネルギーを半ば強制的に費やさせているのは「情報」

というところにでくわして、納得の半分、どうかな、と思うこと半分。

というのも、フィクションに触れなくなるのは現代と過去の比較ではなくて、年齢の重ね具合といったところもあるのではないかということ。特に現役世代であれば、仕事に追われる具合が強くて、フィクションが負けてきている、あるいは興味が持たれなくなってきている以上に「隙がない」といったことが多いせいでは、と思う次第。

当方とて若い頃よりフィクションを読まなくなってきているのは確かなのだが、それは興味が云々というより、仕事のアイデアを出したり、書類を読んだりといったことに時間を取られて、フィクションに使う精神の力が残らないなー、と思っているところである。

フィクションgあ読まれなくなったのは、フィクションが「劣勢」なのでなくて、フィクションへまわす精神のキャパが「乏しい」のではなかろうか。

 

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