落語フリークのミステリーここにあり — 愛川 晶「神田紅梅亭寄席物帳 道具屋殺人事件」(創元推理文庫)

落語がテーマで、主人公ないしは主要人物が落語家というミステリーといえば、北村薫の「わたしと円紫さん」シリーズが有名ではあるのだが、愛川晶の「神田紅梅亭」シリーズも、病気療養中の落語家の師匠をアームチェア・ディクティティブに仕立てて、弟子の落語家のおかみさんがワトソン役になって、落語家や落語がからんだ事件を解決していくという仕立てで、これもなかなか粋な出来上がりのミステリー。

収録は
道具屋殺人事件
らくだのサゲ
勘定板の亀吉
となっていて、おおまかな筋立てをレビューすると
「道具屋殺人事件」は、「紅梅亭」シリーズのデビュー作で、作者が親の介護で作家業のほうが閑古鳥が鳴いている状態の時の作品、とあとがきにある。そうしてみると、作者が妙に自分の趣味の赴くままに書いている感があるのは気のせいか。大筋は紅梅亭で前座が「道具屋」を演じているのだが、最後のサゲで扇子から、血糊のついた仕込みの小刀が飛びだしことに始まる、女性から金をだまし取っていた男の殺人の謎解き。二重三重に男女の因縁が交差して、ちょいと生臭い謎解き。
「らくだのサゲ」はワトソン役の亮子の旦那で落語家の福の助が、兄弟子福太夫の奸計で「らくだ」の新しいサゲを披露させられるというのが発端。「らくだ」という噺は、葬式の酒をせしめるため大家のところで死体にかんかんのうを踊らせたり、弔い酒で酒乱の屑屋が管を巻いたりと賑やかなせいかサゲ(落ち)が難しい話らしい。事件は、福の助の弟弟子が交際していた女性を殺したという嫌疑をかけられるもの。
「勘定板の亀吉」は、福の助の弟弟子の亀吉の噺が下ネタが多いのをみかねてのあれこれが伏線ではあるのだが、メインは亮子の務める学校の教師が、紅梅亭のネタ帳のコピーが欲しいといったことに秘められた内緒事の謎解き。
このシリーズ、探偵役は福の助の師匠の馬春師匠なのだが、脳血栓で言葉と体が不自由になっているので、片言の筆談しかできないので、アームチェア。ディクティティブとはいえヒントをいくつか出してくれるところまで。後は福の助と亮子が判じ物のように解いていくという筋なので探偵役はホントは誰かは渾然としているのは確かではある。
さらに、このシリーズの特徴として作者の落語フリークが如何なく発揮されていて、落語の引用はさかんに出るし、師匠の謎解きのヒントも落語という、かなりの落語色にベタ塗りされている。ミステリーを楽しむ底地に、興津要氏の落語の口述本や古屋三敏の「寄席芸人伝」、雲田はるこの「昭和元禄落語心中」あたりを一緒に読むと一層味が深まること請け合います。

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