西村ミツル・梶川卓郎「信長のシェフ 9」(芳文社コミックス)

第9巻は、武田信玄の料理番(とはいっても信玄の体調調整のための薬膳専門みたいな感じではあるが)をつとめ、信玄の体調の復活や勝頼の歴史上では起きなかった家督相続のセットアップに関わり、歴史を変えるんでは、と悩みながら元の歴史にもどるべく修正するという、タイムスリップものでは、おなじみの悩み事から始まる。

タイムスリップものの分岐点は、ここがキーになもなって、半村 良氏の「戦国自衛隊」は歴史を改編してしまうし、「GIN」は大きな歴史改変は起こさないまでも、主人公も周辺の歴史は変えてしまうという筋立てであった。今のところ「信長のシェフ」は変わりそうで変わらないという微妙なところ。ただ、主人公と同じように現代から迷い込んだ本願寺の料理人となっている「ようこ」という存在もあり、統御にこれから苦しむかもね、と案じてはみる。

物語は、信玄の好意で、武田領を脱し、徳川家康のところへ転がり込んで三方原の合戦に遭遇するところが後半のメイン。信長や秀吉の近辺に従う物語では、家康はとんでもなく腹黒い人物として描かれるのが常ではあるのだが、本巻では主従のまとまりもよく、しかも三方原の憤怒に駆られた行為に反省する家康の心根も家臣思いで、なにやら山岡荘八の家康ものを彷彿とさせるような好意的な扱い。

最近は、武将ゲームやら大河の影響であるのか、はたまた閉塞感と先行き不安に駆られる世情ゆえか家康の人気がかんばしくはないように見受けるのだが、これも世間の風が変わればまたもてはやす時期がくるのだろうね、と達観したように論じてはみる。

印象に残ったのは、徳川家康が三方原で圧倒的に不利な情勢で武田軍に向けて出陣する際の心模様を描いたシーン。長い絶望の中にいた人間が針の穴ほどの小さな光に目が眩んで、勇ましく伸び上がってしまうところ。「溺れる者は・・・」の心理はかようなものかと改めて思う次第。

巻の最後の筋立ては、武田軍が突如、軍をとめ、徳川家中が再び結束を固めたところで、ケンは再び織田へ帰参。信玄の「京は遠い」という言葉に、都から遠く離れたところに生を受けた英雄の不幸を感じさせて次巻へ続くのでありますな。

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