マグロ料理の陰に殺人劇あり — 和田はつ子「料理人季蔵捕物控 夏まぐろ」(角川時代小説文庫)

料理人季蔵シリーズの第16弾のメイン素材は「まぐろ」である。本書によると、「まぐろ」は江戸っ子が珍重しない魚の代名詞らしく、

一年を通して獲ることのできる鮪は、下魚とされる秋刀魚や鰯にくらべても、さらに格が低かった。冬場、鮪の赤身を角に切り、葱と一緒に鍋に放り込んで似て食べる葱鮪にして、珍しい鯨汁はもとより、浅蜊や蛤を同様に使った鍋に比べてお、ずっと人気がなかったのである。脂の多い鮪は犬も喰わないとされて、猪や鹿、牛等の薬食いにも列せられず、丸ごと埋められて肥料にされることもあった(P82)

とのことであるから、現代の「鮪」の禁漁まで起こることを考えると、なんとも羨ましい限り。

収録は

第一話 幽霊御膳

第二話 夏まぐろ

第三話 茶漬け屋古町

第四話 山姫糖

となっていて、今回は怪談ものと戯作者・樫本喜之助が、結婚する女の昔死に別れた妹を呼び出して一緒に祝言をあげる「幽霊婚」での殺人から始まって、老舗の骨董屋・山本屋光衛門の甥・姪の因果な所業というところでお終いになる、オムニパスではあるが、四話が繋がっているという展開。

このシリーズの特徴ともいえる「料理話」は、「千切りにされた浅草海苔と炒り立てで芳ばしい胡麻、赤穂の塩」で食する「お茶漬け」も気を引くのであるが、やはり、「かんかんに熱した小さな鉄鍋の底に、腹なかのサクを人差し指ほどに切った一切れを、箸で摘んで押しつける、じゅっと音がしたとたん、裏に返してまたじゅっと焼く」炙り鮪や、「炭火でさっと炙った鮪皮を千切りにして、横長のお沖合皿の手前に盛り付ける。梅風味の煎り酒を隠し味に用いた酢味噌は、別の小鉢に入れて鮪皮の上に置き、戻したワカメ、千切りにした胡瓜、蒸した葱の茎を色良く横に並べ、箸でそれぞれを酢味噌に浸して食べる」鮪皮の酢味噌和え、といった「鮪料理」に惹かれるのは、現代人ゆえか。

事件そのものは、結婚相手の毒殺あり、据え物斬りの材料として死体を横流しする医あり、果ては、金持ちの兄妹のきまぐれのような殺人とか、まあ想像力たくましくすると血生臭さで、うっぷとなりそうなのだが、数々の料理がその生臭さを和らげいるのが救いか。

まあ、ミステリーと料理というのは、「美食探偵もの」とか「ネロ・ウルフもの」とかで、その親和性は証明済みなのであるが、時代小説でも例えば、池波正太郎の「鬼平」シリーズとかの先例はあるのだが、この季蔵シリーズは、謎解きの複雑さよりも、出て来る料理の多彩さと旨そうなところがなによりに特徴であろう。

さて、少々がっつりと鮪丼を食うか。あっさりとお茶漬けにするか、久々に夜食に悩みそうですな。

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