権勢欲と子を想う気持ちは仲の良い主従の間も割くのだね ー 森谷明子「望月のあと ー 覚書源氏物語『若菜』」(東京創元社)

源氏物語の作者 紫式部とその周辺の人たちを主人公とした時代ミステリーの第三弾。

一作目、二作目では源氏物語の進展も栄耀栄華に向かっていたのだが、そろそろ源氏も老境にさしかかる頃。それと並行するように。現実の世界でも、藤原道長に繁栄もそろそろ陰が差し始めたな、という感と、式部の仕える彰子中宮も帝の死後、皇大皇后となり、式部の娘の賢子も宮廷に入る、といった風に代替わりの時を迎えている。

構成は

第一章 序

第二章 玉鬘十帖

第三章 破

第四章 若菜

第五章 急

第六章 若菜 下

となっていて、今回の謎は、今まで式部の物語や宮仕えに大きな影響を及ぼしてきた、左大臣道長が別邸に隠している姫君の正体を探ることと、道長の秘めた邪心をどうにかしようというもの。

とはいうものの単純な謎解きで終わらないところが、この源氏ミステリーで、道長を中心とした宮廷内の主導権争いや帝位継承があれこれと絡んで、結構面倒くさい展開ではある。

「年立て」といって、源氏物語の出来事の表、年表が作られ、式部が作品の時代関係を読者から指摘されないかハラハラするところや、読者から空白の数年間を書いてくれとせがまれたりといったところがあるのだが、このミステリーも歴史年表片手でないと混乱してしまいそうであるのだが、巻頭に藤原摂関家の系図が載っているののでそれをてがかりに読み進めることにしよう。

時代的には、彰子中宮の旦那さんである一条帝が亡くなり、その後継に花山帝の弟にあたる三条帝が立つのだが、三条帝は自分こそ嫡流という思いがあり長い間待った末の帝位なので当然、道長とは折居悪く、その東宮に誰をするかで、また道長の兄、藤原道隆の娘の定子中宮の息子一宮と彰子中宮の息子二宮の誰をたてるか先ず揉める。

さらには三条帝をはやいこと攘位させようとする道長と帝との争いやらなにやら、といった込み入った状況なので、読者は心して読んで欲しい。

左大臣道長が別邸の隠している女性の正体は本編を読んでもらうとして、ヒントだけを書けば、道長の若い頃の禁断の恋の果てといったところ。

筆者は、この源氏物語シリーズ三作で宇治十帖まで書いて終わり、ということらしいのだが残念ながら、まだ34帖目で、源氏の繁栄と衰亡の分かれ目のあたりまで。ただ、この三作目に至って、あれほど主従の絆の深かった彰子皇大皇后と袂を分かつこととなる。これも時代の流れと、権勢を求める人の心ゆえか、と諸行無常的なことを呟いてこのレビューは了。あとは本書を読んで、源氏物語メイキングの世界に浸ってください。

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