「新しいこと」を始めるには、良い意味で「鈍感」になることが大事

最近読んだ「社長の「まわり」の仕事術」の「サニーサイドアップ」のところで、「良いな」と思ったフレーズがある。それは
 

 

これはどんな組織でもあると思いますが、何か取り組みを進めると懐疑的だったり、否定的なことを言われたりすることもありますよね。そういうときに、直接受け止めると、疲れるし辛いわけです」
  だから、絶対にいいものだ、本気でやるべきだ、と判断したものに関しては、〝鈍感〟になることにしている。
(略)
「それは、本当に鈍いんじゃなくて、自分を鈍く仕上げていくということです。それで丸く収まることがすごくたくさんある。全部にいきり立って、こうあるべき、こうじゃないか、というスタイルもあるのかもしれませんが、そうではないポジションを取るべきだな、と思っています。」
というもので、新しいものに常にチャレンジしている同社の中枢にいる人らしい発言である。
とかく、目新しいことや、今までのやり方を変えようとすると、有形無形の抵抗に遭うのは、どこの組織でもあることで、ともすると、そういった内部の抵抗を打ち破ることのほうが、新規事業をやることより難しい場合すらある。
とりわけ、その抵抗は「客観性」などといったもっともらしい衣をまとってやてくるから、その撃破に結構力がいって、どうかすると面倒になって、新規プロジェクトをやる気が失せて、プロジェクト自体が雲散霧消してしまうことすらある。
そういう時に、この「鈍感になる」というアドバイスはとても有益である。そして、この「鈍感になる」ということは、けして、「抵抗を無視する」、「傍若無人に振る舞う」ということを意味しているのではなくて、プロジェクトの欠陥の指摘については謙虚に受け止めつつ、漠然とした不安感や、新規なものの考案者に対する嫉妬については、キレイに無視する、といった感じで捉えるべきであろう。
「客観的に分析すると」や「現実を直視すると」といった、新規プロジェクトに対する批判は、「主観的で」「個人的な思い込みと夢想」に根ざしていることがよくあるもの。いつも明晰であるよりも、適度に「曇って」いて、「鈍い」ことが、突破力をつけるには大事なように思えてきますね。
 

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