物腰の柔らかな「推理機械」の登場 — 大倉崇裕「福家警部補の挨拶」(創元推理文庫)

最初に犯行が読者のもとに示され、それを、ホームズ役である女性刑事の「福家警部補」が、じわじわと解きほぐし、真犯人へとたどり着く、という、ずっと以前に一斉を風靡した、「刑事コロンボ」風のミステリー。もっとも、「刑事コロンボ」の場合は、犯人が社会の勝利者であったのだが、本シリーズの場合はそうでもないところが、時代の変化というものであろうか。
 
収録は
 
「最後の一冊」
「オッカムの剃刀」
「愛情のシナリオ」
「月の雫」
 
となっていて、被害者は図書館を潰して売っぱらうことを企むオーナーとか、老舗の酒造会社を買収して銘酒を奪おうとするライバル酒造業者であるとか、同情をそんなに買わない相手で、犯人にしてみればズダボロにしたい相手を殺すのであるが、殺人自体にドロドロ感を感じさせないのが本書の特徴。
 
それは、造形的には、小柄でとても捜査一課の刑事らしくないのだが、実は、いくら呑んでも酔わないというアンバランスなキャラであるのだが、人間臭さが少なく、どことなく「無機質」な感じが漂うところによるのであろうか。
 
主人公の「福家警部補」、人の心のスキマにはいってくる技は一品で、「月の雫」で遣り手のリカーショップの社長が、「福家は巧みな間で、するりと人の心に入ってくる」と評した技で、犯人たちが犯行を隠すために纏ったアリバイの衣を一枚一枚、剥ぎ取っていく技は凄腕である。
 
全体に、手に汗握ってどうこうというミステリーではない。「ほぉ、こうして犯人にたどり着きましたか・・」といった感じで、福家警部補の推理散歩に、ポツポツの共に歩んでいるうちに事件が解決してしまう、なんとも落ち着きのあるミステリーであります。
 

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