主人公の「お末」ちゃん、頑張れと声援をおくってしまう時代小説 — 西條奈加「上野池之端 鱗や繁盛記」(新潮文庫)

時代は、田沼意次が威勢をふるってから50年ぐらい後、徳川十代将軍家斉の治世も最後のほうに差し掛かった頃、半分以上騙されて、田舎から上野池之端の料理茶屋「鱗や」へ奉公にだされた「お末」を主人公にした時代小説である。
 
収録は
 
蛤鍋の客
桜楼の女将
千両役者
師走の雑煮
春の幽霊
八年桜
 
の六編。いずれも、一話完結型のミステリー仕立てである。
半ば、騙されて、というのは、お末が奉公にでる原因は、従姉妹で、先にその店へ奉公に出ていた「お軽」が持ち逃げした金の責任をとらせるためであったのだが、そのことを知らされずに奉公にだされたからなのであるが、その「お軽」の話も、「鱗や」の店のもっと大きな謎へ結びついているので、読者の方も、あまり信用し過ぎて読み進むと、作者の仕掛けるどんでん返しに、嵌ってしまうのでご注意を。
 
一話ごとの「謎」は、料理茶屋とか名ばかりで、連れ込み宿代わりに使われる店でおきることなので、例えば、「蛤鍋の客」の二人連れの客の煙草入れが盗まれる話であるとか、二話目の「桜楼の女将」での浅草今戸の料亭「桜楼」での病身の主人殺しで、女将が疑われる話など、けして社会全体を揺るがす大事件はない。だが、それに巻き込まれたり、女将の濡れ衣を心配する「お末」の健気さに感情移入させていくに十分な仕立てではある。
 
もう一つの愉しみは、話にでてくる料理。「桜楼の女将」の「桜めし」であったり、「師走の雑煮」の鮟鱇を使った「白雪雑煮」であるとか、描写は控えめながら、その料理の姿と旨味を想像しながら読んでいくところであろう。
 
バリバリの時代小説というより、時代小説の枠を借りたミステリーというイメージが強い本書なので、あれこれと筋立てをレビューするとネタバレがすぎてしまうが、最後の方で明らかになる「鱗や」の先代にまつわる謎や「お軽」が逃げ出した顛末は、ちょっと陰惨な風が漂うのだが、時代小説の大定番である「勧善懲悪」の原理原則はちゃんと守られているので、大安堵でる。
 
 
主人公の「お末」が奉公に出たての頃は、あらゆるものに怯える田舎娘であったのが、鱗やの若旦那・八十八朗の助けを借りながら、同僚の女中・お甲や板長の軍平らとなじみ、成長していく姿は読んでいて、おもわず彼女を応援したくなる清々しさも覚える時代小説でありますね。
 

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