「日常」には”忘れたい過去”が隠れているー西條奈加「いつもが消えた日」

神楽坂に住む、祖母と一緒に住む中学3年生の滝本望が、ワトソン役になって、祖母である「お蔦さん」とともに事件を解決するシリーズの第2弾が、本書の『西條奈加「いつもが消えた日」(創元推理文庫)』。

【構成は】

第1章 いつもが消えた日
第2章 寂しい寓話
第3章 知らない理由
第4章 サイレントホイール
第5章 四次元のサヤ
第6章 やさしい沈黙
第7章 ハイドンの爪痕
第8章 いつもの幸福

となっていて、望の同級生でサッカー部の彰彦、幼馴染の洋平、下級生でサッカー部の有斗が、神楽坂の望に家で、賑やかに夕食をとるところからはじまる。

【人のつながりの暖かさは健在】

事件は、はじめの方で唐突に始まる。「有斗」が食事後、帰宅すると、家には、同居している両親・姉もいない。しかもキッチンには血溜まりがひろがっいて、というのが始まりで、ネタばらしを少しすると、起きる事件はこの家族の失踪事件がほとんどなので、まあ、本格もののミステリーファンからすると物足りないかもしれない。

ただ、このシリーズの魅力は謎解きの部分というよりも、一番は、望を中心とする祖母や神楽坂の商店街の人々、同級生とのつながりの深さと暖かさを堪能するということにあるので、事件の多い少ないは関係ないといっていい。その点は、第一作以上に濃厚で、サッカー部の先輩・後輩のつながりや、顧問の教師の教え子をかばうあたりであるとか、裏金融の強面の業者を、商店街一同が撃退しようとするところなど、若干の空回り的なところはあるのだが、読んでいて、どことなくホッと暖かくなるのは間違いない。

【本書を彩る料理の数々】

そして、本書の魅力のもう一つは、主人公の望がつくって、披瀝する料理の数々で、事件が起きた後、後輩の有斗やお蔦さんに夜食としてつくる

大鍋で湯を沸かしながら、具の調理をする、豚肉とキャベツという焼きそば風の具に、風味付けに天かすをたっぷり加えた。紅ショウガがなかったから、代わりに目玉焼きをのせる

「焼きうどん」とか、心配して訪ねてきた、望が好意を抱いている女の子「楓」につくる

パスタを茹でながら、となりのコンロでクリームソースをつくる。多めのバターと小麦粉を弱火でかるく炒め、だまにならないように気をつけながら、少しづつ牛乳を加える。グラタンのホワイトソースと同じ手順だが、心持ちとろみをゆるくするのがこつだ。
別のフライパンで、たっぷりの舞茸とシメジを炒め、ホワイトソースには、茹でたパスタと皮をとった明太子を投入する。明太子は火の通りが早いから、ここから先は手早さが勝負となる。火を通しすぎると、ぼそぼそした食感になるんだ。ピンクの粒々が麺にまんべんなく行き渡ったら皿に盛り、炒めたキノコを上に載せた

という「キノコと明太子のクリームパスタ」などなど、事件の合間合間に登場する料理の美味そうなところも、前作に続いて健在である。

【まとめ】

事件の謎は、少々ネタバレすると、有斗の「謹厳実直」な父親が若かりし頃、携わっていた職業に関連していて、その仕事で手を染めた悪業が原因になるのだが、それに関係してくる人物が意外な広がりを見せるのがポイント。当方も、そこまでの広がりは考えつきませんでしたな。

なんにせよ、本格ものを読む時のように「謎解き」にしゃかりきになったり、社会派もののように、社会の不合理の教訓を得ようとしたりといった読み方は、このシリーズでは厳禁。「神楽坂」に住む人々の人情のつながりや、地域のまとまりにほっこりしたり、「望」と「お蔦さん」の信頼関係であるとかの、「人情噺」を読むのが、本シリーズのお決まりである。しばし、多くのところで失われた「あったかさ」を存分に味わってみてくださいな。

【ほかの「お蔦さんの神楽坂」シリーズ】

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