「天保の改革」の本当の姿はどうだったのか — 西條奈加「涅槃の雪」(光文社)

時代小説でよくある時代設定は、江戸時代では、武張ったものでは享保、幕末。町人ものでは、元禄、文化文政といったところが多いのだが、本書は、遠山の金さんこと、遠山北町奉行を登場人物に加えるとはいえ、時代的には少々暗い、天保時代である。

収録は

茶番白洲

雛の風

茂弥・勢登菊

山葵景気

涅槃の雪

落梅

風花

となっていて、遠山景元が北町奉行として登場するあたりから、天保の改革の嵐がう吹き荒れ、突然に水野忠邦の失脚と側近たちの処刑まで。主人公は、北町奉行所の吟味方与力の「高安門佑」で、彼が、端女郎の「お卯乃」に出会うところから物語は始まる。

その後、遠山景元の部下として市井の情報を入れる任務を与えられ・・といった形で、天保の改革によって、江戸の華である芝居や、商売の基礎であった「株仲間」の破壊の現場に立会うといった、”改革”による庶民の暮らしの大変化の集合体が本書である。

であるので、主たる読み方は、遠山景元、矢部定謙といった庶民派と、水野忠邦、鳥居耀蔵といった改革断行派とのせめぎあいが読みどころであるのだが、通常なら「悪役」としての色合いが強い「改革断行派」も実は、幕府の行く末を慮っての所作であり、しかも立脚点が、食を断って自死した矢部の死に方をめぐって、お卯乃の

どんなに泣いて頼んでも、常松は食わなかった……あたしら一家は、常松の命を食って生き延びたんだ!

という言葉と、鳥居耀蔵の

先の飢饉で餓死した民百姓のおうが、よほど無念というものだ

あの飢饉で、国中でどれほどの百姓が餓え死んだことか。それを承知であのような死に様は、ご政道を預かる者として言語道断だ

という言葉が重なる時、どちらが正か邪か、グラついてくる。

とはいうものの、こうした四角張った物語の読み方以外に、お卯乃が高安の家に「お預け」になって、同じ屋根の下で暮らし始め、彼女の越中での弟との悲しい思い出を聞いたり、江戸市中の見回りや芝居見物を一緒にしたりとか、くっつきそうでくっつかない二人の仲をやきもきしながら読み進める別の楽しみもある。

二人の仲がどうなるか、最後の方でおもわぬ仕掛け人によるどんでん返しがあるのだが、それは本書でお確かめあれ。

血湧き肉躍る活劇でもないし、胸がすっきりする捕物もないのだが、なにやらしっとりと読める時代小説でありますよ。

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