山深き里の怪物譚ではあるが、深い因縁話も混じり込んでおるな — 宮部みゆき「荒神」(朝日新聞出版)

最近、ビジネス系のレビューが続いていて、少々、生真面目さが鼻についてきたきらいがあるので、ここらで気分転換。手練による時代物のホラーといこう。

時代は、江戸時代の元禄頃。江戸市中では、生類憐れみの令による嵐が吹き荒れていた頃。舞台は、東北の山深い小藩、竜崎家の永津野藩と、その支藩ではあるが、江戸初期からすでに半独立の状態にある瓜生家の香山藩というところが舞台になるのだが、実際の地理にあてはめるとどこそこという詮索はこの物語では無用であろう。むしろ、山深い、日本のどこにでもありそうなところと認識したほうが、この物語の普遍さを感じさせてくれる。

【構成は】

序 夜の森

第一章 逃散

第二章 降魔

第三章 襲来

第四章 死闘

第五章 荒神

結 春の森

となっていて、両藩の藩境の香山側の村に、得体の知れない怪物の現れるところから始まる。その姿は、蜥蜴ともツチノコともなんともしれないものなのだが、「人を食う」巨大な化物である。

【あらすじ】

で、話の大筋は、藩境で人を食らう化物が、村を襲っていく様と、それを退治しようとするものであるのだが、最初の方で、この化物が、永津野藩の、山を開拓したり、植林する「山作り」のせいでは、といったリードがある。なので、これは環境破壊ものであるのだな、といった先入観を持ちながら、化物の物凄さと、村が襲われ壊滅していく様子を読み進めていくと、後半の方で、宮部みゆき氏の物語らしく、「どんでん」をくらうのが、なんとも気持ち良い。

そして、これを支えているのが、心根の優しい「小台様」と呼ばれる、永津野藩の執政の妹である「朱音」という女性、彼女の住む館に居候する胡散臭い浪人 榊田宗栄、絵師ではあるが何やら秘密らしきものを抱える相模藩御用絵師の菊池圓秀、怪物から逃れてきた「蓑吉」という子供。そして、香山藩の藩主の子供の病死騒ぎで山へ逃れてきた小日向直弥という若侍、そして、朱音の兄で永津野藩の成り上がりの冷酷な執政、曽谷弾正といったキャストであろう。

特に弾正と朱音の関係は、この物語の謎解きになんか深い関係あるぞ、と思わせながら物語が進んでいくのだが、先の物語の「どんでん」のような展開に結びつくのであるが、ネタバレは”なし”にしておこう。

だいたいに、宮部みゆき氏の時代物ホラーは、おどろどろしいのに加えて、よく考えると結構陰惨な因縁話を散りばめて、つくりあげられるにもかかわらず、最後の「光明」を見せてくれるのがよろしいところで、この物語も定番通り、たくさんの「人死に」が出るのだが、終章で

裏山の森のさらに向こう、大平良山の高みに、澄み渡る青空の下に、朱音様はいらっしゃる。これからはずっと、ずうっと。

今やっと、このお山に、ここに生きる人びとすべての上に降りかかった出来事が見えた。心の目に見えて、呑み込めた。

それが終わったことも、わかった。

春の山の香りに包まれて、おせんは一人、いつまでもいつまでも佇んでいた。

と災厄の終わりを春の和やかさで朱音の菩提を弔うところは、怪物の由来に荒む読者の心をほっとさせる。

そして怪物退治に絵師として貢献した、圓秀が心身喪失となり、死ぬ間際に心を取り戻して描いた絵を、その養父が寺に預けて封印し、

圓秀畢生の傑作だが、残念ながら、この世にあってはならぬもの、人が目にしてはならぬものを描いている。

だから後世、この絵を見た者は、誰もいない。

と締めくくることで、怪しい物語が悪さをしないよう収めるあたり、流石というものでありますな。

かなりの大部のお話ではあるが、ぐんぐんと引き込まれて読み進めてしまうので、睡眠不足にご注意である。

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