”アシスト”という生き方 — 近藤史恵「サクリファイス」(新潮文庫)

もっぱら「モップの魔女」シリーズや「フレンチ・レストラン ビストロ・ド・マル」シリーズが中心で、何やら気が滅入りそうな気がして、自転車ロードレースのシリーズは食わず嫌いであったのだが、「食わず嫌い」の例にもれず、読んでみるとあっという間に引き込まれたミステリーであった。

構成は

第1章 チーム・オッジ

第2章 ツール・ド・ジャポン

第3章 南信州

第4章 富士山

第5章 伊豆

インターバル

第6章 リエージュ

第7章 リエージョ・ルクセンブルグ

第8章 惨劇

第9章 喪失

第10章 サクリファイス

となっていて、大まかに言えば、高校時代は陸上で注目されていたが、今は自転車のロードレース選手に転向している「白石 誓」(しらいし ちかう)を中心に、彼が所属する「チーム・オッズ」のツール・ド・ジャポン、そしてリエージュ・ルクセンブルグという二つのロードレースの参戦記録と、アシスト役である白石誓が記録を残し、それが思いもかけないステップアップに結びつく、といったのが大筋ではあるのだが、そこにチームのエースである「石尾豪」が過去、一人の有望選手を”潰した”と言われる事件と、「オッズ」の新エースを狙う白石の同僚の「伊庭」の動きが絡んで話が展開する。

途中から、白石の幼馴染で若い頃の恋人であった「初野香乃」という女性と、石尾に”潰された”とされ、今は車椅子ラグビーの選手となっている「袴田一平」という伏兵も登場して、少し錯綜気味になるのだが、そこは”大筋”の話の大事なスパイスと思っておけばよく、石尾が起こした事故(事件)の動機と、彼の事故との共通する謎をどう説くか、がミステリーとしての中心。

で、表題の「サクリファイス」というのは”犠牲”といった意味らしく、この言葉がシンボライズするものが、この物語の大事なキーとなっていて(これ以上は”ネタバレ”が過ぎるのでここらあたりでお茶を濁すのだが)、

チームのエースがパンクすれば、エースをアシストするチームメイトはホイールを差し出す。それがロードレースの定石

ロードレースにはエースとアシストという役割分担があるのだ、

個人競技には見えるが、実は団体競技に近く、ひとりひとりが勝利を目指すのではなく、アシストの選手は、エースを勝たせるために走る。その結果、自分の順位を下げることになっても

といったことを基本にしながらも、展開によっては”エース”が交代する。といった複雑な性格を持つ「自転車のロードレース」をうまく料理して、見事な皿に仕上がっている。

さらには、こうしミステリーそのものの楽しみとともに、アシストに自分の役割を見出だし、それが評価される「白石 誓」の姿に、何やら古武士の風合いを見る感じもして、エースかアシストか、といった人の生き方を考えさせれくれるところが欲張りなところ。

最後に、話の中心とはそれるが、アシスト役を務める白石に自分の姿を投影する、いわゆる”傭兵”的な仕事をする向きに

サントス・カンタンが欲しがっているのは、エースになる人材じゃない。エースのために身を粉にして働くアシストだ。・・・スペインのチームが欲しがっているのはスペイン人のエースだ。

彼は知っていたのだ。サントス・カンタンが求めているのは、ひたすら自分の勝ちのみを求める選手ではなく、チームのために喜んで身を投げ出すこともできる選手だと。

知っていたからこそ、あのとき僕も一緒に止まらせた。

(中略)

アクシデントは必要だ。そのとき、どういう行動を取るかで、選手の真髄が見える。

といった言葉を贈って、その働き方を讃えるとするか。

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