Amazon Kindleを紛失してわかったANAとAmazonの神対応とデジタル製品の精神に占める領分

先日、東京出張でANAの機内にAmaozon Kindlewo置き忘れてしまって、ANAとAmazonのカスタマーサービスにご厄介になったのだが、その際の対応が見事であったので、まずは、ここでご紹介。

ANAの機内で置き忘れたのだが、それが見つかって連絡が来たのが翌日。一番近い空港に届けていただいて手元に戻ってきたのがその次の日、ということで置き忘れから、なんと2日で問題解決となりました。しかも羽田空港から最寄り空港かでの配送は無料。

また、Amazonには、紛失した際の端末登録の解除は即座に、見つかってからの端末登録の再開はメールを送ってから翌日早く、ということで即座といっていいスピードで対応してもらいました。双方のカスタマーサービスの方々には多謝。多謝であります。

で、タブレットの紛失は、両社のおかげで無事解決したのだが、その期間の妙な喪失感は、通常の忘れ物の時と違った感じであった。その感じは、何か身体というか精神の一部がどこかにあるような感じと、さらに、タブレットの中を他人に見られることで自分の心の中を見られるのかもしれないという、ぞわぞわした感じであった。

まあ、当方は少々デバイス依存の傾向があるので割り引く必要はあるが、多かれ少なかれ、読んでいる本といったささいなことではあっても、自らの嗜好と思考をタブレットに預けているということがなせるものなんであろう。そして、今回はタブレットに記録を預けているからそう思うんであって、クラウドに多くを預けるようになれば、おそらくは自らの頭脳や体感がぼわーっと膨らんでいく感じを味わいそうな気がする。これが進めば、「人」の意識の在り様というのはどういう方向にいくんでありましょうか?

 

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