”近江商人”方式は、普通の人を幸せにする道の一つー西口敏宏・辻田素子「コミュニティ・キャピタル論」

会社寿命は50年ということを聞いた事がある。ひところは、会社人生=個人の人生で、会社が繁栄することが個人の幸せを意味していた時代があった。しかし、いまや、会社と個人の紐帯はくずれてしまい、会社と個人は離れてしまったのだが、では、才能少ない「普通の個人」が個人として放り出されて、「満足」し、「幸せ」な状態にあるかというとそうでもない。
そうした時に、ある地域の出身者による企業群や組織群が長い期間にわたって繁盛し、そのコミュニティに属する人が「自分の存在価値」を見出している姿は目につくもので、日本では「近江商人」中国では「温州企業」がその最たるものだろう。
本書『西口敏宏・辻田素子「コミュニティ・キャピタル論」(光文社新書) 近江商人、温州企業、トヨタ、長期繁栄の秘密』は、その二つと「TOYOTA」を分析することによって、昔と今の長寿な組織群の「秘訣」を解き明かし、そこに属する人々の「姿」を切り取ってみせている。

【構成は】

はじめに
第1章 広がってつながる近江商人
第2章 生きる術としてのコミュニティ・キャピタル
第3章 温州人コミュニティーの伸展
第4章 異国で反映する企業家たち
第5章 進出先社会との共存共栄を求めて
第6章 企業間コミュニティーが成立するには?
第7章 危機マネジメント能力
第8章 繁栄のためのコミュニティーとは

となっていて、前半が「近江商人」、中盤が「温州商人」、終盤に向かって「TOYOTA」についてとりあげ、地域性と出生地の制約がある前の二者から、現代企業である「TOYOTA」のノウハウへと分析対象をずらすことによって、より普遍化した「原則」を導き出そうという展開である。

【近江商人、温州人企業の共通点とは】

◯まず挙げるべきは「つながりの強固さ」

近江商人の場合は

近江商人は互いに競争相手でありライバル関係にあったが、同郷意識は強かった。彼らは、確実な情報をつかむために、行商先別、出身地別の仲間組織を結成して、機能的に情報を収集し、活用した

であるし、温州人企業の場合は

国内外における温州人の繁栄メカニズムを解くカギとして注目されるのが、血縁や同郷縁をベースとする強い結束型のコミュニティー・キャピタルと、遠距離交際に長けた「ジャンプ型」企業家を核とする集団的ネットワーク能力である。温州人は、国内外に広がる同郷人のつながりを駆使し、ヒト、モノ、金、情報に関するさまざまな制約を克服してきた

といったような、「同郷人としてまとまること」「同郷人のつながり」が継続することであると本書は分析する。このほかにも、両者とも、従業員は”近江”なり”温州”の出身者に限ったりといったことや、結婚相手もその地域出身の人とがほとんどといった、「地域的」「血縁的」な制約をし、さらに「つながり」を深める、強くする仕掛けが施されており、精神的な「閉塞性」は高まるが、その分結束力を強くする結果となっている。

◯二番目は「サポートの丁寧さと強固さ」

近江商人の場合は

近江商人で際立つのは、「 乗合 商い」とよばれる、合資企業体の結成である。商人や地主が資本や労力を出し合った。

豪商となった近江商人は、このように物心両面から、後輩の成長を支援していたことがうかがえる。また、その支援も絶妙である。彼らは、行商を始めたばかりの商人に、いきなり資金を与えるのでも、単純に債権を放棄するわけでもない。奮起を促し、ビジネスベースで資金を貸しながら、返済が困難になれば、債務の返済時期を明確に定めない出世払いの「借用証書」で対応した。

というところで、温州人企業の場合は

チャンスを求めて海外に飛び出した温州人は、親戚や友人が経営する、あるいは、彼らから紹介された温州人企業で、アルバイトをしながら資金を貯め、いったん経営者に転じると、今度は自分と同じように企業家を目指す同郷人をアルバイトで雇用する。そんな循環構図が浮かび上がってくる。そして、そこでは、血縁・学縁・業縁などが、等し並みに〝同郷縁〟で包括され、同郷者である限り、面識の有無を超えて信じ合う「準紐帯」が機能している

この準紐帯は、資金調達でも、強力なパワーを発揮する。温州人は、地元温州で高度に発達させてきた民間金融を、進出先にももち込み、親戚・知人等からの直接貸借や「会」からの調達によって、事業資金を容易に確保できる環境を作り出していた

といった風で、国こそ異なれ、両者の「成功した先輩が、同郷の後輩に儲けぬきの支援をする」、それも「継続して行う」というのが「繁栄」の方程式であるようだ。ただ、同郷意識の強いところは、近江や温州以外にもあるのだが、なぜ近江や温州が「経済活動の全体的成功」システムを、作り上げることができたのか、といった点については、もう少し深掘りする必要がありそうだ。

【両者を現代の企業に応用するには】

そして、「近江」の場合は明治期が最盛期、温州の場合も最近陰りが見られるということで、「地域」「出身」を核とした、繁栄システムづくりも、そう盤石ではないようで、筆者が、「現代の「近江・温州商人」システム」として注目しているのが「TOYOTA」方式で、

トヨタのサプライチェーンは、約3万点の部品からなる自動車を生産・販売するという複雑なコミュニティーだったが、トヨタのリーダーシップによって、日常業務をこなす「近隣社会」に、〝非〟日常的な情報や知識をもたらす「遠距離交際」のバイパス、「自主研究会」(自主研) が埋め込まれており、そこでは、ふだんつきあうことのない企業同士が直接結びつき、脱日常的な次元で、緊密な交流、情報交換、知識創造を行うことを可能にしていた

と、かなりの「べた褒め」である。

さらに終盤近い「第7章」は、東日本大震災で壊滅的打撃を受けた、半導体の生産システムを、TOYOTAの社員、系列の社員が中心になって、他企業のシステムを短期間で再生する「サクセスストーリー」で、終盤にさしかかかると理屈っぽくなってしまうビジネス本には珍しく、最後まで「血沸き肉踊る」ストーリーが展開されるのが嬉しい。

【まとめ】

さて、本書の最終目的は、最初の方で明確にされていて

そんなコミュニティーであれば、家が貧しくても、勉強ができなくても、芸術やスポーツの才能がなくても、つまりふつうなら希望を失う「負け組」になりかねない存在であっても、人生のさまざまな局面で仲間の支援が期待でき、敗者復活の機会も多い。そして「持ちつ持たれつ」の手助けが繰り返されるため、コミュニティー・キャピタルが脆弱な集団に比べて、ごく普通の個人が、物心両面で豊かさや幸せを、仲間とともに享受できる機会は増す。

ということで、グローバリズムの進展とともに、「普通の個人」が疲弊し、幸福感を感じられない状況に対して、何らかの「解決策」を見出そうという試みである。

もちろん、地域的なつながりが強いことの陰の面も本書では取り上げられており、全てバラ色のものではない。
ただ、「普通の個人」が、他者の利益を阻害することなく「幸せ」になる方策の「一つの解答」であることには間違いないようだ。

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